新しい朝が来た 希望の朝だ♪
喜びに胸よ開け 青空仰げ〜♪
窓の外のベランダに訪れているらしい鳥の鳴き声に、朝が来たことを悟る。
いつもに増して目覚めは最悪で、まどろみに戻りたいという怠惰感すら訪れてはくれなかった。
むくりと起き上がり、視線を胸元に移す…そこには両サイドの膨らみのせいでパジャマが持ち上がり、はっきりとなだらかな谷間が出来上がっていた。
「……………ちっ。夢オチじゃなかったか…」
小さく舌打ちをし、ベットから降りると背伸びをする。
記憶力と現実認識力の高い頭は、眠りによる忘却すらも許してくれなかった。
「…ま、いーや。とりあえずはメシだな」
大きく吸い込んだ朝の空気と共に再び現実を受け入れ、さっさと朝食の席へと向かう。
相変わらずの切り替えの早さを慣れ親しんだ己の部屋にだけ披露し、既に起きていた両親と妹、そして彼女のデジモンに変わらぬ挨拶を送った。
『八神太一』…現在彼女は、戸籍の上でのみ、かろうじて『男』という美少女であった。
チャイムを押そうとした一同は、まず中から聞こえた叫び声とも悲鳴ともつかない物にまず眉を寄せ、続いてけたたましい声と共に開いた扉に絶句して動きを止めた。
「だあっ!うるせぇっ!黙れっ!つーか離せっ、馬鹿親父っっ!!」
「駄目だっ!早まるな太一っ!オレはまだお前を嫁にはやらんっ!!」
「誰が嫁にいくっつった!買い物だ買い物っ!そのぼうふらが湧いた脳みそをたわしでこすって洗って来いっっ!!」
「あ、皆さんおはよーございま〜す♪」
柳眉を跳ね上げた太一の腰にしがみつく様に泣き崩れる八神父…それだけでも呆然とする条件てんこもりなのに、その会話の内容も激しく飛んでおり、更にその後ろからその全てを全く意に解さない様子のヒカリににこやかに挨拶をされては、もはやどう返事を返せば良いのか分からない。
が、そんな茫然自失な彼等を他所に、常識人だと何の疑いも無く信じていた人の異様な発言を頼んでも無いのに耳にすることになる。
「こらヒカリ!そんなケダモノの巣に飛び込むような真似はよしなさいっ!うちの可愛い姫達に群がる害虫共はこのオレが許さんっ!!!」
「はいはい。馬鹿な暴走はその辺にして、表に出しとくの恥ずかしーから家ん中引っ込んでてくれよ」
「何を言うっ!?お前達の身に危険あらば、お父さん地の果てだって行って助けてやるぞっ!?」
「あら残念。お父さん、あたし達の身に危険があるのは、どっちかと言うとこっちの世界よりデジタルワールドでの方が多いから、デジヴァイスを持ってないお父さんには、地の果てまで駆けつけてくれたとしても助けてもらえないわ♪」
「…っっっ!!!???」
末娘の爽やかな発言に、ガァァァァァン!!!と背後に背負った父は真っ白に燃え尽きてフリーズした。
その様子を覚めた視線で眺めた太一は、未だ身動き取れない仲間達に向き合って言い捨てる。
「悪いな。うちの親父昨日の夜から病気なんだ。心の」
「「「……………」」」
あんたが原因でしょう…と言える勇者はここにはいない。
そんな一部重苦しい空気を支える玄関先に、八神兄妹…いや、八神姉妹の産みの親らしい爽やかな声音が入り込んだ。
「何騒いでるのあなた達。…あら、皆おはよう」
「「「…お、おはようございますっ」」」
「悪いわねぇ、皆。今日は太一の買い物付き合ってくれるんですって?空ちゃん、色々アドバイスしてあげてちょうだいね?」
「あ、はいっ!」
