太一達がタケルの家に着くと、彼等は一様に固い表情で出迎えた。

 タケルの部屋にある彼のパソコンは既に起動しており、ゲートも開けられていた。
 向こうにつけばどういう原理でか靴が再生することは分かっていたが、太一は脱いだ靴を持って部屋に上がる。

「お兄ちゃん?」
「念のため、念のため」
「じゃあ、私も」

 こういう時の兄の感がすこぶる冴えていることを知っているヒカリは、玄関にあった自分の靴を持って太一に続いた。
 心配そうに見上げてくる後輩の頭を、太一は微笑んでくしゃりと撫で上げる。

「んな顔すんな、大輔。それより、お前等もいつでも出れるようにしとけよ?」
「はい!」

 パソコンの前に立ち、デジヴァィスを掲げようとして一端仲間達を振り返った。
 不安そうな後輩達を支えるように、敢えて表情も無く自分を見守る仲間達。
 彼等に向かい、太一は親指をぐっと突き出した。

「…行って来る」

 その言葉に、黙ったまま揃って頷きを返す。
 次の瞬間パソコンから溢れ出た光が次第に収縮すれて行くと…太一とヒカリ、そしてテイルモンの姿は消えていた。

「……頑張って来い…」

 ヤマトがぽつりと呟いた。
 今彼等に出来ることは、『信じて待つこと』…それだけだった。

 

 

 デジタルワールドに着くと直ぐ、待っていたアグモンとガブモンに合流出来た。
 そして彼等に案内された場所で、太一は遠くに浮かぶ蜃気楼のような富士山を見て愕然と呟いた。

「…もう、こんなにも歪みが?」

 ガブモンが複雑そうに顔を歪め、同じように富士山を見上げる。

「次元の歪みのせいでゲートポイントのバランスが崩れて来ているんだ。ここから向こうまで、多少の違和感があっても普通に歩いて渡って行ける」
「……そうか。…他の皆は?」
「向こう」

 そう言って、富士山とは反対側にある林の向こうを指す。

「あっちにヴァンデモンの城跡があるんだ。あそこの地下に現実世界に続く扉があったのを覚えてる?」
「ああ。だけどあそこは、城が崩れる時に一緒に消滅したんじゃ…」
「うん、オレ達もそう思っていた。だけど最近、あの場所から暗黒の力が漏れていることをゲンナイさんが突き止めたんだ。そしてあそこのゲートは、未だに光ヶ丘に直結しているらしい…」
「…光ヶ丘、か…」

 七年前も三年前も、つい先日暗黒の海へのゲートを開いたのも光ヶ丘だった。
 いつも何かしらと関わってくるあの場所…まるで呪いでもかけられてでもいるように。

「次元の歪みはブラックウォーグレイモンのせいだけじゃ無い…世界で何かが起こっているんだ」
「…そうだな。…皆はそのヴァンデモンの城跡で何をしてるんだ?」
「あそこのゲートポイントを城跡ごと封印する作業にかかってる。範囲は広いけど大丈夫、周辺のデジモン達にも呼びかけて協力を募ってるから」
「…そうか」

 たぶん、D−3で自在にゲートを開けれることも関係しているのだろう。
 人の手で自在に世界の扉を開ける等…本来では自然なことでは無いのだから。

「…ガブモン。皆と一緒にヤマト達の所に行って、今の話を教えてやってくれるか?ゲートは開けたままにしてもらってあるから」
「…皆で?」
「…オレ達は、一緒にいた方がいい」

 ガブモンは真剣な太一の瞳を見返し、表情を引き締めて頷いた。
 言葉は少なくても、太一の言いたいことは分かる…自分達の戦いが近いのだ。
 デジタルワールドで休んでいる場合じゃない。

