キラ・ヤマトは怒っていた。 一見そうは見えなくとも、確実に、深く、心の底から怒っていた。 それもそうだろう…自分で望み、そして謳歌していた平和を、何処の誰とも知らぬ赤の他人に土足で踏みにじられ、その渦中へと巻き込まれた上に、あろうことか戦闘行為を強制されようとしているのだ…怒るなという方が無理だろう…。 彼が心の中であらん限りの罵詈雑言を並べ立てていたとしても、誰も責められはしまい。 が、表向きは沈黙を守っていた彼の堪忍袋の緒も、とうとう限界に来てぶち切れた。 目の前の軍人が発した、友人達の命を盾にした言葉に…。 「阿呆ですか、あんた達は」 小首を傾げ、にっこりと言い放った彼の言葉に、彼等は何を言われたのか一瞬理解出来ず、その場が凍った。 「……………は?」 「聞こえなかったんですか?耳が遠いんですか?更年期障害ですか?ナチュラルだからですか?どれですか?」 漸くといった感じで搾り出された一言を、キラはにっこりと斬って捨てる。 「「「…………………」」」 二の句が告げれず、半ば呆然と彼を見つめる大人達の中、キラは重々しく溜め息をついた。 「おバカで低能なあんた方や言葉をやっと覚えたばっかりのお子様にも分かるように、出来るだけ噛み砕いて話してあげますから、耳の穴かっぽじって、よぉ〜く聞いて下さいね?いいですか?今現在、さっきあんた方が言ったように、世界のほとんどは『コーディネーターvsナチュラル』の図式が出来上がっています。何が楽しいんだか、たかがちょっと身体能力と記憶力が違うってだけで、個の個性を認め合えず、『かけっこであいつが一番とったのは、お父さんが陸上選手だからだ!ナマイキだ!皆でやっつけちゃえ!』と同じレベルで戦争が始まって早数年。これだけ膠着状態が続いてんならさっさと和平会談でもなんでもしろよとか思いますけど、『あいつが先に殴ってきたんだ!ボクは絶対謝らない!』と同じレベルの意地の張り合いで、意味の無い、全く無為な殺戮が繰り返されていますよね。別に話す言葉が違うわけで無し。体のサイズが違い過ぎて同じテーブルにつけないわけで無し。目が三つあるわけでも腕が六本あるわけでも無いのに、どうして話し合いで全てを解決出来ないのか理解に苦しみますが、とにかく中立を掲げる国の外では戦争をしているわけです。はっきり言って、相手が自分の言う事を聞かないからと言って、暴力で解決しようなんて愚の極み。野蛮な愚か者としか思えませんが、相手を納得させられるだけの信念も、頭も、ボキャブラリーすら双方が不足しているんですからこの状態も仕方無いと言えば無いですよね。どっちも馬鹿だから。で、そんなお馬鹿な戦争に巻き込まれただけでも辟易しているっていうのに、どーして僕が、血の繋がりも心の繋がりも種の繋がりも無く、知り合いですら無いあんた達のために命をかけて戦ってあげなきゃいけないんですか?開放して下さい。僕等は巻き込まれただけの民間人です」 真っ直ぐに目を見て言われた言葉に、真正面からそれを受け止めた現在唯一のパイロット、ムウ・ラ・フラガとマリュー・ラミアスは咄嗟に反論が浮かばず、更に異様な雰囲気に呑まれて口をパクパクと開閉するしか出来ない。 そこに、キラと同じように軍人達を睨みつけていた少年少女達が、ずいっと彼を守るように前に出る。 「あんた達がどんだけ馬鹿でも、今の言い方なら意味はちゃんと分かっただろ!?俺達を解放しろ!絶対にキラは戦わせたりしない!」 「そうよ!そんな危ないことをして、キラの顔に傷でもついたらどうしてくれるの!?キラはオーブの、いいえ、世界の宝なんだから!」 「………は?」 「ミリィ…それは言い過ぎだよ」 「何を言ってるのよ、キラ!貴方は自覚が足りないのよ!」 「そうだぞ、キラ!こんな所で、こんな奴等の矢面になってお前に傷でもついたら、俺達は他の奴等に顔向けが出来ない!」 学生達が何やらキラを囲んで騒ぎ出したのをきっかけに、軍人達の遠退きかけていた思考も何とか戻ってきた。 いや、また違う意味で彼岸を見たくなったが、今はそれ所では無いと、理性を必死にかき集めてふんばる。 そして爆発したのは、軍人であることに己のアイデンティティーの全てを委ねるナタル・バジルールだった。 「貴様等!ふざけるのもいい加減にしろ!我々は遊んでいるのではない!戦争をしているのだ!貴様には何としてもストライクに乗って戦ってもらう!」 その高圧的な言葉に、少年達の沸点はた易く超え、キラよりも早く口を開く。 「ふざけてるのはそっちだろう!何えらそうに命令してんだよ!あんた一体何様のつもりだ!?