ごそっという音に、ふと意識が引き戻された。



「あ、わりぃ…起こしたか?」
「……太一?」

 まだ半分寝ぼけた頭で起き上がると、コートとバッグを抱えた太一の姿が映った。

「ごめんヤマト、もう少し寝てていいわよ?寝るの遅かったんだから」
「…空も?何だ?何かあったのか?」

 声のした方を見ると、空も同じように身繕いを済ませ、出掛ける準備をしているようだった。

「別に何にもねーよ。オレ等はただの部活行き組」
「そ。今日はテニス部もサッカー部も午前練習だからね」

 二人は苦笑を浮かべ、まだ夢の中の者達を起こさないよう声を落として笑った。
 時計を見ると、調度八時を回った所だ。

「ああ、そうか…大変だな、運動部は…」
「三年が抜けたからな。二年の主力のオレ等がサボるわけにいかねーだろ?」
「そーいうわけだから、皆が起きたら伝えといてくれる?」
「オッケー…頑張って来いよ〜」

 ヤマトの力の無い声援に、二人はガッツポーズで答えた。

 そう広くは無い部屋の中で雑魚寝している仲間達を、細心の注意を以って踏んづけないよう気をつけて渡り、静かに扉を開けて外に出た。
 閉める時に振り返れば、ヤマトは既に再び布団の海に埋没しているようだった。

「…写真撮っておけば、高く売れるかしら…」
「惜しかったな、流石に今日は持ち合わせがねえ」

 少々寝不足気味の二人が不穏な計画を話し合っていると、後ろから明るい声がかかった。

「あら、太一君、空ちゃん。おはよう、二人でおでかけ?」
「あ、おはようございます、おば様。あたし達部活があるんで…」
「あらそうなの…ご飯用意出来るわよ?」
「いえ、そんないいです!すみません、気を使わせて…あの、まだ皆寝てますから、もうちょっと放っといてやってくれますか?」

 太一が済まなそうに言えば、泉母は一度息子の部屋の扉に目をやったが、すぐににっこりと微笑んで了承した。

「分かったわ。何だかまた大変なことが起こってるみたいね。…大丈夫?」

 詳しいことは分からないまでも、大体の事態は予想出来ている…それがどんなに大変なことかも。
 だが決して彼等の邪魔をしようとは思わない。
 心配で無いわけが無い…だが、それでも信じているから、止めようとは思わない。

 そんな気持ちがはっきりと伝わり、太一と空は真っ直ぐに泉母を見て微笑んだ。

「大丈夫です。一人じゃありませんから」

 自分一人の戦いでも無い。
 仲間だけの戦いでも無い。
 戦う力を持たなくても、例え一緒にいなくても、たくさんの人に支えられて今の自分達があることを知っている。
 そういう意味の『一人じゃ無い』。

「そう…出来ることがあったらいつでも言ってね?がんばって!」
「「はい!」」

 多くを語らなくても分かってくれる大人がいることは、ただそれだけで心強い。
 泉母に力強く頷くと、太一と空は小さく「行って来ます」と言って出かけて行った。
 それを見送り、はたっと気づく。

「二人とも…お昼は用意しておいてもいいのかしら?」

 彼女はすっかり、我家が総司令本部であることを容認しているようだった。

 

 

 それから三時間ほどがたち、光子郎達は部屋をノックされる音で目を覚ました。

「あれ?あ…僕寝てたのか…」
「ん〜…まだ眠〜い〜…」

 はっと体を起こす光子郎に続き、丈・ヤマトと起き上がる。
 ミミはタネモンをしっかりと抱いたまま、布団の中で寝返りを打っている。

「光子郎?皆起きた?お昼と兼用になっちゃうけれど、ご飯にしない?」
「あ、はーい!すぐ行きます」

 外から聞こえた母の声に、起きたばかりで何だが、随分とお腹が空いていることを自覚した。

「ほら、ミミさん!起きて下さい!ミミさんの分食べちゃいますよ?」
「え?やだ、大変っ!ミミ起きてっ!」
「ん〜?」
「ミ〜ミっ!」

 タネモンが慌ててパートナーを揺するが、彼女はしぶとく布団の中にもぐりこもうとしている。
 その様子をすっかり目の覚めた他の三人が苦笑気味に見守るが、ふと鳴り響いたお腹の音に、紳士的態度を一瞬忘れ去ることにした。