「じゃあ、頼んだぜ?行くぞ、アグモン!」
「うん!行って来るねぇ〜!」

 駆け出した太一とアグモンの後を、ヒカリとテイルモンも続く。
 そんな彼等に向かい、ガブモンは大きく手を振った。

「がんばってね〜っ!」

 その声援に振り返らないまま片手を上げて応え、隣を走る固いままの表情の妹を見た。

「…ヒカリ、怖いか?」

 ヒカリははっとして顔を上げたが、自分を見つめる優しい瞳にぶつかって微笑を浮かべた。

「…ううん。お兄ちゃんと一緒だもの」
「そっか」

 強がりは百も承知。
 それでも笑顔を見せた妹を褒めてやりたくて、太一は走りながら彼女の頭ごと抱き締めた。
 それを嫌がりもせず受け止め、ヒカリも楽し気に回された腕を握り締める…そうして、いつの間にかデジタルワールドと現実世界の堺を駆け抜けていた。

「…相変わらず、仲いーよねぇ〜…」
「なあに、アグモン。羨ましいの?」
「へ?違うよぉ。何か嬉しくてさ〜…」
「嬉しい?」
「そぉ♪変わらないから♪」

 にっこり笑ったアグモンに目を見張り、テイルモンは数歩先を走るじゃれつく兄妹を見つめる。

 そういえば、あの頃もこんな感じだった。
 殺伐としてもいいのに、どこか穏やかな空気が流れていた…今と同じように。

「……そうね」

 珍しく素直なテイルモンに、アグモンは嬉しそうに笑って太一と同じように彼女の頭をよしよしと撫でてあげた。
 テイルモンは照れ臭そうに頬を少し染めてそっぽを向いたが、アグモンの手を払い除けることはしなかった。

 戦いはもう始まっている。
 だが、無理をしてまで緊張する必要は無い。
 余裕が無ければ、ほんの少しでもあるかもしれない勝機を見つけることが出来なくなるのだから。
 周りを見て、状況を判断して、相手の心すら包み込む位の気構えで。

 自分達はずっと、そうやって戦って来たのだから…。

「…来た」

 アグモンが少し緊張した声で空を振り仰いだ。
 その上空を、ブラックウォーグレイモンが弾丸の様に飛び去って行く。

「……ブラックウォーグレイモン」

 吹き付ける風と舞い上がる枯葉と雪の間から、彼が地上へと降りて行くのが見えた。
 この先が戦いの舞台になるのだろう。
 厳しい顔つきで前方を睨みつけるパートナーに、太一はそっと言葉をかけた。

「…アグモン。…お前の好きなように、戦っていいからな」
「…太一」
「何があっても…お前がオレの、パートナーだ」

 元気付けるように微笑む太一に、アグモンは驚きに目を見開く。
 太一は知っている…自分がどうしたいのか、何が望みなのか…そして、どうしてここまで彼に拘ってしまうのかを。
 全てを分かっていて、好きにしていいと笑ってくれる。
 その優しさと信頼を胸に、アグモンは万感の思いで頷いた。

「…うん!」

 走り辛い雪を越え、ブラックウォーグレイモンが降りただろう場所に近付くと、微かに言い争う様な声が聞こえて来た。
 小さなロッジの前では、及川と彼の操る二匹のデジモン…そしてブラックウォーグレイモンが対峙している。

「…待てっ!」

 一瞬触発の場面に何とか間に合い、アグモンは前に進み出た。

「……お前は…あの時の…」
「…決着をつけに来た」

 アグモンの姿を驚いたように見つめるブラックウォーグレイモンを、静かに瞳で見返す。

 ブラックウォーグレイモンの決意は固い…ならば、自分も同じだけの強さをぶつけなければならない。
 話し合いや誤魔化しで済むような段階は、とうに過ぎてしまっている。

「………太一」
「ああ。…進化だ、アグモン!」

 太一が胸の前に現れた光を握り締めるような仕種をする。
 それはチンロンモンから与えられた力の源…今は、進化を司る太一の心を模し、紋章を擬似的に具現させたもの。
 それがデジヴァィスの光と呼応してアグモンを包み込み、光が晴れた時そこにいたのは…三年前、見慣れたフォルムの勇気の化身。

