「…サイ。この人殴ってもいい?」





「…とりあえず、人目の無い所でなら、許す」

















正直者のスパイ ☆第七話☆
















「………で、殴ったのか…?」


「うん。校舎裏で軽く一発」

 あっさり返って来た答えに、どう反応していいのか分からない御一同。

「パパにだって殴られたこと無いのに!」
「フレイ…それ、番組違うから」
「…だって、ホントだもの」

 つんっと顔を背けるフレイに、キラは仕方ないな〜とでも言わんばかりの苦笑をのせる。

「あのね、ぐーじゃなくてぱーで、しかも頭を軽く叩いただけだったでしょ」
「それでも初めてだったもの」
「……このお嬢さまは…」
「否定はしないわ!」

「「「……………」」」

 喧嘩というよりは、じゃれあっているとしか言いようの無い二人の姿に、格納庫内は一部を抜かして『なんでそんな出会いで仲良くなれるんだ…?』という疑問に激しく包まれた。

 そんな混乱を周囲に撒き散らした本人達は、同時にあの出会いを思い出してくすりと笑い合う。

 本当に最低な出会いだったのだ。

 フレイはコーディネーターが好きじゃなくて。
 キラは友達の婚約者だから切り捨てることも出来なくて。
 そしてサイは、そんな二人に挟まれて。

 軽くではあるけれど叩かれたフレイは、一瞬唖然とした後、火がついたように喚き散らし、更にキラに食って掛かろうとした所を後ろからサイに雁字搦めにされ、更にそれが気に食わなくて、普段被っている猫を遥か遠くに投げ捨て、なりふり構わず罵倒した。

 後から思い出すと、よくあの時、サイに愛想を尽かされなかったものだと思う。
 自分だったら百年の恋も冷めただろう…それほどにみっともない姿だった。

 けれど、サイはフレイが体力尽きて罵りの言葉が出なくなるまでフレイを放さなかったし、キラは立ち去りもせず最後まで付き合って聞いていた。
 そして、言うだけ言って落ち着いたのか、肩で息をするフレイに小さくため息をついて、キラは穏やかな口調で言った。

「…言っとくけど、叩いた僕の手だって少しは痛いんだよ?」

 その言葉は衝撃だった。

 叩かれたら痛い。
 けれど、叩いた方も痛い。

 当たり前のことだった。

 自分にとって『当たり前』のことに当て嵌まる、当たり前から外れた存在だと思っていた、目の前にいる『コーディネーターの少年』。
 その少年が、自分と同じ感覚を持つことを、フレイは初めて知ったのだ。

 呆然としているフレイに、キラは「誤解があるみたいだね」と言って笑った。

 その後、サイに促されて近くのカフェに入った。
 ぼんやりとしている間にサイが頼んだ飲み物が自分の前に置かれる。
 それを無意識に手に取り、ゆっくりと喉を潤した。
 さっきまで怒鳴っていたせいだけでは無く、喉が渇いていた。

 自分の常識が…ゆっくりと崩れて行く…。

 サイは、いつもの少しだけミルクの入ったコーヒーを。
 自分には、お気に入りのロイヤルミルクティー。
 そしてキラは、フレイも飲んだことのある、甘さ控えめのフルーツジュース。

 同じ人間だなんて思っていなかった人が、自分も好きな飲み物を美味しそうに飲んでいた。
 同じものを美味しいと感じる『人』なのだということも…初めて気づく。

「…話をしようか」

 そうキラが切り出してくれなかったら、フレイはいつまでもぼんやりとキラを観察していただろう。
 少し前までサイとキラが何かを話して笑っていた気がするが、フレイの記憶には残っていない…それほど自失状態にあった。

「世間でもさ、『コーディネーターは化け物だ』とか『人間じゃない』とか言われてるし、君もさっき色々言ってたけど、その認識と現実は、かなり隔たりがあると思うんだよね〜」
「そうだな。キラは優秀だけどサボリ魔だし、鋭いけどボケボケだし」
「サイ…」

