んじゃこりゃぁ―――――……… んじゃこりゃぁ――――…… んじゃこりゃぁ―――…
太一の悲痛な悲鳴が辺りに木霊する中、子供達は身動き出来ずに彼女の動向を見守っていた。 「………ふっ、夢か」 太一は苦く笑いながら瞳を閉じた。 「ちょっ、太一!?」 「ほーら、アグモン〜vぱふぱふ〜vv」 太一がアグモンを抱きしめて、その谷間に押し付ける。 「何やってんのよ!?太一ぃ――っ!!」 パニック絶好調の空が、現実逃避爆走中の太一を嗜めようとするが、効果は無い。 「ヤマトさん、振り向こうとしましたね?」 ヒカリがにっこりと音も立てずに近付いて囁いた。 「いや、そのっ、アグモンに…っ」 言い知れぬ圧迫感と殺気を感じた一同は、大人しくヒカリの言葉に従い、総勢四名の煩悩の具現者と約一名の子羊で座禅を組んで目を閉じた。 「いーから、アグモンを離しなさぁ――い!」 そんなに簡単には崩れません。 「ああっ、もうっ!京ちゃんっ、ヒカリちゃんっ!!」 べりっ!
ぷるんぷるんぷるん……
太一を空とヒカリで後ろから羽交い絞めにし、その隙に京がアグモンを奪取した。
「どーでもいいから、その乳隠せ―――っっ!!」
肩で息をし、据わった瞳で太一を見据える。 「…………どーやって?」 「……え?」 困惑したような複雑な顔で、太一は女性陣を順に見回す。 確かに、少女漫画でよく見られる両腕を交差して隠す方法は抵抗がある。左右それぞれの手で隠すのも、何か嫌だ…。 「……………」 仲間達と自分の胸を交互に見比べ、大きな溜め息を一つ…途方にくれるって、こういうことだろう。 「と、とりあえず、服をこうして…」 空が太一のシャツの裾を摘み上げ、スカーフを結ぶ要領でたくし上げる。 「あ、お姉ちゃん、ウエストも細くなったんじゃない?ズボン下がっちゃって…ベルトもう少しきつくしたら?」 太一の喉がひくりと鳴った。 「空っ!??」 うら若き乙女達が、頬寄せ合って太一のウエストを凝視する…何だか動いてはいけない気分になって、太一は居たたまれなくて仕方が無い。 「何よ、このスタイルは!?あんた、あたしに喧嘩売ってる!?」 流石にキレた太一の叫び声に呼応するかのように、天空に数条の雷光が閃いた。 「…あ」 次の瞬間、琵琶湖をひっくり返したような、見事な土砂降り。 「……そーいや、雨降るって」 あまりの事態にすっかり忘れていたが、元々は雨が降るから避難しようとしていた所だったのだ。 「…あのぅ〜、もう振り返ってもいいっスかぁ〜?」 打ち付ける雨にへろへろ状態のブイモンを抱きかかえた大輔が、遠慮がちに手を上げた。 「あ、いいわよ〜。太一さんの秘蔵の双翼は封印したから」 男四人の背中に『がっかり』という文字が見えるのは気のせいだろうか…。デジモン達は、何だかもう真っ直ぐにパートナーの目を見られなかった。 「ふっ…ふふ…」 雨から身を庇うことも馬鹿らしく、降られるがまま濡れ鼠になっていた子供達の耳に、地を這うような笑い声が届く。 「ふふふふふふふふふ…」 「た、太一!?」 雨のカーテンの向こうから、鈍く光る太一の目が見える。 「なのに、なんで雷に打たれたり、女になっちまった上に雨に打たれなきゃなんねーんだよっ!?」 怒りの爆発と共に、太一がずいっと一歩を踏み出した。
「アグモン!進化だ!!」
デジヴァイスが進化の光を放ち、アグモンがオレンジ色の光に包まれる。 「うわ―――っ!ちょっと待て太一ぃ―――っっ!!」 青ざめる一同の脳裏に、最強最悪の暗黒デジモンの姿が浮かぶ…。 「やぁだ、皆心配性なんだから♪大丈夫よv」 ヒカリがにっこり笑って仲間達を振り返る。
「…………………」
見慣れたフォルム。 「……ウォーグレイモン?」 現れたデジモンを呆然と見上げる子供達…。 「……ウォーグレイモン」 太一の声に、必殺技を繰り出すべくエネルギーを頭上に集中させて行く。 「………あ………」 誰かが呆然と呟いた。 「…………………ハート型……」