「……貴様が、ウォーグレイモンか。…面白い、相手をしてやる!ついてくるがいいっ!」
「ブラックウォーグレイモンっ!」

 高々と跳躍したブラックウォーグレイモンを追い、ウォーグレイモンもその身を大空に翻した。
 その隙をつくように車に乗り込んだ及川達を見咎め、太一が叫ぶ。

「ヒカリっ!奴等を追えっ!」
「でもお兄ちゃんっ!」
「オレのことはいい!奴等を逃がすな!」
「…分かった。でも気をつけて!」

 雪煙を巻き上げて走り去る車を追って、テイルモンをネフェルティモンへと進化させる。
 飛び上がった妹達を見送り、太一は上空で戦いを繰り広げるパートナー達を、少し苦し気に見やった。

「……オレには、全てを見届ける義務がある。…そうだろう?」

 彼等の移動する位置を確認しながら、太一は再び森の中へと駆け出す。

 こんな時、自分にしてやれることは何も無い。
 だからせめて、少しでも側にいてやりたかった。

 

 

 デジタルワールドでも最強と謳われる武器、『ドラモンキラー』同士の戦いは、一瞬の隙が即死に繋がる熾烈なものだった。

「…面白い、面白いぞ!ウォーグレイモンっ!」
「……何が、そんなにも楽しい…」
「当然だ!オレはそのためにっ、戦うために生まれて来たのだからなっ!」
「…違うっ!」

 向けられた攻撃を、渾身の力を込めて払い除ける。
 だがブラックウォーグレイモンは、その反撃よりも、思いの外激しく否定された言葉の方が気になった。

「……何が、違うと言うのだ…?」
「戦うために生まれたのはオレの方だ!」

 驚きに目を見開くブラックウォーグレイモンに、その言葉が嘘では無いと証明するかのように、ウォーグレイモンは真っ直ぐに彼を見つめたまま微動だにしない。

「…何を、言っているのだ…?」
「……戦うために生まれたのは、オレ達の方だ。あの広いデジタルワールドの中、オレ達八体だけがそう創られた」
「馬鹿馬鹿しい…聞く耳持てんっ!」
「聞けっ!」

 飛び込んで来たドラモンキラーを、同じくドラモンキラーで受け止め、ウォーグレイモンは静かに語った。

「オレ達だけが、戦うためのプログラムを初めから入力されて創られた。敵を定められ、進化のプロセスを組まれ、そのための試練すら用意されて…暗黒型デジモンですら、己で進化を遂げるまでは殆んど意志すら持たないというのにだ。だから、お前は戦うために生まれたのでは無い!他に役目があるはずだ!」
「っ!…そんな世迷言を聞くためにここに来たのでは無いっ!」
「たかだか生まれて数ヶ月のヒヨッコが、知った口を叩くなっ!」

 ウォーグレイモンの気迫に、ブラックウォーグレイモンは紙一重で身を捩りその攻撃を交わした。

「お前は知らない!あの悠久の孤独を!そしてそれと同じ位の希望と思慕をっ!ただ待ち続けるしかなかったオレの、オレ達の苦しみをっ!何故決めつける!?何故全ての可能性を否定して、戦いのみに意義を見つけようとするんだっ!たかだか数ヶ月の生で!」
「…可能性を…否定…?」
「そうだ!戦いの果てに何がある!?何もありはしない!あるのは破壊と孤独のみ!自ら修羅の道を選び、何を得ようと言うのだ!?それがどんな世界なのかも知らぬくせに!」
「黙れ黙れ黙れ、黙れえぇっっ!!!」

 まるで心を揺るがされまいとでもするように、ブラックウォーグレイモンが我武者羅な攻撃を仕掛けてくる。
 ウォーグレイモンはそれをあっさりと受け流しながら、冷静な目で彼を見た。

 彼はもう一人の自分の姿だ。
 テイルモンのように、自分が太一に会えないまま進化を遂げていたならば、なっていただろう自分の姿。
 闇に染まりながら、それでも自分には何か目的があったはずだと捜し求め…心を捨てられないままでいる。

 見捨てられない…見捨てられる訳が無い。

 太一に会えた自分。
 出会えなかった彼。

 こうしている、今この時ですら、太一の心を直ぐ側に感じている。

 負けるな…頑張れ…頑張れ…頑張れ…!