 茶化すサイの言葉に苦笑するキラ。
 それは…フレイの目に、苦しくなるほど優しく映る。

 こんなにも親しいサイの友達に、自分は酷い言葉を投げつけたのだと…漸く気づいた。
 いつからだろう…サイの話の中で、キラという少年のことが増えたのは…。

 楽しそうにキラのことを話すサイ。
 今まで、彼があんな風に親しげに友人の名を呼んだことは無かった。

 ナチュラルの中でも優秀な部類に入り、家柄も良かったからか、彼から『特別親しい友人』という話を今までに聞いたことは無かった。
 だから、あまりいい感情は無かったが、『優秀なコーディネーター』とつるんでいるのだと思っていた。
 『コーディネーター』としか付き合えないほど自分の婚約者は優秀なのだと思えば、少しは溜飲が下がった。
 けれど、一緒に出てくる『トール』や『ミリアリア』というナチュラルの友人と、『キラ』の話をしている時は、心底楽しそうだった。
 だから、『本当の友達』なのだと…気づいた。

 不快だった。

 婚約者の友人にコーディネーターがいる。
 コーディネーターなんかを友達だと言う。
 コーディネーターなんかを!

 ついさっきまでは、そう思っていた。

 …けれど、落ち着いた今よく考えてみると、自分は『キラ』に、サイが話す『トール』や『ミリアリア』や『カズイ』に向けるものと同じ感情を抱かなかっただろうか。
 『ナチュラルの友達の話』と『コーディネーターの友達の話』に同じ感情を…。

 もしかして嫉妬?
 サイを取られたみたいな気分になって嫉妬してただけ?

 だって、前までサイは、自分と会う時は自分の話ばかり聞いていてくれたから。
 我侭だって、買い物の付き合いだって全部自分を中心にきいて考えてくれていたから。
 なのに、自分より大切みたいな感じがして、嫉妬しただけなのかしら…?

 でも、所詮は親に決められた婚約者。
 それなりには好きだけど、自分から恋して告白して始まった関係じゃない。
 そんな関係で嫉妬なんて…。

 …もしかして、お気に入りの玩具を取られたような、もっと子供染みた感情なんじゃ……。


――――― ゴンっ!


「フレイ!?」

 サイの驚いた声が頭に響く。
 自分の感情にゴールが見え始めた所で、思いっきりよくテーブルに突っ込んでしまったのだ。
 ちらりとキラを見れば、心配そうにフレイを見ていた。

 恥ずかしい…。
 色々と、それはもう盛大に恥ずかしかった。
 けれど、それを認め、表に出し切るのは甘やかされて育ったお嬢さまのプライドが許さない。

 なんて邪魔なプライドだろう…。

「えーと、大丈夫?」
「ええ…大丈夫。それより…」
「え?」
「話、するんでしょ?」

 驚いた顔で見つめてくるキラ。
 彼女からそんな言葉を聞くとは思ってもいなかったとでも言いたげな表情。

 当然だ。
 つい数十分前に、話も聞かずに罵詈雑言を浴びせかけていた張本人…その彼女から『話』を促されるなんて、普通なら裏があるかもと思ってしまう位怪しい。

 けれど、この数分で自分でも信じられない位自分自身を見つめなおしてしまったフレイには、謝罪することすらも出来ないけれど、話をするという態度を取ることが精一杯だったのだ。
 そして、キラはそんな心情を正確に察してくれたわけでは無いだろうけれど、そうだね、と言って微笑んだ。

「まず…そうだな。フレイが『コーディネーター』が何を出来ると思っているのか言ってってくれないかな?そうしたら僕は、それが出来るか出来ないか答えていくから」
「コーディネーターが出来ること?」
「そう、結構そういうので誤解が多いから」

