「救命艇の着艦など許可出来ん!!」 『分かりました。じゃあザフトに持って行きます』 正直者のスパイ ☆第五話☆ 返って来た言葉に、艦橋は数秒水を打ったような静けさに包まれた。 「な…っ、何を言っている!?」 『え?そんなに僕の言葉分かり辛かったですか?じゃあもう一回言いますね?僕はこれからこの救命艇を持ってザフトに行きます。短い間でしたけどこれでさよーなら。じゃ』 『じゃ』じゃねぇっ、と心でも突っ込む余裕も無く、怒り心頭で眦を吊り上げるナタル・バジルール25歳、彼氏無し。 きっと、軍人の家の軍人が選んだ軍人の誰かと何の疑問も感じずに結婚して子供を産んで、そしてまたその子供にも当然の様に軍人になることを強要し、もし反抗されて軍人になることを嫌がられたら何故そうされるのかさっぱり分からず理解せず、歩み寄りもしないで頭から押さえつけて更に溝が深まるタイプだろう。 そんな彼女は今、マニュアルに全く無い状況と台詞に、意味も無く口を開閉させるだけだった。 が、本当に遠ざかって行きそうな後姿をモニターに捉え、怒鳴りつけることで引き止めようとする。 「ふざけるな!キラ・ヤマト!直ぐに戻れ!」 『ふざけてませんし戻りません。だってこんなトコに救命艇を放置して行くなんて、僕の良心が痛みます。それによく考えてみれば、何の縁も無い地球軍のあなた方に何人いるのかも分からないヘリオポリスの人達の衣食住の面倒を全てみろなんて言う権利は僕にはありませんでした。非常識でしたよね?僕らはザフトに保護してもらいますのでお気になさらず、アラスカでもアイスランドでも何処へでもお好きな所にお行き下さい』 「何を言っている!?訳の分からんことを言ってないでさっさと戻って来い!」 『僕は寒いトコ苦手なんで遠慮します』 「そういう事を言っているのでは無いっ!!」 『あ、そうですよね!寒さで言えば宇宙空間に勝るものなんてありませんよね。失敗失敗』 「そういうことでも無あ――いっっ!!!」 怒髪天をついた服艦長の剣幕も何処吹く風…キラはあっさりMSのバーニアを噴かす。 その様に艦橋はまた混乱するが、ここまで来るのにも様々な困難と苦難と混乱があった。 まず、格納庫での顔合わせの際、キラ達が名乗った名前が偽名だったことが発覚した。 何故、と問い詰めたマリューに、キラは朗らかな笑みの下あっさり… 「地球軍に本名を名乗るなんて自殺行為にも等しいこと、軽々しく出来ません」 と嘯く。 呆然とする彼らに更に… 「本名名乗って身元がはっきりした途端、家族や友人知人を人質にされて無理難題を押し付けられた挙句脅される…という事件が頻発しています。コーディネーターの皆さんは充分に注意し、各自自衛手段を講じるよう心がけて下さい…と、行政府から指示がありましたから」 と、のたまった。 がっくりと地の底まで落ち込んだマリューに続き、絶句した地球軍御一行の心を表すかのように警報が鳴り響いたのはその時だった。 すったもんだの末にキラは再びストライクに乗り込んで出撃することになり、その先で再会した幼馴染に「何故お前がそんな物に乗っている!?」と攻め寄られたのに対し、「説明面倒だから自分で考えて」と返したことは誰も知らないが、とにかく、ヘリオポリス崩壊というインターバルを挟んで、今彼等は宇宙にいる。 そして、やっと通信の繋がったストライクとのやりとりが冒頭の台詞だった。 『何て言うか、ぶっちゃけ僕コーディネーターなんで、地球軍の艦にいるよりザフトに保護を求めた方が話が通じやすいと思うんですよね。それに見た所、こっちの艦は急ごしらえの急発進で、物資も人員も儘なら無い感じですし、この上避難民の世話なんて出来ないでしょう?人間食わなきゃ死んじゃいますし』 「いや、だから」 『その点向こうは艦も二隻ありましたし、満を持した感じで攻めて来たんなら物資も豊富だと思うんです。そーなるとやっぱり、避難民預けるならザフトかなって』 「そういう問題じゃなくて」 『それに正直、人手不足の地球軍よりは戦力過多なザフトの方が生き残れる確立高そうですし』 「貴様っ!」 『という訳で、僕ザフトに行きますね』 「人の話を聞け―――っっ!!」 絶叫を迸らせて肩で息をする副長の姿に、キラはモニターの向こうできょとんと首を傾げた。 