「名前を順に言いなさい!」 怪我した肩を押さえ、それでも銃を向けてくる地球軍のロリ顔デカ乳軍人に、キラは深〜いため息をついた。 正直者のスパイ ☆第四話☆ 睨み付けるような鋭い瞳に、怪我人相手だったら自分一人でも倒せるよな〜などと思いつつも、何やらきな臭い状況にとりあえず大人しくすることに決めたキラは、もう一度小さく息を吐いて名前を告げた。 「サクラ・ビーンズ」 え、という顔をしたのは同じく銃を向けられている友人達。 生まれて初めて他人に銃を向けられるというある意味貴重な体験、いや、緊張する状況で、さらりと自分達の知っているものでは無い名を名乗り、更に平然としているキラに、ある種の力が抜け落ちる。 ここで、今まで知っていたキラの名前が嘘で、今名乗ったものこそが本名であるなどと思う者は何故か一人もいない。 キラが自分達に嘘をつくはずが無い。 嘘をつくとしたら、見ず知らずの目の前の軍人に対してだろう…なんたってキラはザフトだし。この人は地球軍みたいだし。 キラが偽名を名乗ったのは、きっと意味があるんだ…!と、キラが己がザフトに所属していることをバラして以来、何処か感覚がズレてきていた善良な中立国の学生達は素直にも思ってしまった。 思わず顔を見あせたカレッジ・ナチュラル組は、ちらりと女性仕官を見て小さく名乗る。 「…アレン・ポートフ」 「トム・バリー」 「ナイチェス・ブリジアン」 「キャリアン・ジェリー」 「そう。あなた達には悪いけど拘束させてもらうわ」 鋭い視線はそのままに、物騒な物を持って物騒なことを軍人が言っているのは分かったが、嘘100%の偽名をそのままスルーされてしまったという状況の方が彼等の心を高揚させた。 ちなみに、今彼等が名乗ったのは最近オーブで流行っているドラマの登場人物の名前…をちょっともじった物である。 偽名などそんなに直ぐ、さらっと作れるようなものでは無い。 それ故に出て来た名前だったのだが、聞く者が聞けば直ぐに察することの出来る物だ。 現にキラは、目立たないながらもちょっと目を見張り、そういえば来週の放送はどうなるんだろう…と、こっそり人工の空を仰いだ。 そして、そんなちょっと、場違いな哀愁を漂わせるキラを置き去りに、ナチュラル組は一気に興奮状態になる。 ――― うわーうわーうわーっっ!! ――― 嘘なのに!嘘なのにそのままスルーされちゃったよっ!! ――― どーする!?どーする!?疑ってないよ、あの人っ!? まだ何か言ってるらしい軍人を意識からほっぽり出して、成功してしまった悪戯(?)を意味も無く喜ぶ。 隣でキラが個人的に気を取り直してふわぁ〜とあくびをしていることも緊張感を更に薄める要因の一つとなっていただろう…しかし、そんな彼等の様子も意に介さずしゃべり続けるマリューは、突然の奇襲と怪我に間違いなく混乱していたのだろう…でなくても情け無いが。 「聞いているの!?あなた達!」 「「「へ?」」」 「向こうにコンテナがあるからそれ持って来いだって」 「あっち?」 「そう、あっち」 「OK♪ちょっと待ってろ」 「それじゃ僕は、その戦艦とやらに連絡とってみましょーかね」 「ちょ、ちょっと待って!」 はぁ〜やれやれとストライクのコックピットに入ろうとしたキラを、マリューが慌てて呼び止める。 トール達の姿は既に遠い…この場で語りかける相手がキラしかいなかったことが彼女の不幸の一つだろう。 「何ですか?」 「何って…あなた達、どうしてそんなに…」 協力的、とは少し違う気がするが、それでも腑に落ちない。軍人として訓練された自分の勘に引っ掛かる何かがマリューを警戒させる。 こんな、年端もいかない(?)、ぽややんとした、武器も持っていないような少年達に対し、何を警戒することがあるのかと理性は言うが、それとは違う、本能の部分が警戒信号を発する…もしかしたら、彼が『コーディネーター』かもしれないということがそうさせているのかもしれないが…。 「善良な市民が武器を持って脅す野蛮な侵略者に、命がけで逆らうっていう状況の方がお好みでしたか?」 あんまりな台詞の内容に、マリューは手の中のグリップをぐっと握り締め、鋭い眼差しで見返そうとしたが、きょとん…とした表情で自分を見ているキラの姿に、飛び出す寸前だった言葉を喉に詰まらせる。 ――― この子…嫌味を言ってるつもり、欠片も無いわ…! そ、そうよね…第三者から見たらそう見えるわよね…。 ただ真実をそのまま口にしただけでしょうに、それを嫌味ととるなんて、 私ったらいつの間にこんなにも卑屈になったのかしら!? 嫌だわ…こんな子供にまでそんな疑心暗鬼でいるなんてっ、人として間違っているわ! 信じるのよ、マリュー・ラミアス!