「太一、ヒカリ。皆をこんな所で待たせてたら悪いでしょ!さっさと行きなさいな。ああ、お父さんを再起動だけはして行ってね。中まで運ぶの面倒だから」
「へいへい。ったく、この馬鹿親父は…」
当然とばかりに言い放った八神母の言葉に太一が大きな溜め息をつくことで了解した。
どんな『再起動』をかけるのかと息を呑む仲間達の何処か得体の知れない視線を綺麗に無視し、八神姉妹はにっこりと微笑んだ。
「「お父さんvお小遣いちょーだい?」」
「いくらだ?」
愛らしい娘達のおねだりにころっとスピード復活を遂げた八神父の姿に、おいおい…と思いつつ、仲間達は揃って合掌せずにはいられなかった…。
ちょっと疲れた顔色を見せながらも、夏休み中のためか人通りがいつも以上にすごいお台場の街へと向かう選ばれし子供達。
メンバーは八神姉妹・高石田兄弟・空・光子郎・大輔・京の八名。
伊織はあいにく剣道の稽古があり、模試続きの丈とアメリカのミミには今回の『事件』はまだ伝えていない。
丈が知れば、それこそ『眼鏡がずり落ちる』というお約束の反応を返してくれることは予想の範囲だが、ミミに知られた日には…騒動を倍にしてくれるだろうことは想像に難くない。
ある意味、現在がベストメンバーと言えなくも無いだろう…。
「…おば様が、太一とヒカリちゃんのお母さんなんだって、本当の意味で理解した気がするわ…」
「そーだな…」
「僕も、そう思います…」
空のぼそりと呟いた台詞に同意する面々に、太一は小さく苦笑しながらまあなと頷く。
「オレも偉大な人だと再認識したよ」
「?太一も?」
「ああ。オレは今日母さんに、『女たるもの』について講義を受けて来た」
「え!?『女たるもの』!?」
ふっと笑った太一の言葉に、空と京が興味を引かれて瞳を輝かす。
反対に、男達は嫌〜予感に襲われた。
「…いい女とは…」
「「いい女とは!?」」
「標準以上の男共を惹きつけ確保し、掌の上で操り搾り取れるだけ搾り取り、使えるだけ使い、引っぱり回すだけ引っぱり回したあげく捨てる!それでも恨まれない。そういう男を選び取れる眼力を持った女のことだとっ!!」
「「おおっっ!!」」
「「「……………………」」」
いや、ちょっと待て…その一言が言えない男達…。
「母さんはオレにこう言った…」
「何て!?」
握り拳に力を込める空に促され、太一はあまり綺麗では無い都会の空へと視線を投げる。
『いい、太一?今あなたは『女』という『武器』を手に入れたの。『女』は『女』というだけで、生まれた時からの『勝者』なのよ。それを今あなたは手に入れた。手に入れた武器は有効活用してこそ輝くものよ!思う存分その武器を屈指していらっしゃい!あなたなら出来る!』
「「「…………………………………」」」
男子と女子とで真っ二つに別れる正反対な反応を示す仲間達に熱く語った太一を、その妹が誇らしげに見つめる。
その後母が、『ヒカリ、太一のすることをよ〜く見ておくのよ?きっとあなたの役に立つ日が来るわ!』と言った彼女にヒカリが大きく頷いたことは、今は話す必要の無いことだろう…。
「…決めた。あたしおば様に弟子入りするわっ!」
「はいはーい!あたしもしますっ!てかさせて下さいっ!いいですよね、太一さん!?」
「ふっ、それは自分で交渉しな?きっとそれが『いい女』への第一歩だぜ」
「するわっ!そのためにも京ちゃん!今日の買い物は手を抜けないわよっ!」
「了解です、空さんっ!!太一さんのお母さんのお眼鏡に適う物を見繕って、師匠と呼ばせてもらいましょうっっ!!」
