哀しみよ、こんにちは。 無法にも分け行ってきたのはそちら側。 侵略者はそちら側。 己が振るった刃に対し、手痛いしっぺ返しが来ないなんて甘い考えを持っていたのもそちらの勝手。 見知らぬ場所で放たれた戦火なのだから、そのまま見知らぬままに消え去ってくれていたならば見逃したでしょう。 けれど、世界が自分を巻き込むならば、世界が自分から平和を奪い去ると言うのなら…この手で世界を奪いましょう。 「それではザフトの皆さん、改めましてこんにちは。この艦は僕が占拠致しましたので、速やかに持ち場を離れ、こちら側にお集まりいただけますか?大人しく従っていただければ…まあ多分、危害は与えませんので」 花の様な微笑を添えて出された要求は、友好的とは対象にあるものだった。 そもそも彼等…ザフトの者達は、今回は中立国の一コロニー内で建造されているという地球軍の機動兵器の奪還、が任務だった。 彼の悲劇を繰り返さないために、地球軍の軍備を増強させる訳にはいかない。 この任務を成功させることにより、地球軍の強力な兵器を割くことはもちろん、奴等の情報が常にザフト側に監視されていることを示す上に、奪取を成功させることで、今後どのような武器を作ったとしても、全てロールアウト前に無駄にさせてみせるという強い意志と情報力を示せるはずたった。 それが蓋を開けてみれば、一機奪取し損なうわ、情報に無かった戦艦まで出て来るわ、オマケに何やら地球軍でもザフトでも傭兵ですらも無いようなのに、平和な国の一般人を自称する美少年が突然現れて艦の機能は停止させるわ、隊長を脅して弄って投降まで迫って来るわ…はっきり言って、破天荒な情報過多で訳が分からない。 そんなこんなで、軍人としては全く失格なわけだが、抵抗する気力と一緒に、状況の理解能力も根こそぎ欠落してしまい、キラに不穏な口上で促されても動くことが出来ないクルー達だった。 全く喜ばしく無いことだが、キラの笑みがますます深まる。 「……ラウちゃん」 「お前達っ!とにかく言うことを聞け!命と精神と未来が惜しければっ!」 温度の無い声音で名を呼ばれたクルーゼが、はじかれたように部下達を急かす。 普段何があろうと動じない上司のあり得ない声音に、ビクリと反応して従う。 命令に対する条件反射のような物で、内容はあまり脳みそに浸透していなかったが…それよりも。 命と、精神と、未来って…何。 普通こういった場で冠される単語より、二つばかり多い不穏な言葉が大変気になる。 「流石ラウちゃん。よく『僕』を解ってるよね〜。…そう。命があっても精神がアレなら意味が無いし、命と精神が無事でも未来があるとは限らないものね」 くすくすと笑う姿の愛らしさと、その内容が比例しない代表として、辞書に載せても恥ずかしく無い情景だった。 そんな辞書があったら、全身全霊かけて発禁を要請するが。 既に精神が毒されてふわふわしかけているザフトの皆さんを後目に、キラは彼等を拘束すらせずすいっと手近な席へ座るとシステムを弄りだす。 「…キラ、何をするつもりだ?」 占拠したと言うだけ言ったまま、彼等を使って何かをする訳でもなく放置する真意を問う…その刹那。 ――――― ドキュンッ カタタタタ… 「「「…………」」」 クルーゼの問いに帰ってきたのは、一発の銃声と、止まらぬキーボードを叩く音。そして、肩越しに真っ直ぐにこちらに向けられた銃口だった。 背後に集めた者達に背を向けて何やら作業をし出す…という無防備な、ある意味馬鹿にした態度に、悪い意味で意識が戻って来てしまったらしい某一兵卒は、無謀にもそろそろとキラに向けていたらしい銃を、手を挙げきる前に弾かれてしまっていた。 無機質な金属音を上げて床を滑っていく銃に視線が集まる。 どっと冷や汗が溢れる。 武器を取り上げられることも無く放置されていたのだから無理も無い反応だったのかもしれないが、その反意は声も出ないほどの腕の痺れとなって彼に返って来た。 