「……貴様には言いたいことが山ほどあるが、とにかく、ストライクをザフトに持って行かれては困るのだ。救命艇の着艦を許可するからさっさと戻れ」 プライドを総動員させて保ったガラスの冷静心で、彼女にとって最大限の譲歩と共に艦長の意向も聞かずにそう言えば、キラからは予想だにしなかった返事が返って来た。 『いいえ、御迷惑そうですから結構です。僕はこの救命艇を見つけた責任を取って、必ず彼等を安全な場所に連れて行きますのでお気になさらないで下さい』 「……………は?」 『ヘリオポリス崩壊の原因はあちらにもありますし、避難民を保護するのに否やは無いでしょう。なーに心配要りません。先ほどの戦闘からそう経ってませんから、レーダーに映らないだけでその辺うろついてるはずですから』 「て、こら待てっ!キラ・ヤマト―――っっっ!!!」 にっこりと力強く笑って通信を切ったストライク。 ナタルの叫びはあちらには繋がらず、呆然と腕を伸ばした状態になった彼女に、オペレーターが恐る恐る報告した。 「……ストライク、ロスト。コロニー崩壊のジャミングにより、ザフト艦同様ストライクの位置も見失いました…」 「「「…………」」」 既に、威嚇射撃で足止めすることすらも出来やしねぇ。 こんな状態で、奴はどうザフトに行くと言いやがるのだ。 座標も無しに宇宙に出るなど自殺行為もいい所だ…これだから戦場を知らない素人は…もういっそ、ザフトなんぞに合流出来ずにそのままどっかで野垂れ死んでくれ…と、某地球軍少尉は思ってしまった。 そりゃもう切実に。 宇宙は誰もに平等に、薄ら寒い気分をくれた…。 居住区の一画、人気の無い、傷一つ無い、ついでにアットホームさの欠片も無い機能性のみを重視したシンプルな新築の部屋の一つに、半ば軟禁される形で押し込められたヘリオポリス組は、暢気に雑談を繰り広げていた。 「あーあ〜ホントにコロニー崩壊するとはなぁ〜。補償とかどうなるんだろ…」 「だよなぁ〜オーブも生活の全て見てくれるわけじゃないし。保険とかってどの辺まできくんだろ?」 「てか、保険ってどの保険だ?そもそもヘリオポリスじゃ災害保険も戦災保険も無かっただろ?」 「ああ、そうか…火災保険や病気や事故や自動車保険は利かないよなぁ…大体コロニーが崩れた時に備えた保険ってあったかぁ〜?」 「どーだろ…あったとしても、うちの親は入ってねぇだろうなぁ〜…」 「うちも入って無いと思う…」 「一生安心なんてCM流してたのどこの会社だぁ〜」 「ジャロに訴えてやる〜…」 はぁ〜と重いため息をつく。 「あ、地球軍やザフトからの賠償責任は?」 「えー!?すると思うか〜?軍だぜ軍」 「ほら、あれじゃない?『記憶にございません』『そのような事実はございません』」 「ああ!あるある!事実を認めても『適正な攻撃でした。不幸な事故であり、当方は適切な判断の元適切な処置をした結果であると』!」 「そうそう!やたら『適正』を強調するんだよな!絶対謝んないし頭下げねーの!」 「軍にとっちゃ人間なんか十把一絡げで使い捨てどころか見捨てて当然。よけりゃ盾位ならしてやってもいいぞ的価値観なんだよ!」 「うっわあ〜っ、何様!?」 「ホントだぜ!誤爆しても謝んない!人殺しても謝んない!中立国に潜んでて武器の密造してても謝んない!」 「あげく自分が正しいみたいな顔して当然みたいにオレ等のこと拘束してさ!おかしーよ!なんでオレ等が拘束されなきゃならないんだ!?いちゃいけないのあいつ等じゃん!」 「そうよ!密入国の武器商人が大きな顔して人殺ししてるなんて世の中間違ってるわ!」 「そうだよ!そんな奴等に巻き込まれて、なんでオレ達が家もコロニーも着替えの服さえ奪われなきゃなんないんだよっ!」 「戦争やってる奴等の気がしれないな!…あれ?」 ふんっと鼻息荒く言い切ったサイがふと気づいた気配に顔を上げると、少々顔色を悪くしたマリューと、今にも暴れだしそうなナタルを押さえつけているフラガの姿があった。 産まれた時から住んでいたコロニーの崩壊を目の当たりにし、泣いて泣いて落ち込んで、そしてやっと落ち着いて来たと同時に湧き上がってきた怒り…それをそのまま言葉にしてヒートアップしていた彼等は、気まずそうに佇む地球軍の彼等の姿を見つけても平然としている。 こいつらがヘリオポリスにいたせいだ…と思うと、気遣うのも馬鹿馬鹿しかった。 