 太一の声。
 優しい声。
 出会う前、出会ってから…そして別れてからもずっと、変わらずにこの心に届けられた君の声。

 帰って来い…帰って来い…待ってるから…オレが待ってるから…帰って来い。

 うん、…帰るよ。
 太一の所へ…。

 いつだって、帰る場所は一つだけ。
 太一の所へ帰るために、どんな戦いだって怖くは無かった。
 『よくやったぞ』って抱き締めてくれる声と温もりが、どんなものにも変えられない…ボクへのご褒美。

 だから帰ろう?
 一緒に帰ろう?
 きっと帰れる…だって君は、間違い無く『ウォーグレイモン』なのだから。
 もし君が本当に闇と破壊の化身なら、その姿は『スカルグレイモン』になっていたはず。

 君は闇と破壊の化身でも、戦うために生まれたものでも無い。
 きっと他に、何かが待っているはずだ。
 君に心があることが…その何よりの証。

 心技一体だった彼の攻撃は、心と体の微妙なズレのせいでバラバラになり、見極めることは容易かった。
 しかし、致命傷では無い、戦意を喪失させるための一撃を与えるとなると、戦い慣れたウォーグレイモンでも…それなりに難しい。
 それでも、必ず訪れるだろうその時機を注意深く伺いながら攻撃を受け流していた時…。

「ポジトロンレーザーっ!」

 背後から迫る圧迫感に、二体は同時に弾かれるように距離を取った。

 …何故、こんな所に!?

 二体の間をレーザーが通り抜け、その隙に宙を舞い駆けつけたインペリアルドラモンを、ウォーグレイモンは愕然とした気持ちで見返した。

「大丈夫か!?ウォーグレイモン!」
「…あ、ああ」

 反撃しないウォーグレイモンを見て、劣勢と思い加勢に駆けつけたのだ。
 呆然とその様子を眺めていたが、前方でブラックウォーグレイモンが構える気配にはっとする。

「…ふっ。二対一か…いいだろう。かかってくるがいい!」
「何ぃっ!?」

 攻撃態勢に入った二体に、ウォーグレイモンも構えをとりながら、誰にも知られぬようにそっと瞳を閉じた。

 …もう遅い。
 ブラックウォーグレイモンは戦いのみに意識を集中してしまった…手加減は出来ない。 

 開けた瞳には、一つの決意が宿っていた…それは『決別』という名のものだったのかもしれない。

「…行くぞ」
「おう!」

 二対一の攻撃は、流石のブラックウォーグレイモンでも防ぎ切れるものでは無く、致命傷では無いが、避け損ねた打撃にぐらりとバランスを崩した。
 そのチャンスを逃すような彼等では無い…ばっとブラックウォーグレイモンから距離を取る。

「ガイアフォース!」
「ポジトロンレーザー!」

 技を放とうとしたその一瞬…攻撃越しにブラックウォーグレイモンとウォーグレイモンの視線が交わった。
 彼の瞳には、既に生まれて初めての敗北を受け入れたような色が混じっている。

 ほら見ろ…やっぱりお前は戦いのためだけに生まれたものなんかじゃ無かった。
 戦いのために生まれたものは、そんなにも簡単に負けを受け入れたりはしない…諦めが悪くて、攻撃が当たるまで…いや、当たっても、命消えるその瞬間まで、みっとも無い程足掻くものだ…。

 ウォーグレイモンは、己の力の半分をブラックウォーグレイモンを守護する力に変換して解き放った。

 

