用意されていた料理を綺麗に平らげ、太一と空は箸を置いて満足気に手を合わせた。

「「ごちそう様でした♪」」

 片付けようと席を立った太一を光子郎が慌てて止める。

「太一さん、僕等がやっておきますから少し休んで下さい!あまり寝てないんでしょう?」
「いや、だけど…」
「いいから休んでろよ。空も寒空ん中走り回って来たんだから、疲れてるだろ?」

 ヤマトが横からさっと二人の食器を持って再び台所へ向かった。ついて行こうとした光子郎を笑って止め、丈がその後について行く。

「太一さん、空さん、そうしたら?『何が起こるか分かんない時は、食べれる時に食べて、休める時に休んどけ』でしょ?」

 ミミがタネモンを抱えながらにっこり笑った。
 太一と空は顔を見合わせ、苦笑を浮かべる。

「そーさせてもらうか?」
「そーね、ありがたく休ませてもらいましょ♪」

 二人の言葉ににっこり頷き、ミミが布団を直してくると光子郎の部屋に向かった。

「…写真撮らなくて、良かったわね」
「おう。こんな気を使ってもらうとむず痒いよな」

 光子郎の視線が外れた隙に、こっそりと二人だけで話し合う。
 悪戯は、バレてからが恐ろしい。

「どうかしました?」
「いや、何でも無い」

 不思議そうな光子郎に、二人はさっと誤魔化し笑いを浮かべるのだった。

「じゃあ光子郎。今の所リアルワールド内で暗黒デジモンの気配は感知されてないんだな?」
「はい。ただ最近デジモンからみの事件が多発したことと、ブラックフォーグレイモンの次元の歪みのせいで正しいデータとして信用してよいか、ちょっと疑問なんですが…」
「ん〜、でもゲンナイさんから連絡は無いのよね?」
「はい」
「じゃ、とりあえずは大丈夫じゃない?」

 空が太一を見れば、彼もそうだなと頷いた。

「何だ、太一達まだこんなトコにいたのか?」
「おう、サンキューな二人とも。もう休ませてもらうよ。…光子郎、後一ついいか?」
「はい?」

 話している内にヤマトと丈が戻って来たので軽く礼を言い、休む前に気になっていたことを光子郎に確認することにした。

「暗黒のデジモンであるデーモンが『暗黒の海』に押し込まれて、その後音沙汰が無い…て言ってもまだ一晩だけどな。この状況をどうみる?」

 その場に集まっている者全員を見回し、太一が真剣な瞳を向けた。

「そうですね…デーモンはゲートを己の力で開けられるそうですから、本来ならいつ来てもおかしく無いのに沈黙を守っているということは…」
「推測@自分のテリトリーでこっちで失った力を蓄えている」
「推測A暗黒系デジモンの精鋭を募っている」
「推測B時期尚早とこちらの様子を伺っている」

 光子郎に続いて丈・ヤマト・空が意見を出す。

「そんな所じゃないですか?」
「ん〜、やっぱそうか…敵さんの出方次第…攻撃待ちってことだな。相手が暗黒の海にいるんじゃ、こっちから攻撃することは出来ねーし、やっぱ迎え撃つしか無いか」

 太一がふむ、と状況を整理した。
 八方塞とまでは言わないが、後手後手に回るしか無い状況は面白くないといえば面白くない…。
 それでも待つことや耐えることには慣れている。
 焦りで判断を狂うことだけは絶対に無い。

「仕方ねえ…やっぱ寝るわ。今はそれが最善みたいだしな」
「ええ、そうして下さい。何かあればすぐお知らせしますから」
「ああ頼む」

 そうして全員で光子郎の部屋に戻り、ミミが整えてくれた布団の中に太一と空は揃ってもぐりこんだ。
 入って直ぐ、二人分の寝息が聞こえてくる。

「…寝る準備をして直ぐ寝られるのは、まあ、オレ等皆の特技みたいなもんだけど…二人とも寝付きよかったな…」
「仕方ありませんよ。お二人とも手を抜くことなんてしない人達ですからね。…部活でも全力でぶつかってこられたんでしょう」

 ヤマトが寝たことを確認してそっと光子郎達の側に戻って来る。
 離れているとはいえ、所詮は同じ部屋の中…声のトーンを押さえ、眠りの邪魔をしないよう務めている。
 パソコン画面上には、以前ゲンナイにつけてもらった機能である『デジモンが現れればその居場所をキャッチ出来る』東京近郊の地図が映し出されていた。
 今このシステムが沈黙を守っているのは、いいことなのかそうでないのか…。

「…少し位、手を抜いたっていいのに…」
「仕方無いわ。二人とも頑張りやさんだから」
「そうね」

 やれやれとタネモンが言うのをミミがくすりと笑って同意した。
 きっと皆が同じ気持ちでいる…助け合い、支え合って、同じ荷物を背負ってここまで来た仲間だったから。

 ピコ―――ン♪

「!?」

 突然の受信音に、その場にいた全員がびくりと反応した。
 届いたのは一通のメール…送信者は、ゲンナイ。

「げ…はゲンナイのゲ♪」
「歌ってる場合じゃないぞ、ヤマト。きっとこれは悪い知らせだ」
「分かってるよ…ゲンナイさんからの知らせは九:一で悪い知らせだ」

 蛙を踏み潰したような顔をしたヤマトに、握り拳を飲み込んだような丈が裏拳で突っ込めば、げんなりとヤマトが呟いた。
 思い返せばその通りのような気がする…。

「と、とりあえず開けて見ますね」
「ああ…」

 ピコンっという電子音と共に、音声によるメールが開いた。

『光子郎、太一に連絡して直ぐにデジタルワールドに来るよう手配して欲しい。ブラックウォーグレイモンの起こす次元の歪みが、とうとうリアルワールドにまで及んでしまった。止められるのは太一とウォーグレイモンしかいない。アグモンの進化の力はチンロンモンが用意してくれる…頼む、急いでくれ一刻を争う事態になってしまった』

