『悪』とは何でしょう。
『正義』とは何でしょう。

『敵』とは一体、誰の事をさすのでしょう。

 誰に喧嘩を売ったのか。
 何の正義に反したのか。
 彼等には、それを教えてあげなくてはならないでしょう。

 そう、これは…『宣戦布告』なのです。








 L3宙域にてひっそりと存在していたはずの、オーブの資源衛星コロニー『ヘリオポリス』

 戦域から遠く離れ、それ故に他界からは隔絶された平和を保っていたはずのこのコロニーで、敵対する地球連合とザフト、そして中立のオーブが相まみえたことにより、世界は大きく変わっていくことになる。
 …そう、奇しくも、その縮図とも言えるナチュラル『ムウ・ラ・フラガ』、ザフトの『ラウ・ル・クルーゼ』、そして、中立国オーブの一学生であるはずの『キラ・ヤマト』が一堂に会すこととなったこの戦艦から全てが…。



 その日、世界中の街頭と言う街頭、家庭内テレビ、ネット等、ありとあらゆる公共電波が一斉にジャックされた。

『緊急速報です。緊急速報をお知らせいたします』

 あまり緊急性を感じない、機械的な電子音でそれを知らせた後、画面は全てが同じ物を映し出した。
 何処だかはっきりと解らない真っ暗な空間の中、スポットライトも無いのにそこだけが淡く浮き上がる椅子、に座る…狸のお面をつけた、少年。
 何だかよく分からないが、異様なことだけはよく分かる。

 笑いたいのに、雰囲気がそれを許さない。
 シュールなシリアスってなんだそれ、と半笑いを浮かべた者は意外に多かった。

『こんにちは、全世界の皆さん。突然このような電波ジャックをされてさぞ驚かれたことでしょう。そして、この様な怪しげな風体でこの場におります無礼をお許しください。ですが、こうなるには理由があり、過程があり、そして必然があったことをご理解いただきたい』

 某人物の仮面のストックを改造して作られた狸のお面は急ごしらえにしては芸術性に富んでいる事を、一体どれだけの人が気付いただろう。口元だけしか見えないがある種コミカルで、鈴の様な愛らしい声で語る彼は、それだけでも整った容姿をしていることを窺い知ることが出来る。
 が、その見た目から受ける異様さと愛らしさに正面から喧嘩を売るように、言っている事は輪をかけて不気味だった。

『昨日、中立国オーブの辺境コロニーヘリオポリスで、民間人を巻き込んだ地球軍とザフトの戦闘があったことを、この放送をご覧の皆さんはご存知でしょうか?』

 首を傾げた善良な者達が大半、ぎくりと色々な意味で思い当たった善良には程遠い者達も、世界人口から言えば少数が存在した。

『酷いものでした。国営モルゲンレ―テの工場を、占拠したのか丸めこんだのか騙くらかしたのかは分かりませんが、中立国内で、それも技術立国オーブの技術をふんだんに使いまくった大量破壊兵器を造り上げ、しかもその情報だだ漏れの結果、多くの民間人が居住する平和なコロニー内で両軍の戦闘が行われたのです。非戦闘民のことなどおかまいなく』

 背後の陰で、影が二つ身じろいだことはあまり関係無い。

『彼等は、外の世界では戦争をしているのだと言います。だから、のうのうと平和を享受している僕等こそが悪いのだ、と。そう主張されました。けれど、本当にそうでしょうか?一部の者が戦争を始めたからといって、誰もが武器を持って戦わねばならないのでしょうか?それも、独立した一国家が決めた『中立』を侵してまで、他国の一兵士が声高に主張出来るようなことなのでしょうか?違うと思います。断じて僕は違うと思うのです』

 悲哀すら籠もるその語りに、次第にモニターに耳を傾け始める群衆達。
 現在、世界のラインの全てが止まってしまっているが、それを気にする者はあまりいない。損害額は莫大だが、その辺は『戦争を始めた者達』に身銭を切って出してもらうつもりである。