 

「……何故、殺さない…」

 横たわったままのブラックウォーグレイモンがぽつりと呟いた。

 インペリアルドラモンはジョグレスが解除されブイモンとワームモンに、ウォーグレイモンはアグモンに退化していた。
 それぞれが岩場の上で、ぐったりとしている。

「…負けた方は、殺されるものだ…」

 その言葉にむっとしたのは意外なことにワームモンで、ブイモンは傷ついたような顔をし、アグモンは背中を向けていたので誰にも分からなかったが、その通りだと笑った。

 その後、ブイモンとワームモンとでブラックウォーグレイモンに何か色々と言っていたようだが、果たして彼の心に届いているのか…少なくとも、アグモンの耳には届いていない。

 彼等は知らない。
 究極体すら薙ぎ払う己の武器を、軽んじ過ぎている。
 今ブラックウォーグレイモンが生きているのは、ウォーグレイモンが彼を護ったからだ。

 そうでなければ、いくらブラックウォーグレイモンとはいえ、あの攻撃を受けて五体満足でいられる訳が無い。
 あれだけ手加減無しに攻撃しておいて、生きていると思う方がおかしい。
 彼が生きていることを当然としている彼等も、彼を庇った自分も、甘いのだ。
 その甘さの代償が何なのか…痛いほどに知っているはずなのに、それなのにまだ、その甘さが捨てられない。

 だけど、その甘さこそが自分がまだ『デジモン』であることを教えてくれている。

 進化とはほぼ無縁だった、ただ待つだけの日々。
 進化と喜びと共に歩いた、定められた戦いの日々。
 悲しみと役目からの解放と共に訪れた…残酷な別れ。

 様々なことが思い出され、アグモンは気づくと、胸中を吐露していた。

「…つらいこと、たくさんあったよ。苦しいことも、悲しいことも…でも、いいこともたくさんあった!」

 背中にブラックウォーグレイモンの視線を感じ、腰掛けていた岩場から皆の方を振り返り、にっこりと微笑んだ。

「心の底から嬉しいって思えることもあったんだ。生きてて良かったって…それって、生きてなきゃ分かんないことだよね。…だから、そんなに簡単に投げたりしないで、生きてみなよ…君はもっと、色んなことを知った方がいい」

 言うだけ言うと、話はそれだけとばかりにまた座り込んでしまった。

「…ふん。…貴様等に説教される謂れは無い。…借りは出来たようだが、オレはオレの戦いの道を行く。…さらばだ!」

 よろりと立ち上がったかと思うと、どこにそんな力が残っていたのかと思う程の俊敏さで地を蹴り、飛んで行ってしまった。
 吹き付ける風を正面から浴びながら、次第に小さくなっていく姿をじっと見送る。

「……ガンコな奴…」
「…ホント」

 呆れるように呟く二人の会話に、アグモンはこっそりと苦笑した。

「まあまあ。きっと、また直ぐに会えるよ」
「えぇ〜っ!オレもぉやだっ、あいつと戦うの〜っ!」
「ボクも〜…疲れるんだもん…」

 思いっきりしかめられた顔に、アグモンは今度こそ噴き出した。

 だが、彼には予感があった。
 今回が最後のチャンスだと思っていた…でも、彼が最後に残していったあの言葉。
 どこかで聞いたことがあるような気がしたら、昔ヤマトが言っていた言葉にそっくりなのだ。
 それならきっと、帰って来る。
 例え時間がかかったとしても。

 今でも、目を瞑ればはっきりと思い出すことが出来る、初めて出会った夕暮れ時の広大な岩山。

 始めは暗黒の力から作り出された『ウォーグレイモン』だと聞いて興味が湧いた。
 次に、テントモンから『心』があることを聞いて驚いた。
 だから君に会いに行った。

 『闇の心』を持った『ウォーグレイモン』?
 それとも、『心』を持った『闇のウォーグレイモン』?