「そうねっ!頑張るわよっっ!!」
鼻息荒く誓い合う、『愛情の紋章』保持者達…今彼女達のパートナーデジモンが進化したらどうなるのか…決してそれを見たくないと、男子達は切実に涙を呑んだ。
「さあ、まずは下着よっ!ファッションの基本は下着からっ!下着売り場へレッツゴー!」
「「おお〜っ!!」」
いつの間にか着いていた目的地のデパートでの入り口…そこで気合を入れる女子達の情熱に押され気味の男の子…。
既に覚悟を決めているのか開き直ったのか、太一は女子に混ざり、どうやら『母親直伝』だったらしい『魅力爆発笑顔』を惜しみなく振り撒いている。
そうでなくても、美少女達と、現在少々精彩は欠いているが美少年の集団である…人目を惹きつけないはずもないのに、今日はより一層振り返る人が多い気がするのは、決して気のせいでは無いだろう。
「………………太一さんのお母さんって…」
「言うな。それで無くとも、オレ達は世間一般の『女性観』とはほど遠い所にいるんだから…」
「そうか…そうだよね、お兄ちゃん」
「うちのねーちゃんも…普通じゃねぇもんなぁ…」
力無く呟く彼等に罪は無い。
しかし、離婚してあまり縁の無い母親やら、実は血が繋がっていない母親やら、年下の男のおっかけをしている姉やら、どこまでも強い仲間内の女性陣やら…『普通の女性』というものに縁の無い彼等の状況に罪が無いとは言い切れない。
そしてふと思い出されたのが、さきほど株が地に落ちかけた男性の姿。
「……太一さんのお母さんを捕まえて、それであの状態で落ち着かせているおじさんって…」
「実はすごい人なのかも…」
「す、すげぇなあ〜…」
「ああ…」
かつて、一人の株がここまで昇落したことがあっただろうか!?
いや、あったかもしれない。
が、そんなことはどうでもいい…今彼等の前に立ち塞がっている壁は、『女性下着売り場』にさっさと行ってしまった女の子達の後を、追うべきか否かということだから…。
カラフルなパステルカラーがふんだんに使われたフロア。
以前なら決して足を踏み入れることがなかった売り場…その場所で、表面上にこやかに、水面下核弾頭の飛び交う会話が静かに交わされていた。
「太一vこれなんかどう?」
「そのレースひらひらすっけすけをオレに着けろと?」
「夏ブラは大体透けてるわよ?」
「それにも限度があるだろう」
「可愛いじゃない」
「オレの好みじゃねぇ」
「太一の好みに合わせてたら、スポーツブラとボクサーパンツになっちゃうから却下。せめてこっちの花柄か、総刺繍のにしましょーよ」
「今は女でも男のパンツ履くことあんだろ?だったらいーじゃん、そんなに『女らしさ』に拘んなくっても」
「駄目。郷に入れば郷に従えって言うでしょ?徹底的に可愛い奴を選んでちょーだい!」
「嫌がらせか、てめぇ」
にっこり微笑み合う二人は音声さえ無ければ微笑ましいが、醸し出す雰囲気は例えよう無く黒かった。
太一は『とんでもなく可愛い下着』ばかり薦める空に、空は太一の調べて来た『サイズ』にオカンムリ。
双方意地になって引き下がらない。
「あ、太一!このブラ、パットの変わりにジェルが入ってるのよ?それで形が綺麗に見えるのよ、ほらふにふにしてるv」
「…その部分をオレに触れと言っているのか?」
「あらごめんなさい。誰かさんのよーに豊満な胸をお持ちの方には必要の無い仕組みよね」
「そーだな。誰とは言わねーが、Tシャツ着るのにも不自由する、凹凸に恵まれないスタイルの人間には重宝される奴かもな」