「…撃て」 ウォーグレイモンから放たれたハート型のガイアフォースは、部厚い雨雲を蹴散らし空の彼方へ消えて行った。 「わぁ〜v」 子供達がそれを見上げ感嘆の声を漏らすと、地上に降り立ったウォーグレイモンがぽんっとコロモンの姿に戻って太一の腕の中に飛び込んだ。 「…お疲れさん」 太一に褒められて、コロモンは嬉しそうに太一に擦り寄る。 一転して穏やかになった太一の様子に、一同は揃って視線を向けた。 「あ〜〜、すっきりした!」 がくり。 「どうした、皆?」 ストレス発散のデモンストレーションだったことが分かり、本気で世界の危機かと心配した面々は、振り向いた太一に曖昧な笑顔を返すしか無かった。 「?…ま、いーや。今日は疲れた。ヒカリ、テイルモン、帰るぞ?風呂入りて〜」 雨水を大量に含んだ髪をかき上げながら、あっさり言い放った太一にまたしても空気が凍る。 「ちよっ、太一!?あなたまさか、その格好のまま帰る気!?」 どげしっと、空の美脚がヤマトの後頭部を渾身の力を込めて蹴り飛ばした。 「あんたも喜んでんじゃないの、ヤマト!って、そこっ!何期待してんのっ!!」 元サッカークラブのツートップは伊達じゃない…。 「だけど太一。おば様に何て言って説明するの?やっぱり色々まずいんじゃない?」 流石に深くは考えていなかった。 「大丈夫大丈夫♪私が一緒に入って洗ったげるv自分の体見たくなかったら、お姉ちゃん目隠ししてればいいよ」 ちょっと待て、本当にそれでいいのか? 「………分かった。でも、太一。明日は一緒に買い物に行きましょうね?」 言葉の意味を測りかね、太一はきょとんと空を見返した。 「んもう、『へ?』じゃないの!男と女は色々違うし大変なのよ?いつ戻れるか分からないんだし、一通り揃えてあげるから」 空が男共に視線を投げ、冷たく言い放つ。 「そう言われても…」 「…そう。じゃぁいいわ。皆で適当なナンパ男捕まえて、荷物持ちしてもらうから♪」 さっさと引いた空と女子の言葉にギョッとする。 「すまん!行く!一緒に行かせてくれっ!」 必死に食い下がる男達は、彼女達の瞳が獲物を狙う狩人のごとくきらりと輝いたことに気づいていない。 「やっぱり顔良くて〜お金持ってて〜、使いっぷりのいい人かなv」 男達を無視して盛り上がる少女達。 「太一はどんな人が好み?」 爆弾投下。 「「「「何でも奢る(ります)!!!」」」」 っしゃ!! 望み通りの言葉を導き出すことに成功し、してやったりと彼等に見えない場所でガッツポーズ。 「んじゃ、帰ろーぜ〜」 太一の合図でゲートが開かれ、中学生組はパートナーと別れの挨拶をしてモニターに吸い込まれていった。 「…アグモン、どうしたの?」 モニターの前から動かないアグモンに、ガブモンが不思議に思って声をかけた。 「うん…あのさ…」 言いよどむアグモンの周りに、ピヨモンやテントモンも集まって来る。
「太一…エンジェウーモンみたいだったよね?」
ぽん。
「ああ!どっかで見たことあると思ったら!」 わっと笑い合うデジモン達。 「…で、あれって進化なの?」 顔を見合わせ首を傾ける。 エンジェモン・エンジェウーモン・デビモン・レディデビモンというデジモンが存在しても、彼等に性別の有無は分からない。
「ただいま〜」 特に構えるでも無く、八神兄妹は普通に玄関を開けた。 「あらあら、お帰りなさい。遅かったわね〜…あら!どうしたの?三人ともずぶぬれじゃない!?」 台所から顔を出した母は、濡れ鼠の子供達を見ると慌ててタオルを取りに奥へ消えて行った。 「はい。しっかりふいて家に上がるのよ?テイルモンちゃん、自分でふける?」 とはいうものの、爪付き手袋は少々勝手が悪い。 「無理しないの。こっちいらっしゃいv」 くすくすと笑って軽くテイルモンを抱き上げる。 「………あら?」 母の手が止まり、大きく目が見開かれる…。 「………太一。その胸どうしたの?今朝出かける前までは無かったわよね?」 母は呆れた様に呟くと、テイルモンを抱いたまま、さっさとリビングの方へと行ってしまった。 「………どーよ、あの反応…」 今は姉妹となった二人は、拍子抜けしたように顔を見合わせる。 「だけどさぁ〜…」 ヒカリが太一の瞳を覗き込みながら、悪戯っぽく微笑んだ。 「…そっか」 何となく暖かい気分で仲良く微笑み合った時、奥から母の声がした。 「太一〜ヒカリ〜!ご飯の前にお風呂入って温まってらっしゃい〜!」 二人は急いで自室に向かい、用意をして風呂場に向かった。 「テイルモンちゃん、先にご飯食べる?」 意味ありげな視線と言葉をテイルモンに向け、母は台所へと向かった。まるで、全て見通しているかのような不思議な感覚。 ガタ―――ンっ!! 風呂場から聞こえた音に、びくりとテイルモンが反応する。 「お姉ちゃん!お姉ちゃんっ!?」 聞こえるのはヒカリの声…何事かと腰を浮かせた時、くすくすと楽しそうな笑い声が聞こえた。 「テイルモンちゃん、行って来てくれる?」 ひょいっとソファから飛び降り、真っ直ぐに浴室へ向かう。
「その程度で倒れてたんじゃ、『女』はやっていけないわよ、太一v」
静かに浴室の扉を開け、中に滑り込む。 彼女は、普段物事にあまり動じない息子がうろたえるているのが、真実楽しいらしい。
つづく(笑) |