 ちゃんと君に言ったよね?
 いいこともたくさんあったって…君に会えたことも、いいことの一つだよ。

 会えて良かった。
 君が教えてくれたんだ。
 例え体が闇に染まったとしても、心だけは護れることを。
 君の心は、ボク等と何の違いも無い。

 あの時、躊躇いがちに差し出してくれた君の手を、さっさと握ってしまわなかったボクのミス。
 待つことが信頼の証だと、信じて疑わなかったボクが悪い。

 今でもそれは間違ってはいないと思うけれど、そうじゃない場合もあることを始めて知った。
 思い通りにいかないね…さっきの戦いにしたってそう。
 本当は、頭を使うことは苦手だから…よく分からない。

 …太一に会いたい。
 こんなきつい戦いの後は、太一の顔を見ないと安心出来ない。

「…おぉ――――いぃっっ!!」
「皆無事かっ!?」

 遠くから聞こえた声に、ブイモンとワームモンが嬉しそうに顔を上げた。

「大輔ぇっ!」
「賢ちゃんっ!」

 息を切らしながらも、二人は胸に飛び込んで来たパートナー達を大切そうに抱き締めた。

「お疲れ様、ワームモン。さっき上空をブラックウォーグレイモンが飛んで行くのが見えたけど…」
「うん。戦いはボク等が勝ったんだけどね?何かよく分かんないこと言って行っちゃった」
「よく分かんないことぉ?」
「ホントだよ、大輔!何か『借りがある』とか、『戦いの道』とか…なあ?アグモンっ!」

 背を向けたままのアグモンに、八つの瞳が向けられる。

「…アグモン?」
「…ボク、太一を迎えに行くよ」

 心配そうにしている彼等に微笑みかけ、アグモンはすっくと立ち上がった。

「え?太一先輩…どこにいるんだ?」
「ん〜あっち。あの森の向こう」
「っ!!」
「戦いはずっと見ててくれたみたいだったけど、ボク達が随分移動しちゃったから追いかけて来れなかったみたい…早く迎えに行ったげなきゃ」
「お〜し!じゃあ皆で迎えに行こうぜ♪」
「おうっ!大輔ぇ〜オレ腹減った〜っ!早く行こうっ!?」
「行こう行こう♪」
「ちょっと待った!」

 皆で揃って一歩を踏み出した時、ものすごく顔色を悪くした賢が引き止めた。

「…賢ちゃん?」
「太一さんを迎えに行くのは、ヒカリさん達を呼んでからにしよう!絶対飛行型デジモンがいた方がいい!」
「は?そんな、皆まだ及川達捕まえたかどーかも分かんないのに…て、賢!?」

 不思議そうな大輔を無視して、賢はさっさと自分のD−ターミナルで仲間達に向けて送信してしまった。

「おいおい、どーしたんだよ、賢?」
「…本宮、あの山が何か知ってるか?」
「はあ?んなの富士山に決まってんじゃんっ!」
「うん。そーだよな?じゃあ、向こうに自衛隊の演習場があったのは覚えてるか?」
「さっき通って来たばっかじゃんよ…」

 賢の言いたいことが分からず、大輔は次第にイラついてくる。
 そんな彼の正面に回り、賢は辛抱強く両肩に手を置いて諭す。
 足元のデジモン達はもっと事情が飲み込めず、不思議そうに顔を見合わせるしかない、

「…じゃあ、その向こうに広がる森が何か知ってるよな?」
「だあから、そんなの…………」
「…気づいたか?」

 大輔の顔色が見る間に蒼く変色していく。
 ブイモンはそれを見て、慌てて大輔に駆け寄った。

「だ、だっ大輔ぇっ!?どーしたんだよ、一体っ!?」
「うっ、うわああぁぁぁあっっ!!太一先輩っ早まらないで下さぁ〜いぃっっ!!」
「ま、待て本宮っ!」
「離せぇっ!太一先輩がっ太一先輩があっっ!!」
「何何何なの!?太一がどぉかしたのぉっ!?」
「あ〜っもう!ワームモンっ!」