 苦笑するキラに、フレイはそういうものか?と不思議に思いつつも、自分の持っているイメージを頭に思い浮かべた。

「えーと、じゃあ…勉強しなくても分かる」
「分かんないよ。自分で勉強しなくちゃ、教科書開いてもさっぱりだよ」

 苦笑を更に深めて答えるキラに、フレイはパチパチと目を瞬く。

「怪我をしない」
「します。ただしにくいってだけで、ぼーとしてると本の紙でも指切るよ」

 隣でくすくすと声を殺して笑っているサイの姿を見て、そういうことが本当にあったのだろうことを察する。

「100Mを五秒で走ったり」
「出来ません」
「コンクリートを握りつぶしたり!」
「出来ません」
「水中で一時間息を止めれたり!」
「出来ません」
「助走もせずに10Mもジャンプ出来たり!」
「出来ません」
「鋭角30度の崖をピッケルもザイルも無しに登れたり!」
「出来ません」
「5cmは厚みのある本を三分で読めたり!」
「読めません」
「円周率を一万桁まで暗記してるんでしょ!?」
「してません」
「100階建てのビルから落ちても死ななかったり!」
「死にます。普通は、人として」
「突然跳びかかって来たりとか!」
「僕等はケダモノですか…」
「一キロ先の米粒が見えるとか!」
「見えません。例えそれがおにぎりであっても見えません」

「じゃあ何が出来るのよっ!?」

 逆ギレしたフレイに、キラは乾いた笑みを浮かべて言った。

「何にも出来ないよ。コーディネーターだって、勉強したり訓練したりしなきゃ、何にも出来ないんだからさ」
「…え!?」
「僕達だってね?一番初めは、『リンゴが2個、オレンジが3個。合わせて何個?』から勉強するんだよ?」
「うそっ!?」
「ホント」

 心底驚いているフレイに、キラもサイも苦笑する。

「別に、コーディネーターだからって何でも知ってるわけでも出来るわけでも無いんだ。勉強にしたってスポーツにしたって芸術にしたって、それぞれ個人差もあれば得手不得手もあるし。その証拠に、コーディネーターが生まれて何十年も経つけど、未だに歴史に残るような大発見をしたコーディネーターは一人もいないんだよ」
「え…あ…そうか…」
「アインシュタインもダ・ヴィンチもニュートンも伊能忠敬もバスコ・ダ・ガマもノーベルもベートーベンもルノワールも、皆ナチュラルなんだから。せいぜい今の所歴史の教科書に載りそうなのは、ファースト・コーディネーターのジョージ・グレン位かな。まあ、後数年もしたら、今の戦争を起こした国防委員長か評議会議長の名前位は載るかもしれないけど…テストにまで出るレベルじゃないよね」
「レベルって…」

 ぽかん、と見返してくるフレイにくすくすと笑う。

「だって本当のことだし。あのね、フレイ。確かにコーディネーターは生まれる前に遺伝子操作を受けるけど、脳みそに知識を埋め込まれるわけじゃ無いんだ。生まれた時はナチュラルと同じまっさらな状態で、言葉を覚えるのも立ち上がるのも、おむつが取れるのだって個人差があってバラバラなんだ。人によってはナチュラルより遅いかもしれないんだし」
「そ、そうなの?」
「そうなんです。『赤色』は『赤色』って言うのだって教えてもらわなきゃ分からないし、『スプーン』は『スプーン』って言って、食事の時に持って食べ物を口に運ぶものなんだってことも教えてもらわなきゃ分からないんだ。ただ、ちょっとだけ分かるのが早いだけ。それだけなんだよ」
「でも病気にはならないんでしょ?」
「そんなこと無いよ。ただちょっと病気にかかり難くて、怪我し辛くて、治癒力が高いのは本当だけど、誰もが病気にならないわけじゃ無いんだ。ナチュラルだって、一生の内一度も病気にならない人もいるでしょう?」
「そう言われてみれば…そうよね…」
「ナチュラルは生まれてから予防接種を受けるでしょう?コーディネーターは生まれる前に、遺伝子操作として免疫を付けておくんだ。でも新しく出てきたウィルスや伝染病なんかの免疫は無いから、必要ならナチュラルと同じように予防接種を受けなきゃならない。特にコーディネーター社会はコロニーでの閉鎖空間での生活が主だからね。ヘリオポリスでもそうだけど、ウィルス対策については特に厳しいよ」
「へぇ〜そうなのか」