「まあ〜誰のことかしらぁ〜」
「さあ〜誰のことだろなぁ〜」
「うふふふふふふ」
「あはははははは」
クーラーが効き過ぎている…と、その時フロアに居合わせた者達は思っただろう。
それとは別に、うっとりとその情景に見惚れている者もいた。
「…大人の会話だわv」
「………そーですね」
笑顔を絶やさず、ヒカリは一応そう合わせておいた。
「ぐたぐた言わずに、この愛らしいブラ&ショーツのセットをお買いっ!これなら薄着で透けて見えても可愛いからっっ!!」
「ざけんなっ!何で透かせて見せにゃならんのだ!?もっとまともなもん薦められんのかっ!?」
「あんまり我ままぬかすと、この今年出たばっかりの一万以上もする最新ブラを買わせるわよっ!!」
「阿呆っ!乳バンドごときに一万以上も出せるかっ、勿体無いっ!!」
「馬鹿にするんじゃないわよっ!このブラは内側がジェル状になってて胸に直接張り付くのよ!?その結果ブラ線もワイヤーも必要無く、薄着でも綺麗なラインが保てるという画期的ブラっ!」
「生憎と、そんなもんに頼らんでも理想のお碗型を保ってる乳なんでねっ、オーソドックスな安物ブラで結構ですっ!!つーかホントはつけたくねーんだよっ!!」
「え〜え!着けてもらうわよ、絶対ね!着けざるを得ない大きさですものねぇ、太一!」
「少なくとも誰かさんよりは肩が凝りそうなことは確かだな、空!」
「おほほほほほほほほ!」
「ふはははははははは!」
ブラジャーを間に挟んだ熱い戦い…それを見つめる瞳も熱い…。
「…大人の会話だわ…vv」
「………そーかもですね…」
今度は微妙にぼかしておいた。
ヤマト・光子郎・タケル・大輔の四人は困惑していた。
そして、とても焦っていた。
女性陣に置いてきぼりを食うこと数分間…たっぷり悩んだあげく、行かなければ後で何を言われるのか分からないと、意を決して向かった場所は…1フロア全てが女性専用下着売り場という残酷な現実。
どうしてもその階で踏み止まることが出来なかった彼等は、通り過ぎるふりをして次のエスカレーターに足を乗せてしまった。
「ちょっとヤマトさんっ!何上に上がってるんですかっ!用があるのは今の階でしょう!?」
「光子郎こそ何で止まらなかったんだ!?オレはついだ!行きがかり上仕方なくだ!くせで上がっちまっただけだっ///」
「僕だってそーですよっ!…仕方ありません、大輔君。ちょっと下に降りて太一さん達の様子を見て来て下さい」
「ええっ!?オレがですかっ!?イ、イヤっすよ!タケル、お前行けよっ!!///」
「あはは。嫌だなぁ、大輔君。普段太一さんの一番弟子はオレだ〜って言って憚らない君が行くべきだろう?僕が女性下着のフロアなんか歩いて、それをもしクラスの女子なんかに見られたら僕のイメージに関わっちゃうよ」
「てめぇっ!オレならいいってのか!?」
「大丈夫!大輔君なら大声で名前呼ばれて、指差されて笑われる位で済むからv」
「それが嫌なんだろーがあっっ!!///」
「騒ぐな、大輔!罰だ、お前行って来い!」
「なっ!?冗談じゃ無いっすよ!ヤマトさん最年長なんだから、ヤマトさん代表で行って来て下さいよっ!」
「馬鹿野郎っ!オレ一人で行けるかっ!中二の男があんなトコふらふらしてたら、ただの不審人物だろーがっ!その点お前ならまだ小学生なんだから大丈夫だ!」
「何言ってんすか!ヤマトさんなら何処歩いてたって不審なんスから、あそこでだって大差無いっスよ!心置きなくふらふらして来て下さいっ!」
