光子郎を先頭に、慎重に森の中を進む。



 ゲートの前で待っていたアグモン達は何も言わなかった。
 いつもは、パートナーに会えると、見ているこちら側が嬉しくなるほど全身で嬉しさを現す彼等が、ただ目が合った時に無言で頷きを返しただけで、すっとパートナーに寄り添うように進み出す。
 辺りは不気味な静けさを保ち、風で揺らめく木の葉の音すらおどろおどろしい。

「…他のデジモン達は、逃げたようだな」
「うん。一通り回ってみたけど、敵以外はもうこの区域にはいないみたい」
「あの、敵って…」
「直ぐ分かるさ」

 太一とアグモンの会話にごくりと唾を飲み込み、大輔がそっと伺うが、太一は前を向いたまま明確な答えを出してはくれなかった。

「…あれですね。この辺り一帯を覆っている暗黒の力の源は」

 愛用のノートパソコンの弾き出した答えに、光子郎は真剣な眼差しを仲間達に向けて告げた。
 それは小高い崖の上に位置する、崩れた遺跡のような建物。
 その上では雷雲まで出て来ている。

「舞台効果満点だな」
「敵さんてぐすね引いて、俺達が来るのを待ってたってわけか?」
「そういうわけでは無いでしょうけど、戦いたがっているのは確かでしょうね。あちら側にとって、僕等は永遠の邪魔者でしょうから」
「で、わざわざ要塞作って罠張って、あたし達が気づいて来るのを待ってたってわけね。ご苦労な話だわ」
「暗黒ウィルス系ってのは、なんだってこう自己掲示欲が強いんだろうね。こっそり大人しく、闇の中で生きてこうとは思わないのかな」
「…丈ぉ、無茶言うなよ…」
「そお?」

 これから正に敵陣に乗り込もうとしているのに、彼等には気負った様子は少しも無い。
 丈などゴマモンに足を叩かれ窘められている始末…。

「何か、思ったより緊張感無くない?」
「ええ…こんな風でいいんでしょうか…?」
「オレ、分かんなくなって来たぁ」

 がしがしと頭を掻き毟る大輔に、くすくすと可愛らしい声が届く。

「ヒカリちゃん」
「ごめん、だって懐かしくって」
「ん〜まあ、それは否定しないけど、大輔君達混乱に拍車がかかっちゃうよ」
「ふふ、そうね。あのね、大輔君。皆ああやって笑っているけど、緊張していないわけじゃないのよ。どちらかといえば反対、すごく緊張してる…もう戦闘モードに入っているわ」
「えっ!?」

 言われて改めて見るが、和やかに話し込んでいるようにしか見えない。

「ああやって余分な緊張を出しているのよ。あんまり張り詰めすぎていると、いざっていう肝心な時に糸が切れてしまうこともあるから、解せる時に緊張を解しておくの。余裕なんか無くても、余裕があるみたいな顔で戦うためにね」
「そ、そーなんだ…」
「それに、ああしていても全身で周りの感触を探っているよ。目に見える物は怖くない。目に見えないものこそが脅威になるから」
「へ、へぇ〜…」

 ぽかんとヒカリとタケルの講釈を聞いていた三人に、太一達の方から注意が促された。

「木の陰に隠れろ!」
「えっ、あ、はいっ!」

 すばやく身を潜めた太一達は、じっと空を見上げる。
 風が凪ぎ、次の瞬間閃光が走った。

「…おいでなすったか…」

 今度は強風に煽られ木にしがみつくように様子を伺うと、黒い大きな影が上空を横切っていくのが確認できた。

「…セーバードラモン、成熟期の鳥形デジモンですね。これはちょっとやっかいかも…」
「え?何でですか?」
「セーバードラモンはワクチン種なんですが、あのように真っ黒な姿で獰猛なんですよ」
「ったく。まーたあいつは暗黒デジモンに肩入れしやがったのか。…空!」
「OK♪ここはやっぱ、あたし達の出番よね♪ピヨモン!」
「分かってるわ、空!」

 言うが早いか、空の持つデジヴァイスから進化の光がほとばしり、成熟期へと進化を遂げたバードラモンがセーバードラモンに向かって飛び上がった。

「バードラモン、頑張って!…皆、ここはいいから、あたし達に任せて先に進んで!」
「そんなっ」
「分かった。頼んだぜ、空」
「ええ、任せて!」

 出来ないと叫ぼうとした後輩達を遮り、太一はあっさりと後を空に委ねた。

「光子郎!あの崖を登れる道はあるか?」
「待って下さい、今検索しています…出ました!ここを真っ直ぐに行った先に洞窟があります。その奥から上に続く階段があるようです!」
「よし、分かった。皆行くぞ!空っ、無茶すんなよっ!」
「太一達こそねっ!」

 朗らかに返事を返す空に手を振り、そのまま駆け出す仲間達の中で、どうすればいいのか判断がつかないような京の腕を太一が取った。

「京ちゃん、ここに残って空を助けてやってくれ。あくまでサポートに徹して、空の指示に従ってくれ。出来るな?」
「た、太一さん達は行っちゃうんですか?」
「ああ。ここに大勢いても何も出来ないし、何より戦う邪魔になる。でも京ちゃんとホークモンなら、空を自由に飛び回れるから、空達の手助けが出来るはずだ。それにきっと…敵は一体だけじゃない」
「あ、そ、そっか。はい、分かりました!空さんのサポートをすればいいんですね?」
「そうだ。出来ないことを無理にする必要は無い。京ちゃんは京ちゃんに出来ることをするんだ。…そして、絶対に空のすることを否定しないでくれ」
「え?それって…あの…」
「ホークモン、頼んだぞ?」
「はい!」