俺達の親か!?先生か!?国の代表か!?ただの不法入国・不法占拠のテロリスト集団じゃねーか!」 「なっ!?我々は地球連邦軍の軍人だ!テロリスト等では無いっ!」 「俺達から見たら同じだよな。軍人もテロリストも。居るはずの無い所に居て、戦闘行為で街を破壊する…どこが違うのか分からない」 「違いなんか無いわよ!やってることは同じだもの。挙句の果てに、子供にまで戦闘行為を強制しようとするなんて、同じ人間だなんて思えない!一体何を守ってるつもりなのかしら!?戦争は軍人だけでやるものよ!居住区に戦禍を広げて、あまつさえ訓練もしていない民間人を巻き込んで最前線放り出そうとするなんて『軍人』としても最低よ!失格よ!よく恥ずかしげも無く出てこれるわよね!?信じらんないっ!」 「き、貴様等っ!」 ちゃっとホルスターから銃を取り出し、子供達に向ける。 その仕草に一瞬黙りはしたものの、不適な笑みを浮かべて軍人達を見た。 「…気に食わなければ殺してしまえ、ですか?流石軍人さんですね。分かり易くていらっしゃる。それとも、銃で脅して自分の言う通りにさせようとでも思ってるんですか?まさか、そんなことで全てが思い通りになる…なんて、思っているわけでは無いですよね?」 「な…っ!」 「まあまあまあ!ちょっと落ち着こうや。えーと、バジルール少尉。それにそっちの坊主、嬢ちゃん達も」 激昂してそのまま発砲してしまいそうなナタルを何とか宥め、彼女を庇うようにフラガがキラ達と向き合って手を上げる。 「なあ、坊主達。お前等の言い分も分かる。だが、ここは紛れも無く戦場なんだ。直ザフトの連中も攻撃をしかけて来るだろう。その時、反撃もせずに黙って殺されてやるのか?そっちのコーディネーターの坊主にはそれを切り抜けられるだけの力があるだろう?やれることをやれよ」 「そうですね。じゃあ、出てって下さい」 「……………え?」 「やっぱり聞こえないんですか?耳が遠いんですね。更年期障害の疑いも濃くなってきました。退役して入院されることをお薦めします」 「じゃなくて!出てってくれって、どういう意味だよ!?」 「そのままの意味です。これは、オーブのコロニーでオーブの企業が作ったオーブ製の宇宙艦です。オーブ国民である僕等が乗っているのは正しいですが、あなた方地球軍が乗ってるのは、どう考えてもおかしいでしょう?シャトルもオーブ製ですからお貸しすることは出来ません。地球軍製の宇宙服ならこの人数分位はあるんじゃないですか?だからそれ着て出てって下さい」 「そうね。そうすればこの艦は中立国の物だからザフトも攻撃してはこないはずよね。全て問題解決だわ」 「ちょっ!ちょ、ちょちょちょっ、と、待てっ!そういう問題か!?俺達にここで死ねってか!?」 「軍人が戦場で散って何の不具合が起きるって言うんです。むしろ当然の成り行きじゃないですか。嫌だったら投降するなりなんなりして命乞いでもすればいいでしょう?そのために、投降した捕虜を害することは無いよう条約が交わされているはずですよね?いいじゃないですか、ザフトに拾って貰って下さい」 「そっ……!?」 絶句するエンディミオンの鷹の隣で、疲労の色濃く、少々顔色を悪くした、ついさっきこの艦の艦長を押し付けられてしまった女性が声を絞り出した。 「…私達はっ、決して投降するわけにはいかないんですっ」 「そんなのはそっちの勝手でしょう。僕等が考慮に入れてあげる義務は精米した胚芽の欠片ほどもありませんよ。大体、あなたの僕等の拘束理由にしても、同型機を既に四機も向こうに奪取されていて、今更機密保持も何もあったもんじゃ無いでしょう?この期に及んで、一体何を守りたいって言うんです?」 「そ、それでも!この艦をアラスカに届けなければならないのよっ!」 「あなたも大概馬鹿ですね…。さっきの僕の話聞いてました?この艦はオーブのコロニーでオーブの企業が作ったんですよ?本社がデータをバックアップしているに決まっているじゃないですか。ザフトが正式な手順を踏んで申し入れてこれば、本社はこの艦のデータを売るでしょうね…とんでもない高額でしょうけど」 「そ、そんな…っ!でも…!」 「オーブは技術立国です。今回何だってあんた達みたいな人種がヘリオポリスに巣食っていたのかは分かりませんけど、それ相応の代価を支払ってさえ貰えれば、データの一つや二つ、売っぱらうに決まってるじゃないですか」 愕然と、けれどそれでも何とか踏み止まろうとするマリューに、キラは絶対零度の視線を送る。 茶番だ。 この上ない喜劇だ。 