空は広く、大地は美しい緑の絨毯が広がり、風は爽やかに世界を流れていた。

 

 ………ついさっきまでは。

 

 

 

「……おい、何か曇って来てるぞ」

 空を見上げ、太一がぽつりと不穏な空気を背負いながら呟いた。

「はあ?そんな馬鹿な、さっきまで雲一つ無い晴れ間が……ホントだ」
「…な?」

 太一の声に顔を上げたヤマトが、いつの間にか急激に迫って来ている雲を呆然と見上げた。

 デジタルワールドの普及作業を着実に進める小学生組に加え、今日は珍しく太一・ヤマト・光子郎、そして空の比較的都合のつき易い中学生組も参加していた。

「…まずいですね」
「光子郎!…びっくりしたなぁ」

 いつの間にか背後に立っていた光子郎に、太一は驚いて振り向いた。

「そんなに驚かないで下さいよ。…それより、早くここを避難した方がいいです」
「やっぱりそうか…皆に集合かけよう。向こうに洞窟があったはずだ」

 ポケットからD‐ターミナルを取り出し、仲間達に向けて一斉送信をする。

「オレ達も早く避難しよう。このままだと降られるぞ!」
「ああ!」
「それだけじゃありません。あれはおそらく雷雲でしょう…こんな何の障害物も無さそうな所で落ちたら、痺れるだけじゃすまないかもしれません」

 空を睨みつけながらの光子郎の科白に、太一とヤマトは目を合わせ、不思議そうに問いかけた。
 草原の中には先程倒したダークタワーの残骸が残るのみ、そのまま立っていればいい避雷針になっただろうが…。

「…雷雲…なのか?別に音は聞こえねーけど…」
「間違いありません。…見て下さい」

 ひょいっと、足元で静かにしていたパートナーのテントモンを抱え上げ、二人の前にずいっと突き出した。

「テントモンの触角に、静電気が走っています」

「………………」

 確かに、見ると小さな火花が微かに散っている…ような気がする。

「……ガブモン、そーいうもんなのか?」
「オレに聞かないでよ、ヤマト…」

 こそこそと囁きあうパートナー達を無視して、光子郎は「さあ行きましょう」とテントモンを小脇に抱えたまま進み出そうとした…太一の声が聞こえるまでは。

「あれ?アグモン知らねぇ?」
「え?」
「アグモン…そーいや、いないな…」

 いつの間にか自分のパートナーの姿が無くなっていたことに気づき、太一は不安そうに辺りを見回す。
 避難するなら早くした方がいい…だが、大切なパートナーを置いてはいけない。

「…悪い。お前ら先に避難してろ…オレはアグモンを探してから行く」
「太一!そんなの…」

 ヤマトが言いかけた時、遠くから聞き覚えのある声が聞こえた。

「アグモン!」

 太一が踵を返して彼に駆け寄る。

「アグモン!お前どこに行って…」
「ごめん太一〜、向こうの…」

 その姿にほっとしてもう少しで手が触れる…という所で空がカッと閃いた。
 次の瞬間、大地を揺るがせるような轟音と共に一筋の落雷。

「!!…」

「うわっ…!」

 体を駆け抜けた衝撃に、ヤマトは身を竦ませる。隣にいたガブモンが、彼を守るように寄り添っていたが…あまり効果は無かっただろう。
 痺れたのは一瞬で、予想していたよりも軽くすんだことに安堵し、ヤマトはゆっくりと目を開き、互いの無事を確認するようにガブモンの頭を撫でた。

「…大丈夫?ヤマト…」
「ああ…ガブモンも平気か?」
「うん。ちょっと痺れたけど、もう平気」

「ありがとうございます、テントモン」
「いえ、間に合ってよかったですわ」

 ほのぼのした空気に重なるように降って来た声に、その主をたどって顔を上げると…必死に飛びながら光子郎をぶらさげているテントモンが目に入った。

「……光子郎…おまえ…」
「ヤマトさん、ご無事で何よりです」

 ひらりと地面に着地した光子郎がにっこりとヤマトに微笑みかけた。
 一癖も二癖もある笑顔だと常々思っていたが、やっぱり食えない奴だとしみじみ思う。

「…ち!…太一!」

 はっと声の方を振り向く。
 そこには、ぴくりとも動かない太一を泣きそうな顔で揺すっているアグモンがいた。

「太一!太一〜っ!ねぇ、太一ぃ〜っ!」

「太一!?」
「太一さん!?」

 駆けつけると、ぐったりと横たわる太一の服の端がうっすらと焦げているのが分かる。落雷のショックであることは明らかだ。
 すぐ傍には、何か焦げ臭い匂いを漂わせる木の実のようなものまである。
 もしかしたら、この焦げ具合からすると、雷はこの木の実(だったもの)に落ちたのかもしれない。