「別に反抗するのは勝手だし、そっちの権利でもあるけれど、その結果どこかしら失ったとしても僕に文句つけないでね?僕には貴方方を五体満足で保護する義務なんて欠片も無いんですから」 無造作に肩に置いたまま遊ばせている銃口が怖い。 ど素人の民間人だとか言っていたくせに、何故にそんなに躊躇も無く銃が打てるのか。 そして、何故その銃の狙いが寸分の狂いも無いのか。 更に、モニターを向いたまま、どうやってこちらの状況を察することが出来たのだ等、言いたいことは山ほどあった。 とりあえず、片手で打っている早さのキー音じゃない。 しかし、それも、今正に目の前で起こった出来事に言葉になる前に消滅することを余儀なくされた。 彼は…分かっていたけれど、普通じゃない。 『トリィっ』 恐怖に打ち震えるその場に不釣り合いな愛らしい声を上げたのは、キラの懐から飛び出した機械鳥だった。 黄緑と黄色というビビットな色彩を纏ったメタリックボディが、戦艦の中という場違いさを常識ごと切り裂いて舞い上がる。 目玉と嘴の鮮やかな赤が不気味だった。 茫然自失の視線を全身に浴びつつも全く意に介さず、半重力に設定されているブリッジ内で、肩を寄せ合うように固まっている者達を見聞するかのようにゆったりと飛び回った。 「トリィ、おいで」 『トリィっ』 ご主人様の呼びかけに応え、緑の機械鳥はふわりとキラの肩に降りる。 その肩からこちらを狙っていたはずの銃身はいつの間にか消えていた。 たが、その代わりとでもいうようにザフトの皆様を睨みつける様に機械鳥が見つめてくる…。 「いい子だね、トリィ。全員の顔は覚えたね?後でホストに照合かけるからそのままバックアップ。それと、チェンジ・バトルモード。僕はこれからちょっと手が離せなくなるから、不穏な動きをする人がいたら、切り刻むか噛み砕いちゃって。警告はしたから遠慮はいらない」 『トリィっ!』 え、ちょっと待って下さい。 クルーゼを筆頭にザフト軍の心の声が揃った。 機械鳥に話しかけるってちょっと痛くねぇ?的ヤサグレ気分で状況に甘んじていたら、現実は更に彼等に過酷な試練を与え給うたようだ。 今時テレビだって音声入力なのだから、機械都鳥だってもちろん音声入力ですよね。 そのちっこい頭の中に超高性能AIが詰まってるんですよね。 分かってました! それより何より、チェンジ・バトルモードって、何、と追求する前に、トリィと呼ばれたその機械鳥の嘴に、くるみ割り人形ばりの歯が生え、風切羽は鋭利な刃物へとすげ変わる。 その歯をキラリと煌めかせ、若干姿勢を低くした状態で囚人達を睨めつける。 歯の生え方の加減か、にやりと笑っている様に見えるのがホラーである。 丸い頭に付けられた二つの目玉が、ゆっくり、ゆっくりと彼等を見渡す。 それは既に、悪さをしないように見張るという行為からは逸脱し、何かしでかした時に飛びかかる気満々な姿にしか見えなかった。 さあやれ、動け。指一本でも動かしたなら反抗とみなし、その体肉片となるまで切り刻んでくれる。 その許可は下りている…なんていう、あるはずの無い心の声までが聞こえてきそうだ。 そんな物と向い合わせにさせられたザフトの皆々様は、その物騒なロボットをこっち向けないで下さいと許されるなら土下座してお願いしたい勢いだった。 だが、それを許してくれるはずもない攻撃力未知数な不気味な機械鳥。 それを従える怪しげな子供。 帰りたい。 そういえば忘れかけていた…というより、無理やり視界から追い出していたが、ブリッジの向こう側の宇宙空間には、レールガンを構えたままのMSが鎮座ましましているのだ、どの道彼等の生命の鍵は握られたも同然だった。 きっとあのMSがレールガンを撃ったとしても、彼だけは人智を超えた御業で脱出可能なのだろう。 きっとそうだ。 「…キ、キラ?