懐かしいと歓声を上げて擦り寄ったデジモン達に置いてきぼりをくったような形で、子供達は呆然とリーダーのかつての姿を眺めていた。 「うわぁ!出会った頃の太一よね!」 「やっぱり大きくなってたんだねぇ!こうやって小さくなると全然違うよ!」 「すごーい!大輔と太一と、同じの頭につけてる〜!」 「ああ、そーいやそーだな」 「同じの二つって、けったいなもんでんなぁ〜。あ、でも、太一ハンのの方が気持ち新しいんでっか?」 「分っかんねーよ、そんなの!」 アグモンに戻ったパートナーを従え、和やかな笑い声が辺りを包む。 小学生組四人のデジモン達は、初めて見る姿にもの珍しそうに周りをうろちょろしている。 「しっかし参ったなぁ〜。いきなりこんな小さくなっちまってよぉ…光子郎!何か知ってるか?」 「え?あ…はい…おそらく…ですが…」 まだ心ここにあらずといった体だったが、光子郎は太一が丈を迎えに行ってから、ゲンナイからメールが来るまでの経緯をざっと話して聞かせた。 「あ〜、成る程ねぇ。つまり、『蝕』って奴のせいでオレは若返っちまったってわけか…ったく。じじいは、そういう情報をいつもギリギリか後になってから寄越しやがる」 太一が舌打ちをしながら腕を組んだ。 その様子に、見慣れない小学生組は戸惑い、年長組は既視感にうろたえた。 「どうした?」 「…いや、太一はこんな時でも冷静だよな」 ヤマトが苦笑気味に応えると、太一は二・三度瞬き、苦笑ともとれる意地の悪い笑みを浮かべた。 「じたばたしても仕方ねーだろ?騒いで元に戻るなら、どんだけでも騒いでやるけどな」 それは、いつか聞いた言葉。 泣いても喚いてもどうにもならないことならば、受け入れて、前に進むしか無いのだと…。 「じゃ、悪ぃけど空、バードラモン貸してくれ」 「え?いいけど、どうするの?」 「ちょっくらじじいんトコ殴り込みに行って来る。もしかしたら元戻る方法も知ってるかも知れないし、知らなくっても、闇の勢力が広がってるわけじゃないんだ。たまには役に立ってもらうさ」 にっと笑った顔は、心配するなと言っているようで…少しだけ心が軽くなったような気すらした。 「待てよ太一!お前一人で行く気か?オレも…」 立ち上がった太一の腕を掴み、さっさと行ってしまいそうな彼を引き止めようとして、ヤマトは動きを止めた。 「いいって。それにもちろん一人じゃ無い。アグモンも一緒だ」 「もちろんついてくよ!」 「お前等は、また何か起こるかもしれないし、もう向こうへ帰っとけよ。ヒカリ、何かあったら連絡するから、母さん達適当に誤魔化しておいてくれ。ヤマトか光子郎のトコ泊まってることにしとけば大丈夫だろーし。じゃあな!」 「あ!お兄ちゃんっ!」 「太一っ!」 バードラモンがばさりと羽ばたき、足に太一とアグモンを乗せて大空に飛び立って行った。 ピヨモンの時は歩く方が早い位の速度でしか飛べないのに、バードラモンになった途端その速さは飛躍的に加速する…見送る者達の目には、もう彼等の姿は見えなかった。 「………」 「…なーんか、太一さん慌ててなかった?」 「それは、何か解決策を知っている方がいるのなら、一刻も早く向かいたいと思うでしょうし…」 「だけど、途中までは普通に見えたよ…?」 京・伊織・賢が互いに顔を合わせ、不思議そうに首を捻る。 始めは驚いて何も言えなかったが、彼が落ち着いているのを見て次第に自分達も平静を取り戻せていた。 だからこそ、去り際の彼は『らしくない』よう思えてならない。 「でもさ、前に聞いたことあるけど、太一先輩ってホントオレより小さかったのな!」 「え…?」 大輔の言葉に、ヤマト達が反応する。 「あたしより小さかったわよ?そりゃあたし、今小6だから当然かもしれないけど、太一さん達がここ旅してたのって小5でしょ?調度大輔や賢君達と同い年だったのよね?」 「ああ、そうなんだよね…。確かに、背は今の僕より小さかったし、どちらかというと全体的に小柄な感じがしたけど、中身が中学2年生だものね。威厳っていうか、小さい感じはなかったよね」 「ま、大輔とは比べ物になんないでしょうけど、賢君でもそう感じたんだ?」 「うん。見た目はどうあれ、太一さんだからかな」 「僕もです。見上げる角度は随分近かったですけど、肌で感じる暖かさというか優しさは…全然変わりませんでした」 「やっぱ、中身中2のままなんだ。それはギャップあるわよねぇ。ねぇねぇ、ヒカリちゃん!太一さんがホントの小5の時はどんな感じだったの?」 「え……」 声をかけると、驚いたような瞳が見返して来た。 