「…そこを通してもらえるか」





「あ…………はい…」

















正直者のスパイ ☆第二話☆

















 モルゲンレーテへと向かうためのエアカーを待っていた時、キラ達は怪しげな集団とすれ違った。
 というよりは、わざわざ話している人と人の間を割って進む大人気ない連中だった。

「うわ〜変な人達。あんなに似合わないサングラスをああも堂々とつけてる人初めて見たぜ!」
「ホント、悪目立ちしちゃってるわね〜。見て、皆不審そうに振り返ってる!…キラ?」

 平和な国の中で異彩を放ちまくり、人に溶け込むという手段を知らない者達を何食わぬ顔で見送った後、その一団にすっと背を向けて不快気な表情になったキラに、ミリアリアが不思議そうに問いかけた。
 キラはその声にはっとしたように顔を上げ、ため息をついて肩を竦める。

「…今の人達、たぶん地球軍だよ」

 ぼそりと自分達だけに告げられた言葉に、ミリアリアとトールはぎょっとして走り去ったエアカーに視線を投げるが既に姿は無い。

「…モルゲンレーテ、かな…」
「そうだろうね。やっぱりそろそろみたいだな…完成」
「ザフトの方から作戦決行の連絡とかは無いの?」
「そんなのくれるよーな親切なトコなら、入隊の自由もくれるでしょ」
「あはは。そりゃそーだ!」

 うんざりした様子のキラに、トールもミリアリアも明るく笑った。

「でもよく分かったな?」
「あんな胡散臭い連中の職業は軍人以外ありえないよ。傭兵ならもっと周囲に溶け込むのが上手だし。軍人っていうのは得てして『自分は偉い』って思いこんでるから命令以外で人に合わせるってことを知らないんだよ。だから『なんで自分が周りに合わせなきゃならない!お前等が合わせろ!』って顔してるわけ」
「へぇ〜なるほどな」
「正にそんな感じだったわね」
「でしょ?きっと今頃自分達は本当はいちゃいけない場所なこと棚に上げて『平和な国のガキは暢気なものだ!』とか毒づいてるよ。あの人達は戦争をしている自分達が正しいんであって、戦争をしない、したくないって思ってる人や国は臆病者とか優柔不断だって決め付けて間違ってるって勝手に蔑んでるんだよ」
「ヤな感じ〜」
「大きなお世話だよな!」
「ホントにね〜僕も早く兵役義務終えてオーブに戻りたいよ。で、つまり、あの人達はコーディネーターには見えなかったから、なら地球軍だなって分かったわけ」
「なるほど〜」

 エアカーに乗り込み、自分達もモルゲンレーテに向かいながら、自分達だけという気楽さもあって軽口を叩き合う。

「たしか地球軍は志願制だったわよね?」
「兵役義務のあるキラ君は羨ましーんじゃねぇの?」

 からかう様にトールが言えば、キラは心底うんざりした表情であっさり同意する。

「その点だけはねぇ〜自分から軍人になりたがる人の気がしれないけどさ。…ああ、僕は早く退役したいよ…」
「五年だっけ?兵役期間」
「うん。成人してから五年間。僕は後二年も残ってる…」
「その間に戦争終わってくれればいいのにね」
「ホントねぇ〜」

 そんなことを話しつつもモルゲンレーテの研究室に着くと、仲間のサイとカズイの他に見慣れぬ客人の姿があった。
 それを不思議に思うトールとミリアリアにサイが教授にお客さん、と簡単に教える…が、驚いたようなキラの声にえっ、と顔を上げる。

「…カガリ?」
「キ…っ!?」

 双方呆然と見詰め合っている二人の時間を動かしたのは、恐る恐る発されたサイの言葉だった。

「…キラ、知り合いか?」

 その言葉にはっと揃ってサイ達を見て、次いで全く同じ動きで二人は瞬時に互いの距離を縮める。
 まるで真ん中に鏡でもあるかのような動きだった。

「キ、キラっ!なんでお前がここにいる!?お前プラントにいるはずだろう!?」
「カガリこそなんでここにいるのさ!?あっ!もしかして例の情報確かめに来たの!?そうだ!自分の目で確かめに来たんでしょう!?」
「う゛っ…な、なんでそれを…って、まさかお前か!?あの情報を本国に流したお茶目な小人さんは!?」
「あったりまえじゃない!僕以外の誰がそんな親切なことしてあげると思ってんの!」
「はーい。ストップストーっプ!」

 ぎゃーぎゃーと騒ぎ出した二人に、しばらく呆然とそれを眺めていたギャラリー達だったが、いい加減この手の突発事項にも免疫が出来、埒が開かないと悟るや否やさっさと二人の間に入り込む。

