声を張り上げ、整備もされていない道無き道を進み、キョロキョロと辺りを見回す。 「アグモンーっ!どこだアグモーン!」 木霊が消え、微かでもいいから返事が返って来はしないかと耳を澄ます。 だが、聞こえるのは葉ずれの音と、小型デジモン達が移動する気配だけ…。 「太一!見つかった!?」 ばさりと聞き慣れた羽音と強風の去った後、空がふわりと地上に着地した。 「…いや」 「そう…」 俯いて答える太一の姿に、空も落胆を隠せない。 バードラモンと空から見ただけでも、この一帯がかなり荒れていることが分かった。 デジモンカイザーが成熟期のデジモン達を集めたのだろうという話が出ていたが、たぶんその通りだろうと空も思う。 普通では考えられないほど夥しく残る戦闘の痕跡。 薙ぎ倒された太い幹。 焦げた大地…抉られた枝。 森の中に突然出来た大きな窪地。 そのどれもがデジモンの力の大きさを物語り、残る爪跡が戦いの激しさを示している。 デジモン達はおびき寄せられ、同士討ちをさせられたようなものだ…そして残った者達が、さっきの戦闘で自分達に倒されたのだろう。 これだけの戦闘があったにも関わらず、先ほどからちらちらと見かけるようになった小型デジモン達の姿に、このエリアから彼等を脅えさせていた縄張り争いをしかけるデジモンがいなくなったのを感じ取る。 デジモンカイザーにそんな意図があったとは思えないが、彼自身がこの世界の生態系を詳しく把握しているかどうかも疑問だ。 今回のことにしても、利用出来るものは利用しようとしただけだろうし、深くは考えてはいないに違いない。 下手にタブーを手を出して、とんでもないことをしでかさなければいいけれど…そんな不安に駆られる光景だった。 「太一、空!ここにいたのか」 顔を突き合わせていた二人の所に、ヤマトがガルルモンに乗って駆けつけた。 「ほら!途中で見つけた木の実だ。今の内に食っとけ」 ひらりと飛び降り、抱えていた赤い実を投げて寄こす。 「この辺を一通り見て来たけど、小型の成長期以下のデジモンばかりだな。光子郎はカブテリモンと空の方から周っている…そっちも収獲無しか?」 こくりと頷く二人に、ヤマトも周りを見回して息をつく。 大体、落下した位置が特定出来ないのが痛かった。 崖は高く、樹海は広く…あの衝撃では落下の途中に進化が解けただろうことは予想出来るが、肝心の範囲が絞り出せない。 絶え間無く四方八方に吹き付ける強風に、どの辺りまで流されたのか見当もつかないのだ。 また、あちこちに残る戦闘跡のせいで、落下の衝撃で破壊されたかもしれない場所を特定することもままならない。 「ヤマト…ヒカリ達は?」 「家に帰した。こっち残らせても心配だし、じき日も暮れるしな…。そうだ。お前が曖昧に誤魔化したこと話しといたぞ?」 「えっ…」 驚いた顔をする太一に、ヤマトが苦い笑みを浮かべた。 「嘘はつきたくないし、隠すのも一つの手かもしれないが…あいつ等は知りたがってる。何も分からない子供じゃないんだ、下手に隠すより教えてやった方がいいと思って話した。…まあ、理解するのと納得出来るかっていうのは、話は別になるだろうけどな」 「…そう、だな」 別れ際、泣いていた後輩の顔が脳裏に浮かぶ。 ついきつい言い方をしてしまって傷つけた…それでも心を曇らす事無く、ただ慕ってくれる涙を流した大輔。 優しい後輩達…そんな彼等を傷つけたくなくて黙っていた『デジモンの本能』。 結局、最悪のタイミングで知られてしまったけれど…出来るなら隠したまま全てを終わらせられればいいと思っていたけれど、それが無理だということも、きっと何処かで分かっていたこと。 「お前等は…帰らなくていいのか?」 「は?」 「いや…もう日が暮れるし…」 「………」 悪いことばかり考えそうになっていた思考が少し落ち着き、ふと気づいて二人に尋ねると、ヤマトと空はあからさまに「何言ってんだ、こいつ…」という目を太一に向ける。 その迫力にたじろぐ太一に、二人は盛大な溜め息をついて、がしっと首と肩を締め付ける。 「本気で言ってる?あんた!」 「家にはヒカリちゃんに連絡してもらう段取りがついてる」 「えーと。