 強制的に。

『居丈高に弱者を踏みつける道理がまかり通るのなら、手痛いしっぺ返しをされても文句は言えないはず。戦争をしているあなた達の論理から言えば、正義が勝つのでは無く、勝った方が正義なのです。主義主張では無く、強い方が勝つのです。それが「話し合いによる解決」を自ら放棄して選んだあなた達の結論のはず。だからこそ戦争という手段で優劣を決めようとしているのでしょう?ならば、文句を言えない様に、不本意ではありますが、同じフィールドに立つことも吝かではありません』

 次第に不穏な空気を醸し出す言葉の羅列に、聞いている者達も不安げになっていく。
 そんな中、多くの瞳に見守られた画面が切り替わった。

『お母さ――――んっっ!!』
『蒸し焼きは嫌だあっ!!』
『いっそ一思いに…』
『まだ死にたくないーっ!!』

 何事?と、思わず目も点になるあさましさ。
 服装的には、地球軍のような気がする。
 その後ろに微かに見える物は、シャトルか何かの船内なのかもしれない。
 だが、取り乱し過ぎている人物達は、もはや軍人の面影は無い。

『ご覧いただいた映像は、ヘリオポリスに巣食っていた地球軍の皆さんです。他国のコロニーで好き勝手してくれた罰に、現在定員オーバー気味のザフトのシャトルで揃ってアラスカ方面に落下中。自力航行機能をカットし、仕様の違う機体で、他者に命を握られ、抗えない力に翻弄される状況を自らご体験いただいております。ガードを外して、無事アラスカ基地に着陸出来るか否かは彼等の力量と地上よりの支援次第なのですが、これだけ取り乱していたら難しいかもですね。もちろん、誤解の無い様に降伏した兵に付けられるマークなどはつけておりません。何故なら彼等は降伏なんてしていませんので。でも僕には関係ありません。だって彼等だって民間人の都合なんて考えもしないで無法の限りを尽くしてくれたのですから、自業自得です』

 さっくり切り捨てた所で、また画面が変わる。

『変わりまして、こちら、地球軍の武装オプション付きシャトル。中には先の地球軍の皆さんと同じく、ヘリオポリス侵攻に携わったザフトの皆さんにお乗りいただいております。物騒な世の中ですので、心ばかりとは思いますが、非武装のシャトルに着けれるだけ武装をつけて、同じく侵攻して来ていたザフトの戦艦のある方に送り出してあげていたのですが…攻撃されていますね。同士撃ちですか。暇ですね。時間と武装と人命と税金の無駄だと思います。救い難いとはこの事です』

 いや、画策したのはあなたでしょう…とは、全ての人の心の声。
 MSこそ出撃してはいないが(この事実にも何やらきな臭さを感じる)、シャトルはガモフからのレールガンと火線砲のダブル攻撃に曝され、必死に逃げ惑っているが、撃墜されるのは時間の問題だろう…が、今の放送が傍受されたのか、攻撃が中止され、双方の間に嫌な沈黙が横たわっていた。
 見ている方も言葉を飲み込むばつの悪さ。

『ここまでのご静聴ありがとうございました。何も知らされず、突然戦闘に巻き込まれた者の一人として、今何が起き、何が起きようとしているのかを皆さんに知っておいて貰いたかったのです。今現在も幾つもの国の幾つもの機関がこちらの発信元を手繰ろうとご尽力いただいていたようですが、52の経由地と108のダミーを看過出来た方はいなかったようです。加えて各機関同士での潰し合いもお疲れ様です。それ、僕の作った防御プログラムでは無く、侵入を試みようとされたお互いですので。本当にお疲れ様です。いい見物でした』

 その言葉に、思わず吐血を催す数百人のプロクラマー達。
 いい面の皮…そんな言葉が脳裏をよぎる。
 薄々感じてはいたが…この狸のお面、性格が悪い。
とんでもなく狡猾な策略家だ。
古今東西、狸は腹黒と相場が決まっているのだ。