ビリーブ! 突然の襲撃と怪我に、マリューは随分と混乱していたことは間違いない。 「ご、ごめんなさいね。そういうわけじゃないの…ただ、とても協力的に見えたから…」 「ああ、お気になさらず。僕等は中立国の人間なので、軍に協力するのが市民の義務だ!なーんて腹の足しにもならない使命感は持ち合わせていませんが、工業カレッジの生徒なので」 「は?」 「ロボットが好きなんです」 「はい?」 「男の子ですからv」 「あ…そう…」 にっこり、きっぱり言い切った少年の言にあっさり頷いてしまったマリューは、突然の襲撃と怪我に(以下略) そんな風に、ある意味善良な敵軍の兵士の苦悩を黙殺して作業を進め、計画には全く無かったし、キラ自身の予定にも無く、命令でも無かったが、キラは友人達と地球軍の艦に乗り込むこととなった。 言われた通りに戦艦にMSを運び、友人達に迎えられて降りると、突然近づいて来た見知らぬ軍人がキラにこう言った。 「キミ、コーディネーターだろ?」 「はい。あなたもですよね?」 「「「!!!???」」」 当然のように返したキラの言葉に、彼の言葉で咄嗟にキラに向かって銃を構えようとした軍人達の動きが止まり、目に見えて狼狽し出す。 「なっ!?坊主何言ってんだ!オレのこの軍服が見えないわけ?」 「視界には入ってます」 「いや、そーいうことじゃなくて!…て、あーもー!オレはナチュラル!見りゃ分かるでしょーが」 「あはは。何をおっしゃるんですか。あなたはコーディネーターですよ、どう見ても。ねぇ皆?」 うろたえるフラガに爽やかに笑いかけ、同意を求められたサイ達はなんとなく頷いてみた。 コーディネーターとナチュラルを、はっきりと見た目で判断などあまり出来るものでも無い。 それなのに目の前の軍人はキラをコーディネーターと当て、そのキラが彼をコーディネーターだと言っているのだからそうなのかな?程度の認識だったが、味方をするならキラの方と決まっているので、躊躇もせずに頷いた。 それによる地球軍の皆さんの反応は知ったこっちゃない。 現に、取り囲む者達の中には不審さを隠そうともせずフラガを見る者もいるし、格納庫中に落ち着かない不穏な空気が充満して行っていた。 「〜〜〜坊主〜…オレに何か恨みでもあんのか〜?」 「はい」 「は?」 うんざりしたように言えば、またもやキラの爽やかな笑顔付の肯定の返事が返って来て、フラガはぎょっとする。 はっまりと頷かれたこともそうだが、この初対面の少年に自分は何かしただろうかと出会って数分の出来事が走馬灯の様に脳裏を駆け巡る。 どちらかと言えば、自分の方が酷い扱いを受けてないか…? そんな思いから眉間に皺を寄せるフラガに、キラはにこにこと笑顔を向けつつはっきり告げた。 「こんな地球軍の真ん中で『コーディネーターだろ?』なんて聞かれたら銃を向けて来るのなんて分かりきってることして、むざむざ僕の友人達を危険な目に合わせかけてくれたことですよ」 「あ?」 「気づきませんでした?あなたが僕に『コーディネーターだろ?』って聞いてその辺の人達が銃を向けかけた時…僕の友人達が庇うように前に出かけたんです」 笑みを消し、憮然とした表情を隠す事無く告げる少年に、フラガは驚いて傍らの少年達を見る。 けれど、彼等自身が驚いた顔をしてキラを見ていた。 「…キラ…」 「サイ、トール、ミリィやカズイも…気持ちは嬉しいけど、もうあんなことしないで」 フラガに向かっていた時とは打って変わった、弱々しい声音…そんな常に無い友人の様子に反射的に反論する。 「オ、オレだってやろうと思ってやったわけじゃねーよ!体が勝手に動いたんだ!だってあいつらいきなりキラに銃向けようとしたんだぜ!?」 びしっと軍人達を指差していうトールに、フラガはキラが言ったのは本当だったのかと目を見張る。 「いきなりだぞいきなり!ただこのおっさんが『コーディネーター』って言っただけで!キラがコーディネーターなのはキラのせいじゃない!オレがナチュラルなのもオレのせいじゃない!なのに…っ!」 当たり前のことなのに。 あるがままの、誰にも覆しようの無い事実なだけだというのに…そんなことで、友人が銃を向けられた。 ただ一本の指を動かすだけで人の命を奪える武器を…。 言っている間に感情が高ぶってしまったのか、声が詰まってしまったトールを優しく、けれど何処か淋しげにキラは見つめる。 「うん…でも僕はコーディネーターだから、大丈夫だから」 「なっ…んでだよ!?コーディネーターだからって…!」 「トール、聞いて。僕は訓練を受けてるから大丈夫なんだ」 訓練、と聞いて、トールや横で聞いていたサイ達はキラがザフトに属していることを思い出し、そのことかと思うが、口も手も出せずに見ていることしか出来なかった軍人達もぴくりと反応した。 