 きょとんとした京の変わりに、意味の通じているだろうホークモンに声をかける。
 明朗な返事に微笑を返し、太一は先に行った仲間達を追ってアグモンと共に洞窟に入って行った。

「太一!」
「悪い、遅くなった」
「京さんに残ってもらったんですね」
「ああ、セーバードラモン一体なら空達だけで何とでもなるだろうけど、他に出て来ねぇとは言い切れないからな。戦いに集中してる時に背後から襲われたらヤバイし」
「そうですね」

 彼等が走って進む先を読むように洞窟の両端にあるランプが灯り、足元が順に照らされていく。

「至れりつくせりってな」
「闇の中を進ませないってことは、奇襲は考えてないってことだろうか?」
「そう油断させておいて反対の考えかもな!あいつらは裏をついたり騙したりが好きだしな!」
「お次だ!出たぞっ!」
「ゴマモンっ!」
「任せてっ!」

 階を上がって踊り場に出た途端高くなった天井から、ドクグモンがするすると降りて来た。

「ここは僕等が引き受けた!皆は先に行ってくれ!」
「おう!丈、負けんなよ!」
「負けないよ!皆も頑張って!」

 誇らしそうに笑った丈の姿に、それでも行き辛そうにしていた伊織の肩を、今度は光子郎が叩いた。

「伊織君達はここに残って丈さんのサポートをお願いします」
「あ、はいっ!」
「伊織君、例え何があったとしても、伊織君は伊織君のままでいて下さい」
「え?は、はあ…」
「アルマジモン、伊織君と丈さん達を頼みます!」
「任せろだぎゃあ!」

 上の階段に消えていく仲間達を見送り、アルマジモンの声ではっとなった伊織は慌てて丈の元へと向かう。

「やあ、伊織君。残ってくれたのかい?」
「はい。あの、あまりお役に立てないかもしれませんが…」
「いいや、君は君でいてくれさえすれば、それだけで大きな力さ」
「え?」
「来るよ、伊織君」
「あ、はい!アルマジモン、アーマー進化です!」

 襲い来るドクグモンをイッカクモンが防いでいる隙に、アルマジモンがアーマー進化を果たす。
 先輩達の言葉が気になりはしたが、今は足を引っ張らないためにも、伊織は目の前の戦いに集中するために大きく深呼吸をした。











「テイルモン!」
「パタモン!」

 階を上がった所で突然現れたデジモン達に、逸早くパートナーに進化を促したのはヒカリとタケルだった。
 そして、彼等の意思通りアーマー進化を果たした二体は、合わせ技であるサンクチュアリバンドで向かって来た敵を一網打尽に縛り上げる。
 だが、その捕らえた見慣れぬデジモンに、ヒカリがはてと小首を傾げた。

「…バケモンに似てるけど帽子被ってるし…何かしら、このデジモン?」
「ヒカリさん、タケル君!それはソウルモンです!ウィルス系のゴースト型デジモン、成熟期のようです!」

 お互いのパートナーの背に乗りつつ首を傾げていた二人に、下から光子郎の声が届く。
 バケモンの進化したものかと納得しかけた時、高い天井の影や壁の隙間から、また唐突にソウルモン達が現れた。

「わっ、また出た!」
「大輔!」

 空間移動をするように現れては消え、また消えては現れるソウルモン達に子供達は咄嗟の判断で身を翻し、絶妙のタイミングでデジモン達が技の応酬をする。
 だが、初めにぺガスモンとネフェルティモンのサンクチュアリバンドで捉えられた者達は、身動きも出来ないのかそのままだった。

「…これってつまり、ネフェルティモン達の聖獣性が関係あると思う?」
「十中八九そうだろうね」

 ヒカリとタケルは目を合わせて不敵に微笑み、次いで兄達に声をかけた。

「お兄ちゃん!ここはあたし達に任せて先に進んで!」
「この程度の相手なら、僕達だけで充分だから!」

 叫びつつ攻撃の手を休めず、無尽蔵に沸いて出るソウルモン達を端から捕らえてみせる。
 その息のあった連携プレイに、二人の兄と光子郎は頼もしそうに微笑んで手をふった。