そういうことじゃなくて…」 たらりと汗を流す太一の頭を軽く小突き、空がずいっと指を突きつけた。 「そ・お・い・う・こ・と・な・の!それともなあに?太一一人でアグモン探したいの?」 「そ、そうじゃねぇけどっ」 「だろ?お前がアグモンを置いて帰れないように、オレ達だって太一を置いて帰れるわけないだろーが」 その言葉にはっとし、怒ったように自分を見つめる二人の顔を見る。 自分だって同じ状況なら帰れるわけが無い。 「……悪い」 「やっと分かったか。…辛そうだったぞ?ヒカリちゃん」 その様子がありありと思い浮かび、しゅんと反省モードに入った太一を空がくすりと笑う。 「いいけどね。太一がこんな風に周りが見えなくなることなんて滅多に無いし」 からかいの混じったそれに苦笑し、少しだけ軽くなった心で笑えた。 飾りの無い言葉や仮面の欠片もつけない正直な表情が嬉しい。 焦って縮こまっていたらしい心が、ぬくもりを感じて広がったような気がした。 「…ありがとう」 まだ少しぎこちなくはあるけれど、ふわりと笑った太一に、ヤマトと空は二・三度瞬いて気持ち照れたように目を反らす。 「…礼は、ちょっと早いな、まだ」 「そうね。その言葉は、無事にアグモンを見つけられてから貰うことにするわ。ほら行くわよ!絶対にアグモンを見つけるんだから!バードラモンっ」 じゃあねと手を振り、呼ばれて低空飛行して来たバードラモンの鍵爪に、走りながら慣れた仕草でぶら下がり、くるりと昇って空へと上がって行った。 「オレ達も行こう。太一も乗れよ、足で探すより効率いいだろう?」 「ああ。ガルルモンよろしくな」 「うん。任せて」 二人揃ってガルルモンの背に跨り、何処に居るとも、どんな姿かも分からない彼を探し出す決心を新たにする。 「ガルルモン、アグモンの匂いは感じないか?」 「ごめん…この辺り焼け跡が多くて、匂いが混ざって分からないんだ」 「そうか…」 すまなそうな彼に気にしなくていいと微笑む。 さっきまでは、最悪なことばかり考えていた。 崖に叩きつけられて傷だらけなのではないだろうか。 木の枝が刺さって動けないのではないだろうか。 まさか、他のデジモンに捕まっていたりなどしないだろうか。 川に落ちて流されたり、何処かの割れ目に落ちて挟まってしまったり、怪我が酷くて動けなかったり、声が出なかったり、気を失ってしまっていたら…。 もし万が一…もう、手遅れだったりしたら…。 考えるだけで気が遠くなりそうだったが、あらゆる事態を想定しないと、助け出す所かその場所を探し出すことすら出来ない。 震える体を両手と気力で押さえ、様々な可能性を導き出し、それらしい場所を見つけては消して行く。 途方も無く気力と体力を使う作業だった。 しかも、それが時間との戦いである気がして気だけが焦っていた。 だが今は、不安な気持ちは変わらないものの、本当に最悪な事態だけは無いと確信出来るようになっていた。 自分はアグモンの安否を確かめずにここから帰ることは出来ない。 そんな自分を、仲間達は置いて帰れない。 それと同じように…アグモンが自分の知らない所で死ぬはずが無い…。 根拠なんて無い。 ただそう信じているだけの絵空事かもしれない…だけど、そう信じていなければ離れて暮らすことなど出来はしなかった。 自分の知らない所でなど死なせない。 そんな所で終わることなど許さない。 そう信じていたから、今まで違う世界でも生きて来れたのだ。 だから大丈夫。 その想いだけが、今の太一を支えていた。 すっかり日は暮れ、夕闇が辺りを覆う頃になってもアグモンは見つからなかった。 特に示し合わせていたわけでは無かったが、幾度目かに見つけた焦げ跡の残る窪地で四人は顔を合わせた。 その場所からは、当初彼等がいた崖が随分と遠くに見える。 探す内にかなり離れてしまったことに気づき、その場で立ち往生していたのだ。 「…どうします?」 「…………」 この向こうにまで捜索区域を広げるか、それとも戻って探し直すか…。 心も体も疲弊して、進もうにもどちらが前だかも分からない。 「……なんで、かなぁ…」 「太一…?」 窪地の端に座り込み、太一がぽつりと呟いた。 