 感心したように頷くサイに笑いかける。

「ナチュラルにも不公平だって思っちゃうくらい丈夫な人もいれば、風邪を引きやすくて薬が手放せない人もいる。それと同じように、コーディネーターにも馬鹿みたいに頑丈な人もいれば、病気で死ぬ人もいる」
「え!?病気で!?」
「そりゃそーだよ。生きている間にどんな病気にかかるかなんて、そんなの生まれる前に分かるわけ無いし、多少免疫力と回復力がある程度じゃ、凶悪な病原菌には勝てない。がんになる人も、肝硬変になる人も、脳梗塞起こす人だっているよ。もちろん、歯磨きサボれば虫歯にもなるし、乳歯が一本、永久歯が一本ってのは変わらない。それに、病気ってのは遺伝的な物もあるけど、遺伝子操作の段階で親がこうこうこういう病気が家系的に多いですって申告してなきゃダメだし。申告してたってそれとは違う病気にかかったら終わりだし。先天的な病気を排除出来ても、後天的な物には手が出せないんだ」
「あ〜…そうかぁ…」
「生活習慣病なんか特に弱いよね。元々コーディネーターは丈夫だってコーディネーター自身が自分の体を過信してるトコがあるから、ちょっと調子が悪くなっただけじゃ病院に行かないんだ。『ナチュラルのちょっと』ならたいしたこと無いけど、『コーディネーターのちょっと』は、実は物凄く大変なことになってるんだけどねぇ〜だからやっと行った時には手遅れ。手の施しようがありません。ホスピスへ…なーんてこともあるみたいだし。まあ、コーディネーターの歴史自体がまだ浅いから、終の棲家への道程がクローズアップされたことは無いから、あまり知られてないけど…てか、政府が『コーディネーターは新人類』を掲げちゃってるからあまりそーいう『人間的』なことは表に出さないんだよね」
「……………」
「勉強だって、ナチュラルにも十代で博士課程までさっさとスキップで終わらせちゃう人たくさんいるでしょう?それこそ数えればキリが無い位さ。けどそれは『理解力が高い』ってだけで、既に解明されてる公式や参考書を短時間で終わらせたからって特別ってことじゃない。それを理解するのに一週間で出来る人と十年かかるかもしれない人がいても、結局は『誰でも分かること』に過ぎないんだ。途中『諦める』って選択肢を入れさえしなければね。…そうだなぁ〜でも敢えて差をつけるなら、ナチュラルに『天才』はいるけどコーディネーターに『天才』はいないってこと位かな」
「…どうゆうこと?」
「ナチュラルが人より優秀なら周囲から『天才』だって言われるかもしれないけれど、コーディネーターは全てにおいて『出来て当然』って目で見られるからね。本当は決してそんなことは無いのだけれど、『天から与えられた才能』は、コーディネーターは『遺伝子操作の賜物』としか見られないから…哀しいけれど」
「…………じゃあ、何が違うの?」

 静かな目に、まるで縋られるように見つめられ、キラも静かな笑みを浮かべた。

「何も。基本的には何も違わない。遺伝子操作して出来ることなんて限られているから。生きていく上で必要な知識も、技術も、趣味ですら、自分で見つけて身に付けていかなきゃならないのは同じだよ。コーディネーターが傲慢なのはコーディネーターだからでは無くてその人の性格だし、ナチュラルが卑屈なのはナチュラルだからでは無くその人の性格だと、僕は思ってる。『コーディネーターだから』とか『ナチュラルだから』というのを言い訳にして誰かを傷つけていいことなんて一つも無い。だって、人を好きになるのにそんなことは関係ないから」

