ごそっという音に、ふと意識が引き戻された。 「あ、わりぃ…起こしたか?」 まだ半分寝ぼけた頭で起き上がると、コートとバッグを抱えた太一の姿が映った。 「ごめんヤマト、もう少し寝てていいわよ?寝るの遅かったんだから」 声のした方を見ると、空も同じように身繕いを済ませ、出掛ける準備をしているようだった。 「別に何にもねーよ。オレ等はただの部活行き組」 二人は苦笑を浮かべ、まだ夢の中の者達を起こさないよう声を落として笑った。 「ああ、そうか…大変だな、運動部は…」 ヤマトの力の無い声援に、二人はガッツポーズで答えた。 そう広くは無い部屋の中で雑魚寝している仲間達を、細心の注意を以って踏んづけないよう気をつけて渡り、静かに扉を開けて外に出た。 「…写真撮っておけば、高く売れるかしら…」 少々寝不足気味の二人が不穏な計画を話し合っていると、後ろから明るい声がかかった。 「あら、太一君、空ちゃん。おはよう、二人でおでかけ?」 太一が済まなそうに言えば、泉母は一度息子の部屋の扉に目をやったが、すぐににっこりと微笑んで了承した。 「分かったわ。何だかまた大変なことが起こってるみたいね。…大丈夫?」 詳しいことは分からないまでも、大体の事態は予想出来ている…それがどんなに大変なことかも。 そんな気持ちがはっきりと伝わり、太一と空は真っ直ぐに泉母を見て微笑んだ。 「大丈夫です。一人じゃありませんから」 自分一人の戦いでも無い。 「そう…出来ることがあったらいつでも言ってね?がんばって!」 多くを語らなくても分かってくれる大人がいることは、ただそれだけで心強い。 「二人とも…お昼は用意しておいてもいいのかしら?」 彼女はすっかり、我家が総司令本部であることを容認しているようだった。
それから三時間ほどがたち、光子郎達は部屋をノックされる音で目を覚ました。 「あれ?あ…僕寝てたのか…」 はっと体を起こす光子郎に続き、丈・ヤマトと起き上がる。 「光子郎?皆起きた?お昼と兼用になっちゃうけれど、ご飯にしない?」 外から聞こえた母の声に、起きたばかりで何だが、随分とお腹が空いていることを自覚した。 「ほら、ミミさん!起きて下さい!ミミさんの分食べちゃいますよ?」 タネモンが慌ててパートナーを揺するが、彼女はしぶとく布団の中にもぐりこもうとしている。 「ほら、起きろっ!」 突然剥がれた布団に、ミミは訳が分からず周りを見回す。 「…おはようございます。ミミさん」 にっこり微笑んだ光子郎の顔を見て、後ろに立つヤマトと丈を確認し、最後に目の直ぐ下で呆れた顔つきを隠そうともしないパートナーを見つけた。 「…ミミ、目が覚めた?」 照れ隠しに髪をかき上げながら挨拶すると、皆も笑って挨拶を返したのだった。 光子郎に先導されて向かったダイニングには、既に五人分の料理が並べられていた。 「うわ〜美味しそう♪」 嬉しそうなミミの言葉ににっこり笑うと、他にも希望を募り、結局全員に納豆が配られた。 「あ、そういえば、太一さんと空さんは?」 ほかほかご飯を幸せそうにぱくつきながら、光子郎の疑問にミミも首を傾ける。 「ああ、太一君と空ちゃんなら部活があるって朝早く出かけたわよ?」 記憶にはあるが、その状況が定かでは無い…どうやら随分寝惚けていたいたようだ。 「朝早く…大丈夫かな、二人とも」 丈が外の寒さを思ってぶるりと震え、またそれとは別のことを心配して表情を曇らせた。 「そーいや、オレは途中でダウンしちまったけれど、結局何時まで起きてたんだ?」 話しながらも着実に自分の皿を片付けて行く。 「だけど昨日の話。正直言ってびっくりしたわ」 タネモンと同じようにぽりぽりとたくあんをかじりながら、ミミが途方にくれたように囁いた。 「ああ…デーモンを暗黒の海に押し戻したって話ですか」 光子郎も影を滲ませ、サラダを飲み込みながら昨日丈に聞いた話を思い出した。 「僕も兄さんから聞いた時は驚いたよ。昼間顔を合わせたばかりだったから奴等の力は痛いほど分かったしね」 丈は最後のハムを口の中に入れ、ヤマトは味噌汁の残りをずずっとすすった。 「…暗黒の海は、どう考えても『暗黒デジモン』であるデーモンのテリトリーですよねえ…」 口に出すと、その事実の重みが更に重く圧し掛かってくるようだった。 