「とりあえず二人とも落ち着こう?な?で、二人の関係とさっき言ってた『お茶目な小人さん』とやらの説明をしてくれると嬉しい」
「あ〜…」

 しまった、という顔をしたのはカガリで、キラはいつもの苦笑いを浮かべた。

「ごめんごめん。突然だったからびっくりしちゃって…。紹介するね。彼女の名前はカガリ・ユラ・アスハ。僕の血の繋がった義理の双子の片割れ」
「キラっ!」
「「「は??」」」

 ぺらっとされた紹介にカガリは焦るが、キラは大丈夫、と微笑む。
 一方大丈夫じゃないのはサイ達四人。
 関係図の糸が失敗した毛糸の様にこんがらがる。

「血の繋がった義理…の双子??」
「なんじゃそらっ!?おい、キラっ!ナチュラルのオレ等にも分かるように説明してくれ!」
「馬鹿者!キラの説明が難解なのはキラがコーディネーターだからじゃない!キラだからだ!」

 なるほど…じゃなくて。

 思わず納得しかけた一同は、発言の主であるカガリに向き直る。

「ごめん、今のは謝る。で、つまりどーいうことなんだ?」
「言葉の通りだ。私達は遺伝子上は双子だが家族じゃ無い」
「そういうこと。僕はヤマトの両親の子供だし」
「私だって私のお父様はこの世に一人きりだ!」
「えーと、カガリさんもコーディネーターなの?」
「いや、私はナチュラルだ。その辺の細かい説明は、全部話すと果てしなく長くなるから面倒なんだ。双子だけど家族じゃ無い、で納得してくれ。この通り交流もあるし仲違いしてるわけでも無い。不仲から家族で無くなった訳でも無いからその辺の心配も無用だ」
「はぁ?…ま、まあそーいうことなら…」
「キラ、そーいうことか?」
「うん、そーいうこと」
「じゃあそれで納得しとくよ」
「ありがとう」

 色々疑問に思うこともあるだろうに深く突っ込まずに引いてくれた友人達にキラは感謝の笑みを浮かべる。

 キラは、話せることは必ず話してくれるという信頼感が彼等をすんなり引かせた。
 気になる言い回しだった。
 意味もよく分からない。
 けれどそれは、自分達がナチュラルだからでも、キラがコーディネーターだからでも無い。

 ただ、どこにでもある『家庭の事情』というものだろう…そう納得出来た。

 キラが自分がザフトに所属していることを告げてから数日…彼等の仲は格段に進歩していた。

 以前は、ナチュラルとコーディネーターであることを気にしないで付き合っていた。
 今は、ナチュラルとコーディネーターであることを理解して付き合っている。

 自分達が『異なる種』と呼ばれることを忘れて、蓋をして付き合っているのでは無い。
 違うことを知り、理解しながら、それを問題にしないのだ。
 それは、キラにとってとても嬉しいことだった。

「じゃあ、『お茶目な小人さん』っていうのは?」
「それはっ…」

 トールの問いかけに、カガリはギっとキラを睨みつける…が、本人は何処吹く風でのほほんとしている。

「本国の情報部にある日ゲームが届いたんだ。『是非お試し下さい。親切な小人より』っていうふざけたメッセージとともにな!」
「ゲーム…」

 ゲームと聞いて、ゲーム大好きな誰かさんを見るが、彼は相変わらずにこにこしたまま見守っている。

「これがまた小憎らしいほど面白くて難しいゲームでな。情報部だけで無く、オーブ軍内や首長達の間でも随分流行ったんだが…ステージをクリアするごとにお茶目な小人が可愛らしいダンスを披露して、メッセージを残すんだ。そして、全てのステージをクリアして繋がったメッセージが実はアナグラムで、並び替えると『ヘリオポリスで地球軍が新型MSと新型艦を製造している』だった時の私達の驚きが分かるか!?あ!?分かるのか!!??」
「「「…………」」」
「だって、プロテクトかけたデータじゃ分かんないって前言ってたから、今回はわざわざゲームまで作ってあげたのにぃ」
「馬鹿野郎!お前のプロテクトが解けるなら、うちの技術者達は『どこでもドア』にだってなれるわっ!普通に何もしないで、情報だけを簡潔に送れ!仮にも『親切』を騙るなら!」
「なんで〜?そんなんじゃつまんないじゃないか〜」
「つまるつまらんの問題じゃ無いっ!」

