「なんでザフト艦なんかに連れて来られなきゃならないのよっ!?説明しなさいよキラっ!!」 「えーと…それは、ザフトがヘリオポリスに攻め入って来たから責任取ってもらうため…です」 正直者のスパイ ☆第六話☆ ストライクを救命艇ごと持ち逃げしたキラは、真っ直ぐにザフト艦へと向かった。 宇宙図や識別信号、座標すらも入力されていない『無国籍MS』でそんなことが出来たのは、キラが趣味と実益と暇つぶしを兼ねて開発した『N(なんでも)ジャマーキャンセラー』を自分だけで持っていたからだ。 もちろん、その存在をザフトには報告していない。 大して苦労もせず(どちらかと言うとゲームの片手間)に作ったプログラムだが、それを軍に、良くて二束三文、悪くて無償で取り上げられるかと思うのは業腹で、それだったら自分だけが使うか、その内どっかに売り捌くか、気が向いたら特許をとってもいいな〜と思っていたのだ。 そして、こっそり持っていたそのプログラムinトリィを起動させ、さっさとザフト艦を見つけた後、苦も無く合流を果たしたのだった。 その際、何も知らなかったザフト側との間に竜巻が通り過ぎる直前と最中の様な混乱があったが、それは誰にでも想像がつく様なことなので割愛する。 そうして、周囲の喧騒や混乱など全く意に介さず、ストライクは救命艇を抱えたままガモフに降り立ったのだった。 誰もが固唾を呑んで見守る中救命艇が丁寧に下ろされ、気圧が確保されてから静かにストライクのコックピットが開き、中からふわりと少年が姿を現した。 MSに乗っていたというのに私服のままの、どう見ても軍人には見えない位線の細い、可愛らしい少年だった。 亜麻色の髪の間から覗くアイリスの瞳が、格納庫を照らす光を煌かせて幻想的な美しさを醸し出す。 戦争中で、作戦中の艦の中で、戦う道具であるMSのコックピットに佇む、決して戦士には見えない少年…そこだけが現実感を伴わず、集った者達は訳も無く罪悪感にかられた…。 何故、戦争などやっているのか…。 穢れ無き少年に、そう断罪されているかのようで…。 が、そんな彼等が自己批判の海に陥っていることを知らんとばかりに、彼はにっこり笑って手を振ると、 「すみませーん。色々相談したいことあるんで、責任者呼んでもらえますか〜?」 と言った。 彼等の元に、一気に現実感が戻って来た。 先ほどまで裁きの天使の如く見えていた少年は、その愛らしさは全く変わりはしないが、間違い様も無く『生身の人間』に見える。 それが当然なのだが、ちょっぴり違う世界に片足突っ込んでいた者達は、現実を認識するのにしばしの時間がかかった。 責任者を呼べと言われても…いや、もちろんこんな事態になっているだからブリッジに連絡は行ってますが、この、決して成功だったとは言えない作戦を終えたばかりの戦艦の中で『お父さんにご飯だって言って来て〜』的口調で言われても…。 と、何やら更に別世界に迷い込んでしまったような感覚でいた一陣とは別に、驚愕の声を上げた者達もいた。 「お!?お前キラ坊!?キラ坊じゃねーか!」 「何!?本当だ!キラ坊だ!」 「元気だったか!?キラ坊!」 わっと歓声を上げてキラを取り囲んだのは、ガモフでも古株になる整備兵の者達。 「あっ、そっか!皆さんまだガモフにいらしたんですね〜お久しぶりです〜♪」 にっこり笑った少年に、古株であり、歴戦の勇者達を護り続けて来た守護神達は、親しげに少年の頭を撫で回す。 キラも楽しげにそれを受け、何やら高度な話に花を咲かせ始めた。 と、そこに割り込む無粋な声。 「盛り上がっている所すまないが…話をさせてもらっても良いかな?」 静に響いたテノールに、先ほどまで賑やかだった格納庫無いがシン…と静まり返る。 その場の者達の視線の先には、優雅に微笑むモデル並に美しい立ち姿の最高責任者…であるのに、その顔面に張り付いている仮面が好感度をマイナスに突き抜け、平時の街中で遭遇したならば、警察に電話をかけたくなる使命感を湧き上がらせるだろう。 それなのに、そんな人間が平然とした顔でその場にいても、誰も何も言わない等…はっきり言ってまっとうな状況では無い。 かくも恐ろしい事態がまかり通ってしまうのが戦争であり、それを甘受してしまう精神を育ててしまうのが戦場だ。 それはともかく、そんな怪しい最高責任者であるラウ・ル・クルーゼは、お小姓のようなお付の者達、では無く、ザフトの誇る駆け出しの精鋭、紅服四人を従えて現れた。 そんな彼に、キラは少し驚いたように目を見開いた後、にっこりと微笑み付きで敬礼をした。 「お久しぶりです、クルーゼ隊長。特務隊所属キラ・ヤマトです。