ミミはバランスの崩れているデジタルワールドを通ることを避け、調度キャンセルのあった飛行機に飛び乗った。
 年の瀬の迫った年末ではそうそう空席も無く、チケットを取れたのは正に神の采配と言えるかもしれない。

「タネモン、やっぱりこれって、あたし達呼ばれてるってことよね!」

 鞄から出してあげたタネモンは、周りをはばかり小声でかけられた嬉し気な言葉に、ぬいぐるみのふりをしながらもそっと微笑む。

「皆ミミが必要なのよ♪」
「うふふ♪そうよね!」

 向かう場所が戦場だということは重々承知しているけれど、ミミの胸に不安や恐怖はかけらも無い。
 行く先に仲間達がいる…ただそれだけで、嘘のように心は勇気でいっぱいになっていた。

 

 

 小学生組が決死の思いでデーモンを闇の世界に追いやった夜、誰も知らないまま、ニューヨークからミミが到着した。

 体力的にも精神的にも疲れ切っていた小学生組は、丈の兄周に家まで送ってもらうと、倒れ込むように眠りについてしまったため、中学生組だけが光子郎の家に集まっていた。
 普段ならばこんな夜に集まることは避けるのだが、最近の状況の変化の激しさに、明日などと言う悠長なことは言っていられないというのが太一の判断だった。

 後輩達は彼等に出来るだけのことをやっている。
 それならば、自分達も今自分達に出来ることをやっておこうという太一の意見に、否やを言う者は一人もいなかった。
 日にちが変わればどのように状況が変わっているか分からないというのは、誰もが肌で感じていたことでもあったから…。

 集合場所が光子郎の家なのは、言い出しっぺの太一の家ではヒカリが休んでいるし、丈・空と同じマンションであることと、もともと集まる時は光子郎の家が多く、家族に理解が深いことがある。

「丈、こんな時間に呼び出して悪いな。…受験勉強追い込みなんだろ?」
「はは。僕はこういう星回りなのさ。それに、今更じたばたしても仕方ないし、今まで出来ることはやって来た。そして今僕はここにいたい。仲間はずれは無しだよ」

 あっさりと笑って言った丈に、皆が苦笑を漏らした。
 確かに、三年前デジタルワールドに飛ばされた時も、丈は小六で受験生だった。
 この分だとまた三年後…丈の大学受験の頃にでも一波乱起きるのかもしれない。

「…そーだな。ただでさえチビ共二人が欠けてんだ。最年長のお兄様にまで抜けられちゃ、手が足らなくて身動き取れなくなるぜ」
「…太一。さり気にプレッシャーかけてないかい?」
「言ったからにはちゃ―――んと動いてもらうぜ?どーやらこの先は、人海戦術になってくだろーからな」

 ぎくりとした表情の丈を、太一は悪戯っぽく笑いながら見返した。
 その瞳に映る意味をしっかりと読み取り、丈は大きな溜め息を零した。

「…やっぱりちょっとだけ早まったかも…」
「太一の罠にハマっちゃいましたね、丈先輩♪」
「諦めろ、丈。こういうことに関して太一の読みは外れたことが無い。筋肉痛位は覚悟しておけよ」
「まあまあお二人とも。一番詳しい最新情報は丈さんのお兄さんから教えて頂いたんですから、その程度は丈さんももちろん予想済みですよ」

 丈の左右から空とヤマトががっしりと肩に手を置き、真正面から光子郎がにっこりと微笑んだ。

「…せめて、今年中に事件が片付くこと位は願っててもいいかい?」
「それも敵さん次第だな」

 今の所、誠実な丈に救いの手を伸ばす者は…いない。

 その時、丈を除き明るい雰囲気が漂う室内にノックの音が響いた。

「はい?」
「光子郎?もう一人お友達がみえたわよ?」
「え!?」

 ドアの外からかけられた母親の声に、光子郎は驚いて席を立った。
 今現在光子郎の部屋に集まっているのは、太一・空・ヤマト・丈、そして部屋の主である光子郎の五人。年少組は各自宅で夢の世界にいるはず…もう一人、彼等が集まっている事情を知る母親が通してもおかしく無い者は、とうていこの場にかけつけられるはずも無いだろう土地にいるはずで…。
 いぶかしみながらもドアを開けようと手を伸ばすと、光子郎の手が届く前に外側から勢い良く開けられた。

「やっほー皆!お久しぶり〜♪」

 元気いっぱいの笑顔にポーズまで付けて現れたのは、彼等が予想から外した人物。
 一同は彼女の登場にぎょっと息を飲み、一拍置いてから慣れ親しんだ名前を呼んだ。

「ミミちゃんっ!?」
「はぁ〜い♪ミミで〜す♪」
「私もいるわよ〜♪」
「…タ、タネモン…」

 抱え上げていた右手を左手に変えてボーズを決め直し、背負っていたバックの中から同じようにタネモンが手を上げていた。

「それじゃミミちゃん、ごゆっくりv」
「はぁいvお邪魔しま〜すv」

 いつになく表情豊かな息子とその友人達を見て、泉母は嬉しそうににっこり笑い、リビングの方へ足取り軽く去って行った。
 時間は既に十一時過ぎ…突然訪れた少女に『ごゆっくり』と言う時間では無い…だか、そのことについては誰も気にしない。