「なるほど、一理ありますね。ヤマトさん、どうぞふらふらして来て下さい!骨は拾って差し上げますから!」
「わざわざオレの骨拾いにあのフロアに行く覚悟があるなら、光子郎率先して行って来い!お前こそ相応しい!」
「ご冗談を!そもそも僕はパソコンのやり過ぎで目が悪いんです!人探しには向きません!」
「未だに眼鏡もコンタクトもいらねぇ奇跡の裸眼が何を言ってんだ!」
…等など、声のトーンは自主規制で抑えるものの、激しい言い合いをすること数十分…エスカレーターを何往復したかも分からなくなった頃、やっとその不毛な争いに終止符を打つ。
だが、それは覚悟が決まったわけでもスケープゴートが選出されたためでも無く、エスカレーターを降りる他のお客に前と後ろに挟まれて偶然そのフロアに降り立ってしまった…というものだった。
しかし、降りてみて分かったが…女性専用下着のフロアであるはずなのに、思いの他男性の姿がちらほちと見える。
彼女らしき女性と一緒にいる人もいれば、独りで熱心に見ている者もいるし、友人らしき男同士で真剣に批評しあっている者もいた。
フロア端にあるベンチでのんびりと休憩している男性は、奥さんの買い物の付き合いだろうか…。
そのフロアにいる男が自分達だけでは無い…その事実にほっとするも、何処に視線を向けても全てが女性下着、気を抜こうものなら横からぬっとマネキンの足が伸びているという異様な空間…お年頃の彼等としては照れ臭くて仕方が無い。
「「「……………///」」」
無言のまま、そわそわとしながらフロアを遠巻きに一周する。
「「「…………………」」」
目を泳がせつつも、意を決してもう一周する。
「「「…………………………………」」」
おかしい。
「……太一さん達、見ました?」
「なんで?ここにいるって言ってましたよね??」
「どっか別の所に移ったのか?」
何のためにこんな場所に来たと思ってるんだ…と、腕時計に目をやり時を止める。
「…………やばい…」
「…これは…とうに場所を移ったと思った方が、よさそうですね…」
不機嫌さが一瞬にして削げ落ちるほどの時間が経っていた。
「と、とにかく場所を移動しよう!えーと、待ち合わせは…」
「D−ターミナルで!発見次第D−ターミナルで連絡を!」
「そ、そーだな!よし散るぞ!」
「「「はいっ!!」」」
あまりに長い時間迷走していたことを自覚した彼等は、そのD−ターミナルで太一達に連絡をする…という点にまで考えが及ばなかった。
そのことは、今はいない彼女達と合流し次第、真夏の空の下ではありがた〜い冷ややかな視線と共に馬鹿にされることとなる。
一方、男の子達を振り回すだけ振り回している女性陣はというと…そんな彼等のことなど頭の隅にも置くことなく楽しんでいた。
人生を。
「…………ちょろい…!」
数時間前男性陣と別れた時とは違うお召し物で、太一はふっと呟いた。
同行する少女達も、何故かそれぞれ服が変わっている…そして、どこか手にしたものの確かな手応えに満足したようにキラキラと輝いている。
「…まさか、ここまで女の人生が勝利に満ち満ちていたとはな…」
「いいえ、女だからと言って誰もが勝者になれるわけでは無いわ、太一」
「そうです先輩!これはもう、先輩のお母様から受け継がれた勝利の方程式込みの遺伝子が為せる奇跡ですよっ!」
「お姉ちゃん、私お母さんの娘で、お姉ちゃんの妹であることが、心の底から誇らしいわ…っ!」