「こんな時代だから、僕等はコーディネーターってだけで命を狙われる機会は多いんだ。それこそ、戦争が始まる前からしょっちゅうね。絶対数ではナチュラルの方が多いし、その中でもブルーコスモスって過激な人達は神出鬼没で取り締まってくれるトコも少ない。地球軍なんか特に、本当ならあいつ等を抑圧してくれてもいいのに協力的だし、て言うか、いっそ親ブルーコスモスかブルーコスモス協賛って名乗ってくれた方がすっきりする位あいつら寄りだしね」 再び銃を上げかけていた地球軍の皆さんが慌てて降ろす姿がちらほちらと視界に映る。 そのことがまた、トール達には腹立たしい。 「だから、最低限自分の身を守れる位のことは出来るように、コーディネーターの幼年学校では訓練があるんだよ。それこそ軍予備軍みたいな訓練がね」 「そう…なのか?」 「そうなんだ。だって地球軍ときたら、コーディネーターとみたらやれ拘束だ、尋問だ、スパイだ化け物だって、難癖つけては銃を向けてくるんだもん。…こんなこともう慣れっこだよ」 「………」 淋しげな笑みを浮かべるキラに、友人達は悔しげに俯き唇を噛む。 軍人達は決まり悪げに視線を泳がせ、武器を後ろ手に隠したりした。 どんな風に理想を語ろうと、どれほど努力して理想に近づこうと、『外の世界では戦争をしている』…そんなこと言われなくても、誰よりもコーディネーターの自分が知っている。 現実だなんて偉そうに語られなくても、事実として身を以って知っている。 …けれど。 けれど、捨て切れない希望が目の前にある。 優しい人間の姿をして、友人として目の前にいてくれている。 だからキラは、望まぬ軍に入ることになっても、見知らぬ人達に銃を向けられたとしても、自分を見失わずにいられるのだ。 まるで護るようにぎゅっと抱きついてきたトールの背をぽんぽんっと叩く。 「僕は大丈夫だから…僕の盾になんかならないで」 そんなことで、大切な君達を奪われるなんて冗談じゃないから。 そう言うと、自分を包む腕の力が更に増し、くぐもった声が聞こえて来た。 「…嫌だ。盾になる」 「え?」 「オレがキラの盾になる」 「トール…」 困ったように名前を呼ぶキラの耳に、小さな、けれど力の篭もった言葉が届く。 「キラが、コーディネーターだからってだけで向けられる悪意の、盾になる。それ位なら、オレにだって出来る」 自分がザフトに所属していると知っているのに。 こんなのでも軍人のはしくれなのに。 ここは、地球軍なのに。 そんなこと言っちゃ駄目だって、言わなくてはならないのに…。 「……………ありがとう…」 それしか出て来なかった…。 崩壊していくヘリオポリス。 永遠に続くと思われた平和な生活。 それに終止符が打たれたのはつい先日で、それはまあ、とりあえず納得しているからいい。 けれど、住処まで奪われるなんてことは…哀しいかな、一応予測の範囲内だった。 キラという媒体を得て、現在の平和を『当たり前』だと受け入れ切ることに疑問を持ち、彼等は彼等なりに色々と戦争について調べ、その中で起こり得そうな事態の一つとして想定したものにあったことだった。 こんなことも起こり得るのだ思ったことだ。 こんなことが起こってもおかしくないのが戦争だと、そう理解したはずだった。 だから覚悟もしていたはずだった。 けれど、想像の範囲内での覚悟と現実に起こったことでは、精神の受ける衝撃に雲泥の差があるということを思い知らされた。 それほどに衝撃的な光景だった。 サイ達は、食堂にあるモニターで崩れ行く安住の地だったはずの無残な姿を目の当たりにし、体が震えて視界が歪む。 もう、あそこへは帰れない…。 二度と帰ることは出来ないのだということを、脳が理解する前に視覚だけで突きつけられた。 ―――― お、お気に入りのワンピース…! ―――― やりかけのパズル…! ―――― 明日発売の新刊…っ! ―――― 録ったドラマ、まだ観てないのに…っ! 子供達の顔が苦痛に歪む。 けれどキラが言っていた。 一晩泣いて諦めがつく物は、代わりがきくと…。 だから一晩。 今夜一晩泣けば諦めがつくはず…つくはずなのだ…! つかせてみせようホトトギス…! 「…っトール!」 目に涙を溜めた恋人を抱きしめ、トールも耐えるように固く目を閉じた。 サイやカズイもがっくりと項垂れる。 そんな彼等の様子にいたたまれずに、軍人達は罪悪感を押し殺して目を逸らしたのだった…。 |
つづくv |
正直者のスパイ、第四話でしたv
…ギャグ、のはずなんだけどなぁ〜…どうも所々
シリアス話が混じります(苦笑)
本編に突込み所が多すぎるのがいけないんだ!
(責任転嫁)←笑