「…て、ミミさん。アメリカじゃなかったんですか!?」
「もちろんアメリカにいたわよ。つい十二時間前まではv」
「ってことは飛行機乗って来たのか!?」
「誰もゲート開けてくれて無いんなら、そうなんじゃない?」
「そうなんじゃない?って…」

 呆れると言うか途方に暮れると言うか、二の句の告げられない面々に、ミミは拗ねたような上目遣いで仲間達を見回した。

「だあって、日本じゃ変な事件が起きてるし、それにデジモンが絡んでるってこと教えてくれたきり連絡くれないし、ウォレスは闇の力が強まってるみたいだっていうし、何かあったと思って当然じゃない?」
「ちょっと待って下さい、今何て言いました!?」
「え?」
「ウォレスが闇の力が強くなってるって言ったのか!?」
「うん、そーだけど…」
「光子郎!」
「はい!とすると…今考えられるものとして…」
「ちょぉ――――っと待ったあっ!!」

 とんとん拍子で話が進みそうな勢いに、ミミが待ったをかけた。

「…ミミちゃん?」
「皆、何か忘れてない?」
「は?」

 ミミがタネモンを抱きかかえながら、両頬をぷうっと膨らませる。

「十時間以上もかけて、わざわざ海の向こうから駆けつけたあたしに、他に言うこと無い?」

 その言葉に一同は顔を合わせるとバツの悪そうな顔で笑い、次いで全員揃ってミミに向き直った。

「おかえり、ミミちゃん」

 多少言葉尻は違っても、込めた想いの大きさは同じだけ。
 ミミはしっかりとそれを受け取り、にっこり微笑んだ。

「ただいま、皆♪」

 そうして、また皆で笑う。

 戦うために戻って来た。
 この国には家族はいない。
 だけど、『帰って来た』気になるのはどうしてだろう?
 顔触れは少し足りないけれど、それでもここが帰って来る場所のように思えてしまう。

 それはきっと、皆が同じ気持ちでいるから…。

「そういやミミちゃん、よく飛行機のチケット取れたよな」
「そうよ、キャンセル待ち大変だったんだから!」
「ご両親もよくお許しになりましたね」
「まあね。ちょっと止められたけど、皆と一緒だからvタネモンもいるしねv」
「ふふv」

 きゅっとタネモンを抱きしめると、彼女も嬉し気に瞳を細める。

「向こうからはこっちに連絡取れなかったから、とりあえず来てみようって来たんだけど、電話も繋がらないし焦っちゃったわ。二時間位前にやっと繋がって…」
「ああ、調度デーモンをデジタルワールドに押し返した時間ですね…その頃までこちらの世界で異常なジャミングが計測されています。…と言っても、妨害電波が飛び交っていたということなんですが」
「え?デ―モン?闇の世界がどーしたの?」
「ええ、ちょっと困ったことになってるんですが、また後でお話します。それで?」
「ああ、うん。それで、遅くなっちゃったから今日は一先ず空さん家に泊めてもらおーかなって思って空さん家電話したら、おば様が光子郎君家に行ってますって教えてくれたの」
「なるほど…」

 引っかかっていた謎が解けて、光子郎は満足そうだ。
 他の者は、光子郎に任せておけば大体自分の疑問は片付くという経験から、黙って成り行きを見守っている。
 そして、例に漏れず解決したらしく、周りで好きなように頷いていた。

「それで、皆は今日どうするの?」

 ミミが小首を傾げると、太一と光子郎が顔を合わせ、他の者は彼等を見た。
 どうやら判断は最初から委ねられていたらしい。

「…今日の暗黒の種のことも片付いてないし」
「ミミさんが新しい情報を持って来てくれたようですし…」
「寝れそうにないな」
「そうですね」

 仕方なさそうな笑いが静かに部屋の中に響く。
 ヤマトは溜め息一つついて帰ることを諦めた。
 もともと父親は局に詰めっぱなしだし、どうしても帰らなくてはいけない用事も無い。

「空と丈はこの上だろ?一応帰っとくか?」
「いいよ。どうせ気になって眠れないだろうし」
「朝早く伺うのも、ご迷惑かけちゃうかもだしね」

 歩いても数分の距離に自宅のある空と丈に言えば、二人ともしっかりここに腰を据えるつもりでいるらしい。
 もしかしたら、既に気の抜けない戦闘モードに入っているのかもしれない。

「それじゃ、今の状況をまとめてみよう」

 太一が真剣な瞳で仲間達を見回すと、彼等も同じ瞳で見返した。

 

 

 戦いは既に始まっている。
 たぶん現在の状況はこちらが劣勢…仕掛けられる攻撃に対して、常に受身であることが何よりの証拠。
 慎重にことを運ばなければ、きっとどこかに取り返しのつかない罠が待ち受けているだろう。
 先は見えない。

 だが、仲間は揃った。

 


つづく

 

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