「……実は僕、ザフトなんだ」 「「「……………………はい…??」」」 正直者のスパイ ☆第一話☆ カレッジの研究室でいつものように集って、いつものように作業をしていたその日…「ああ、そういえば」という前ふりの後に突然言われたその言葉を処理しきれなかったとしても、誰も彼等を責めることなど出来はしないだろう。 サイ、トール、ミリアリア、カズイの、呆然としたような、鳩が豆鉄砲を食ったような、ハテナマークが飛び交っているような複雑な表情が綺麗にならんだ。 「…えーと、キラ…?」 皆を代表し、サイが恐る恐るキラに声をかける。 が、どう、何を聞いてよいのか分からず名前を呼ぶだけに留まる。 そんな彼等の複雑な心中を察しているのか、無視しているのか、はたまたさっぱり気づいていないのか、たった今自分が軍人であることを暴露したはずのキラは、彼等の知る『友人のキラ』の姿と全く変わらない。 全然変わらない。 表情も仕草も態度も声音すら、ほんの少しの差異すら見つけることが出来ない。 そのことが更に彼等を混乱の渦に叩き落とすのだが、当のキラはいつものぽややん効果を撒き散らしつつ、作業が一段落したのか、衝撃の(はずだった)告白をした時にも上げなかった顔を上げた。 その顔は、その瞳は、その姿は、その仕草は… やっぱりいつものキラだった。 「うん、あのね、僕ザフトに所属してるの」 「いや、それさっきも聞いたから…」 「あ、そっか。えーと何から話そうか?」 「セーブした所から」 「そう?じゃあ…」 「ちょっと待て」 混乱したまま何故か進む会話に、理性を総動員させて待ったをかけた。 「セーブってなんだよっ!てかあんのかよ!?セーブしたトコっ!?」 「え!?無いの??」 キラだ。 こいつは間違いなく、キラ・ヤマトだ…。 彼達は揃ってそう思い理解した。 ザフトだろーが、コーディネーターだろーが、目の前で目をぱちくりさせて驚いているのは、間違えようも無く、自分達の知っているキラだった。 だったらいいや、というか、何でもいいやという、半ば悟りの境地に達した見解だった。 人間驚きすぎて、自分の理解を超え過ぎると、無理矢理自分の枠の中に収めようとパニックするか、全てを放棄してどっしり構え、人間として一皮剥けるかどっちかで、彼等はどうやら後者だったようだ。 そうして改めて、キラの話を聞く体制と相成った。 「んじゃ、初めから頼むわ。何でキラがザフトなんだ?」 「そうよ。キラって第一世代でしょ?あ、それって嘘なの?」 「ううん。僕が第一世代なのはホント。僕が三年前までは月に住んでたことは話したよね?」 「ああ、聞いた。あれ?でも三年前ってのは…」 「今初めて聞いたな。オレ等が会ったのは一年前だし」 「そうだっけ?えっと、実は三年前までは月に住んでたんだけど、戦争の気配が濃くなって来たんで、とりあえず僕だけプラントに疎開したんだ」 「疎開って…プラントって田舎なのか?」 「田舎なトコもあったよ。というか、僕はずっとそこにいたかったんだけど…向こうに行ってから分かったんだけどさ、プラントって徴兵制度があったんだよ…」 「えっ!?徴兵制度!?」 「マジ!?」 「マジマジ。ほら、コーディネーターって人口少ないでしょ?ブルーコスモスのテロが増えてからは新しくコーディネイトする親御さんも減ったし、戦争は起こるし、出生率は下がるしで人口減る一方でさぁ〜、なのに地球軍は質より量、人の命なんだと思ってんだ捨て駒万歳戦法で来るしで、志願兵だけじゃおっつかないから徴兵制になったんだって。まあ、一部お金と権力のあるお家の方は志願制らしーけど」 「へぇ〜難儀だなぁ」 「全くね〜僕も向こうついて住民登録するまで知らなくってさぁ。汚いよね!?徴兵制があるなんて外に知れたら一応親コーディネーターのナチュラルに外聞悪いし、移住してくるコーディネーターも減るかもって黙ってたんだよ!僕だって知ってたらプラントなんて行かなかった!」 「…いいのか、仮にも所属してる奴がそんなはっきり言っちまって…」 「いいの!…おかげでアカデミーなんてトコに入れさせられて、同じ服着て、同じ物食べて、寮なんぞに押し込められてっ!…あげく時間と規則と命令に縛られて…僕は、僕はおおらかな自由を愛してるのにっ!」 