作戦中に申し訳ございませんが、こちらにものっぴきならない事情がありまして、着艦許可をありがとうございました」 「いや、以前の時も作戦中に通るからという理由で、君の任務地まで送ったことがあったからね…そういう星回りなのだろう」 「そう理解して頂けると助かります」 ふっ、と哀愁を漂わすクルーゼとは反対ににこやかな笑顔を崩さないキラ…その様子に、ストライクのパイロットはこんな奴だったのかとか、ザフト軍の人間だったのかとか、戦艦をタクシー代わりに使ったのかとか色々言いたいこともあり、問い詰めたいこともあったが、まず一番初めに飛び出しかけたイザークをクルーゼが手を上げて押し留めてからはタイミングを外し、妙に親し気に見える二人の様子に口を挟む機会を逸してしまった。 ちなみに、送って貰っただけでなく、帰りに乗せて貰ったことも何度かあり、その移動時間のほとんどをキラは格納庫で過ごしていたため、下手すると正規のパイロット達よりも整備員達とは親しくなっていた。 「…で、せっかく貴方に会わなくても済むようにガモフの方に来たのに…なんでいるんですか?」 「…君は、さきほど責任者を呼んでいたと思うのだがね?」 「いえ、僕はモニター越しで全然OKでした。だって我慢出来るか分かりませんし」 「何を我慢すると言うのだね?」 「その仮面を毟り取りたくなる衝動を」 「「「………………」」」 「……君は、知っているだろう…」 ちょっと待て、な発言に続いた隊長の言葉に、その場にいた者達がなぬ!?と固まる。 ザフトの七不思議の一つとして語られているクルーゼの素顔を知っていると、不思議本人が言ったのだ。驚くなという方が無理だろう。 「知ってますけど…取りたくなるんです〜」 しかも認めてしまった。 はっきり言って、もう隊長が仮面だろうと変態だろうとお稚児さん趣味だろうと女王様だろうと、隊員達は既に気にしていない。 どうでもいいと言い換えてもいい。 だが、それでも他人がその秘密を知っているとなると、途端に気になってしまうのは何故だろう…。 知りたい。 隊長の素顔が知りたい…! 「……我慢してくれたまえ」 「う゛〜〜〜…はぁい〜」 そんな殺生な…。 奇しくもザフトの心が一つになった時だった。 なんで知ったんだ。 どうやって知ったんだ。 知っていて何故そんなにもフレンドリーなんだ、あんた等。 秘密を知ったら月戦線で死ぬんじゃなかったのか!? そんな彼等の心情を置き去りにして、無情にも二人の間だけでのみ和やかな空間が広げられていた。 誰か聞け。 突っ込んで聞け。 あの間に入れる強者はいないのか!? 「キラ!俺はお前に話があるんだっ!」 上官の話に割り込むという無礼を果たした勇者は、アスラン・ザラという。 格納庫中の目が期待を込めてアスランに注がれた。 未だかつてこんなにもアスランの評価が上がったことは無い。 「何故お前が地球軍にいたんだ!?」 違うだろ! 本人が特務隊っつったらもうスパイしかねーだろう! 察しろよそれ位!ってか、今聞きたいのはそんなことじゃねぇ!! 勝手にかけられた期待を勝手に裏切ったアスランに非は全く無いが、格納庫中の目が非難を込めてアスランを睨みつける。 未だかつて、これほどまでにアスランの評価が下がったことも無い。 「だってキラ!お前は優秀だけどぽややんとしててどっか抜けてるからっ、学校帰りとかに突然後ろからクロロフォルムを嗅がされて薄汚い倉庫に連れ込まれ、全裸にされた挙句あんなポーズやこんなポーズをさせらたれ写真や映像を元に地球軍に脅されてMSに乗らされているんだろう!?もしかしたら亀甲縛りとか吊るされたりした写真も残っているかもしれない!それをおじさんやおばさんに見せられたくなかったら言うことを聞けとか言われてたらどうしようって!その後も弄ばれるだけ弄ばれて、そーいう体にされて協力させられているんだと心配したんだぞ!何故俺に言わなかった!」 しん………と静まり返る格納庫。 誰一人微動だにせず、アスランの叫びの余韻が嫌な感じで響いて残っている。 だが、ほとんど一気に言い放った根性は天晴だ。 「……それが、君なりに考えた『僕の状況』…?」 「違うのか!?」 そんな、それ以外考えられない!と言わんばかりの顔をされても…。 格納庫内にいる者達ほとんど全てが、アスランが己の推測を熱弁しているのを呆れた目で見ていたが、半分位はキラの状況も気になることもあり、彼が何をどう返すのかを固唾を呑んで見守ってもいた。 しかし、そんな彼等の様子や幼馴染の無駄に熱い眼差しをキラは諦め半分で受け止めた。 まあ…戦闘中だからって説明を面倒くさがった自分が悪いんだよね…。 アスランに自分で考えさせたら、訳の分からない思考の迷宮から大ジョーカーを拾ってくること位予想して然るべきだったんだから。 ちょっと昔よりグレードアップしてるけど…妄想の幅が。 そしてキラは、上を見て、下を見て、ゆっくりと大きなため息をつき、徐ににっこり笑顔を浮かべて爆弾を落とした。 「うん。