その…何度も聞くようで心苦しいのだが…何をしているのかな…?」 数時間前までならば想像したことも無かった低姿勢な隊長の言葉だが、誰もそれを責めたり馬鹿にしたりする者はいなかった。 命が惜しいから逆らわないのでは無い。 そこには原初の恐怖があったのだ。 本能に、いや、魂に刻まれたといっていい。 一対一での正々堂々ルールに則った手合わせならば、その場にいる誰もがキラに負けることは無いだろう。 けれど、一対一では無く、多勢対一だとしても、『ルール無用』のこの場ではキラに勝てる気がしない。 彼には奥の手がある。 そしてそれを見破れたとしても、更に第二・第三の奥の手があり、しかもそれが…全て計算通りの掌の上で踊らされているだけの結果に結び付く…そんな気にさせる何かがある。 そんな者に逆らうのは勇気では無い。 ただのバカだ。 「心配しなくても、ラウちゃん以外は解放してあげるよ。頭数だけ揃ってても邪魔だし。今はね、ちょっとシステムを弄らせてもらってんの」 あ、俺達解放してもらえるんだ…とほっとした者が半数。 邪魔って言われた…と微妙にプライドが傷ついて凹んだ者が約四分の一。 残りの者は、え、連れてってもらえないの?…とちょっぴり人生を踏み外しかけてもいたが、とりあえず、それが表沙汰になることは無い。 「…私に、何をさせるつもりだね」 己の身柄の処遇については予想していたことを肯定されたに過ぎず、クルーゼに特別な否やは無い。 だが、キラから返ってきた言葉には、いっそ儚くなってしまえれば楽だろうにと思ってしまったことについて、誰も彼を責めれはしないだろう…曰く。 「別に?特に何も?…そうだね、ただ、君を野放しにすると今回みたいにお痛をするかもしれないから、目の届く所に置いておいた方が僕のためにはなるかなって…それ位?」 部下達の憐みの視線が痛かった。 甦る、幼少期のトラウマ…。 乳幼児のくせに、彼はどうしてあんなに強かったのだろう…仮面が邪魔で、涙を拭うことすら出来ない己が恨めしい。 ザフトの英雄と呼ばれ、隊を預かり、最新鋭の戦艦を二艦も与えられる等、その他にも様々なことをやって来たが…己がちっぽけな人間でしかなかったことを思い出してしまった。 「…だ、だが、一人でどうするつもりだ?この艦でさえ動かす事は難しいだろう?」 精一杯の反抗と笑わば笑え、そんな思いで口にした思いは、本当に鼻で嗤われた。 「僕を誰だと思ってるの?それをこの世で一番、比較的理解しているはずの君がそういうこと言っちゃうんだ?それなら認識を改めさせてあげる必要があるよね」 カタン、という小気味良い音で仕上げられたらしいプログラムは、ブリッジ内で静かに立ち上がり、管制という管制を支配する。 色鮮やかに点滅を繰り返し、そうして凪の様に静かにシステムが浸透していく様を茫然と見守る。 「やあ、気分はどうだい?」 自分達に向ける声音とは違う穏やかな問いかけに浮かぶ疑問符は、驚愕をもって彼等に返された。 誰のものでも無い、自動音声がそれに応えたのだ。 『システムオールグリーン。航行・攻撃・防御に関するその他あらゆるシステムに問題は感知されませんでした。マスター登録をどうぞ』 「僕はキラ。キラ・ヤマト。これからヨロシク、ヴェサリウス」 『ナスカ級・ヴェサリウス。個体識名を確認。ヨロシク、マスター・キラ』 「「「…………」」」 『マスター・キラ。艦内の一部に損害が認められ、一部遮蔽壁・扉が物理的に閉じられ、閉じ込められているモノがおります。いかがされますか?』 「ああ、それは放っておいていいよ。もし脱出しそうなら教えて」 『イエス・マスター』 開いた口が塞がらない、ギャラリーと化した元乗組員の皆様。 今まで自分達が乗っていた艦ではあり得ない反応を返し、会話を成立させている電子音。 何が起ったのかが分からない。 「と、いう訳だよ。ラウちゃん?」 