「あはは。キラは昼寝とサボリの常習犯だからなぁ」 目に涙を溜めて力説するキラの頭を、サイがよしよしと撫でて慰め、他の者達も苦笑する。 確かに優秀で、教授達にも一目置かれて頼りにされているキラだけれど、普段はぽややんで、気がつくと陽だまりで気持ち良さそうに昼寝してたり、あまり好きじゃないらしい課題の提出期限ぎりぎりにわたわたしている姿を何度も見ている。 そのことを思い出し、あれはやっぱりありのままのキラだったのだ改めて納得し、そして嬉しくなった。 「ま、まあ、それは置いといて。…どこまで話したっけ?」 「プラントが徴兵制で、アカデミーに入らざるを得なかったってトコまで」 「そうそう。それで、まあ色々あったけど、その辺説明するのめんどいからはしょるね」 「キラのめんどくさがりー♪」 「いいのっ。で、一年前言い渡された任務が、ここ。オーブ領コロニー、ヘリオポリスへの潜入調査だったんだよ」 「は?」 「なんで??」 「地球軍がここで秘密裏に兵器製造してるんだって」 「「「…は!!??」」」 今、この、中立の、オーブ領の、平和なコロニーで、耳にしていいはずの無い単語が聞こえたんですけど…? 既に『ザフト』という言葉もNGだろうという事実を棚に上げ、四人はぽかん…と口を開ける。 キラはその口に飴玉を放り込みたくなる欲求を必死に耐え、彼等が現実を受け入れるのを静かに待った。 「………………えーと、ここって、このヘリオポリス…のことだよな?」 「うん」 「ヘリオポリス…オーブ領、なんだけど…」 「うん、知ってる」 「オーブって…中立、だったよな…?」 「うん。そのはずなんだけどね〜」 「「「なんで!?」」」 「さあ…それは地球軍に聞いてくれないと」 「あ、そうか…」 そうだよな…と頷く少年達は、そういう問題では無いことに気づく余裕は無い。 中立国の子供は、ある意味純粋培養なのだ…。 「まあそんな訳でさ、その内ザフトが機体盗みに忍び込んで来ると思うんだよね。その時もしかしたら、派手なドンパチやっちゃうお馬鹿さん達がいるかもしれないから、皆には気をつけるよう言っとこーと思って」 にっこりと、けれど気遣わしげに微笑んだキラに、彼等の精神が中途半端に正気に戻る。 「あ、そうか…」 「そうだよな…危ないよな…」 「そうね、そうよね。ありがとうキラ、教えてくれて」 「ううん。申し訳無いけど、詳しい作戦日とかは僕にも分からないんだ。だから、いつでも避難出来る準備だけはしておいてくれる?」 「あ、そうか!ヘリオポリスじゃそんなことあり得ないと思ってたから、避難って言っても…避難…避難って何用意するんだ?」 「えっ、えっとえっと…チョコ?あ、乾パン!」 「宇宙で乾パン用意してどーすんだ…せめて宇宙食とかさ」 「そ、そうか!宇宙食!…て、コロニー壊れたら宇宙食も乾パンも意味ねーだろ!用意するなら宇宙服だろ!」 「宇宙服か!…宇宙服?」 「宇宙服って…オレのお小遣いで買えるかなぁ…」 「いや、あのね皆…何かあって避難するとしたらまずシェルターでしょ?シェルターには一応保存食や寝袋なんかも常備してあるはずだからそういうのじゃなくて、自分にとって絶対無くしたくない大切な物、とか」 横道に逸れたまま暴走しだした彼等に、キラは苦笑しつつその流れを止めた。 「あ、ああ…そうか…ちなみにキラは、何持ってるんだ?」 「僕?僕はカードと愛用のパソコン。後はこのトリィ」 大人しく主人の肩に乗っていたペットロボが、指差されて愛らしく『トリィ』と首を傾げる。 「それだけ!?それだけしか持ってねぇの!?」 「うん、まあ…色々言い出したらキリが無いし、身動きも取れないしね。他の物はとりあえず、万が一のことが起こった場合、物凄く悔しいけれど一晩泣けば諦められるかなって」 「一晩か…なるほどな…」 それぞれ考え込むように黙った友人達をペットロボとそっくりな仕草で見つめ、自慢のカスタマイズであるパソコンを徐に弄り出す。 「あぁ〜…もしかしたら、作戦近いかも…」 「キラ?」 一番近くにいたミリアリアがその言葉を聞きとがめると、キラは苦笑しつつ己のパソコンに映った物を指した。 「モルゲンレーテで造られてるこの機体、なんか完成近そうな感じなんだよ」 「え!?