 そう締めくくって穏やかに微笑むキラを真っ直ぐに見つめ、ついでぷいっと顔を背けて拗ねたようにフレイが呟いた。

「…何よ。それなら『コーディネーター』とか『ナチュラル』とかって、わざわざ呼び名を変えなきゃいいんだわ。わざわざ変えるからややこしくなるのよっ」

 きっと睨むフレイをぽかん、と見やる。

「だってそうでしょ!?呼び方なんか変えるから違うんだって思っちゃうのよ!誰よそんな風に決めたのは!?」

 真剣な顔で、本当に心底ご立腹らしいお嬢さま。
 自分がそんな風に思い込んでしまったのはそいつのせいだとでも言いかねない剣幕。

 けれど、もうそこには、数分前まで確かにあった嫌悪が、綺麗に払拭されてしまっていて…。

「…ホントに、誰だろうねぇ決めたの…」

 そう言って、キラとサイも肩を竦めて楽しそうに笑った。

 凝り固まった固定観念に囚われている様に見えた彼女も、所詮は中立国に住む成長期の一人の少女。
 本当の差別も、虐待も、嫉妬も、憎しみすらもまだ知らない。
 聞く耳さえ持たせられれば、人の言葉を素直に聞くことが出来る子供なのだ。

 それ以来、フレイともいい関係を築いている。

 そして現在…キラと話して少し落ち着いたのか、彼女はぐるりと格納庫内を見回し、ふんっと鼻息も荒く言い放った。

「ここが、『ゾウリムシとアメーバのファンタスティックチーム』略して『ZAFT』ね」

「んなっっ!!??」
「ゾ…っ」
「ゾウ…っ!?」
「違うっ!そんな物を略したのが『ZAFT』では無いっっ!!」

 一瞬何のことだが分からなかった面々が、言葉の意味を理解した途端、怒りを覚えるよりもまず思いっきり動揺してしまった。
 そんな言葉が飛び出してくるとは夢にも思っていなかったのだ。
 が、うろたえまくる者達の中、逸早く正気に戻ったアスランがぐるり振り返って犯人だろう者に詰め寄った。

「キラっ!そういうことを教え込むのはお前だろう!?なんであんな嘘を教えたんだ!?」
「フラバン茶はフラバンジェノール配合であってフランスの番茶じゃないんだよ。だけどそうでもして覚えておくことは彼女にとっていいことだと思って」
「何言ってるか分かんないよ、キラっっ!?」
「有史以前からやってる戦争を、宇宙に上がってすらもまだ飽きもせず続けてる軍隊の説明は『単細胞の不思議集団』で充分じゃない?」

「……………」

 にっこりと、何でそんなに邪気が無い笑顔なんだと言いたくなるような微笑を向けられ押し黙るアスラン。

 何であそこで黙るんだ!と銀髪の同僚に責められるのは全てが終わった後になる。
 そして、あの笑顔を向けられて何が言えるもんかっ!と彼が開き直ることは、今の時点では関係ない。

 重要なのは、この場の主要権を握っているのは…たった一人の少年なのだということだった…。

「あっと、こんなことしてる場合じゃ無いんだ!僕もう向こうに帰らないと!」
「え?帰る?プラントにか?」
「ううん、アークエンジェルに!」

「「「はい!?」」」

 キラの返事に思いっきり呆ける面々を全く意に介さず、キラは慌てたように懐からディスクを取り出してクルーゼに手渡す。

「クルーゼ隊長。これ、僕が作ったイージス達のOSです。処理速度を現時点での限界まで上げた、隠し機能満載のお買い得品なのでこれで調整ヨロシクです」
「…お買い得品、と言うことは…代金がいるのかね?」
「あ、それについては結構です。でも本部に報告はして下さいね?僕のお給料の査定に直結しますので。後こっちは…」

 と、更に三枚のディスクを取り出す。

「これはモルゲンレーテから落としてきたアークエンジェルと五機のガンダムの設計図です。武器や追加装備、オマケにプロトタイプ機の情報が入ってます」
「ほう…」
「こっちは地球軍のマザーから落とした物です。色々面白いものが入ってたんで根こそぎ奪って来ました。ブルーコスモスの最近出来たアジトと幹部達の個人情報、資金の流れとかが入ってます。これからプラントに一時戻られますよね?その時これも持って行って下さい。中見ても構いませんけど、絶対届けて下さいね?何度も言いますけど、僕のお給料とボーナスがかかってるんで」
「了解した」
「で、こっちが…」