「アグモンは…何処にいたって、何やってたって…会ったことなんて無くってもオレを見つけてくれたのに、何でオレは…あいつを見つけてやることが出来ねぇんだろぉ…」 握り締めた手が微かに震える。 悔しくて、哀しくて、情けなくて…心が壊れそうだった。 目を閉じれば鮮やかに浮かび上がる彼の笑顔。 どこにいる? どこを探せばいい? この世界にいるならば、彼が自分を呼ばないわけが無いのに、その声を聞き取ることが自分には出来ない。 何て自分は薄情な人間なんだろう…たった一人のパートナーなのに、探し出してやることも出来ないなんて…。 辛そうに拳を額に当てる太一の姿に、仲間達はかける言葉を失う。 夜になったこととエネルギー切れで進化を解いたデジモン達が、苦しそうに己のパートナー達に寄り添う。 何か、普通では考えられないことがアグモンに起こっているとしか考えられなかった。 自分達には声があり、動ける体があり、パートナーを慕う心がある…それが揃っていて、たった一人の元に還ろうしないわけが無い。 そのことが痛いほど分かっているいるからこそ、不安が消せない。 ――――― パチン 太一がはっと顔を上げる。 「太一?」 突然顔を上げた太一に、不思議そうにヤマトが声をかける。 「……聞こえなかったか?」 「え…?」 「今…何か……」 太一は自分が感じたその音の正体を確かめようと、周囲に注意深く視線を送る。 ―――パチン…パチンっ 「っ!」 確かに聞こえた。 立ち上がって首を巡らす。 そんな太一の様子に、仲間達もそれぞれ何か変わったことは無いかと周辺に目を配った。 「あっ…」 「え?」 夜空を見上げ固まった太一につられ、全員が空を見上げる。 雲の少ない月夜のおかげか、夜空は星に彩られ紺色に輝いている…いや、光を弾く何かがそこにあった。 「…………しゃぼん…玉…」 ふわふわと浮かぶ数個の透明な玉が、月の光を受けて柔らかく輝いていた。 その内の一つが、またパチンっという微かな音を立てて弾けて消える。 「アグ……………コロモン……?」 呆然と呟き、しゃぼん玉が流れて来る方を見る。 太一の言葉にはっとした仲間達が顔を見合わせた。 ふらり…と足が踏み出し、ゆっくりと、次第に速く…空に浮かぶしゃぼん玉を流れる向きと反対に追って行く。 「太一っ」 「何やってんの!あたし達も行くわよっ!」 駆け出した太一に面食らったヤマトの耳を、空が乱暴に引張った。 「向こうに、太一の行った方にコロモンがいるの!?」 「います、きっと!」 「ほな早行かな!何やってますのや、光子郎ハンっ!」 「ヤマトも早くっ!」 「ああ!」 胸に期待が湧き上がる。 慌てて後を追いながら、疲れていたはずの体のことをすっかり忘れた。 暗い気分は吹き飛び、途切れがちに…それでも存在を主張するかのように夜空に浮かぶ、頼り無いはずのしゃぼん玉が、何よりも確かな絆のように思えた。 焦げた草の上を、倒れた巨木を、割れた岩の間を縫い、川が流れる水の音が聞こえて来た。 何度も蹴躓き、その度に空に浮かぶしゃぼん玉を確認しながら川岸へと躍り出た。 荒い息が静かに流れる川の音を簡単に消し去る…だがそれよりも、自分の心臓の音の方がうるさかった。 川沿いに視線を上流へと上げる…その向こうの、太一の身長よりは少し高めの丘の上に黒い影がいた。 「…………」 そこから目を離せないままゆっくりと近づく。 その影が、ぷぷっとしゃぼん玉を吐き出す。 休みながら、それでも確実に目印になるだろうそれを、導いてくれるだろうそれを。 月明かりを受け、尚黒い影…あれは…。 「………ボタモン…」 震える太一の声にその影が振り返り、彼の姿を見つけて小判色の瞳がキュっと細められた。 跳ねようとしてバランスを崩し、なだらかな傾斜をボールの様にコロコロと転がって降りて来る。 「っ、…ボタモンっ!」 慌てて駆け寄り、石にぶつかって漸く止まったらしいボタモンを膝間付いて抱え上げた。 「大丈夫か、ボタモンっ!?」 遠くからでは気づかなかったが、ふわふわのはずの毛並みはしっとりと湿っており、一度は確実に川に落ちただろうことを物語っている。 