「じゃあ任せたぞ、タケル!」
「油断するなよ、ヒカリ!」

 ぐっと親指を上げて激励し、太一達は戸惑う大輔の背を押して階段へ駆けて行った。
 それを気配で感じ取り、二人はくすりと笑った。

「…何だか久しぶりね、こんなの」
「うん。僕等だけで敵に向かうなんて、もしかしたらピエモンの時以来かもしれないよ?」

 あの時はただ、皆に守られ逃げることしか出来なかった。

 だが今は違う。
 戦う力を持ち、任せられ、二人で残った。
 それが、こんなにも誇らしい。

「覚悟してよ、ソウルモン」
「この先、お兄ちゃん達の邪魔は絶対にさせないわ」

 にっこり笑った天使達をその背に乗せた聖獣型デジモン二体は、決してしくじれぬだろう事態に、こっそり気合を入れ直したのだった。 













 恐らく次が最上階、今回の黒幕だろうものがいる所にもう少しという所で、大輔が言い辛そうに太一に聞いた。

「あの…太一先輩」
「ん?」
「皆…大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ」

 あっさりと返された言葉に、大輔は内心で首を傾げる。

 空と別れる時も、丈と別れる時も、ヒカリ達と別れる時ですら太一達は迷わず前に進んで来た。そして、残された彼等もそれが当然というように振り返りもせず背を向けていた。
 京や伊織が残ったのも、彼等が残りたそうにしていたからで、もしそうでなかったらそのまま手助けなどつけずに前に進んで来ただろう。

 分からない。
 不安ではないのだろうか…たった一人だけで残して、残されて…だが彼等からはそういった感情は微塵も感じない。
 不安に思っているのは自分だけなのだろうか…。

「考え事してると、階段に蹴躓くぞ?大輔、言いたいことあんなら言っちまえ」
「あ、はい!あの…太一先輩は、ヒカリちゃん達を残して来て、心配じゃないんですか?」
「無いな」
「ど、どうしてですか!?」
「あの程度の敵なら、今までだって何度と無く遭遇してる。敵の力量位分かるさ。そしてあいつ等は『任せろ』と言った。で、オレは『任せた』と言った。…後は信じるだけさ。あいつ等は絶対負けないってな」
「そ、それでも…」
「大体、あんな奴等にやられるほど俺達はやわじゃねーよ。それに一度『任せる』って言ったんだ。後であれこれ心配すんのはあいつ等に失礼だ」
「そう…ですか?」
「ああ、信用してないってことだろ?」
「…そう…ですね」
「そーいうこと。それに、ゴースト系デジモンは扱いやすい」
「は?」
「何を隠そう、三年前オレは、バケモンをタコ殴りにしたことがある」
「た、タコ殴り!?」
「おう、素手でな」
「すで!?」

 驚きにぽかんと口を開けたままの大輔ににっと笑いかける。

「戦い方なんざ、人の数だけ、相手の数だけ、考え方の数だけあるんだよ。素手だろーと道具使おうと、デジモンの力のみに頼らない方法だって色々ある。バケモンは成長期だけど、ヤマトなんか完全体のファントモンに素手で立ち向かったっていうし、空は鉄パイプで殴りかかったらしいぜ」

 更にあんぐり顎を開けた大輔の後で、ヤマトが慌てたように声を荒げた。

「って、何で太一がそんなこと知ってんだよ!?」
「へへ〜♪ヒカリに聞いた。どんな風にあいつを守る為に戦ってくれたのかな」
「…かっこわりぃ…結局攫われちまったんだから、マヌケなだけだぜ」
「それでもさ、言ったことねぇけど、嬉しかったんだぜ?お前等が、必死に約束守ろうとしてくれたんだってな」

 太一の言葉に、ヤマトは照れ臭いのかバツが悪いのか、ぷいっとそっぽを向いてしまったが、隣を走るガブモンに足をぽんぽんと叩かれて宥められていた。

「…大輔」
「あ、はい!」

 呆然とそれを見ていた大輔は、太一の思いの外真剣な声音にはっとして彼を振り仰ぐ。

「方法とか過程とか、そんなのは何が正しいとかはっきり言えるもんじゃねぇ。大事なのは最後にどうするかだとオレは思ってる。回り道したって、立ち止まったっていい。だけど、最後の最後に自分がどうするかを決めるのは…他でも無い、自分自身なんだ」
「…え?」

 意味を聞き返そうと大輔が口を開きかけた時、太一達の表情がすっと引き締まった。

「…終点が見えた。いいか、皆?」

 踊り場に出る数歩前で足を止め、乱れた息を整える。
 仲間達を見渡し、ゆっくりと全員が頷いた。
 戦闘開始の合図…成熟期デジモン三体とアーマー体一体が同時に扉を破って突入する。
 柱の影に入って爆風から身を守り、デジモン達に続いて中に入ると、そこは崩れた広間のようになっていた。

「…ご挨拶だな、選ばれし子供達とそのデジモン達よ」
「……そうかな、招待に相応しい礼儀で応えたまでなんだがな」
「ふっ、聞きしに勝る傍若無人さだな…だがそれでこそ倒しがいのあるというもの。お前達を倒し、今度こそ我がこの世界の覇者となるのだ!」

 暗黒の覇気とも言うべき空気圧に押され、子供達は踏み止まっているデジモン達の影に身を隠す。

「ははは!先ほどの元気はどうした!?もう怖気ついたか!?」

 楽しげに笑うデジモンの姿に、太一達はパートナーデジモン達の邪魔にならぬよう点在する柱の陰へと移動する。

「何だ、あいつ…見たこと無いデジモンだな…」
「デジヴァイスを…今調べます。詳しいデータが揃うまでは、デジモン達に深入りする攻撃は避けるよう伝えて下さい」
「分かった!グレイモンっ!」