キラの中に、普段穏やかな性質とは対極にあるはずのふつふつとした怒りが湧き上がる。 やりかけだった課題は、自宅の居間に置きっぱなしだった。 大事にしていた、幼馴染から貰った誕生日プレゼントも、新しく出来た友人達からの贈り物も、好みのブティックも、お気に入りだったカフェも、三時間並んで買った手付かずのゲームも、今はもう跡形も無い。 それもこれも全て…。 ――――― ヴー!ヴー!ヴー! 突如艦内に鳴り響いた警報に、目に見えて軍人達が動揺する。 先ほどまで、怒りのためであっても毅然としていた学生達の目にもふいに不安がよぎる。 「…………僕が、出ます」 俯きながら、ぽつりと言ったキラの言葉は、その場にいた全ての者の耳に届いた。 「……坊主…」 「行って、くれるの?」 「行きます。…仕方、ないんでしょう?」 打って変わった弱々しい彼の様子に、マリューとフラガは目を合わせるが、彼の申し出を断る理由は無かった。 「…すまん」 「お願いね」 どこか苦しそうに言った二人の周りでも、軍人達が複雑そうな瞳でキラを見ていた。 どうしようも無いと分かっていても、子供を前線に出すことへの戸惑いゆえか。 コーディネーターに頼らねばならないことへの憤慨ゆえか…。 様々な視線にさらされながら、キラは今は灰色に染め上げられているMSを見上げた。 「…キラ」 「皆…」 心配そうな友人達の声に、キラは彼等を振り返って微笑んだ。 この上なく鮮やかに。 それを見て、一瞬目を見開くも、彼等も同じ笑みを浮かべた。 それはザフトの襲撃に泡を食っていた地球軍の誰にも見られることは無かったが、誰か一人でもそれを目撃した者がいたならば、この先の未来は、もう少し違った形になっていたかもしれない。 「気をつけてね、キラ」 「無理するなよ?」 「うん。皆も頑張って」 「ああ」 お互い強く頷きあい、くるりと方向を違える。 キラは静かに佇むMSへと。 友人達はブリッジへと向かう軍人達の方へと…。 「おい!おばさんっ!」 「おばっ…!?」 トールの呼びかけに、約二名が素早すぎるほどの反応で振り返った。 「…何だ、お前達か。何の用だ?こちらは貴様等に構っている暇は無い!」 「俺達もブリッジに入れてくれ!キラを手伝いたいんだ!」 一旦は足を止めたものの、彼等の姿に邪魔臭そうに無視しようとしたナタルは、続けて発せられた言葉に目を剥いた。 「何を馬鹿なことを!貴様等子供に何が出来る!それに、民間人をブリッジに入れるわけにはいかん!」 「その子供をMSに乗せたのはどこのどいつだよ!それに間違ってもらっちゃ困る!俺達はあんた等を手伝いたいんじゃない!キラを手伝いたいんだ!」 「そうよ!キラだけあんな所に行かせて、自分達だけ安全な所で見てることなんて出来ないっ!」 「それに、どう見たってあんた等人数足りてないじゃんか!そんなんでもしキラに何かあったら、どう責任とってくれるつもりだよ!?」 真剣な、縋るような瞳で見られ、マリューは少し躊躇った後息を吐いた。 「分かりました。ブリッジに入ることを許可します」 「艦長!」 「ブリッジの絶対数が足りていないのは事実よ、バジルール少尉。今は贅沢なことは言ってられない状況なのは分かるでしょう?」 「く…っ」 悔しそうに俯いたナタルに少しだけ同情するような視線を送り、子供達には毅然とした態度で言い放った。 「でも、少しでもおかしなそぶりを見せたら、その場で拘束します。いいですね!?」 「「「「はい!ありがとうございます!」」」」 嬉しそうに揃って深々と頭を下げた子供達に少々面食らい、次いで表情を和らげてブリッジへと先導していく。 マリューはその態度で安心したのか、そのまままっすぐに前を見つめ、ナタルは彼等など見たくも無いという態度を隠そうともしなかったので気づかなかった。 四人の学生達が、その後ろでにやりと嗤ったことに…。 ストライクのコックピットで待機していたキラの元にミリアリアからの通信が入った。 『キラ、準備はいい?』 「うん。いつでも出れるよ」 『こちらもOKよ。…無事に帰って来てね』 「うん、約束する。ありがとう、ミリィ」 通信画面に映る友人に微笑みかけ、キラは開いていくハッチに目をやった。 赤から青へ変わると共に、ミリアリアからのGOサインが届く。 それにくっと顎を引き、唇をかみ締め、鮮やかなトリコロールカラーを纏って宇宙へと飛び立つ。 首洗って待ってろ!アスラン・ザラ!! 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つづくv |