 苦笑して受け取るクルーゼに笑いかけ、周りから聞こえないように声を潜める。

「頼まれていた…例のものです」
「…流石に仕事が速いな」
「いえ、半分以上趣味ですからv」

 それだけを交わし、在り得ないほど爽やかに微笑み合った二人の姿は、幸運なことに誰にも気づかれることは無かった。

「それじゃ僕行きますね!えーと、ブリッツのパイロットは?」
「えっ?あ、はい!ボクです!」

 突然話を降られ、ぼけっとその場に突っ立っていたニコルは反射的に姿勢を正した。

「悪いけど、アークエンジェルまでちょっと送ってって!ストライクで帰るわけにいかないからさ」
「ええっ!?」
「ブリッツには、ミラージュコロイドっていう周りと保護色になってレーダーに映らないシステムがあるんだ。今渡したOSのディスクで起動出来るから、悪いけどヨロシク!」
「えええっっ!!??」

 驚くニコルを引き吊るようにしてブリッツに向かおうとしていたキラを、アスランは慌てて引き止めた。

「キラっ!どうして地球軍の艦なんかに戻るなんて言うんだ!?こっちに居ればいいじゃないかっ!」
「ダメ。あっちにはまだ友達が乗ってるんだよ。それに僕がアークエンジェルに乗ってることを本部に連絡したら、新しい指令が送られて来ちゃったんだ。もう、ホント人使い荒いったら!」
「は!?新しい指令!?」

 何なんだそれは!?と鬼の形相で詰め寄ろうとするアスランに、キラは困っちゃうよ〜と笑いながらさらりと言った。

「アークエンジェルが寄航する地球軍の基地を潜入ついでに破壊して来いって。今の状態ならたぶんアルテミスかな?あそこは傘があるから、楽に潜入するチャンスとでも思ったんじゃない?」
「思ったんじゃないって…」

 唖然とする幼馴染を尻目に、ニコルにはディスクを入れて来るよう促してからクルーゼを振り返った。

「それじゃ、クルーゼ隊長、避難民達の連絡をオーブにお願いします。今言った事情であの艦で地球軍の基地に入りますから、それまではもし見つけても攻撃しないで下さいね?簡単に落ちちゃいますから。あ、基地の破壊ついでにあの艦も破壊してもいいですけど、いるんだった早めに言って下さい。出来る限り善処しますから」
「ああ、考えておこう」
「フレイ!この人見た目怪しいし中身も怪しいし行動だって怪しさ大爆発の怪人二十面相だけど、言ったことはちゃんとやってくれるから、先にオーブ本国に帰ってて。必ず直ぐにサイ達も帰すから」
「…分かったわ。その人のことは分かんないけど、キラのことは信用してるから」
「ありがとう」

 フレイの言葉に嬉しそうに笑い、所在無げに佇んでいた避難民達の所へ行く。
 簡単にこれからのことを説明し、近くの兵に開いている部屋に彼等を案内してくれるように頼み、名残惜しげなフレイの背中を押した。

 たぶん、もう…戦争が終わるまで、会うことは無い。

「…キラ!オーブに帰って来たら、一緒にケーキ屋さん行くんだからね!あんたが来るまでに、本国で美味しいお店探しておくから!」
「うん、楽しみにしてる。待っててね」
「約束なんだからね!」

 そう叫び、兵に促されてフレイは通路へと消えて行った。

「…クルーゼ隊長」
「何かな?」
「本当に、くれぐれも避難民のことお願いします。もし、彼等を邪険に扱ったり嫌な思いさせたことが分かったら…」
「…分かったら…?」
「思わずヴェサリウスとガモフを乗っ取って、木星に向かって飛ばしちゃうかもしれませんv」
「…肝に銘じておこう…」
「ありがとうございます」

