「全く…なんてことなの!?」



 自宅パソコンの前で日本のニュースを見ていたミミは、あまりのことに声を上げた。

「ミミ!?大きな声を上げてどうしたんだい?」

 驚いた声に反応し、ミミは急いで背後を振り返った。
 そこには、先日のクリスマスに顔を合わせたアメリカの『選ばれし子供達』が揃ってミミの方を見つめていた。
 ミミの叫びは日本語だったため、彼等にはその意味が把握出来ていなかったらしい。
 だが、ミミと並んでパソコン画面を覗き込んでいたマイケルの強張った表情に、何事かが起こっていることは察しがつく。

「今、日本のニュースで、子供達がクリスマスに誘拐されていた子達が解放されたって流れてるんだけど…」
「ホント!?良かったじゃない!…それが、どうしてミミの浮かない顔に結びつくんだい?」

 異国起こった犯罪とはいえ、自分と同じ年頃の子供達が誘拐され、しかも、つい先日その国から来た選ばれし子どもと行動を共にしたばかりともなれば、流石に気になっていた出来事だけに嬉しい。
 だが、自分達のリーダー格である少女には喜びの感情は見えない。
 そして、マイケルと顔を合わせ少し言いにくそうに口を開いた。

「あなた達には黙っていたけれど…実はあの事件、裏でデジモンが関係していたらしいのよ」
「何だって!?」

 ミミの言葉に一気に場が騒然とする。

「ミミ、どういうこと?詳しく話して」
「ええ。日本時間でクリスマスが明けた朝、私の仲間から連絡があったの…」

 そしてミミは、光子郎から知らされていた事情をかいつまんで皆に聞かせた。
 神妙な顔をして聞いていた面々は、闇に属するデジモン達が人間の子供達を攫っていたこと…特にその裏で一人の人間の大人が関与しているらしいことに話が及ぶと、ショックを隠せない様子で腕の中にいる幼年期に戻ったパートナーを抱きしめた。

「…そんなことが起きていたなんて…」
「ごめんね、言ってなくて…」
「いや、ミミは正しいよ。そんな大変なことが起きていても、僕等には…何も出来ないから…」

 インペリアルドラモンではほんの数分の距離でも、人間の子供である自分達にはどうしようもない『現実』という名の壁。
 下手に心配させるよりはというミミの配慮は当然で、そして温かかった。

「だけど、今問題なのは…」

 マイケルが幾分か緊張したように口を挟んだ。

「彼等が解放されたという事実を、ミミがニュースで知ったということなんだ」
「え!?」
「どういうこと!?」

 事情が飲み込めない子供達の前で、ミミが唇を噛んで俯く。

「今までは、どんな小さな情報もミミの日本の仲間から彼女に伝わっていた。今回の事件がデジモン絡みだと言うなら尚更だ。だけど今回、彼女はそれを知らされていない…これはどういうことだ?」
「…ミミが僕等にしてくれたように、心配させないようにしたんじゃないのかい?」
「その可能性もあると思うよ。でもね、今まではちゃんと連絡が来ていたんだ。これがただ忘れているだけならいい…悪いのは…」

「その余裕も無い状況にあるかもしれないこと…かい?」

 いい澱んだマイケルの言葉を繋げたのは、それまでその場にいなかった第三者の声だった。
 皆がその声の主を追うと、いつの間にか扉が開かれ、そこに一人の少年と二匹のデジモンが立っていた。

「ウォレス!?」
「ウォレス君!どうしたの!?クリスマスにも顔を見せなかったのに?」
「それを言わないでよ、ミミ。僕には僕で、違う仕事があったんだ」

 突然の彼の訪問に、誰もがぽかんとその場を静観する。
 その間に、初対面の子供達に向けて、ウォレスが簡単な自己紹介と、両肩にそれぞれ捕まっているパートナーを紹介した。