キラキラと輝く娘さん達は、その人ごみの中にあってさえ異彩を放ち、通り過ぎる人達がつい目を奪われながらも間を開けてしまうほどの眩しさ。
そしてその手には、勝利の戦利品…。
「…さて、荷物も重くなって来たし、ヤマト達を呼び出すか」
「はいvD−ターミナルにて一斉送信v」
「ちょっと疲れたわねぇ…お昼ごはんはおごってもらったけど、あいつ等にはお茶代を出してもらおうかしら」
「そうしましょうv姿くらませてた罰としてv」
にっこりと同意したヒカリの言葉により、それは既に決められた事項となる。
彼女達を探し回っている男性陣には気の毒だが、今彼女達に逆らう勇気など、きっと彼等には欠片も残っていないだろう…。
「あ、泉先輩より返信!今すぐこちらに向かわれるそうです♪」
「了解。さあて、そこのベンチにでも座って待ってるか」
「賛成〜♪」
華やかな笑みを振り撒きつつ、四人は優雅に椅子へと腰掛ける。
彼女達の行く手を邪魔するものは…誰も居ない。
ちらちらと投げかけられる視線を綺麗に無視し、美少女達は楽しげに笑い合う。
過ぎ行く者達は何を話しているんだろう…と気になりつつも、回りを気にしない傍若無人では無い、仲間内だけに聞こえる音量で話す彼女達に、後ろ髪を引かれつつもそのまま通り過ぎるしかない。
きっと自分達には想像もつかない高尚な会話をしているに違いない、と思う者もいれば、きっと花や小動物を慈しむ会話だろうと、思い込みの激しさを拳で表す者もいる。
が、実際は、何のことは無い…普通の基礎化粧品講座だった。
「なあ、空…これは何に使えって言ってたっけ?」
「それはローションだから、一番初めに使うものね。ローション・乳液・エッセンスの順番よ?ローションはコットンに適量とってつけるの」
「適量って?」
「1プッシュか1プッシュ半…2プッシュ位かしらね。その辺は家に帰ってからおば様に聞いてみて。コットンは帰りに百均に寄りましょうか。おば様も持ってるでしょうけど、消耗品だから」
「了解。ヒカリも使うか?」
「うん♪」
戦利品の中をがさごそと分けながら、京が太一を見てうっとりと微笑む。
「けど太一さん…その口紅似合いますね〜♪夏らしいオレンジ系が太一さんにぴったりv」
「紅一つで随分変わるもんだよなぁ。けど、化粧品ってのはもっとべらぼーに高いのかと思ってたぜ」
「ローションとかはね〜肌に直接影響するのだからいい奴買った方がいいんだけど、口紅程度なら今は安くていいのが出てんのよ」
「オレはそこまで買うつもりはなかったんだがな…お前等にノセラレタ感じがする…」
「いいじゃない、お姉ちゃんv服とかご飯とかもあんまりお金使わなかったんだもんv」
「あ〜…だな。ちょろかったな…」
「ちょろかったわね…」
「ちょろかったです♪」
またしてもふっと微笑みあった時、彼女達の前に影がさした。
待ち人かと顔を上げた面々は、そこにいた男達に揃って半眼となる。
「彼女達〜暇そうだね。オレ等と一緒に遊ばない?」
出た…と四人の思考がシンクロした。
彼女達はこの半日の間に学び、レベルを上げ、そして悟っていた。
この手のタイプは、掌の上で操るにも値しないヤカラだと…。
本日だけでもこの手の誘いは、片手の数だけでは足りないほどに来た。
初めは、その時盾にすべき仲間達がいなかったことに憤りもしたが、太一達には八神母より伝授された『虎の巻』があった。
恐れることは無い…この似たり寄ったりの馬鹿達の中から選ぶのだ…カモを!