「太一!しっかりしろ太一っ!」
「太一さん!アグモン、君達の側に雷が落ちたんですか!?」

 膝に太一を抱え上げ、頬を叩くが何の反応も無い。一歩遅れた光子郎はその傍らに膝まづきながら、パニックを起こしかけているアグモンに問い掛けた。

「う、うん。よく分かんないけど、ピカーって光ったと思ったら、太一がボクを掴んで投げて…」
「投げた?太一が!?」
「う、うん…それでボクびっくりして…どんって地面に落ちたと思ったら……太一がっ」

 言いながら込み上げて来た涙は、悲しげに歪む頬をゆっくりと伝う。
 未だ目を開けない太一に、アグモンは我慢出来ずにしゃくりあげてしまった。

「…アグモン」

 ガブモンが、そんな彼の頭をよしよしと慰めてあげるが、その優しさに一層涙は溢れて零れる。

「…そうか、落雷のあった瞬間に、太一さんはアグモンを地面から離したんですね…」
「え…?」
「ほら、ボクがさっきテントモンにしてもらったみたいに、電流の走る地面から、一時的にアグモンを守ったんでしょう…サッカーのグランドに落雷があったりするのは、結構よくあるニュースですから、とっさにそうしてしまったんでしょうね」
「……太一…」
「大丈夫ですよ、脈も呼吸も正常ですし顔色も悪くありません。気を失っているだけでしょうから、その内目覚めますよ」
「…うん!」

 光子郎の言葉に安心したのか、嬉しそうに頷いたアグモンに、一同もほっと息を吐く。
 このパートナーは、周りの者の心を軽くする所まで本当によく似ている。
 だから、眠っているだけだと思っていても、早く意識を戻して欲しい…そして、心配しすぎだと、いつもの彼の声で、笑って欲しかった。

 

「太一センパ―――イ!!」
「お兄ちゃ―――ん!」

 見ると、遠くから今日同行のメンバー達が揃って走って来る所だった。

「太一先輩!?どーしたんスかっ!?」

 動かない太一を囲むように座っていた彼等に、いの一番に駆けつけた大輔が声を荒げた。

「大丈夫だ。気を失ってるだけのようだから…それよりお前ら…」
「ええ。太一から連絡貰って、すぐ避難しようとしたんだけど…向こう側から雷が落ちるのが見えて、デジヴァイスで確かめたらあなた達がいる方角じゃない?それで急いで来たんだけど…やっぱり落雷のせい?」
「はい、おそらくは…それより、ここにいるとまた落雷があるかもしれません。場所を移動しましょう」
「そうね。ヤマト、太一一人で運べる?」
「ああ、大丈夫だ」

 心配そうに太一を覗き込んでいたヒカリ大輔達も、その言葉でしぶしぶ側を離れる。
 それに合わせて、太一を抱き上げながら立ち上がろうとしたヤマトが……硬直した。

「…ヤマトさん?って、ちょっ…!?」

 ずるり…と太一が彼の腕から離れ、地面に落下しようとした所を光子郎が抱き止めたが、その彼も硬直したように再び太一をすべり落としてしまい、その下に大輔とタケルがスライディングして何とかクッション代わりを務めることに成功した。

「おっお兄ちゃんっ!」
「太一っ!」

 それでも地面に直接打ち付けてしまっただろう腕や足を心配して、ヒカリと空が慌てて駆け寄る。

「…あっぶねぇ〜…」
「……お兄ちゃん、光子郎さん…何やってんの…?」

 間に合ったことにほっとしている素朴な大輔の横で、地を這うような声で非難したのは笑顔魔人タケル…普段なら、この顔を向けられようものなら心の底から震え上がっただろうヤマトが、未だに放心したように両手を見つめながら立ち尽くしている。