「ウォレス君、違う仕事って?」
「まあ、それは追々話すよ。…で、今日本が大変らしいね」
「…ええ。連絡が無いから余計心配で…」
「だろうね」

 彼女の言葉に頷き、ふいっと窓の外を眺める。
 今にも雪の降り出しそうな重々しい空…だかこの空が、彼女の国へと繋がっている。

「…クリスマス、世界中が大変だった時、僕も別に遊んでいたわけじゃない。大輔達に会えなかったのは…少し残念だったけど、僕には僕の役目があった」
「役目?」

 ウォレスが真剣な瞳でその場に集まっている仲間達を見渡した。
 以前からの顔見知りもいる。今日初めて会った者もいる…だが、皆が感じていた。
 自分達は、同じ目的のために集った仲間であると。

「…警告があった。ついこの間の騒ぎで事無きを得た皆には酷かもしれないけれど…数日中に、再びゲートは開くだろう」
「!?」

 全員が驚愕に目を見開き、ウォレスの言葉を聞く。

「僕の試算では完璧な答えは出せない。日本にいる光子郎の力を借りられたら良かったんだろうけど、彼は今それ所じゃ無いらしいし、ううん、もしかしたら何かの妨害かもしれないけれど、連絡が取れない。…だからこんな不確定な言い方になってしまうけれど、明日か明後日か…まだ少し先か…けれど、必ずゲートは開く。そして出てくるのは、今度は迷いデジモンでは無く…暗黒のデジモンだ…」
「…どうして、そんなことが分かるの…?」

 ミミが皆の意見を代表して呟いた。

「…クリスマスに世界中のゲートが開いただろう?その時、僕のチョコモンが尋常じゃ無い程に脅えたんだ。ゲートの向こう側、つまりデジタルワールドから強い暗黒の力を感じると…」
「暗黒の…力…」

 その言葉から、子供達は奇妙な不快感を感じた。どんなものかは正確に分からなくても、触れて嬉しいもので無いことだけは確かだ。
 そんな中、一人ミミだけがはっきりと顔を蒼ざめさせている。
 誰よりも『暗黒の力』の恐ろしさを知っているミミだからこそ、ウォレスの言葉の真意をはっきりと掴めてしまったのだ。

「そして、どんなデジモンかよく分からなかったけれど一戦交えた。負けはしなかったけれど、勝ったとも言えないな。奴は警告してゲートの閉まる前に向こうへと戻って行ったんだ」
「…闇のデジモンがデジタルワールドを暗黒の世界に染め、現実世界まで侵攻して来ようとしている…そういうことね?」
「おそらくね。…今度は追い返すだけでは済まない、きっと今までに無い戦いが待っている…」
「………」

 誰もが影を落とし、近付きつつある戦いに息を飲んだ。
 ここにいるほとんどの者が、デジモンと戦ったことはあっても殺したことは無い。
 それで済めばこしたことは無いのだけれど、それで済まない戦いも…必ずあるのだ。
 彼等が『パートナー』という、生きた兵器を連れている限り…。

「…ミミ、どうするの?」

 マイケルが静かにミミに声をかけた。
 さっきまでは、連絡の無い仲間の元へ一刻も早く行きたいと思っていた。
 だが、今いるアメリカの地でも戦いが始まる…それも闇の世界のデジモンとの…。

「…行けよ、ミミ」
「え!?」

 かけられた言葉にミミは驚いて顔を上げる。

「そりゃあ、オレ達はデジモンとの戦いに経験豊富なミミがいてくれればありがたいさ。だけど、日本でミミの仲間が大変なことになっているんだろ?」
「そうよ、ミミ。ミミが行きたいって思っているのなら、きっと彼等だってミミのことを待ってるわ。だって仲間なんだもの!困った時に一緒にいてあげたいって思うの、悪いことじゃ無いと思う!」
「ああ、マリアの言う通りだ。困った時助け合うのも仲間。だけど、オレ達を信じて任せてくれるっていうのも、仲間なんじゃないかな?」
「スティーブ…」

 笑顔で自分を送り出そうとしてくれている、異国で見つけた仲間達…彼等は自分の中の不安と必死に戦いながら、自分まで元気付けようとしてくれている。
 だけどまだ躊躇いがある…彼等は『暗黒の力』を帯びたデジモンの恐ろしさを知らないから…。
 その迷いを見透かしたように、ぽんっと肩を叩かれた。