そして絞れるだけ搾り取り…捨てる。
その利用価値の無い男には、用は無い。
そして、今目の前にいる男達は、顔もスタイルも声もまあまあの部類に入るが、その『価値』が無いことがはっきりと分かる。
分かってしまう。
太一達は素早く視線だけで相談をまとめ、さっさとこの場を立ち去ってもらえるよう手を打とうとした時、地を這うような声が入り込んで来た。
「………悪いが、彼女達はオレ等の連れなんだ」
「ああ?」
がしっと突然肩を掴まれた男が振り返ると、そこには据わった目に暗黒のオーラを発している金髪の美少年がいた。
更にその後ろから…。
「彼女達にあなた達程度の人が声をかけるとは…いい度胸をしてますね…」
「自分の顔を鏡で見てから、銀行でお金を下ろして、整形外科経由で出直すことをお薦めするよ…」
「つーか、さっさと消えろ!」
「な、なんだお前等…っ」
「「「文句ある(んです)か?」」」
「「「い…いえ…」」」
にっこりとブラックな笑みを浮かべた彼等に、男達はそそくさとその場を立ち去る。
その姿が視界から消えた頃になってやっと彼等ははぁ〜と息をつき、太一達に向かい合った。
「…探したぞ」
「そーか。オレ等は待ってたぞ」
「心配しました。皆さんいつの間にか姿が見えなくなっていたので…」
「D−ターミナルで連絡すればよかったじゃん」
「この館も近辺も探したんスよ、太一先輩っ!」
「だからD−ターミナルで連絡とれるじゃん」
「なんか知らない間に荷物増えてるね…皆も無事でよかった」
「…分かった。D−ターミナルで連絡出来るの忘れてたんだな?」
太一の容赦無い突っ込みの後、やっと合流出来たヤマト・光子郎・タケル・大輔の四人は、はははと乾いた笑いを浮かべた後、こっくりと頷いた。
「そんなこったろーと思ってたけどな」
「まあまあ太一さん。彼等も珍しく今は役に立ってくれたんですしv」
「そうよ、太一。ヤマト達が未だかつてこれほどまでに役に立ったことってあった?」
「そーか。そーだな…あまり深くは突っ込まないでいてやるか…」
「わvお姉ちゃん優しいvv」
きゃvとヒカリが手を合わせて太一を見る。
そんな彼女達に、光子郎が代表してコメントを出した。
「……既に、僕等の心はボロボロです…」
それもそうだろう…。
「じゃあ、ま。そろそろ移動するか…どーせお前等飯もまだだろ?」
「あ、ああ…それ所じゃ無かったからな」
「それじゃ、ご飯とお茶両方出来るカフェに行きましょうか♪」
さて、と立ち上がった女性陣に、落ち込んでいた男性陣も気力を絞って復活する。
腹が減っては戦は出来ぬ…まず腹ごしらえしなくては何事も始まらないのは真理だろう…。
「そういえば、皆服着替えたんだね。すごく似合ってるよ」
「ありがとタケル君♪ちょっと調子に乗ってね〜♪」
「「ねぇ〜v」」
女の子に優しいタケルの当然の気遣いに、空が笑い、ヒカリと京が同意して首を傾げる。
なんだかその仕草が気になるが、自分達と別れた間に買い込んだらしい大量の袋も気になる。
「…すごい荷物の量ですね…」
「まあな。悪いけど持つの手伝ってくれ」
「ええ、それはもちろん…」
「そのために来たよーなもんっすから!」
「あ、ヤマト!」
「あ?」
任せて下さい、と笑う大輔達の中、何も言わずにさっさと荷物を持ち上げたヤマトに太一が待ったをかけた。
「何だよ、太一」
「ヤマト…それを持つのか?」
「は?」
じっと自分を見つめる瞳に、ヤマトはドキっとする。
行きと違う可愛らしい女の子用の服や、何故かいつも以上に愛らしい唇が自分の名を紡ぐ姿を直視出来ない…。
だが、太一の言葉の意味が分からず、思わずしっかりと向いてしまった目に飛び込んで来たのは…服の上から見える太一の胸の谷間…。
なんでそんな胸の開いた服を着てんだよ――――――――っっっっ!!!???///