それに、黒いはずの毛は、さっき転がり落ちたせいだけでは無いだろうほどに汚れ、あちこちが傷ついて血まで滲んでいた。 それでも、だけど…やっと見つけた。 何も言えないまま、擦り寄ってくるボタモンを信じられないように抱きしめる。 確かに感じられる温もりに、少しずつ体の力が抜け、現実なのだと実感出来た頃…彼が嬉しそうに囁いた。 『…タイチ、タダイマ』 すり、と胸に頬を擦りつけ…傷ついた体で嬉しそうに、嬉しそうに微笑んだ。 「………………お、帰り…ボタモン…」 太一が返すと、世界中の幸せを独り占めしたかのように微笑む。 やっと見つけた。 やっと還って来れた。 ここがお前の場所だろう? ここがボクの場所。 生きていた。 ボロボロだけれど、退化して幼年期にまで戻ってしまったけれど、それでも生きて戻って来てくれた。 「………っ…」 抱きしめる小さな体に縋りつく。 「……ボ、ボタモン…ボタモ、ボタモンっ…ボタモン…っ」 それしか知らないように名前を呼び、泣き崩れる太一を仲間達は少し離れた所からほっとした表情で見つめていた。 良かった…と心から思う。 本当は怖かったから…もう二人が会えないのではないかと怖かったから…だけど、心の中のどうしようもない楽観的な自分が笑う。 無事に決まってるじゃないか。 会えないわけがないだろう?…と。 それに、今だから言えることだろうと自分自身で突っ込みながら…。 「じゃあ、皆に連絡しとくか。見つかったって」 「そうですね。ヒカリさんなんかご飯も食べずに心配してるでしょうし」 「待って」 D-ターミナルを取り出した二人に、空が鋭く待ったをかけた。 「空さん?」 「何だよ?何か問題あるのか?」 「大有りよ。これからどーすんの?」 「は?」 きょとんとした男二人に、空はしゃがみ込んでピヨモンを抱きしめる。 「『は?』じゃなくて、あんた達これからどーすんの?って言ってるの」 「えーと…どうするとは…」 「向こう帰るのかどうかってこと。ちなみにあたしは今日はこっちに泊まるわ。何か疲れたし、戻るのめんどうだし、今日はピヨモンと離れるの何となく嫌だし、適当な場所見つけてピヨモンと野宿する。たぶん太一もそうするわよ?」 「「…………」」 はた、と顔を見合わせ、ヤマトと光子郎は無言で頷きそれぞれメールを送信する。 どうするのかな?と見上げるパートナーの肩にぽんと手を置き、まだ動かない太一に向かって声をかけた。 「お〜い、太一〜!そろそろ野宿の用意するから手伝え〜!」 「夕食位は用意しないと、ボタモンのエネルギー事情にも影響すると思いますよ〜っ」 かけられた声に顔を上げた二人は、数度瞬いてから嬉しそうに笑った。 「今日はずっと一緒にいれるぞ、ボタモン」 その言葉に、キュっと三日月形に細められた目が感情の全てを語っていた。 何でもいい…とにかく一緒にご飯を食べよう。 そして他愛もない話をして、どうでもいいことで笑い、大地を枕に星空を引っ掛けて、互いの温もりを分け合って眠りにつこう。 『タイチ、ダイスキ』 溢れる想いを片言の言葉に換えて、にっこりと微笑んだ。 手の中のデジヴァイスを覗き込み、こっちだ、あっちだ、いや違う向こうだと、それぞれ好き勝手に言いつつ昨日崖から見下ろしていた樹海を進む。 「ねぇ、ホントにこっち?離れ過ぎてない?」 「ん〜…デジヴァイスの反応は確かにこっちなんですけど…」 「反応は強くなってんだし、間違いねぇよ!」 ずんずんと進む大輔を先頭に、残りはいささか不安気な表情で辺りを見回す。 通りすがらに思ったことだが…この辺り、明るい昼間に見ても薄ら寒い光景が広がっている。 木は倒れているわ、抉られているわ、燃えたり焦げたりしているわ、突然何の脈絡も無く窪地が広がるわ…『爆心地』という立て札を立てたくなったのは一度や二度では無い。 それは、昨日先輩達が説明してくれた『壮絶なる縄張り争い跡』と言った感じで、世の中厳しいな〜…と通り過ぎる度に遠い目をしてしまう。 彼等の言ったこと全てが分かったわけでは無い。 覚悟も決意も中途半端なままで、どの面下げて会いに行くのだと自分でも思う…けれど、気がついたら体が動いていた。 