「…お兄ちゃん?」

 流石にその様子に不審を覚えて首を傾げるが、反応は無い。

「…どうしたんでしょう?」
「さぁ…??」

 事の成り行きを見守っていた京と伊織も顔を見合わせる。

「………光子郎」
「………」
「……何か………触らなかった…か……?」
「………」

「…ヤマト、何の話なの?」

 堪らず問い質した空に、ヤマトは上げた手はそのままに首だけを空に向けた。

「………太一に……あるはずの無い……何かが……あったんだ…」
「は?」

 疑問符は広がるばかり…だが、かくゆう空も、太一の腕等の無事を確かめたものの、さっきから妙な違和感に襲われている。

「……………す」
「え?光子郎君?何か言った!?」

 ぴくりとも動かないままの光子郎から、微かな声が聞こえた気がした。

「………が…る…です」
「何?はっきり言って!光子郎君!?」

 ばっと光子郎が真っ赤にした顔を上げて叫んだ。

 

「太一さんに胸があると言ったんですっっっ!!!」

 

 向こう側では、ヤマトが更に耳まで赤くし、頭を抱えしゃがみこんでしまった。

 

 

 

「……………………………えええぇぇええぇええええぇっっっっっ!!!!!????」

 

 

 

 世界を救った選ばれし子供達の驚愕の叫びは、広い草原の向こう…連なる山々にまで木霊して、消えた。

「胸って、ムネって胸のこと!?」
「それ以外に胸があるんですか!?」
「『その旨』とか『家の棟』とか『宗方』とか色々あるじゃない!!」
「この場合、そんな言葉は却下です!」
「お兄ちゃん、いつから…っ!?」
「ヒカリちゃん、それはちょっと…」
「太一先輩に胸って…」
「ちょっと大輔ぇ―――っっ!!あんた今どこ触ろうとした!?」
「どこって別に…っ!///」
「大輔さん、最低です……」
「って、おい――っ!?」

 

むにゅっ…

 

「……………空さん?」

 一同の目が点になる。
 彼からは発せられるはずの無い擬音を紡ぎながら、空は真剣な眼差しで、更にあってはならないものを揉みしだく…。

「ちょっ…空さん――――っっ!!??」

 赤くなったり青くなったりする一同の耳に、ぼそりと空の声が届いた。

「………70のB…」

「………………はい?」

「…70のB…70の…B…Bカップはあるわ…B…」
「あ…あの、空さん…?」

 暗黒の海すら引き寄せそうな彼女の雰囲気に、困惑は強く腰は逃げ気味。

「…どーいうこと…?」
「…で、ですから、その原因をこれから…」
「そんなこと言ってないわよ!原因なんてどーでもいいのよっ!私が言いたいのはっ、さっきまで真っ平だった胸が、何だってこんなふくよかになるのかってことなのよ!!」

「……は?」

「私ですらまだ、Aカップなのにっっっ!!!」

 論点が違う。

「…空、今はそーいうこと言ってる場合じゃ…」
「何よっ!ヤマトなんかに私の気持ちなんて分かんないわよっ!どーせ私は、『公式設定資料集』にも『胸、ぺったんこで』って指定まであったわよっ!」
「いや、その…」
「さらにその横に『ふくらませないでください!』って、わざわざ但書きまでしてあったわ!」
「だからそれは…」
「一頁丸々表情集まであるあんたに、『決定稿』の人物設定でミミちゃんと名前間違えられてる私の気持ちは、太一に振られたって分っかんないわよっっっ!!!」
「なんでそーなる!?それに表情集なら空だって一頁あっただろうが!」
「ええ、似たような角度のばっかりがね!あんたみたいに多種多様に富んで無かったし、ネコ目顔なんて一度も出なかったものまで至れり尽せりですこと!」
「…い、嫌味っぽいぞ、空」
「何よネコ男っ!」
「あのなぁっ!」

「私は分かります…!」

 収集がつかなくなりかけている空とヤマトの言い合いに、唐突に京が口を挟んだ。

「京ちゃん…」
「私は空さんの気持ち分かりますっ!私も同じだから…!」
「…京ちゃん…!」
「身体測定とかあると、クラスにももう何人かブラつけてる子とかいるじゃないですか!?それなのに、自分だけそんなものこれっぽっちも必要じゃない状態で…今時の子供は小四からつけてるっていう話もあるのに、なんだってわざわざ『ぺったんこ指定』されなきゃいけないんでしょう!?」
「そーよね!?私達の年なら、ある程度膨らんでいて当然よね!?」
「もちろんですよ!水着を着せるくせに胸が無いなんて、ある意味嫌がらせですよっ!」
「そーでしょぉ!?それを、三年もかけて大事に育ててきたっていうのに、一瞬で太一に抜かされるなんて、あんまりじゃない!?」