「ネバネバネェ〜ットっ!!」

 ワームモンの口から吐き出された粘液状の投網に、文字通り一網打尽で御用となった。

「うわああぁぁああっ!」
「…ねぇ、大輔ぇ。その悲鳴、太一のトコに行けないから?それともワームモンの技にかかったから?」
「どぉっちもだあ〜っっ!!」
「ねえっ!だから太一がどぉたの!?」
「…ワームモン…僕まで捕らえなくてもいいだろう…」
「…ごめん。一緒にいたもんだからつい…」

 全く埒のあかないメンバーだが、その数分後に鬼の形相をした仲間達に助けてもらうまで…あまり気色のいいとは言えない投網の内側で、仲良く引っ付きあうことになる。

 

 

 その頃、留守を預かる形で総司令本部となっていた高石家の一室で、光子郎が珍しく動揺して立ち上がった。

「…っ、皆さん!集まって下さいっ!」
「どうした、光子郎?」
「光子郎君、何かあったの?」

 手持ち無沙汰だった面々はじっとしていることに耐えられず、パートナー達と共に人様のお宅で勝手に洗濯物を取り込み、アイロンをかけ、たたみ、食器を洗い、片付け、部屋にはたきをかけ、掃除機をかけ、雑巾がけをしていたが、光子郎の焦った声に驚いてタケルの部屋に駆けつけた。

 奈津子ママが帰って来たならば、ピッコロモンに鍛えられた掃除の腕でピカピカに磨き上げられた家の中に、心底驚くことだろう。

「一乗寺君からエマージェンシーです。僕と空さん達に緊急出動要請が来ました」
「え?あたし?」
「はい。飛行型デジモンということで…」
「飛行型??」

 首を傾げる仲間達の中、光子郎だけが異様に蒼褪めた表情をしている。

「…光子郎、何があったんだ?」
「…た、太一さんが…」
「太一が!?」
「…太一さんが…」
「太一がどーしたの!?」

 珍しく歯切れも悪い光子郎に、全員がさっさと言えと詰め寄った。

「…太一さんが…あ、青木ヶ原樹海に、いるそうなんです…」
「…………あお…っ………」

 『青木ヶ原樹海』…山梨県南部、富士山の裾野北西に広がる溶岩流上の大樹海。
 入った者は二度と出れないという『自殺の名所』として、あまりにも有名…。

 チッ、チッ、チッ…パッポ〜♪

 絶句していた全員の目がハト時計に向いた。
 時刻は四時半…普通の時報と違い、三十分の時はハトが出て来るのは一度だけ…それがまた小馬鹿にしているようでハラが立つ。
 ここがタケルの家では無くヤマトの家だったならば、間違い無く全員で叩き壊していたことだろう…。

 いや、違う。
 今問題なのは、現在の時刻が四時半であるということ…。
 冬の夕暮れは早い、更に山の天気は変わり易い。ましてや日本最高峰の山ならば、どんな現象が起こるのか、想像もつかない。
 しかし、それ以前に…。

「たったたたったっ!太一ぃっっ!!一体何をそんなに悩んでいたんだあっっ!?」
「ヤ、ヤマトぉっ!?」
「ピッ、ピピピピピピピっピヨモぉン!?進化!進化よ、ピヨモンっ!!」
「そ、空ぁ?う、うん、分かった!」
「こらこらこらこら!こんな所から進化する気かい!?タケル君家が壊れてしまうじゃないか!するならベランダに出てからにしたまえっ」
「そ、そっか!じゃあ、ベランダ出てから…っ」
「それもまずいんじゃないのぉ?いいの?おいら達どうどうと出てっても…外、まだ明るいよ?」
「平気だっ!お台場の人間は三年前にデジモンなんか見慣れているっ!最近じゃあ銀座でだって超メジャーだ!」
「そう!そうよね!?空さん!光子郎君っ!」
「はいっ!行きますよ!カブテリモンっ!」
「…光子郎ハン…わてまだテントモンです…」