大量に食料を抱え、家の人間が誰も起きていない時間帯に何の躊躇も無く飛び出して…パソコン教室でばったり仲間達に会った…誰一人欠けていないメンバーに。 誤魔化すように笑い合い、行こうかとD-3を掲げた。 彼等に会いたいのだと…それだけは誤魔化せなかった。 「あ!たぶんあそこの洞窟だよ!」 タケルが指差した場所にまず駆け出したのはヒカリ。 寸分遅れず、全員がその後に続く。 「お兄ちゃんっ!皆無事!?アグモンは…っ」 「太一先輩!?」 「お兄ちゃんっ!」 「空さん!」 「光子郎さん!」 叫びながら洞窟を覗き込んだが、急ブレーキをかけて自分で自分の口を閉める。 全員がまだ夢の中だったのだ…だが時既に遅し…突然の乱入者達に目を覚ましていく彼等…。 「ヒカリか…?」 「…タケル?それにお前等…」 「皆さん来られたのですか…?」 「う〜…眠いぃ…」 もぞもぞと起き上がる先輩達に、申し訳無さそうに小さくなる小学生組とそのデジモン達。 夜遅くまで捜索活動に出ていたのだから、考えてみれば、彼等が疲れ切って休んでいるだろうことなど判りきったことなのだが…どうもそこまで頭が回らなかったらしい。 「ごめんなさい…心配で早く来過ぎちゃって…」 「あ、食料持って来たんだよ。皆お腹空いてると思って」 遠慮がちに洞窟内に足を踏み入れ、それぞれ持参した手土産を差し出して置く。 「ああ、助かるよ。流石に昨日は食料探しすんの辛かったから」 にっこり笑った太一の姿に安心し、その傍らにいる彼のパートナーの姿を認めて涙が出そうな位ほっとした。 メールで無事発見の報告は受けているが、詳しいことは分からなかったし、彼等も疲れているだろうと思って聞くのを遠慮していたのだ。 だからこそその反動で、こんなにも早くに来てしまったということもあるのだが…。 「…よかった。本当に無事だったんだね、コロモン」 嬉しそうに囁いたヒカリの言葉に、野宿した者達の中で、名を呼ばれた本人以外の全ての瞳が彼に集まった。 「……ホントだ。コロモンに進化してる…」 「あれぇ?ボクも気づかなかった…」 太一の膝の上に乗せられたコロモンは、太一の瞳に映る自分の姿で今の状態を初めて認識した。 寝る前までは確かにボタモンだったのに、太一と共に寝て起きたら、知らない間にコロモンに進化していたらしい…。 「え?何?何か変なの?」 「怪我がひどかったのですか?」 「えっ!?起きて大丈夫かよっ!?」 彼等の反応に勘違いしてしまったらしい後輩達に、慌ててそうじゃないと訂正する。 「昨日まではボタモンだったんだよ。あ、ボタモンっていうのはコロモンの一つ前の幼年期な?昨日は疲れてたから、ろくに飯も食わずに寝ちまったのに…よく進化するエネルギーがあったな〜…」 「ボクもびっくりぃ〜」 進化した本人も驚いている状況に、仲間達もなんだと笑い出す。 和やかになった場で、光子郎がふと思いついたように言った。 「…もしかしたら、太一さんと一緒にいたからかもしれませんね」 「え?」 不思議そうに見返すそっくりな表情の二人に、くすりと笑った。 「コロモンに進化した訳です。太一さん、昨夜はずっとコロモンについておられたでしょう?だからじゃないかと思いまして」 「一緒にいると、何で進化するんだ?」 まだ分からないと言う太一に、光子郎は傍らのテントモンを抱きしめて悪戯っぽく告げた。 「お忘れですか?彼等の進化は、僕等の心と共にあるんですよ」 ああ…と思い太一とコロモンの目が合った。 疲れてへとへとだったけれど、心はとても満たされていた。 あの状態が進化を導いたと言われれば、妙に納得がいく。 「そうかもな」 「うん♪」 笑い合い、コロモンがぴょんっと跳ねて太一の首に抱きついた。 それを嬉しそうに受け、彼の体が落ちないように支えてやりながら瞳を閉じた。 ずっと大切だと、大好きだと思って来たけれど、今回ほどその存在の大きさを実感したことは無い。 大切で、失えなくて、何物にも代えられない至高の相棒。 生まれた世界も、育った世界も、生きている世界すらも違う自分達。 けれど、例え一時でも同じ世界にいられるならば…地平線の果てだろうとも、会いに行く。 |
おわり |