 数の利に依った指示を与えつつ、太一はそっと敵の姿を伺った。

「…ヤマト、どう思う?」
「完全体、だとは思うが、妙な姿をしているよな」

 真っ黒な羊にも似た姿をしており、大きな角と二枚のコウモリの様な翼が特徴的だ。
 大きさ自体はグレイモンよりも小さい位なのに、その存在感は他を圧する強さがある。

「…太一さん、ヤマトさん…出ました」

 光子郎の固い声音に振り返ると、モニターから顔を上げない彼を困惑したように見ている大輔がいた。

「…どうした?」
「奴の名前はメフィスモン。暗黒系堕天使型デジモンの完全体です。暗黒系魔術を得意とする闇の存在で…アポカリモンの残ったデータから生まれたもの…らしいです」
「アポカリモンの…」
「どーりでヤバイ感じがしたはずだぜ」

 舌打ちをし、メフィスモンに鋭い視線を向ける。
 向こうも遊んでいるつもりなのか、致命傷的な傷は無いが、こちらも攻撃の隙が無い。

「太一先輩、アポカリモンって…前に、太一先輩達が戦った奴っスよね?」
「そうだ。三年前のオレ等の戦いの大ボスだった奴だな…戦い辛い奴だったが、勝てない相手じゃねぇ」
「ど、どーやってっスか!?」
「ま、相手の出方次第だな」
「へ?」

 あっさり言った太一に、実は策が無いんじゃ…と大輔の目が点になるが、ヤマトも光子郎も、今正に戦っている彼等のデジモン達も不安そうな様子はどこにも無い。
 どうすればいいのか分からなくなり、頭を抱えんばかりの大輔を、太一は苦笑気味に見つめた。

「敵がどんな奴か分かっていれば先手必勝出たトコ勝負も有だけどな、全くデータが無い状態で突っ込むのは玉砕しますって言ってるようなもんだ。まず、奴の攻撃力とか、戦い方を調べるのが先だろ?」
「あ、そういうことですか!」

 ぽんっと手を打った後輩の頭にぽんっと手を置いてグレイモンを見、次いで仲間達と目を合わせ頷いた。

「どうした、選ばれし子供達よ?このままのお前達のデジモンでは、何体揃った所で私には勝てんぞ!」

 完全体と成熟期の圧倒的な力の差の前に、メフィスモンは自分の優位を確認して彼等を嬲ることに決めたようだ。
 グレイモン達の技を寸前で避け、自分の技は寸前で避けれるように放つ。
 時間をかけて遊びたいという、暗黒デジモンの嫌な面が強いらしい。

「フ、フレイドラモンっ!」

 直撃を受けたらしいフレイドラモンが勢いよく柱に叩きつけられ、大輔が悲痛な叫び声を上げて彼に駆け寄る。

「フレイドラモン!しっかりしろ、フレイドラモンっ!」
「だ…大輔…に、逃げて…!」
「えっ…」
「こんな所に隠れていたか、選ばれし子供よ」
「っ!?」

 すぐ側で聞こえた地を這う様な、それでいて高揚した声に弾かれたように振り返れば、大輔の背後、触れられるほどの位置にメフィスモンが立っていた。

「……あ……」
「今は小さな力だが、この先どのような障害になるとも知れんからな…やはり、争いの目は小さな内に摘んでおく事にしよう…」

 真っ赤なガラス玉に横一本に線を入れたような瞳が大輔を見つめ、にぃと笑った。

 振り上げられた大きな手がスローモーションのように目に映った。
 フレイドラモンの自分を呼ぶ切羽詰った声が聞こえる。
 逃げなくてはと頭では思うのに、体が動かなかった。

「覆い被されっ、フレイドラモン!」

 次の瞬間、引っ張られたのか押し倒されたのか、目の前が赤と黄色と青だけに染められた。
 それがパートナーの体の下なのだと気づくと同時に、彼越しに強い衝撃を感じた。

「フ…フレイ、ドラモン…」
「無事か?大輔…」

 震える声のまま顔を上げると、優しい瞳が覗き込んでいた。

「あ、ああ…オレは…。だけど、お前っ」
「オレも、平気だ」

 ふいっと動かした視線に導かれてその方へ顔を向けると、離れた所でメフィスモン相手にグレイモンとガルルモン、カブテリモンが見事な連携プレイで攻撃している所だった。

「太一の指示が聞こえたか?あの声で伏せたと同時に、ガルルモンが体当たりで奴を跳ね飛ばしてくれたんだ。その先で待ってたグレイモンとカブテリモンがすかさず奴に攻撃を浴びせていた。だからオレは、何とも無い」
「………」
「大輔!」

 呆然とそれを見ていた大輔は、駆け寄って来た太一達にはっとなって彼等を見た。

「先輩」
「大輔、大丈夫か?」
「あ、はい。あの、すみませんっ」
「気にすんな。お前が無事ならいい」

 畏まる後輩の頭をくしゃりと撫で、太一はグレイモン達の方へと厳しい視線を投げかけた。

「…まずいな」
「ええ…。不意打ちの奇襲で、いつまでも優勢は保てませんからね」
「力の差は歴然。流石完全体ってとこか」

 数の優位で互角に戦っているように見えるが、必殺技を出さない敵に、息の合った連携で凌いでいるだけのこと。
 この先苦戦を強いられるのは火を見るよりも明らかだった。
 だが、まだ確かめなければならないことが残っている。