…と、ヤマトが心の中で絶叫しても、現実では何も変わりはしない。
そして、そんなヤマトの態度をしてやったりと、その状況を想定して服を選んだ、生まれた時から女性だった三人衆はにやりとほくそえんだ。
「たっ、太一っ!?何かこれ問題でもあるのか!?///」
「…いや。まず真っ先にヤマトがその袋を持ったのがちょっと気になっただけだ」
「なっ、えーと、これ…何が入ってるんだ…?」
「気にするな。ただのオレの下着類だ。しっかり持ってってくれ」
「なっっっっ…///」
真面目くさった表情を作った太一の台詞に、ヤマトはついに絶句する。
そして、眼下に見えている谷間へと釘着けに…そこへすかさず、女性達の歌が響き渡った。
「ヘンタイ〜♪」
「ヘンタイ〜♪」
「ヘンタイ〜♪」
「「「ヘンタ〜〜〜〜〜イ〜〜っ♪」」」
「なっ!?違っ!オレはそんなつもりではっっ!///」
はっとして頬を染めつつ反論するヤマトの背後から、今度は男の子達が低くマネをする。
「ヘンタイ〜♪」
「ヘンタイ〜♪」
「ヘンタイ〜♪」
「「「ヘンタ〜〜〜〜〜イ〜〜っ♪」」」
「おっ!お前等なあっっ!!!」
「まあまあヤマト。遊んでるだけなんだから気にするな♪それよか知ってっか?」
「何が!?」
勢いのまま聞き返したヤマトは、その時に止めておけば良かったのだ。
太一が全てを計算し、今この時をヤマトに焦点を当てて狙い撃った核弾頭を…。
「下着一つとっても女は奥が深いんだぜ?」
「…は?」
「正確な胸のサイズを測るにはな?一人が乳を持ち上げて、もう一人がメジャーで一番高い所を測るのがベストなんだってさ♪」
「た…高い…ところ…」
「そv乳首の上vv」
ヒトリガチチヲモチアゲテ
イチバンタカイ……チクビノウエヲ……
――――あ、ヤマトv胸のサイズ測るから手伝ってくれv
――――オレが持ち上げてお前が測るのと、お前が持ち上げてオレが測るのとどっちがいい?
――――あんv乳首の上だってば!こそばゆいだろ!
「わあっ!?お兄ちゃん!?お兄ちゃんどーしたの!?」
「太一さん、ヤマトさんに何言ったんです!?」
「ん?光子郎聞きたい?」
「いえっ!結構ですっ!」
「太一先輩っ!オレ聞きたいっスっ!!」
「止めておきなさい、大輔君っっ!!」
「ははは♪聞きたきゃ教えてやるぜ〜♪」
顔を耳まで真っ赤にして倒れたヤマトを他所に、太一は楽しげな笑い声を上げる。
太一の笑みを目にした瞬間、光子郎は何となく悟って事の次第を追求することを放棄した。
事態の詳細の分かっていない大輔は、ヤマトの弱点と勘違いして聞きたがったが、それを光子郎が必死に止める。
タケルは、兄の姿に自己防衛することを選択した…賢明である。
空はピンと来ていたし、ヒカリと京も何となく察する所がある。
太一は結構怒っていたのだ…一緒に来ると言って、下着売り場に来る前に姿を消した男子達に…。
だから何となく分かる。
ヤマトを中心とした憂さ晴らしであることが…。
どこまでも報われない、男の子達であった…。
「「ただいま〜」」
「無事に帰ったかっ娘達――――っっっ!!!」
感極まったように両手を広げて迎えようとしていた父。
それを受けかけた娘達はにこやかな笑みを向け、姉はそっと妹を背に庇う。
「酔っ払いが抱きつくな、ボケぇっ!!」
「ぐほっ!!」
お台場中学サッカー部エース、八神太一…例え性別が変わっても、その黄金の右足は顕在だったらしい。
ちなみに父は、娘達の身を案じ、本日は一滴のお酒も摂取してはいなかった…。
その事実は、着飾った娘達の姿に上機嫌な母と、沈痛な面持ちのテイルモンだけが知っている…。
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