『時間かせぎもこの辺りで良いでしょう。ヴェサリウス、進行状況は?』
『宇宙要塞ボアズ、ヤキン・ドゥーエ、システム掌握完了。及び、軌道修正。建造中ジェネシスとの衝突まで930秒。脱出される方はお急ぎください』
『うん、いい仕事だね。ちなみに今日のジョシュアの天気は?』
『全域で雲が広がるどんよりとした空となるでしょう。所によりアルテミスが降りますのでご注意を』
『予想到達時間は?』
『アルテミス自爆まで750秒。細部爆破まで更に320秒。計算上大気圏で燃え尽きず地上まで落下するであろう細かい破片屑は約2500。全て地上に落下するため、津波の心配はございません。地上到達時間は、1290秒後です』
『遠くの地からなら流星群のようでとても奇麗だろうね。見られないのが残念だ』

 のんびりと戦艦搭載のAIと会話しているが、名を上げられた基地の者達はパニックである。
 確かにその言葉通り、アルテミスはジョシュア上空に軌道を変えつつ自爆シークエンスに入り、その他の基地でも火器やレーダーに軒並み不具合が起こり出す。
 プラントでは国防委員長を筆頭に、髪を振り乱して叫ばれる何とかしろという曖昧な指示の元、部下達が泣きながら作業を続けるが復旧出来る兆しは欠片も無い。
 地球軍側では無駄な抵抗はせず、逃げ支度に走る者が多かった。
 茫然と放送を聞いていた者達も、漸く理解し始める。
 これは、ただの可笑しな子供が悪戯に電波ジャックをしかけて遊んでいるのでは無い。
 世界規模のテロ行為だ。
あまりにスケールが大き過ぎて、かえって全く現実感が伴わない庶民達はモニターの前で呆けるしかない。
逆に、今正に命と信念と職場の危機に曝されている軍人達は必死だった。
基地内の者は逃げ支度に忙しかったが、基地外の者達は上司の命令で必死に足掻かされていた。
莫大な経費を費やしてここまで造り上げてきたのだ…おめおめ失っていては世論からの叩き上げが考えるだに恐ろしい。
だが、マニュアルにも前例にも想定にも無い事態に有効な指示が出るはずも無く、右往左往の空回りが空しく時間を浪費するだけだった。

『ザフト側の基地を二個と要塞一個を落とすのに不公平感が否めないので…地球軍側の基地ももう一個潰しておくことにします…で、引っ掛かったのが、こちら、アラスカ基地地下で建造中のサイクロプス。まだ未完成のため半径十キロとはいかなくても、基地周辺更地にする位のことは出来るんじゃないかと、ちょっと細工してみました。システムに熱暴走を起こさせて爆破することは可能との計算結果です。アラスカ基地の皆さん、退避準備はいいですか?300秒だけ待ってあげます』

 その言葉に、ざっと顔色を無くしたのが、地球軍大西洋連邦の高官達。
 地球軍内部ですら極秘に計画されていた兵器が、いきなり世界規模で白日の元に曝されてしまったのだ。現在はまだそれがどの様な物なのか知られてはいないが、その特徴が知られれば、世間的非難は免れない。

『これだけ壊しておけば、しばらくは戦争なんかして他人様に迷惑かけたりはしないでしょう。この後は、トップ同士が話し合って、停戦なり休戦なり泥臭い白兵戦なり、とにかく戦争をしたく無い人達のいない所で勝手にやって下さい。もう巻き込まないで下さい。ちなみに、自分の思い通りにならず、泥団子をさし出した手を振り払われたからと言って、逆恨みされるのはノーサンキューですので悪しからず。僕としては、平和な話し合いで解決してもらえれば理想ですが、そこまでの贅沢は言いません。無理だと思うし』

 さらっと毒を吐きつつ、狸はアンニュイな雰囲気を醸し出す。
 その姿が、仮面で表情などほとんど見えないにも関わらず、ま、あんた達に高尚な話し合いなんて出来ないって分かってますけどね。兵器と言う名の拳で語り合うのがお似合いですから?どうせ資金が溜まったら、またぞろ下らない兵器を造り上げて自分が強い気になって相手を支配しようとするんでしょ。…と言葉にせずとも語っていた。