「あら皆。綺麗に食べてくれて嬉しいわ♪もし足りなかったら他にも…」 泉母が注いでくれたお茶をぺこりと頭を下げて受け取り、丈が一口飲んで言った。 「で、大輔君達は今日は?」 ヤマトがまだ熱いお茶をふうと息をかけてから口に含む。 「一乗寺君のお父さんと同じ会社の同僚だなんて…何だか現実味があるんだか無いんだか…人間と判断していいのか悪いのかもちょっと…」 ヤマトと丈がそれぞれ考え得る事態を想定すると、光子郎が頷いて肯定した。 「で、光子郎君はどっちだと思うの?」 ヤマトが手を上げ発言するが、その意見はあっさり却下された。 「ありえませんね。もしそうなら一乗寺君を攫ったり、他の子供達を誘拐して『暗黒の種』のコピーを植え付けたりしませんよ。ましてや手下を使ってダークタワーデジモンを作り出し、デジタルワールドを破壊しようなんてね」 丈が感心したように相槌を打つ。 「僕の調べによれば、『及川悠紀夫』という男の経歴に何ら不自然な点は見当たりません。ごく普通の生まれで大学までの学歴、就職してからのデータも改竄された形跡は確認出来ませんでした。そういった『歴史』を持つ『人間』が、いつの間にか『人間外のもの』と入れ替わっていたと考えるのは無理があるでしょう」 ミミがきょとんと振り返ると、ヤマトが沈鬱そうな表情で黙り込んだ。 「…そうです。『及川悠紀夫』という『人間』が、『闇の力を持つデジモン』に操られている、という可能性が一番強いでしょう」 沈黙が辺りを包む。 「ただいま帰りました〜すみません、またお邪魔します」 賑やかな声と足取りが聞こえ、次いで晴れやかな顔をした二人が部屋に入って来た。 「太一さん、空さん、お帰りなさい」 二人が入って来ただけで部屋の中が明るくなったような気がした。 「よくそんな中サッカーなんか出来るな…」 気の毒にとでも言いだけな空の科白に、自然と笑みが浮かんだ。 「さ、お疲れでしょう?どうぞ座って下さい」 太一達はコートを脱いで後ろの椅子にかけ、並んで座った向かい側に光子郎が腰を降ろした。 「さて、何から話しましょう?」 光子郎が目を瞬かせると、話の腰を折ってしまった形になった太一と空は、申し訳無さそうに笑って手を合わせた。
「お待ちどう様♪さ、二人ともたくさん食べてねv」 お盆を持って現れた泉母の後ろから、それぞれやっぱり何かを持った仲間達が続いた。 「お代わりもあるから遠慮しないでね♪それじゃ光子郎、後よろしくね?」 光子郎の言葉に嬉しそうに微笑むと、泉母は邪魔にならないようにという配慮から部屋を後にした。 「おお〜美味そう♪ありがたく頂きます!」 太一と空が手を合わせ、勢い良く箸を動かした。 「どこまで話した?」 心の篭もった手料理に舌鼓を打ちつつ、聞かされた内容を振り返る。 「で、光子郎?お前の予想からすると、相手のデジモンのレベルはどれ位だ?」 光子郎の評価に丈が疑問をぶつければ、光子郎は少し考えたが、やはりその案を却下した。 「今確認されている情報からいくと、及川の手下はアルケニモンとマミーモンの二体だけ。その二体も操れるデジモンは成熟期以下のものばかり…完全体数体を従えながら、成熟期であるテイルモン、成長期にすぎないピコデビモンを部隊長クラスに据えていたヴァンデモンと同等、あるいはそれ以下だと思います。エテモンの部下は成熟期以下成長期が主体でしたし、ダークマスターズに至っては、主な兵員が完全体…究極体すら従えていたデジモンです。同列にしてはダークマスターズに失礼でしょう」 光子郎の説明に、仲間達はあっさり納得して頷いた。 「…てことは、だ…」 太一がシャルウェッセンのウィンナーをかじりながらにやりと笑った。 「…はっきり言って、雑魚だな」 全員の視線が太一に集まる。 「…ええ、雑魚ですね」 本人が聞けば血管から血を噴出して怒りそうなことだが、彼等が達した結論は、至って簡単なものだった。
つづく |
長くなってしまったので一旦切ります(苦笑)
う〜ん、次はアグモンと一緒にデジタルワールドへっ!
ブラックウォーグレイモンさーんっ出番ですよ〜!(笑)