「大丈夫、僕達は負けない」
「…マイケル」
「うん。闇の恐ろしさなら充分知ってるよ。だけど、だからこそ言える…大丈夫だって」
「ウォレス!だけど、チョコモン脅えてたって…」

 ミミが不安に瞳を揺らしながら叫べば、ウォレスはひょいっと肩を竦め、その上に乗っていた双子達が明るく笑った。

「そーだけど、ウォレス言ったでしょ?その後戦ったって〜。負けなかったよ、ぼくたち」
「グミモンの言うとーり♪ぼく忘れてたんだ〜。始めは闇が怖くって、隠れてたんだけど…ぼく一人じゃなかったんだもん。ウォレスもグミモンも一緒にいるのに、怖がる必要なんてどっこにも無いじゃ〜んって♪」
「ねぇ〜♪」
「ねぇ〜って、あなた達…」

 あまりの明るさに、ミミは一瞬恐怖も迷いも忘れた。

「そういうことなんだよ、ミミ。テイマーとパートナーデジモンが一緒にいて、戦う意志を持って対峙すれば、恐れるものなんて何もないんだ」
「そう、ウォレスはぼくが守る!」
「今度はこんなに仲間もいるしね〜楽勝って感じ〜?」
「おいおい、あんまり調子に乗るなよ?」
「「分かってま〜す♪」」

 窘めるウォレスの言葉に帰って来たのは、見事なユニゾン。
 その様子に、他の者達も明るい笑い声を上げる。

「ま、見ての通り、僕には強力なパートナーが二人もいるからね、ミミの抜ける穴位埋めてみせるさ」

 騒ぎ出した双子達に苦笑を浮かべ、ウォレスがミミに笑いかける。
 ミミがマイケルを見ると、彼も力強く頷いた。
 次いで、隣で成り行きの全てを静かに見守っていた大切なパートナーを見ると、彼女はしっかりとその瞳を見つめ返す。

「…パルモン、私と一緒に行ってくれる?」
「OKミミ!ミミが行く所へなら何処へだってついて行くわよ」

 にっこりと笑って即答してくれたパートナーを、ぎゅっと抱きしめる。

 いつだってそうだった。
 デビモンに仲間達と離れ離れにされた時も、太一がいなくなって皆からはぐれた時も、戦いたくないと仲間達から離反した時でさえ、彼女の意志を無視しても、離れる事無く側にいてくれた。
 今だって、仲間達から離れ、一人でこのアメリカまで来てくれている。
 どんなに感謝しても足りない、大好きなパートナー。

「…行きましょう、パルモン。皆の所へ!」

 ミミの言葉にパルモンが頷いた時、やけに明るい声が乱入して来た。

「お土産は東京名物『バナナなんとか』でいいよ〜♪」
「あれ〜?『雪苺』じゃなかったっけ〜?」
「あ、それじゃ、僕は『ひよこサブレ』で!」
「あたし『ひよこまんじゅう』〜v」
「あ、それオレも食べてみたかったんだよね♪」
「じゃあ僕は、無難な所で『草加せんべい』でヨロシク」
「だめよ皆!東京名物と言えば『人形焼』でしょう?」
「じゃあ『雷おこし』は?」

 シリアスに決めた所にかけられた土産請求に、ミミはがくりと砕ける。

「…なんであなた達、そんなに東京名物を知ってるの??」

「「「この間大輔に聞いたんだ♪」」」

 見事にハモった台詞は、仲間の協調性が生み出した産物か…。
 ミミは、彼等が自分を送り出してくれるのが仲間のためなのか、東京名物のためなのか分からなくなって、少しだけ眩暈がした。

「…ミミ、元気出して!代金は大輔に払ってもらいましょうよ」
「…そうするわ」

 健気に慰めてくれるパルモンに元気づけられ、ミミは力を入れて立ち上がる。

 こんなことで挫けてなんていられない。
 これからきっと、悲惨な戦いが待っているのだから。
 そして、こんな時に側にいてこそ仲間…その言葉は真実だから。

 


つづく


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