 ずんずんとベランダに向かう空と光子郎…それを義務感でのみついて行くパートナー達。
 残りのメンバーは出征の見送りのようについて行く…日の丸を持っていたっておかしくない。

 何となく部屋の中に残る形になったタネモン・ガブモン・ゴマモンは、よく分からないまでも状況を話し合う。

「…ね〜え?『銀座』ってこないだデーモン達が暴れたトコよね?」
「うん。オレ達がデジタルワールドに帰った場所だ」
「それってさ〜めちゃくちゃ印象悪いんじゃない?」

 複雑な表情で顔を見合わせ、深々と溜め息をついた。
 あのメンバーがあんなにも取り乱すとは…太一は一体どんな奇天烈な場所にいるのだろう。

 

 

 仲間達が必死の形相でパニックしている時、話題の中心人物である八神太一は、D−ターミナル相手に悪戦苦闘していた。

「…はあ〜、やっぱダメか。ヤバイな〜方向感覚は人よりマシだと思ってたのに、ここまで同じ景色だとデジタルワールドの方がまだ分かり易かった気がするな〜」

 暢気に独り言を呟きながら、とりあえずこれ以上人が足を踏み込んだ形跡の無い場所に行かないよう足を止めた。

「D−ターミナルは使えねぇ。デジヴァイスは反応しない…これは、暗黒の気配のせいってのより、この辺の土地のせいなんだろーなぁ〜…しっかし、デジタルワールドですら使えるD−ターミナルが使えねぇなんて、現実世界としておかしくねぇか?」

 画面上は一応普通…それが、時々妙な文字が映ったりする。

「…昔丈が言ってたよな〜、溶岩の上に出来た樹海だから磁場が狂ってて磁石も電化製品も役に立たねぇって……つーこた、やっぱ…」

 使い物にならないD−ターミナルをポケットにしまい、太一は半ば成り行き上仕方なく顔を上げた。
 迂闊だった…ここがそういう場所である以上、こういう事態に遭遇するであろうことは予想してしかるべだったのに。

 太一の視線の先では、鬱蒼という言葉がぴったりの木の枝から…輪っかに括られた古ぼけたロープが一房、冬の風に揺れていた。

「………青木ヶ原樹海…か。そーだよな〜こーんな場所に残ってる人の足跡は…そーいう目的の人だよな〜…」

 戦いが終わり、上空に見えていたウォーグレイモン達の姿を追えなくなって、太一はとりあえず人里に出た方がいいと偶然見つけた人の足跡を追って来た。
 なまじ過酷だったサバイバル経験なんぞがあったものだからこそ気づいてしまった、溶けた雪の下から現れた『それ』の持ち主は…きっともうこの世にはいないのだろう…。

「…ヒカリ〜、兄ちゃんを助けてくれ〜っ…アグモぉン、皆ぁ〜オレはここだぞぉ〜?」

 流石の太一も、ここに長居するのは嫌らしい…力無く呟かれた言葉は、今の所生きた人間の耳には届いていない。
 まずヒカリの名が出てしまったのは、こういう場所は、彼女の方が強そうだからに違いない。

 

 夕闇が、すぐそこまで迫っていた。

 

つづく


   この話…途中ものすごいやる気を殺ぐアクシデントがありましたが、
   何とか仕上がりました(泣)二度目の時…データが消えた場面と全く
   同じ場面でまたもやフリーズし…血の気が引きました(滝汗)
   …一応、無事に出せてよかった………!
   次回はブラックウォーグレイモンさんの封印です。
   とりあえず、その辺りまではオフィシャルに沿ってるよーな、沿って
   無いよーな微妙な状態で進みます(笑)
   その後、オフィシャルに対する挑戦のよーなストーリー展開が待って
   ますのでお楽しみにv(笑)…手袋は白が王道かな(笑)

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