「……………」

 メールが終わり、一同は何とも言えない表情で顔を見合わせると一斉に溜め息をついた。
 予想通りの内容に、事態の深刻さを思い測るよりも呆れの方が濃い。

「………じじぃめ…」
「太一!?起きてたのか!?」

 突然聞こえた声に驚いて振り返れば、不機嫌そうな顔をした太一が頭を掻きながら上半身を起こす所だった。

「…じじぃの声で起きた。ご指名が下ったからな、行って来る」
「太一さん、どうしてかは分かりませんが現在ゲンナイさんは若返っておられます。あの年齢の方を『じじぃ』というのは…」
「『一刻を争う事態』にならねぇと連絡も寄越さんよーなボケた野郎にゃ『じじぃ』で充分だぜ」

 ふんっと鼻で笑った太一の言葉に、それもそうかと彼を庇うことを早々に放棄した。

「…太一、どーやって行くの?」
「空も起きたか」
「まーね、こういう緊急事態には、体の方が反応しちゃって目が覚めちゃったわよ」

 それでもやはり眠いのか、大きな欠伸を噛み殺して空も起き上がった。

「ま、とりあえずヒカリに連絡とってみる。流石に一乗寺の親父さんの会社にはいないだろうけど、あいつらもまだどっかで集まってるだろ…」

 言いながら素早くメールを打ち、妹のD−ターミナルに向けて送信した。
 後は、返事が来たらゲンナイの言う通りにデジタルワールドに向かうだけ…。

「…あんま、寝れなかったな…」

 ヤマトが気の毒そうに太一を見る。
 寝る体制に入っていただけに、この状態はきつい。

「ふん。こんな事は三年前ならよくあったことだぜ。寝入った途端敵襲とか、挟み撃ちとか、倒したと思ったらお次の方〜とか…」
「そ、そうだな…」
「けど、腹が立たねーわけじゃねえ!」

 太一がばさりと布団をめくり、すっくと立ち上がって握り拳に力を込めた。

「首洗って待ってやがれよ、オイカワモンっ!!」

 100%マジな太一の言葉にがくりと力が抜ける。

「オ…『オイカワモン』っ!!??」
「しょーがねーだろ、及川のバックのデジモンが何者か分かんねーんだからっ」

 おいおいおいと思いつつ声をかければ、太一は何食わぬ顔であっさり言い放つ。

「そ、それにしても『オイカワモン』は…」
「んじゃ『オイカワモン(仮)』」
「………『オイカワモン(仮)』…」

 間違ってはいない…間違ってはいないが…ここまで来ると、もう笑うしかない。
 そこに、太一のD−ターミナルが受信を知らせる音を鳴らせた。

「お、ヒカリだな。……おい、今全員タケルん家に集まってるみたいだぞ。大輔達の話も聞きたいし、一緒に行くか?」
「そーだな。直接話した方がいいか…今後のことも対策も」
「そーだね。さっ、急ごうか」

 丈の言葉に頷いて立ち上がり、それぞれ出かける準備をする。
 と言っても、この大人数で押しかけて泊まるわけでも無いので、各自の荷物は散歩に行くようなものだったが。

「さーて、まず序盤戦ってトコだな…参謀!デーモンは動くと思うか?」

 太一が不敵に笑い、パソコンと周辺機器をごそごそと用意している光子郎を振り向く。

「…いえ、今現在沈黙を守っているんです。奴等が動くとしたら、こちらか『オイカワモン(仮)』に何かがあってからでしょう。序盤の小競り合い程度は静観してるでしょうね」

 光子郎の考えに、太一は自分の中でも考えを整理して頷いた。
 既に『オイカワモン(仮)』で定着していることは、誰も何も言わない。

「…つまり、この戦いに奴等は出て来ない。チンロンモンがくれるって力を使い切っても問題ないな?」
「ええ。アグモンの思うように戦わせてあげて下さい」

 ここにいる誰もが、アグモンとブラックウォーグレイモンの邂逅の話を知っている。
 彼に心があり、そのために苦しみ…アグモンがそのことをとても気にしていることも…出来れば、傷つく事無く戦いを終わらせることが出来ればいいが、それは無理なことも心のどこかで分かっている。

 戦いとは命の奪い合い。
 どちらかが傷つき、息絶えることだって充分に有り得る事。

 ましてや命と存在意義を架けた戦いに、心と体双方に痛みが伴うことはもはや必然。
 それならばせめて、彼の思う通りの戦いを…。

 そして、今始まる戦いに先陣を切ることになったのは、やはり八神太一とそのパートナー。

 力が無いことがもどかしい。
 だが、先を見ず、目先のことだけに気を取られて仲間を窮地に追い込む愚だけはおかせない。
 春に戦いが始まってから、自分達は自分達なりに戦い、考えて対策を練ってきた…それが生かせるのはきっともうすぐ…。

 だから、今はただ、見守るだけ。
 だけど、心だけはいつでも側に。

「…行こう」

 戦いが、始まる。



 

つづく


  あら〜〜〜???
  ブラックウォーグレイモンさん、すみません〜っ。
  今ちょっと撮りが押してるんで、もうちょっとただけ
  待っててもらえます〜?(笑)←怒

戻る 小説TOPへ 続き