これが、典型的な軍人なら、今押さえつけられているナタルの様に激高して己の正義をふりかざしたり銃を向けたりして来ただろうが、マリューは特に、彼等を拘束した張本人であると共に、情に流されやすく、軍人としては比較的理性的な性分だったため、ただただ居た堪れないような心情になっていた。 「…何か用ですか?」 「え、ええ…。その…」 「貴様等の友人が裏切ったのだ!!」 「ナタルっ!」 「「「…は?」」」 振り切って声を上げたナタルにマリューは慌てて制止するが、彼女は侮辱されたことで怒りは収まらず、高圧的に大上段に構えて吐き出すように叫ぶ。 その姿に、上官の手を振り払い、上官の制止を振り切って自分の思うまま行動するのは『上官侮辱罪』とやらにならないのかなぁ〜あの人軍人なのにいいのかなぁ…と誰かが頭の片隅で思った。 「ザフトに逃げ込んだのだ!貴様等を見捨てて一人だけでな!」 「いや、一人でじゃないぞ?バジルール少尉」 「そうよ、救命艇も一緒に持って行ったんだし…」 「奴はMSを持ち逃げしたのです!ここにはまだ奴の友人達がいるというのに!」 「いや、それはまぁ…」 ナタルの剣幕に押されながらも、フラガは気遣うように子供達の方をちらりと見る。 呆然としている様子の彼等に、眉間に皺を寄せてナタルを落ち着かせようとわざと軽く笑って見せるがあまり効果は無い。 「これだからコーディネーターは信用出来んのだ!」 「バジルール少尉!彼にストライクに乗ってくれるよう頼んだのは私達よ!?そのことで彼を責めるのは筋違いというものだわ」 「ザフトに行けとは頼んでおりません!奴は己の意志であれに乗ってザフトに行ったのです!スパイだったのかもしれません!」 「少尉っ!」 子供達の前で、ましてや彼の友人の前で言っていい言葉では無いと強く名を呼べば、流石にはっとしたように彼等を伺い、けれど直ぐに厳しい表情に戻してきっと睨みつけて来た。 「奴はもう戻って来ないが、お前達にはここでしばらくおとなしくしていてもらう。艦内を勝手に出歩くことも許可しない。不審な行動を少しでも取れば、その時はこちらもそれ相応の処置を取らせてもらう」 要約すると『命が惜しかったら逆らわずに動くな』という内容をオブラードに包み、それだけを言うと踵を返して去ってしまった彼女の後姿を見送り、上官二人は小さくため息をついた。 「…ごめんなさいね。戦闘後でちょっと気がたっていて…でも、あなた達の友人がもう戻って来ないというのは事実です」 「あの…」 「ああ、彼のことをスパイだとか思っているわけでは無いの。それに…ちゃんとあちらに着けるかどうかも定かじゃないし…」 「そうだな。あの状態で向こうの艦を見つけるのは…ちょっと難しいだろうしな」 不可能だとは言わず、軽い口調で肩を竦めるフラガにマリューは小さく笑う。 けれど、何か問いたげに、けれど何も言葉に出来ない様子の少年達を見て気を引き締める。 「とにかく、彼のことは心配しないで。私達も出来るだけのことはします。だからあなた達もここにいてちょうだい。いいわね?」 「あんまり考え込み過ぎんなよ?坊主達」 そう言って小さく笑い、足早に去って行った二人を見送り、完全に気配も靴音も届かない距離になってから、彼等は徐に部屋の奥に目を向けた。 「…あんなこと言ってますけど…キラ?」 「ん〜…じゃあ、そーゆーことにしとこーか」 そこには、ふとんの中から頭だけを出し、悪戯が成功した子供と同じ顔でにっこり笑うキラがいた。 「……ところでさ、キラ」 「ん?」 「あの副艦長さんって、ポートで見た…」 「うん、あの人だね」 「やっぱり…ホントに軍人だったんだな〜」 「てか、軍人以外できないでしょ。就職」 「そうか…ウェイトレスとかブティックの店員とかは絶対無理そうだな」 その言葉にふと想像し、誰ともなく視線を逸らした。 「ああいうのも適材適所って言うのかしら」 「…だね」 「てかもう寝よーぜ…疲れた」 「そうだね。おやすみ」 「おやすみ〜」 そうして、長い一日がやっと終わった。 |
つづくv |
正直者のスパイ、第5話でした。
あまりにも長くなってしまったので、キラがザフトに
救命艇持って行ってからの話は切り離して次回へ
持ち越し(苦笑)
出来るだけ早く出しますので少々お待ち下さい〜(汗)