 快く引き受けてくれた馴染みの隊長に、最後だけは礼儀正しく頭を下げた。

「あ、パイロットスーツ一着お借りします。秘密の出口から忍び込むんで、宇宙服が無いと死んじゃいますから」

 そーいう恐ろしげなことを明るく言うな。
 てか、敵艦の秘密の通路ってなんだ…と思ったのは一人や二人では無いだろう。

「キラ!ふざけるな!お前一人で基地が落とせるわけ無いだろう!?」
「出来ますよ〜。出来るからこんな任務が送られて来るんだもん」
「馬鹿を言うな!止めろ!キラがそんな危ないことをする必要は無い!足つきなんかに行かずにここにいろ!」

 まだ何か騒いでいる幼馴染を春のスギ花粉の如く無視し、それじゃあと言ってかつて知ったるでパイロット控え室に行き、手早く着替えてブリッツのコックピットに飛んだ。

「どう?出来た?」
「出来ました…けど、本当にいいんですか?」

 無理だ駄目だと下で騒いでいるアスランに感化されたわけでは無いだろうが、基地を一人で落とすという任務を与えられているキラに、ニコルを案じるような視線を向ける。
 ちなみに、アスランは下でイザークとディアッカの二人に羽交い絞めにされ、動くことが出来ないでいた。
 それを命じたクルーゼは素知らぬ顔で退避しているが、間近で喚いている男を止めなければならなくなった二人はかなりキレかかっている。

「…でも…」

 と、まだ躊躇を見せるニコルに、キラはにっこり笑顔のままがしっと彼の胸倉を掴んだ。

「ベルトが回って変身する百万馬力の昆虫男に改造されたくなかったら、黙って僕の言うことを聞け」

「はいっ」

 …キラにしては珍しく、ちょっとだけ、焦っていたのだ。



 後に、ガモフの乗組員は語る。

 姿の可憐さとは裏腹に、嵐の様な退場だった…。














「たっだいま〜♪」


「「「キラっ!!??」」」


 ほぼ軟禁と言って差支えない状態で、けれど最近急激に育った図太いと言ってもいい神経で、与えられた部屋の中、キラの言葉を忠実に守って「オレのゲームソフト〜」「私のネックレス〜」「高かったのに〜」「新刊続き〜っ」等と叫びながら泣いていたサイ達は、突然ぱかっと開いた天井から顔を出した友人の姿に驚いて顔を上げた。

 そんな友人達の姿にほっとしたように微笑み、キラはひらりと部屋の中に降り立った。

「良かった、間に合ったね。僕が帰って来るまでに誰も来て無いよね?」
「ああ、ここに閉じ込められてからは誰も…て、キラ。何でそんなトコから出て来たんだ?」

 キラがポケットから出した小さなリモコンらしきもののボタンの一つを押すと、天井にぽっかり開いていた穴は、知らなければまったく分からない、すっきりした元の天井の姿に戻る。
 しかも、なんだかその向こうに部屋らしき物が見えてしまった。

「詳しいことは後で説明するけど、さっきの戦闘でストライクをザフトに渡して来たんだよ。だからこっそり戻って来たから、こんな方法しかなくって…」

 あはは、と誤魔化し笑いをするキラに、友人達は何が何だか分からないまでも、とりあえず涙を拭ってキラの周りに集まった。

「なあ…天井の上、部屋みたいなの見えたけど…何?」
「隠し部屋♪モルゲンレーテの秘密工場で建造中の時に、設計図に悪戯して改築させちゃった、仕官の人達や地球軍が持ってる案内図には載ってない隠し部屋なんだ。AA内に後四つあるよv」
「へ〜…すごいな〜…こんなこともあろうかと?」
「ううん。本当に純然たる悪戯♪地球軍のお金で地球軍の知らない部屋を地球軍の艦に作るのって…なんだか燃えない?」
「「「燃える!」」」
「でしょ〜♪」