『それでは、今回の電波ジャックはこの辺で…。しばらくは両軍及び中立に限らず軍系統の情報と統制が混乱すると思いますが、僕を止められない限り諦めて下さい。では…』


『キラあああっっっ!!!』


『……………』

 突如入った叫び声に、世界中が凍りつく。
 何か分からないが、よく分からない事態の中、更に事態をややこしくする何が乱入した。
それだけは分かった。

『何をしている!?馬鹿なことをしていないで、さっさと投降するんだ!今ならオレも一緒に謝ってあげるから!』

 場違いなことを場違いな場所でこんな風に叫ぶことが出来るのは、世界広しと言えど一人しか思い当たらない。
 思い込みと勘違いで成分の半分以上が出来ているキラの幼馴染だ。
 武装した地球軍のシャトルに乗っていても同胞であることが分かり、ガモフに収容されていたらしい。

『…ヴェサリウス、どうして通信繋いじゃったの?』
『申し訳ありません、マスター。通信の優先コードが入っていたため拒否出来ませんでした』
『ああ…』

 合点がいって肩を落とす。
 昔、夢中になると寝食はおろか、アスランとの約束だってもちろん忘却の彼方に忘れ去ってしまっていたキラは、耳元で喚き続ける幼馴染に根負けし、耳元で叫ばれるよりはマシ、と通信機器を会した優先コードを渡していたことがあった。
 その事実すらも忘れていたため、そのコードを無効にするのも忘れていたらしい。

『キラ!聞いているのか、キラっ!返事をしろっ、キラあっ!!』

 所構わず名を連呼してくるアスランに、キラの額にも青筋が浮かぶ。これでは何のためにこんなお茶目なお面を改造してまで正体を隠していたのか分からない。
 上手くすれば、穏便に情報操作する時間を稼ぐための数日は隠し通せただろう素性が即刻ばれかねない。

「…あんの、スカタンハゲが…っ」
『おい、キラっ!』
『煩いよ、アスラン!』

 全世界に繋がっている状態で名を呼ばれたのだ。ここは、『こんなことをしでかした自分とアスランは知り合いです』という事をお返しに知らしめてやらないと気が済まない。プラントの国防委員長をされている父君はさぞ対応に困るだろう。
 だが、代わりに、自分の対外的な情報の詳細がアスランの口から父親に渡る危険性も出た。
 もう少し穏やかに事を納めるつもりだったが、そうも言っていられなくなった事を感じ取る。
 そんなキラの感情の変化を、背後に佇む二人の青年が敏感に感じ取ってため息をついた。
 真っ暗だったキラの周囲が一気に明るくなる。
 そこはヴェサリウスのブリッジで、キラの座る椅子を守る様に両脇に立つ、地球軍の大尉の軍服を纏った青年と、ザフトの隊長服を纏った青年の姿が画面の向こうからでもはっきりと分かるようになった。

「……エンディミオンの…鷹…?」
「…クルーゼ隊長?」

 その呟きは誰のものだったのか、だが、その姿は両軍にとっては有名過ぎるほど有名な、対極にあるはずの英雄達だった。それが、並び立ち、一人の少年に付き従っている。それが何を意味するのか、突然のことで混乱した頭で分かる者は少ない。

『…状況が変わりました。両軍の英雄のお二人に協力していただき、これより軍基地と名の付く物全てを無に還すことにします。手当たり次第に行かせてもらうので、命の惜しい方は速やかに基地から離れて下さい』

 狸のお面を剥ぎ取り、揺るぎ無い決意を込めた瞳を曝し、浮かべる笑みは何処までも凶悪だった。

 キラの持ち札は、ヴェサリウスとアークエンジェル、ストライクとイージス、それに付随する各装備とお供の二人…システム上優位にあるキラにとって、世界を征服するには、十分過ぎる装備だった。


 つづく