 まだ女性に対して甘い夢をみていたい伊織は、慎ましく自分の耳を塞いで座った。

「くやし〜〜っっ!この胸がぁ!」
「…空さん、胸って揉むと大きくなるそうですよ?」

 冷静なヒカリの突っ込みに、太一の胸を更に揉もうとしていた空の手がぴたりと止まる。

「それに…せっかく綺麗な形してるんですもの。変に崩れたりしたら悲しいじゃないですかv」

 うっとりと微笑むヒカリの言葉に、男性陣はもはや言う言葉を見つけられない。

「この形を崩さないためには、やっぱりブラつけた方がいいですよねvふふ…お兄ちゃんと下着売り場に行けるなんて…vv」

 確かに、仲良し八神兄妹が買い物で唯一行けない所と言えば、下着売り場位だろうが…夢見るように呟くヒカリに、何かが違うと思わずにはいられない…。
 だが、そのまともな思考を凌駕する…女性用下着を身に付けた太一の姿の妄想が彼等を襲った。
 しゃがみこみ鼻血を押さえるその仕草に、同情するのはそれぞれのパートナーデジモン達のみ…。

「…テイルモンv天誅v」
「………」

 彼女は黙って軽いネコキックをお見舞いし、ヒカリの横に戻った。

「うわぁっ!ヤっヤマトぉ!」
「大輔ェっ!」
「光子郎ハンっ!!」
「タケルぅ〜っ!」

「……何の話か全然分かんない〜っ!」

 一人話について行けないアグモンが、いつもは太一が分かりやすく教えてくれるのに、その太一が未だ目を覚まさないためヒカリの服を引っ張った。

「アグモンはそれでいいのよv」
「???」

 結局何も分からない。

「…伊織は分かるがや?」
「僕は分かりたくないから、いいんです…」
「知りたがりの伊織が珍しいがや…」

 様々な人間模様が繰り広げられる中、その喧騒の中でもしぶとく意識を手離していた太一が、ようやく重たい瞼を震わせた。

「あ…お兄ちゃん、気がついた?」
「う……ヒカリ…?」
「太一ぃ〜!よかったぁ〜っ!」
「…アグモン…オレ…」

 その様子に、散っていた子供達がわらわらと寄って来る。

「太一、気分はどう?」

 何だかんだ言って太一が心配な空が、顔を覗き込んで額に手を当てた。
 とりあえず、熱は無いようだ。

「う〜…何か…すげぇ、だりぃ…何があったんだっけ…?」
「落雷があったんです。太一さん感電してしまったみたいで…覚えてますか?」
「あぁ〜…そっか…そーいや………」
「太一?どーかしたのか?」
「どこか苦しい所でも…」
「…いや、何か…胸が痛ぇ………?」
「あっ…!」

 そう言って太一が己の手を伸ばした先は、件のブツ。
 彼が痛いと感じたのは、あるはずの無いものがあるからか、それとも、空が揉みすぎたせいか…。

 

 ふにっ

 

「……………」

 

 ふにふにっ…

 

 その行動を止め損ねた一同は、生暖かい笑顔を浮かべながら固唾を飲んで彼の反応を伺う。
 寝転がっている時は気づかなかったが、半身を起こした太一の髪は、いつものはね放題に跳んでいるのでは無く、猫ッ毛は猫ッ毛だが…顎やうなじにしどけなくかかっていて…何とも言えず、魅惑的だった。
 太一は髪を下ろすと長髪になるのか…と半ば感心しながら見とれていた一同の前で、胸を触ってた太一の動きが止まった。




 ぶちぶちぶちぃぃっっ!!!




「きゃあ――――!!!」
「だめぇお姉ちゃん!!早まっちゃあっっ!!!」
「回れ右っっ男子っっ!!!」
「はっっはいぃぃっっ!!!」

 力任せにシャツを引っ張り、勢いよく飛び散ったボタンの行方を追うものは、誰一人いなかった。
 真っ赤になった子供達の中で、やはり気が利くのは女の子達…だが、その中で約一名の呼び名が変わっていたことに、一体何人が気づいただろう…。

 

「………っっんじゃ、こりゃぁああぁぁぁっっっっ!!!」

 




 太一の悲鳴が辺り一帯に木霊する中…たわわに実った果実が二つ、持ち主の意志とは無関係に…あるはずの無い場所で揺れていた。

 




つづく(笑)


はぁ〜私は楽しかったです。
ちょっとストレス堪ってたんで、当初の予定を変えて、
訳の分からない話を書いてみました(笑)
続きは一応ありますが、反応があったら書きます。
無かったら書きません(笑)
その程度ってことです(苦笑)