「ほら、起きろっ!」
「ミミ君っこれが最後のチャンスだよ?」
「え?え?何?何なの!?」

 突然剥がれた布団に、ミミは訳が分からず周りを見回す。
 心はニューヨークの自宅に飛んでいたのかもしれない…。

「…おはようございます。ミミさん」

 にっこり微笑んだ光子郎の顔を見て、後ろに立つヤマトと丈を確認し、最後に目の直ぐ下で呆れた顔つきを隠そうともしないパートナーを見つけた。

「…ミミ、目が覚めた?」
「えへへ…おはよう皆v」

 照れ隠しに髪をかき上げながら挨拶すると、皆も笑って挨拶を返したのだった。

 光子郎に先導されて向かったダイニングには、既に五人分の料理が並べられていた。
 メニューは至って朝食的な、ご飯とお味噌汁、ハムエッグにソーセージが添えられ、サラダと数種類のお漬物まで揃っていた。

「うわ〜美味しそう♪」
「ミミちゃん、納豆食べる?」
「あ、頂きます!やっぱ日本の納豆が一番美味しいですもんねぇ〜v」

 嬉しそうなミミの言葉ににっこり笑うと、他にも希望を募り、結局全員に納豆が配られた。

「あ、そういえば、太一さんと空さんは?」
「そーいえばいないわね…どこいったの?」

 ほかほかご飯を幸せそうにぱくつきながら、光子郎の疑問にミミも首を傾ける。
 ヤマトと丈も分からないと言うように互いの顔を見たが、それが聞こえた泉母がお茶を注ぎながら答えを出した。

「ああ、太一君と空ちゃんなら部活があるって朝早く出かけたわよ?」
「…あ、そんなこと言ってたような…いつ聞いたんだっけ?」

 記憶にはあるが、その状況が定かでは無い…どうやら随分寝惚けていたいたようだ。

「朝早く…大丈夫かな、二人とも」

 丈が外の寒さを思ってぶるりと震え、またそれとは別のことを心配して表情を曇らせた。

「そーいや、オレは途中でダウンしちまったけれど、結局何時まで起きてたんだ?」
「空さんは四時頃寝られましたけど、太一さんは五時過ぎでしたね…流石にヤバイと言って寝られましたけど、部活があるからだったんですね」
「って、それで走り回って大丈夫かあいつ!?」
「帰られたら少し仮眠してもらいましょう。その間に僕等は、出来る限り情報を集め、整理しておかなくては…」
「うん。そうだね」

 話しながらも着実に自分の皿を片付けて行く。
 二つ三つのことを同時進行出来るのは、食事にゆっくり時間をかけることの出来なかったサバイバル生活で得たものの一つだろう。

「だけど昨日の話。正直言ってびっくりしたわ」

 タネモンと同じようにぽりぽりとたくあんをかじりながら、ミミが途方にくれたように囁いた。

「ああ…デーモンを暗黒の海に押し戻したって話ですか」
「そう。まさかそーんな話になってるなんてねえ〜」

 光子郎も影を滲ませ、サラダを飲み込みながら昨日丈に聞いた話を思い出した。

「僕も兄さんから聞いた時は驚いたよ。昼間顔を合わせたばかりだったから奴等の力は痛いほど分かったしね」
「ああ…タケルとヒカリちゃんまでいて、暗黒の海へのゲートを開けるとはなあ…」

 丈は最後のハムを口の中に入れ、ヤマトは味噌汁の残りをずずっとすすった。
 ヤマトがお碗を置いた時、テーブルの上にあった料理は調度綺麗に無くなった…そして同時に大きな溜め息をつき、光子郎が彼等の思いを代表して口に出した。