にっこりと振り返ってそうおっしゃる姿が、例えるものが無いほどに凶悪だった。 浮かべられた笑顔は見惚れるほど爽やかなのに、かつてこれほどまでに恐ろしい笑みに出会ったことがあっただろうか。 あるわけが無い。 だって今、生きてる。 「確かに僕には、艦を動かす力は無い。それなら、僕が使えるようにシステムを組み直してしまえばいい。そうでしょ?」 そうでしょ、と言われても…そんなに簡単に出来る物ではありません。普通は。 「手始めにAIを仕込んでみた。流石にこんな大きな物を乗っ取ったのは初めてだけど、問題は無いみたいだし、何より僕の目的には魅力的な個体だ」 『ヴェサリウスはマスター・キラの指揮下に入り、そのご意思に沿って行動いたします。マスター、ご命令を』 「そうだね、とりあえず邪魔な物は捨てて軽くなろうか。それじゃあ皆さん、戦争お疲れ様。虫が入らないように通路のあちこちに隔壁を落としたままになっているので、格納庫まではこのトリィが案内します。その後は救命艇に速やかに乗り込み待機していて下さい」 『トリィ』 可愛らしく鳴いて小首をかしげたって、恐ろしさは欠片も減らない。 「ヴェサリウス、排出のタイミングは任せたよ。行動に不審を感じたりトロいようなら、ハッチを開けて放り出してくれて構わない」 『了解しました。マスター』 その言葉と共にブリッジと通路を繋ぐ扉が開け放たれる。 彼等の艦だった物が、中身から全く違う物になってしまったことは既に疑いようも無い。 滑空する機械鳥の後についてのろのろと移動を始めるザフト軍人達。 艦長であるアデスが最後に、複雑な表情で残るクルーゼを見つめたが、零されたため息と頷きに更に複雑そうに顔を歪め、敬礼では無く一礼して出て行った。 最後の一人がブリッジを出終わった瞬間閉まった扉は、彼等を迎え入れるために開かれることは二度と無い。 彼等は道々で、隔壁から弾き出される形で案内された他のクルー達と合流しつつ格納庫に向かうこととなるだろう。 キラとクルーゼ以外、誰もいなくなった閑散としたブリッジに機械音だけが静かに響く。 「…もう誰もいないんだから、その鬱陶しい仮面、取ったら?」 流し眼で、提案という命令をされ、クルーゼは諦め気味に仮面を外した。 「…ふーん。思ったよりは、進んでないんじゃない?もっとしわしわかと思ってた」 「…一応、知り合いの遺伝子学の学者に薬を処方してもらっている」 「それでその程度?ヤブだね」 眉を寄せ、疑わしげに言われた評価に詰まる。 今現在、彼以上にクルーゼの症状を抑えられる者など居はしない…いや、もしかしたら…。 「僕は、人類の発展に貢献する気なんて、さらさら無いんだ」 既にクルーゼから視線を外し、再び手近な椅子に腰かけてキーボードを弄りだすキラ。 「所詮は、僕も君も、傍から見れば、人間の欲望から生み出された化け物に過ぎない。それなのに、そんな僕がどうして人類に対して労力を捧げてあげなくてはならないの?そんなわけ無いよね?僕は僕のためだけにこの力を使う」 背中を向けられているクルーゼからは、キラ表情は分からない。 けれど、その声音から感じる、覚えのある憤りと決意だけは伝わる…だが、それがどうしたとも思う。 キラほどの力があるからこそ言える言葉だ。自分など、どれほど努力してもここまで来るのがやっとだったというのに…クルーゼの中に暗い思いが浮かぶ。 護衛の機械鳥は今はいない。無防備に向けられる背中にいっそ…。 「でも、ラウちゃんは数少ない同郷だし、その体を治す薬作ってあげてもいいかなって思ってたんだけど…余計なお世話だった?」 「ごめんなさい。許して下さい。二度と馬鹿なことは考えませんっ!」 「どーしよっかな〜♪」 全てお見通し、と言わんばかりのタイミングで出された爆弾に、クルーゼは残す物など何も無いという勢いで土下座したのだった…。 |
つづく |