実はそう」 「「「待てっっ!!違うだろうがあっ!!??」」」 ザフトの絆が更に強まった瞬間だった。 「違うだろう!キラ・ヤマト!貴様さっき自分でザフト軍所属と言っただろうがっ!」 「そうですよ!特務隊所属って言いましたよね!?任務でスパイで潜入で仕事であそこに居たんですよね!?」 「なんでそこでそんな笑顔全開であんな100%変態な妄想話肯定しちゃうわけ!?」 同胞達の代表として、血気盛んな様をその軍服に写し取ったかのような紅服三人が、自己紹介もストライクのパイロットへの疑問も不満も全てすっ飛ばして詰め寄った。 その勢いにも負けず、キラはきょとんとした表情を苦笑に変えて肩を竦める。 「いやぁ〜だってもう、何だか否定するのもメンドくさくなっちゃって…何でもいいやって言うか、どーせ人の話しっかり聞かない人だし」 「そ、それでも、あれだけは肯定しちゃ駄目だろう!?人として間違ってるだろう!?」 「早まっちゃいけません!人生捨てるにはまだ早過ぎます!」 「あいつはともかく、他の人間にそんな風に誤解されてもいいのか!?嫌だろう!?」 「う〜ん、でもアスランって人の話聞かないし、同じこと繰り返すし、妄想と思い込み激しいけど、その分突飛過ぎて他の人は本気にしないから、ま、いっかなって」 「「「……………」」」 …一理ある…と思ってしまった。 確かに、今この場でアスランの妄想を信じた者は、一人としていないだろう。 だがしかし、それだとしても…肯定するか…? 「てか、静かな人達かと思ってたら、結構しゃべる人達だったんですねぇ〜」 「さっきまでの何処に口を挟む隙があった――っっ!?」 「ああ!それもそっかぁ」 ぽややんと楽しそうに同意する姿に、思わず床に懐いてしまいたくなる衝動にかられる。 何もかも投げ捨て、実家の自室のベットにダイブしたい心境だった。 そうして、そんな、漫才まがいの事態を呆然と見守るしかなかった彼等の耳に飛び込んできたのが、冒頭の台詞だった。 どうやら、警戒態勢を敷く前に呆然としたままの整備兵の一人が救命艇のハッチも開けてしまっていたらしい。 そして、中から恐る恐る顔を覗かせた民間人達の一人である少女が、キラの姿を見つけた途端、掴みかからんばかりの勢いで叫んだのだった。 実際、無重力に設定されている格納庫内では、ちょっと勢いを付けただけで慣性の法則のまま何処までも飛んで行ってしまう。 そんな少女をそのまま避ける訳にもいかず、キラは引き攣りながらも手を伸ばして引き寄せた。 「あ、ありがと」 「どういたしまして」 自分が意図した以上のスピードで体が宙に浮いたことに面食らったフレイは、助けてくれたキラに素直に礼を言った。 たぶん、ザフトの一員だろう少年と、ヘリオポリスの民間人らしき少女…二人の接点はと言えば、彼があのコロニーへの潜入中の時だろうけれど…軍務中の軍人が、潜伏先の民間人とそんなにも打ち解けていていいものか…? しかも、作戦遂行中の艦の中でほんわかと。 いや、よくない。 よくないはずなのだが…それを指摘してはいけないような雰囲気が漂っていた。 にっちもさっちもいかなくなっていた彼等の耳に、状況を説明していたはずのキラの、場違いなくすりと笑う声が聞こえて来る。 「あ〜、でも僕等、出会いは最低だったよね」 「う゛…そうね…最悪な第一印象を与えたことは、間違いないわ…」 楽しげに笑うキラとは対照的に、気まずげに視線を逸らすフレイ。 その様子から、言っていることに嘘は無いのだろうが、それを納得するには今の二人の雰囲気が腑に落ちない…。 「どういうことだ…?」 怖いもの見たさにも似た好奇心で訪ねれば、キラが言っていい?とたずねたフレイが無言でこくん、と頷いた。 「フレイは、僕の友達の婚約者として紹介されたんだけど、その時の挨拶代わりの言葉がねぇ…」 思い出したのか、くすりと肩を竦めるキラに、フレイはバツが悪そうにちらりとキラを見て、拗ねたようにうっすらと頬を染める。 「『コーディネーターのくせに気安く触らないで!』…だったんだ」 「「「は!!??」」」 ヨロシク、と言って差し出した右手に返って来たのは嫌悪も露わなそんな言葉だった。 しばし呆然としたたのは、キラも隣に居たサイも同じ。 そして、あの時の自分達のような状態の人達が、皆ザフトの軍服や作業着を着て今目の前に並んでいるという状況がなんだかおかしい。 あの言葉にまったく傷つかなかったなんて嘘。 哀しくなかったなんて言えない。 でも、人は変わることが出来るから…。 呆然と自分達を見つめる同胞達を、今はもう、自分の言った言葉からも逃げずに毅然と立つ、居心地のよくなった彼女の隣で、キラは楽しそうに笑った。 |
つづくv |
正直者のスパイ6話でした。
長くなったので一端切ります(汗)
続けて7話をどうぞ(笑)