「ええい!羽虫のようにまとわりつくな!小物共がっ!」
「ぐあっ!」
「カブテリモン!」

 癇癪を起こしたように放たれた無数の気弾の一つを避けきれず、カブテリモンが大きく弾き飛ばされ天井にぶつかり落下した。

「カブテリモン、大丈夫ですか!?」
「こ、光子郎ハン…えろうすんません、ワテは平気です」
「カブテリモン…無理しないで下さい。…それに」

 辛そうながらも自力で半身を起こした彼に、光子郎はほっと息をつく。
 そして声を潜め、パートナーにのみ聞こえるように言った。

「今はエネルギーを温存しておいて下さい。…じき、チャンスが来ますから」

 カブテリモンを薙ぎ払って上機嫌に笑うメフィスモンを睨みつけ、それでも自信有り気に呟いた光子郎に、カブテリモンはそっと頷きを返した。

「ふふふ。ここに辿り着いたお前達の内、もう半分が使い物にならなくなったぞ?どうする?ますます私に勝ち目が無くなったなあ」

 目の前に立ちはだかり睨みつけて来るデジモンと選ばれし子供を嘲笑い、愉しそうに肩を揺らす。
 やはり、幾ら攻撃が当たっていても、成熟期と完全体ではダメージのほどが違うらしい。

「…さて、選ばれし子供達を順に殺して行くのも面白そうだが…」

 ちろりとその目が大輔に向けられる。
 びくり、と体を強張らせた大輔を庇うように、フレイドラモンがまだ回復しきらない体をずりっと前に出した。
 その様を満足そうに見つめ、やはりここは…と目の前の太一達に視線を戻した。

「…お前達から片付けよう。選ばれし子供達の中で最も高い進化を収め、最も信頼を受けているという二人とそのデジモン…そんなお前達が真っ先に死ねば、他の者達にどのような衝撃を与えるだろうなぁ…」

 自分の想像に酔いしれるようににやりと笑い、だが、脅えも戸惑いも返さない彼等に面白く無さそうに眉を顰め、しかしまあいいと向き直る。

「その強がりがいつまで持つかもまた見物だろう。私はな…」

 脅え逃げ惑うかと思っていた彼等から望んだ反応は返らない…だがメフィスモンは、それを表向きのみだろうと思い構わず続けた。

「お前達が死に、絶望の淵に落ちる選ばれし子供達を見たいのだ。要であるお前達が消えれば、他の者共を崩す等容易きことだろう…私の望みと楽しみのため、お前達にはここで死んでもらう」
「ぐだぐだ前置きの長い奴だな」
「何!?」

 予想されたどの反応とも違う呆れた声音に、メフィスモンが過剰な反応を示した。

「オレ達を殺そうとする奴は今までだって何人もいた。だからお前のような奴は珍しくも無い。言ってることにしたってそうだ。そんなものに一々脅えてやるほどオレ達もお人好しじゃ無いんでね」
「そーいうことだな。前置きが長い奴ほど死に様は呆気ないもんだぜ?」

 小馬鹿にするような太一とヤマトの言葉に、燃える様な瞳を殺気でギラつかせて鼻で笑った。

「よく言った。お前達は私のこの手で始末してやろうと思っていたが気が変わった…仲間同士で戦い、共倒れするがいい!」

 言うが早いか、メフィスモンは胸の前で印を切り、その周りから次第に黒雲が発生して行く。
 口の中では何か呪文を唱えているようだが、聞き取ることは出来ない。

「戦え!そして殺し合え!」
「うわあっ!」
「っ!?」

 突然、ガルルモンがグレイモンに飛び掛る。
 強かに体を打ちつけたらしいグレイモンの上に圧し掛かり、ガルルモンは唸り声を上げている。

「な、何で…っ」

 大輔がフレイドラモンに縋るように身を乗り出し、信じられないように二体のデジモンの戦いを見ていると、太一の苦し気な声が耳に届いてはっとした。

「太一先輩!?」
「うっ…!ヤ、ヤマト…っ」
「あっ……」

 見ると、太一がヤマトに腕を捻り上げられ、床に押さえ付けられていた。

「な、何で!?ヤマトさんっ、ガルルモン!止めてくれよっ!!」
「ははは!無駄だ無駄だ!そいつ等にはお前の声などもう届いてはおらん!」
「な、何でだよ!?」

 大輔はフレイドラモンの肩を掴みながら必死にメフィスモンを睨みつけるが、それすらも愉し気に嘲笑う。

「小さき選ばれし子供よ、私は人を操る魔術に長けておるのだ。人の心の隙間に入り込み、心ごとその体を操る。もう奴は私の操り人形よ!」
「ふざけんな!今すぐ止めろっ!」
「慌てずとも、お前も直ぐに後を追わせてやるわ。それに、きゃんきゃん吼えておるがお前…立つことも出来んでは無いか」
「っ!」

 大輔は懸命に足に力を入れようと思っているが、メフィスモンに間近で瞳を覗き込まれてから、どうにも力が入らないのも事実だった。
 そんな彼の横にいつの間にか来ていた光子郎が、無理に立たないようそっと肩を押し留めた。