 ぷう、と膨れたキラにカガリが怒髪天をつくが、聞いていた者達はそれも仕方なかろうとため息をつく。

「それはともかくさ」
「ともかくって何だ!?大体お前はっ」
「はいはい。カガリ…今はそんなこと言ってる場合じゃ無いでしょ?」
「…っ」

 ぐっとつまったカガリに、キラはふぅとため息をついて真剣な目を向けた。

「今、このヘリオポリスには地球軍がモルゲンレーテの技術を使って兵器を開発してる。カガリはそれを確かめに来たんでしょ?分かったんなら早くオーブに帰った方がいい」
「なっ!?このまま帰れと言うのか!?」
「そうだよ。君が一人でいるなんて、どーせ皆に秘密にして抜け出して来たんでしょう?今頃きっと心配してる。一刻も早く帰った方がいい」
「そんなこと出来るかっ!」
「カガリ…ここはいつ戦場になるかも分からないんだよ?」
「そんなこと関係無いっ!私は…っ」

 言い聞かせるようなキラとは反対に、どんどん感情的になるカガリ。
 まるで、そんな二人を止めるかのように轟音と共に起きた揺れ。
 そして一拍置いて彼等のいる部屋の中にも警報が鳴り響いた。

「っ!?」
「キラっ、これってまさか!?」

 ミリアリアが不安そうにキラを振り向き、その間にサイが扉を開けて外の様子を確認しようとすると、バタバタと大勢の人が避難する様に出くわす。

「何があったんですか!?」
「ザフトだよ!ザフトが攻めて来たんだ!」

 扉の前を通った人を捕まえて聞くと、それだけ言って慌てて走って行く。

「…思ったより早かったな。…カガリ!?」
「私はこの目で見なくてはならないんだっ!」

 キラの手をすり抜け、睨みつける様に言い捨て、避難する者達とは反対方向へ走っていくカガリにキラは今度こそ深いため息をついた。

「ああ〜もう、仕方ないなぁ〜…」
「キラ…」

 呼びかけに顔を上げると、けたたましい警報音に不安そうな、けれど脅えた様子は無い友人達の姿がそこにあった。
 今が別れの時だと分かっているからか、この騒ぎの中誰一人避難しようと出て行く様子が無い。
 そのことが、皆の身が危険だというのに、少しだけ嬉しかった。

「…ここでお別れだ。僕は作戦を見届けなきゃならないから。皆は早くシェルターに避難して」
「また会えるよな?戦争が終わったら、終わってなくたって、キラの兵役終えたら会いに来てくれるんだろ!?」
「うん、必ず。皆の場所ハッキングしてだって会いに行くよ」
「約束よ、キラ!?絶対に無事で、会いに来てよ!?」
「約束するよ。ほら、早く!」

 にっこり微笑むキラに背を押され、サイ達はそれでも後ろ髪を引かれる様に歩みが遅い。

「あっ、キラ!あの子は…」
「大丈夫。カガリのことも僕に任せて。心配しないで」

 そう言われて、もう何も言うことも出来ない。
 煩いはずの警報すら掻き消しそうな爆音に、びくりと身が竦む。
 そんな彼等を気遣って、キラはひたすらに早く行くよう勧め、それに従って走り出した一同だったが、ミリアリアがくるりと身を翻してキラに抱きついた。

「…ミリィ?」
「キラ、気をつけてね!」

 自分を抱きしめる腕が微かに震えていることを感じ、キラは胸が熱くなるのを感じた。

 彼女達を、護りたい。

 血の繋がった家族でも無く。
 見知らぬ他人でも無い。
 温かい血の流れる赤の他人で、けれど、ちゃんと名前と顔の一致する…悠久の時の中、こんな戦乱の時代だけれど、いや、だからこそ、星の数ほどの人の中で出会い、友人となった彼等を…。
 それだけのことでも、軍というものに入らされた甲斐もある。

「ほら、ミリィ行って。…ありがとう」

 ゆっくりはしていられない。
 建物の振動も次第に強くなる…早く避難させなくては危ない、キラはそう自分に言い聞かせてミリアリアを引き剥がす。
 トール達の方に押し出し、彼が彼女の手を取り、そして顔を上げた先でキラが安心させるように微笑んで頷くのを目にする。
 それに全員が同じように頷き、今度は振り向かずに走って行った。

「…どうか、無事で」

 その背を見送ってからキラはきびすを返して走り出す。
 避難した彼等とは反対の、爆音が聞こえる最中へと…。






 そうして感動的な別れをした彼等は、一時間もしない内に再会することになるのだが…今は誰もそのことを知らない。







 
つづくv





  
 

 正直者のスパイ、第二話でしたv
 一応本編を必要な所だけなぞってます(苦笑)
 もうちょっと先まで進めるつもりでしたが、一端
 ここでコマーシャル…で無くて、切りますv(汗)