「…暗黒の海は、どう考えても『暗黒デジモン』であるデーモンのテリトリーですよねえ…」

 口に出すと、その事実の重みが更に重く圧し掛かってくるようだった。

「あら皆。綺麗に食べてくれて嬉しいわ♪もし足りなかったら他にも…」
「いえ、もう…とても美味しかったです。ごちそう様でした」
「そう?じゃあお茶のお代わりは?」
「あ、頂きます」

 泉母が注いでくれたお茶をぺこりと頭を下げて受け取り、丈が一口飲んで言った。

「で、大輔君達は今日は?」
「小学生組皆で一乗寺の親父さんの会社に行くんだと。例の及川っておっさんの件で」

 ヤマトがまだ熱いお茶をふうと息をかけてから口に含む。

「一乗寺君のお父さんと同じ会社の同僚だなんて…何だか現実味があるんだか無いんだか…人間と判断していいのか悪いのかもちょっと…」
「そーよね。今までちょっと無かったパターンよね。…ねえ、その及川っておじさんがデジモンを操っているのよね?」
「それもどうでしょう…アルケニモンとマミーモンの二体はウィルス系の完全体です。そんなデジモンを、それも二体も普通の人間が操れるとは考えられません」
「つまり…考察@、及川は実は人間では無い」
「考察A、及川自身が何者かに操られている」
「ま、そんな所でしょう」

 ヤマトと丈がそれぞれ考え得る事態を想定すると、光子郎が頷いて肯定した。

「で、光子郎君はどっちだと思うの?」
「二番ですね。万が一の可能性として一番も考慮に入れておいた方がいいでしょうが、十中八九二番です。まず、デジモンが人間社会で人間に扮する理由がありません。完全体二体を手下にするほどの者なら本人も相当の実力をもっているはずです。目的がなんであれ、それほどの力があるのならさっさと攻撃するなり破壊するなり支配するなりすればいいんですから」
「ただ単に、人間の真似事をしてみたかったとかは?」

 ヤマトが手を上げ発言するが、その意見はあっさり却下された。

「ありえませんね。もしそうなら一乗寺君を攫ったり、他の子供達を誘拐して『暗黒の種』のコピーを植え付けたりしませんよ。ましてや手下を使ってダークタワーデジモンを作り出し、デジタルワールドを破壊しようなんてね」
「ああ、そうか」

 丈が感心したように相槌を打つ。

「僕の調べによれば、『及川悠紀夫』という男の経歴に何ら不自然な点は見当たりません。ごく普通の生まれで大学までの学歴、就職してからのデータも改竄された形跡は確認出来ませんでした。そういった『歴史』を持つ『人間』が、いつの間にか『人間外のもの』と入れ替わっていたと考えるのは無理があるでしょう」
「でも、さっき『人間と判断していいのか』って言ってたじゃない?」
「…だから、二番、か…」
「え?」

 ミミがきょとんと振り返ると、ヤマトが沈鬱そうな表情で黙り込んだ。

「…そうです。『及川悠紀夫』という『人間』が、『闇の力を持つデジモン』に操られている、という可能性が一番強いでしょう」
「そんな…」

 沈黙が辺りを包む。
 そこへチャイムの音が鳴り、泉母が返事をしてパタパタと玄関に向かった。
 何となく様子を伺っていると、明るい声が響いてきた。

「ただいま帰りました〜すみません、またお邪魔します」
「皆もう起きました?」
「お帰りなさい、太一君、空ちゃん♪ええ、さっき起きてご飯食べた所よv二人ともお腹空いたでしょ?すぐ用意出来るから、ちょっと待っててねv」
「すみません〜」

 賑やかな声と足取りが聞こえ、次いで晴れやかな顔をした二人が部屋に入って来た。

「太一さん、空さん、お帰りなさい」
「おお、ただいま〜!外は寒かったぞ〜!」

 二人が入って来ただけで部屋の中が明るくなったような気がした。
 寒い所から暖かい部屋に入り、笑顔全開だったからかもしれないが、本当の所は皆分かっている。

「よくそんな中サッカーなんか出来るな…」
「走り回ってる時は気にならねーさ!それに今日で今年は部活納めだからな」
「そうなのか?テニス部もか?」
「そ。ほとんどの運動部は今日でお終い。野球部は明日まであるとかって噂だけどね」