「光子郎さん…っ」
「敵同士を戦わせておいて自分は高見の見物ですか。いいご身分ですね」

 底冷えのする静かな声で、光子郎は真っ直ぐにメフィスモンを見つめた。

「技さ!私は私の得意な攻撃をしたまでのこと。それがお前達にとかく効果的なものだった…それだけのことだろう?」

 くっくっと笑うメフィスモンに、光子郎は眼光を更に強くさせる。

「…何がお望みです」
「おや、命乞いをするのか?それとも交換条件か?どちらにしても、お前達『選ばれし子供達』は私にとって邪魔なだけの存在だ。ここで一掃していかねば目的が果たされん」
「目的?」
「この世界の征服だ!この世界を我等の色に染め上げる!闇に!暗黒に!我等を排除しようとした全ての物を取り除き我等の世界を作り上げる!そのためには『選ばれし子供達』などというふざけた存在は邪魔なのだ!!」
「…なるほど。で、手始めにこのエリアというわけですか」
「そうだ!今、あの子供が世界のバランスを崩したおかげで闇に染まりやすい条件が揃っている!まずはこのエリアから始めた!だが、直ぐに世界全土を闇に染めてみせる!三年前のように!」
「つまり、あなたの今現在の力はこのエリア内に留まり、まだ他に影響を与えるまでにはなっていないと…そういうことですね?」
「生意気な!すぐさま勢力を広めてみせるわ!お前達の口を永遠に閉じて後にな!」
「いいえ。それだけ語って頂ければ十分です」
「…え?」

 突然にっこり笑った光子郎に、大輔は不思議そうな瞳を向けた。

「…だそうですよ、お二人とも」
「えっ!?」

 驚いて見回すと、ガルルモンとグレイモンは静かに離れ、ヤマトが立ち上がり太一に手を貸している所だった。

「やっぱ、誘導尋問任せるなら光子郎だな。上手いこと聞きたいこと引き出してくれたぜ」
「お褒めに預かりまして」
「カブテリモン、どうだ?休めたか?」
「はいな。ゆっくり休ませてもらいましたわ」
「ガルルモン、グレイモン!お前等もっと真面目にやれよ!じゃれ合ってるよーにしか見えなかったぞ!?」
「え〜っ、これでも頑張ったんだよ?」
「そーだよ、ヤマト!噛み付くフリとかしたのに」

 不満そうに反論するパートナー達に苦笑し、太一とヤマトは歩み進んできた光子郎と並んでまだ呆然としているメフィスモンを見上げる。

「生憎だったな、メフィスモン。お前の技は不発だったようだぜ?」
「ば…馬鹿な!あれが効かぬはずが無い!何故だ!?何故あれを破れた!?」

 信じ難いと声を荒げるメフィスモンに、ヤマトはふんっと笑って胸を張った。

「破ったわけじゃないさ。本当に効かなかったんだよ。まあ、強いて上げれば、オレの心は隙間を作っとくほど広く無いってことだな」
「…ヤマト、それ威張れねぇ…」

 思わずふき出した光子郎に、大輔も漸く思考回路が回り出した。

「あの、じゃあ光子郎さんは、太一先輩とヤマトさんが演技してるって知ってたんですか!?」
「ええ、まあ。ヤマトさんが太一さんを捕らえた時は、流石に僕も飛び出しかけたんですが、太一さんがこっちに『待て』って合図送って来ましたから…ああ、心配要らないなと」
「え!?いつですか!?」
「分かりませんでした?まあ一瞬でしたけど…」
「………」
「まあそれで、奴も油断して饒舌でしたからね。聞けるだけ情報を探れということだと思いまして」
「こんな上手く行くとは思わなかったけどな」

 楽し気に語り合う太一達と違い、メフィスモンは怒りのためか暗黒の気を撒きながら震えていた。

「…だから何だと言うのだ。我目的を貴様等が知ろうと知るまいと、私の圧倒的有利は変わらぬ!成熟期とアーマー進化如きの貴様等など、ここでまとめて葬り去ってくれる!」
「それはどうかな!」

 死刑宣告をしたにも関わらず不敵に笑う太一達の態度に、不審を覚える前にぎょっと息を飲んだ。

「お…お前達…っ!?」
「気づいたか?」

 握り締められた右手から零れる清浄な光。
 自信に満ちた表情で前に出る三体のデジモン。

「…暗黒に支配された空間、暗黒のデジモン、そして、ここにいるオレ達」
「やらなきゃいけないことは…一つだな」
「ええ。それが、選ばれた僕等の役目」
「役回りって気がしなくも無いけどな」
「だな」

 微笑み合い、光の源…デジヴァイスを高く掲げる。
 一歩、二歩と後退するメフィスモンをしっかりと視線で捕らえる。


「「「進化だ!」」」


 グレイモン・ガルルモン・カブテリモンの三体をデジヴァイスから迸った光が包み込む。
 『選ばれし子供』というパートナーを得たデジモンにのみ許された、進化のための聖なる光。