マジ!?」 「どれどれ!?」 「見れるの!?」 「見れるよ〜監視カメラの映像貰ってるから。そーいうの得意なんだよねぇ僕」 「すごいわね〜キラ」 妙な位置からの奇妙なアングルだが、鮮明と言って差支えない映像に思わず息を呑む。 見慣れない兵器と、それを囲み忙しくなく動き回る、難しい顔をしたあまりお近づきになりたくなさそうな人種の者達…それを見つめる彼等の眉間に、思わず皺が寄る。 「…人ん家のコロニーで何造ってやがんだよ、こいつら…」 「ホントだよ。そーいうのはちゃんと自分ん家の敷地でやってほしいよな。なあ、キラ。こいつら今の内に追い出すことって出来ないのか?」 「うーん。僕は一応ザフトに属してるから難しいなぁ…僕が動いて下手すると、越権行為や国際問題になりかねないし。だから、オーブ本国に情報だけは流しておいたんだけど…どーなるかなあ〜」 「本国に?」 「うん。どーも今回、本国はこの動き知らないみたいでさ、一応…老婆心?もちろん匿名だけど」 ぺろっと舌を出すキラに笑いが起こる。 内容は随分とヤバイ部類に入るのに、既に井戸端会議の状態だ。 「キラってプログラミング得意なのは知ってたけどさ、もしかしてハッキングとかも出来るのか?任務とかでやらされんの?」 「ううん、ハッキングは趣味v知ってても報告を命令されない限りする気ないし」 「そうなのか?なあ、ザフトってどんなトコ?」 「あのね〜…」 好奇心のまま内情に踏み込む子供と、情報をダダ漏れさせる特殊工作員・通称スパイ…のはずの子供。 突然の告白と、突然の事態と、許容し難い映像に、彼等の中では事実と認識がズレたまま定着してしまったようだ。 そしてそれに気づいた者も、指摘してくれる者も、冷静に待ったをかけてくれる者もいなかった。 トールやサイ達に深い考えは無い。 ただ友達が所属している所のことを知りたいだけ。 キラにも何かの思惑や目的は無い。 ただ友達に聞かれたから答えただけ。 そう、第一世代として生まれたキラには、新作ゲームのために夜通し店頭に並ぶ根性と熱意はあっても、同胞意識の強いとされているプラントやザフトという組織に対して、『忠誠心』というものがうどんにかける七味の欠片ほども無い。 どれほど無いかと言うと、スパイとしてヘリオポリスに潜入して早一年…その間、一日の内二時間程度を本来の任務である情報活動に当てる以外は、趣味と実益と学生生活と睡眠に惜しげも無く注ぎ込んでいるほどだ。 東で人気の限定ゲームソフトの発売を一日早くする店があると知れば任務はもちろん授業もそっちのけで馳せ参じ、西に美味しいケーキの店があると聞けばミリアリアといそいそ出掛け、南に日当たりのいい昼寝ポイントを見つけては姿を消し、北の暗部では命令も無いのに態度のでかい地球軍の軍人をこっそり闇討ちにした。 優秀過ぎるが故にたった一人で任された潜入任務なのをいいことに、キラは一兵士にあるまじき悠々自適過ぎる日々を満喫していたのだ。 そして、そんな中で出来た友人達をとても大切に思っていた。 軍には仕方が無いから入って、仕方が無いから働いているに過ぎない。 そして、今のキラにとって大切なのは、組織から与えられた情報の機密保持では無く、折角出来た友人達の身の安全だった。 これは、キラの兵士としての自覚が薄いのでは無く、そんな人間を意識改革も無しに現場に出し、あまつさえ『スパイ』等という役目を与えた方が悪い。 能力でしか人を判断しない人事部こそが責められて然るべきだろう…が、今現在誰もその問題に気づいていないおかげで、情報は善良な一般市民にバレ、状況は駒であるべき一兵士の掌の上だった。 どう転ぶかは定かでは無いが、本来秘められるべき『秘密』を明かされた子供達の中では、大人達の中では滑稽なほど拘られている『人種』という壁を越え、一層友情を深めたということだけは事実だろう…。 作戦開始まで、後数日…。 |
つづくv |
正直者のスパイ、第一話でしたv
最近黒い子ばっか書いてたので、今回は明るくすっとぼけた
天然ぽややん、でも時々鋭いキラに挑戦(笑)
このキラの心情は『人生なんざちょろいちょろい♪渡る世間は
甘かったv(by川原泉先生著)』で行かせて頂きます(笑)
一応、3話か4話で終わる予定です(汗)