 気の毒にとでも言いだけな空の科白に、自然と笑みが浮かんだ。

「さ、お疲れでしょう?どうぞ座って下さい」
「あ、空さんこっちどうぞv」
「ありがと。皆はもうご飯頂いたんだ?」
「そうなんだ。遅く起きておいて先に頂いた。すまないね」
「はは。気にすんなって。その間に話進めておいてくれたんだろ?」
「ああ、大体な。光子郎、オレ等食器片付けてくるから、概要の説明頼む」
「はい。分かりました」

 太一達はコートを脱いで後ろの椅子にかけ、並んで座った向かい側に光子郎が腰を降ろした。
 ヤマト達はそれぞれ食器を持ち、泉母のいる台所へと姿を消した。

「さて、何から話しましょう?」
「その前に光子郎」
「はい?」
「ごめん、手、洗わせてくれない?」

 光子郎が目を瞬かせると、話の腰を折ってしまった形になった太一と空は、申し訳無さそうに笑って手を合わせた。

 

 

「お待ちどう様♪さ、二人ともたくさん食べてねv」
「はい、頂きます」

 お盆を持って現れた泉母の後ろから、それぞれやっぱり何かを持った仲間達が続いた。

「お代わりもあるから遠慮しないでね♪それじゃ光子郎、後よろしくね?」
「はい。ありがとございました、お母さん」

 光子郎の言葉に嬉しそうに微笑むと、泉母は邪魔にならないようにという配慮から部屋を後にした。

「おお〜美味そう♪ありがたく頂きます!」
「いただきます♪」

 太一と空が手を合わせ、勢い良く箸を動かした。
 何となくほのぼのとした空気に浸りながら、ヤマト達も思い思いの場所に腰を下ろす。

「どこまで話した?」
「ん〜まあ、大体のことは聞いたよな?」
「ええ。やりにくそうな相手って感じね」

 心の篭もった手料理に舌鼓を打ちつつ、聞かされた内容を振り返る。

「で、光子郎?お前の予想からすると、相手のデジモンのレベルはどれ位だ?」
「レベルですか?…そうですね、エテモン以上ヴァンデモン以下ってトコでしょうか」
「完全体を手下にしてるんだろう?ヴァンデモン以上ダークマスターズ並ってことはないのかい?」

 光子郎の評価に丈が疑問をぶつければ、光子郎は少し考えたが、やはりその案を却下した。

「今確認されている情報からいくと、及川の手下はアルケニモンとマミーモンの二体だけ。その二体も操れるデジモンは成熟期以下のものばかり…完全体数体を従えながら、成熟期であるテイルモン、成長期にすぎないピコデビモンを部隊長クラスに据えていたヴァンデモンと同等、あるいはそれ以下だと思います。エテモンの部下は成熟期以下成長期が主体でしたし、ダークマスターズに至っては、主な兵員が完全体…究極体すら従えていたデジモンです。同列にしてはダークマスターズに失礼でしょう」
「なるほどな」

 光子郎の説明に、仲間達はあっさり納得して頷いた。

「…てことは、だ…」

 太一がシャルウェッセンのウィンナーをかじりながらにやりと笑った。

「…はっきり言って、雑魚だな」

 全員の視線が太一に集まる。
 気負いもはったりも何も感じられない…真実そう思っているようだ。
 そう考えると、思い悩んでいた分馬鹿馬鹿しい。

「…ええ、雑魚ですね」
「雑魚だな」
「うん、雑魚だ」
「雑魚ね」
「なーんだ、雑魚かあ♪」

 本人が聞けば血管から血を噴出して怒りそうなことだが、彼等が達した結論は、至って簡単なものだった。

 

 

つづく


  長くなってしまったので一旦切ります(苦笑)
  う〜ん、次はアグモンと一緒にデジタルワールドへっ!
  ブラックウォーグレイモンさーんっ出番ですよ〜!(笑)

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