「うぅ…おのれぇ…させるかあっ!」

 瞬間光に気圧されたように身をちぢ込ませたメフィスモンだったが、デジモン達の進化を止めるために向かったのは、やはりそれを促す子供達。

「死ねぇっ!」
「危ないっ!」

 大輔の叫びと共に飛び出したのは、満身創痍のはずだったフレイドラモン。
 彼は太一達に踊りかかった無防備の脇腹目がけ、勢いよくタックルしたのだ。

「ぐぅ…っ!」

 呻きながら転がるメフィスモンと、今度こそ力尽きたように横たわるフレイドラモン…彼の姿を認めたメフィスモンの目にはっきりと殺気が浮かんだ。

「まだ邪魔をするかっ」

 相手を死に至らしめるという力ある暗黒の呪文を吐こうとした時、メフィスモンの体が雷撃に打たれて弛緩した。

「がっ、ぐぅっ!」

 その隙に駆け寄ろうと咄嗟に立ち上がった大輔の腕を太一が押し留めた。

「た、太一先輩!?」
「何だ大輔、立てるじゃねぇか」
「え?あ!って、今そーいうことじゃなくてっ」
「フレイドラモンなら大丈夫だ。それに今お前が行くと、あいつはお前を守ろうとしてまた無茶をするぞ?」
「…っ!」
「だからここにいろ。それと…さっきはあいつに助けられた。サンキュな」

 横目でにっと笑い、頭をくしゃりと撫でられた大輔は、何とも言えず複雑な表情で太一を見つめた。

 完全体に進化したメタルグレイモンとワーガルルモンとアトラーカブテリモンは、それまでの苦戦が嘘のようにメフィスモンを振り回していた。
 上手く誘導し、倒れているフレイドラモンに危害が及ばないよう場所まで移動している。
 それを的確に指示している太一達見て、大輔はずきりと痛んだ胸を掴み上げた。


 …あいつに、あいつに言ってやって下さい
 オレ…オレ、何にもしてない…


 自分を庇うように背にして戦う彼等の中、大輔は居たたまれないように俯くしかなかった。

「このままでは終わらん…っ、デスクラウドっ!!」

 最後の力を振り絞るように放たれ技は、触れるもの全てを腐らせる暗黒の雲だった。
 それを見てすかさず放たれたメタルグレイモンのギガデストロイヤーに霧散させられる。

「…よし、とどめだ」

 えっと顔を上げる。

 三体のデジモン達は必殺技のための姿勢に入っている。
 先輩達の体の隙間から、メフィスモンがよろりと立ち上がったのが見えた。
 あいつに、『とどめ』をさすのだと理解した。

「…っ」

 いきなり体を割って入って来た大輔の顔が瞬時に強張るのを見て、太一達はほんの少し顔を曇らせる。

「カイザーネイル!」
「ホーンバスター!」
「ギガデストロイヤー!」

 三体の完全体デジモン達の、三つの必殺技が一箇所で炸裂した。

「おのれっ、おのれおのれおのれぇっ!」

 吹き飛ばされそうなほどの爆風と耳を劈く爆音の中、それでも苦しみもがくメフィスモンの姿と声がはっきりと届く。
 顔を背けることも耳を塞ぐことも出来ず固まってしまった大輔の視界が、そっと優しく包み込まれた。

「……お前は、見なくてもいいぞ…?」
「っ!」

 塞がれた視界、爆発による熱風、瞳の上から伝わる…ぬくもりと、優しさ。
 涙が…出た。

「…大輔?」
「……太一、先輩…」
「ん?」
「…見せて、下さい…」
「………」
「オレも…見なくちゃ……見る、ことしか、出来ない、から……」
「………」

 太一はそっと掌を大輔の目の上から離し、その代わりというように両腕で後から肩を抱きしめた。

「…………っ」

 炎の中、笑いながら崩れ落ちていくメフィスモン…それを微動だにせず見つめる選ばれし子供達とそのデジモン。
 これが戦い。
 これが、勝つ…ということ。
 最後に一粒のデータとなって還っていくまで、誰もその場を動く者はいなかった。

「…大輔は、優しいな…」

 ぽつりと呟いた太一のどこかほっとしたような声音と、優しく温かな、それでいて何かを決意し乗り越えて来た者だけが持つ潔い瞳が、大輔の眼に焼きついた。

















 階段を降りる途中に別れた仲間達と合流したが、誰も結果は聞いて来なかった。
 自分達が無事に降りて来たことで、全てを悟ったのだろう。

 互いの無事は喜びはしたものの、敵についてもその結末も…ただ、無言で交わされたハイタッチがどこか眩しかった。
 おそらく、大輔と同じように目の前で先輩が『敵を倒す所を見た』のだろう京と伊織は、何か言いた気に何度も口を開きかけたが、空気が言葉になる前に閉じてしまっていた。

 胸中の複雑な思いをどう言葉に表せばいいのか分からないのだろう…。
 それは大輔も同じだったが、彼にはその一歩を踏み出す勇気が、手を伸ばせは触れられる頭上に付けられている。
 大きく息を吸い、吐くと同時に吐息を言葉に置き換えた。