 間髪入れず握り拳付きで賛同され、キラは我意を得たりと花が綻ぶように微笑んだ。
 コロニーが落ちたのも、こんな所に閉じ込められていなければならないことも、全て地球軍がヘリオポリスに巣食っていたせいだと思うと、何とかして一矢報いてやりたい…それが気持ちの上だけでの報復だとしても。

「秘密の通路も幾つかあるから、また時間があったら紹介するね。で、お願い。僕しばらくこの上に隠れ住むから、地球軍の人達には内緒にしててね?」
「了解〜て、食料とか大丈夫なのか?気圧とかも…」
「うん、その辺は抜かり無し♪バス・トイレ付きで、ここより広いよ」
「え〜いいな〜」
「地球軍の人達が来なさそうな時に案内するから、ね?」
「やりー♪」
「約束よ!キラ!」

 得てして、子供…特に男の子は『秘密基地』という言葉に弱い。
 ロボットや正義の味方という言葉にも弱いが、『秘密基地』ははっきり言って別格だ。
 それを狙ったわけでは無かったが、はしゃぐ彼等の姿に、思ったよりもずっと元気そうだとキラは安心した。

 そうして、流石に疲れたからちょっと休むと言って隠し部屋に戻ろうとするキラを引きとめ、一番奥のベットに入り口から見える分だけカーテンを閉めるというカモフラージュをして匿った。
 その後直ぐに寝入ったキラの邪魔をしないように固まって雑談をしていた所へ、仕官三人組が現れたのだった。

 彼等はそこにキラが居たことに全く気づく様子も見せず、騒々しく退場していった。

 その後、トール達はキラの案内で隠し部屋に招かれ、驚きと興奮で声を失くす。

「ふっふっふ〜♪この艦で僕が知れないことはない!」
「すげーすげーすげーvvブリッジん中丸見えじゃん!」
「あっ!月基地への進路コースだ!うわっ!何これ!?ローエングリン?めちゃくちゃな破壊力じゃんか!」
「バルカン砲塔システムのイーゲルシュテルンにミサイル・ヘルダート、リニアカノン・バリアントはMk.8!?何だってこの艦こんなに武装してんだ!?バランスも何も無いじゃんこれじゃ!」
「嘘っ!ゴットフリートまである!しかも225センチの2連装よ、これ!はあ〜軍人さん達が強気なわけだわ…」
「ああ。こんだけ武器をごてごて着けた新装艦じゃ、プライドだけは無駄に高いあの軍人達が、負ける前に投降する気になんかなれないわけだよ…使う人間がどれほどかは知んないけどさ」
「それにほとんどモルゲンレーテのって言うか、オーブの技術だしね」
「虎の威を狩るキツネ?」

 皮肉った比喩を持ち出し、にやりと人の悪い笑みを浮かべる。

「さーて、仕込みは上々、後は仕上げをごろーじろってね♪」

「キラ楽しそうv」
「もちろん!これが終わったら今回の任務も終了だし。全部終わったらフレイとケーキ屋さん巡りしようって約束したんだ♪」
「あ!あたしも行っていい?」
「当然じゃない。お給料全部無くなる位食べつくしてやるんだから!」
「きゃ〜楽しみ〜vv」

 握り拳に決意を込めるキラに、歓声を上げて抱きつくミリアリア。
 そんな様子を彼氏であるトールを含め、男性陣は「太るぞ?」なんて愚かなことは口にせず、それに付き合わされるんだろうな〜という限り無く正解に近い未来予想図に乾いた笑いを浮かべた。



 そうして、子供達の思惑も悪戯にも何一つ気づかずに、アークエンジェルは静かに月基地へと向かって行った…。






 
つづくv





  
 

 正直者のスパイ7話でした。
 …なんだかどんどん話が長くなる…(汗)
 今回の話も本当は前回に入れたかった所なのですが、
 遊び心も必要よね、ギャグなんだし…と話を膨らませた
 結果、長くなって分離することと相成りました。
 大体の構成は決まっているのですが、こういうことが
 あるもので、全何話になるのかちょっと分からなくなって
 きちゃいました〜(汗)
 10話までには終わりたい(苦笑)