「…………」 誰も何も言わないが、先程までの刺々しい雰囲気は消え、今は静かな沈黙が部屋に降りていた。 「鍵開いてたんで勝手に上がらせてもらったよ、ヤマト?」 彼等の驚きをあっさり無視し、丈は散らかった部屋の様子に溜め息をついた。 「あ〜あ…。取っ組み合いの喧嘩をしたわけじゃないみたいだけど、荒れ放題じゃないか」 済まなそうに謝るヤマトに、丈はくすくすと笑いながら手際良く手当てしていく。 「はい、終わり。思ったより軽傷で残念だよ」 つまり、手当てはついで。丈自身も殴り込みに便乗しに来たということだろう。 「ごめん。半分は八つ当たり…。医者志望の僕が、病気の太一に何一つしてやれることも無くただ見守ってるしか出来ないなんて、何か皮肉でさ…結構落ち込んでいるんだ」 頷いたヤマトの頭をくしゃりと撫ぜて微笑み、静かに事態を見守っていた三人に声をかけた。 「それじゃあ、時間が勿体無いし太一の所に戻ろうか?」 そういえば、彼が帰って来てから…いや、そのずっと前から、彼が泣いた所はあまり見たことが無い。 「帰りましょう、太一の所へ」 ぐずぐすしているのは馬鹿らしい…時間が無いことだけは、確かなのだから。 帰国の連絡を受けて太一の病状を知ったヤマトと違い、空は前々から何となく、彼の状態を把握していたと…。 『どうしようっ、どうしよう空さんっ!太一さんが死んじゃうっ!太一さんが死んじゃうようっっ!!』 電話口で号泣する彼女に、気の遠くなりそうな自分を必死で叱り付け、何度慰めたことだろう…。 だからこそ、空港ですっかり変わってしまった太一を見ても、その様変わりにショックを受けるより、生きているだけで…生きて帰って来てくれたというだけで、どうしようもなく嬉しかったのだと語った。 光子郎も、世界中のネットワークを検索して太一の病気に似た症例を集め、何か力になれないかと模索していた。 もう、どうしようも無いのだと…。 その事実を、太一は受け入れたのだ。 会うのが怖い。 逃げた自分は、彼の目にどんな風に映るのだろう。 随分と痩せた。 「………太一……」 喉から搾り出すような声は、それでもしっかりと太一に届き…久しぶりに呼ばれるその声に、太一はやっと、本当の意味で微笑むことが出来た。 この声が聞きたかった。 「…ヤマト…ただいま」 太一の言葉に、ヤマトはゆっくりと太一に近付き、その膝を抱えて彼を見上げた。 「お帰り…太一…!」 ヤマトの目から零れる涙に、太一の胸が熱くなる。 だから言わなくてはいけない。 「…なあ、ヤマト…お前、ずっとオレを待っててくれたんだよな…?一年半…オレが治って帰って来るのを、ずっと待っててくれたんだよな…?」 傾けた太一の目の端から、静かに涙が零れ落ちる。 「ヤマト、別れよう?…オレはもういなくなるから、その前に終わりにしてしまおう?」 残して逝くのはつらい。でも、残される方だって、絶対つらい。 「…ヤマト、大好きだよ…だから、別れよう?」 言葉だけを取るならば、理不尽で矛盾だらけの『頼み』…だが、これが彼に出来る、彼が遺せる精一杯の思いやり。 「………分かった」 空達が悲鳴を上げる。 「…太一の言いたいことは、分かった。太一の言う通りにしよう…だから、オレの頼みも一つだけ聞いてくれ」 きょとんと見つめ返す太一に優しく微笑み、その手を強く握り締めて息を吸った。 「太一、愛してる」 大きく見開かれた瞳を見つめ、もう一度。 「太一、愛してる…だから、オレと結婚してくれ」 握り締めた手が震えているのが分かる。 「恋人に戻ってくれとは言わない。太一、オレの家族になってくれ。オレはお前を愛してる」 驚きに声も無い、変わり果てた自分が彼の瞳に映っているのが見えた。 初めて好きだと言われた相手…あの日から、彼を思わぬ日は無く、愛しさばかりが降り積もる。 「…太一、時間が無いんだろう?悪いが今すぐ返事をしてくれ」 覗きこんで来る彼に、体が自由に動いたなら絶対小突いてやるのにと思いながら、溢れる涙にもう彼の顔さえはっきり見えない…だけど、自分に出来る精一杯の思いを込めて、はっきりと頷いた。 「…太一!」 歓声が上がった。 「太一、幸せになろうな」 優しい声が耳元をくすぐる。 「土壇場までぐすぐすしているくせに、いざとなると手が早いですよね」 楽し気な光子郎と空の声が聞こえる。 彼女が何を思ってそういう行動に出たのかは、誰も何も言わなくても分かっている。 ヤマトはあの日から太一の部屋に間借りして、ヒカリと一緒に彼の世話に精を出している。 年も越したある日、太一は海が見たいとヤマトに言った。 冬の海は寒く潮風は体に悪いが、皆で相談し、八神夫妻の許可も出たので、全員揃って海に出かけた。 「うわ〜っ寒〜いっっ!!」 はしゃぐ後輩達を温かく見つめる。 「わぁ〜v太一可愛いvv新婚さんみたいよ♪」 空がからかえばヤマトが真顔で言い返す。 「お兄ちゃん、寒くない?大丈夫?」 きつい光子郎の言葉に、ヤマトがへこんで太一に懐く。 「オレのお守りはヤマトがしてくれるから、皆は遊んで来ていいぜ?」 太一がヤマトの腕の中から言えば、丈がやれやれと立ち上がった。 「え!?」 それぞれ余分な一言を残して立ち上がる面々に、ヤマトは大きく溜め息をつく。 「…ヒカリちゃんも、行って来てもいいんだよ?」 冗談だと分かっているけれど、まるで信用が無いようで悲しくもなる。 「ふふv大丈夫ですよ。ちゃんとヤマトさんのことは信じてますvお兄ちゃんが選んだ人だもの♪」 その言葉に苦笑がもれる…でも、面と向かって言われれば、嬉しいことに変わりは無い。 「だけど太一?海に来たいなんて、どうしたんだ?」 波を避けて笑い合う姿に微笑みが浮かぶ。 「…もうすぐ、この輪の中からオレが消えるんだな〜て…思ったら、やっぱり淋しくてさ…どうしても一緒に出かけたかったんだ」 真剣に怒る二人を見て、太一は嬉しそうに瞳を緩める。 「ありがとう…お前等がそう言ってくれるから、オレはみっともなくうろたえたりしないで、笑っていられるんだ…お前等がいてくれて、本当に良かった…!」 彼の言葉に、二人も嬉しそうに微笑んだ。 「…太一?疲れたのか?」 全員の楽しそうな顔が見える。 「…お兄ちゃん?」 ヒカリが兄を覗き込み、彼が微笑を浮かべたままヤマトの腕にもたれているのを確認して微笑んだ。 「太一、寝たのか?」 彼の戦いは信じることから始まり、信じ続けることでかけがえの無い幸せを手に入れた。 |
おわり |
1234HITの香神歩様のリクエストでした。
病気で暗い話→人が死ぬ話…とは、何たる安直!
安直過ぎるっっ!!
と、とりあえず、『暗い』と指定を受けましたので、途中
ヤマトを虐めてみたりしてこんな感じになりましたが、
いかがでしたでしょうか??
しかも何か長くなっちゃいましたし…すみません(泣)
こんなもので勘弁してやって下さいませ…(泣)