「…太一先輩…」
「ん〜?」

 返って来た軽い返事に、何故かほっとして言葉を続けた。

「あの、あいつと戦う前に言ってた、その…『最後に決めるのは自分自身だ』って…言葉の意味、聞いてもいいですか…?」
「………」

 現実世界に帰るためのモニターがある所までの短くは無い道のり、その中で逡巡しながら、大輔はどうしても気になっていたことを聞いてみることにしたのだ。

 戦いに疲れたのか、それとも久しぶりの大きな進化に疲れたのか…デジモン達は揃って幼年期に退化してパートナーの腕の中で眠っている。
 今日は全員揃って現実世界に戻ろうという、少し明るい話題が太一達から出た後だったのも聞いてみる一因になったのかもしれない。
 太一は腕の中で眠るコロモンに優しい瞳を向け、それと同じ瞳を大輔にも向けた。

「…大輔はさ、世の中で一番味方にし辛い奴って、誰だと思う?」
「え?えーと…敵?ですか?」
「あはは。うん、それもあるな。…オレはさ、一番味方にしたいのにし辛い奴って…自分自身、だと思う」
「え…?」

 不思議そうな大輔に微笑みかけ、太一は真っ直ぐに顔を上げた。

「強敵に出会った時逃げ出したい自分、誰かとぶつかった時に自分は悪くないと誤魔化したい自分。そんな風に自分のしたいこと、したくないことに反発するそいつを味方につけないと、真っ直ぐに立てない」
「………」
「大丈夫だって言い聞かせるんじゃない。丸め込むんでもない。心から納得して頷かないと前に進めない…一番難しいのは、やっぱ自分だよ。怖い、逃げたいって言う自分を味方につけないと…最終的に全てのものを裏切ることになる」

 戦うんだと決めたはずの自分自身すら…。

「だから、裏切るも裏切らないも誰かが決めることじゃない。最後の最後に、自分を味方につけれるかつけれないか、それだけだと思う」
「それを…自分自身で決める…」
「そう。難しいけどな」

 そう言って笑った顔は、夕日のせいか、何故か悲しそうに見えた。

 本当は…と思う。

 彼等はこの戦いに自分達を呼びたくなった本当の理由は…彼等がデジモンを殺す所を見られたくなかったからなのでは…と思う。
 本当の戦いというものを知らない自分達に、『殺し合い』を目の当たりにさせ、何かが変わることを恐れていたのでは…と。

 着いて来るのも来ないのも自分で決めろと言われた。
 そして決めた結果に反対はされなかった。

 京はサポートに徹し、指示に従い、空のすることを否定しないでくれと言われた。
 やりたくないこと、やれないことは強制しない、その代わり自分達のすることも否定しないでくれと…。

 伊織は彼のままでいてほしいと言われた。
 無理に自分達に合わせる必要は無いのだと…。

 大輔は、見なくてもいいと、デジモンが死ぬ所を目隠しされた。
 見て、しまったけれど…。

 自分の命を狙われているのだと実感した途端、怖くて立つことが出来なかった。
 支えられて、庇われて、注意されていたにも関わらず、立派なお荷物になって足を引っ張り…フレイドラモンが傷ついた。

 ちゃんと言われていたのに。

 自分がどんなに何も分かっていなかったのかが、分かった。
 守られていた。
 甘やかされていた。
 彼も…彼等も、必死に自分の弱さと戦いながら進んで来たことを、始めて知った。

 初めからすごい人なんていない。
 誰もが弱く、小さくて…だけど、精一杯自分に出せる力を振り絞って頑張って来たから、今の彼等があるのだ。
 強くなりたい…と、大輔はこの日始めて心から思った。
 彼のようになりたいと、ただ願うだけでは無く、自分の足で彼の元まで歩いて行こう…と。

「…太一先輩」

 振り向いた彼に、大輔は今出来る精一杯で笑いかけた。

「オレ、今日すげぇ怖かったけど…だけど、それでも、何があったって、太一先輩が『憧れの先輩』だってのは変わりませんから!」

 きっぱりと言い切った大輔の言葉に、太一は一瞬呆けたように口を開けたが、それがほんの少し震え…次いでふわりと微笑みの形を作った。

「……サンキュ」

 それを見てやっと和んだ空気の中、それまで黙っていた京が我慢出来なくなったように叫んだ。

「あたしだって、皆のこと大好きだもんっ!」
「僕だって、皆さん尊敬しています!」

 続いた伊織の言葉に、どっと笑みが漏れる。
 複雑な、複雑な心境の中、これだけは真実だと叫んだ仲間に、あたたかいものでいっぱいになる。
 ありがとうと言いたい…その言葉だけで充分だと。

「やっぱお前等優しいなぁ」
「太一先輩の方が全然優しいっスよ!」

 握りこぶしで力説する後輩に、太一は嬉しそうにその頭を撫でてやった。

「そーだな…お前なら…」
「?」

 太一に頭を抱かれながら、大輔は静かに次の言葉を待つ。

「お前ならいつか…敵も味方に、出来るかもしれないな…」

 それは、その時の大輔に対する最高の褒め言葉。
 大輔は嬉しくなって太一の腰に抱きついた。

 それを見た仲間達がまた、ブーイングをしたり割り込んで来たり笑ったりして、いつの間にか、いつもの彼等に戻っていく。
 笑って、全てを乗り越えて来た彼等のように…。






 そうして、太一のその言葉はそっと大輔の胸にしまい込まれ、一人の少年を光の世界へ連れ戻す道標となる。















 だがそれは、もう少しだけ…しかし、そんなに遠くは無い未来の話。













 
おわり








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