まるで、何かが気にかかっているかのように落ち着かない様子だ。 それは、他のヤマト達にしても同じようだったけれど…。 「ヒカリちゃん?」 「え?あ…お兄ちゃんの小5の頃…?えっと…」 思い出すのは大きな背中。 いつも自分を守ってくれていた腕と導いてくれた手の平…。 大丈夫だと、いつも笑って…励ましてくれていた、懐かしい日々。 それは今も変わらないけれど、だけど、自分はもしかして、ものすごく大きな間違いを犯していたのでは無いだろうか…。 「…太一さんって、あんなに、小さかったの…?」 「タケル…?」 ぽつりと囁かれた言葉に、大輔が不審そうにタケルを見つめる。 だが彼は、そんなことにも気づかないほどに、何時に無く動揺しているようだった。 「お兄ちゃん、太一さん、今の僕よりも全然小さかったよ…?」 「………」 「あんな…小さい太一さんに…全部背負わせてたの?僕等は…!?」 まるで、泣き出してしまいそうなほど悲痛な声が、彼の喉から絞り出された。 ヤマトは、先程太一の腕を掴んだ自分の手を静かに見つめた。 細い腕だった…。 今の自分が力を込めれば、簡単に折れてしまいそうなほど、細い腕だった。 当時、自分はすでに彼よりも背は高かった。 体格はそんなに変わらなかったと思う。 特別がっしりしていたわけでも、細過ぎたわけでもなかった。 ごくごく普通の、どこにでもいる少年が、こんな世界に飛ばされて、本当に平然としていられたのだろうか。 前だけを見て、恐れ気も無く進むことが出来たのだろうか。 自分達が俯いているのを見て、それではいけないと、逃げたくなる自分を必死に奮い立たせて、先頭にたったんじゃないのか? 彼は、感情よりも、理性の人だから…。 それは、本当に、随分後になってから気づいたことだけれど…。 それなのに、自分達に出来ないことが出来る彼を、無理矢理『特別』だと思い込もうとしていたのではないだろうか。 彼は、本当はあんなにも小さかったのに…。 そして、それに気づいたことも彼は知っている。 確信を持つ暇を与えないように、急いで自分達の前から消えようとしたのだろうが、生憎と自分達は気づいてしまった。 その程度には、彼の隣で成長していたということだろう。 「…光子郎、カブテリモンを貸してくれ」 「…お貸しすることは出来ませんが、一緒に乗せて差し上げることは出来ますよ?」 振り向けば、昔から聡かった後輩が一癖ある微笑を浮かべていた。 「カブテリモンは大きいから、僕等も乗せてもらっても構わないよね?」 「丈さん」 「あたしはさっき、ピヨモンレンタルしちゃったから足が無いの。光子郎君よろしくね?」 にっこり便乗した空に、光子郎も笑って頷いた。 「光子郎さん、カブテリモンって背中近くでも羽に当たらなかったら大丈夫ですよね?」 「それじゃあ、僕等の乗れるスペースもありますよね?」 「スペースはあると思いますけど、落ちないように気をつけて下さいよ?」 「分かってます」 光子郎の忠告に、ヒカリとタケルが不敵に笑いながら了承した。 「君達はどうします?」 話について行けないように見守っていた年少組に声をかける。 「あ、あたしアクイラモンがいますから」 「僕はスティングモンに捕まって行きます」 「オレもエクスブイモンにしがみ付いて行きます!頼んだぜ、ブイモン!」 「??分かった!」 「僕は…京さん、僕とアルマジモン、アクイラモンに便乗させて頂いてよろしいですか?」 「伊織達は小っちゃいから全然平気よ!ね?ホークモン!」 「任せて下さい、京さん!」 当然のように同行を申し出た後輩達に、頼もしさと共に温かい気持ちが広がる。 「…時間がかかるかもしれません。一度帰られてもいいんですよ?」 「『仲間』を置いて…ですか?」 京の言葉に、年長組は目を丸くする。 「連れて行って下さい。僕達が『仲間』なら」 迷いの無い瞳。 「…行きましょう。目指すはリーダーの向かった『役立たず』の家です」 光子郎の言い様に、全員が揃って噴出した。 言いたい事はたくさんある。 そして聞いて欲しいことも…それはきっと、『今』でなくてはいけないことなのだろう。 ついたのは、山脈に囲まれた大きな湖。 「…『ゲンナイさん家』に行くんじゃなかったんですか?」 見渡す限り自然に囲まれた場所で、『家』というものが見当たらない状況に、大輔はあんぐりと口を開けて呟いた。 「大輔君。驚くのも無理は無いけど、この湖の中にゲンナイさん家があるんだよ」 「湖の中ぁ!?」 大輔を中心に、京・伊織・賢とそのデジモン達が揃って驚きの声を上げる。 「そう。外敵から身を守るため、自分だけは絶対に安全な場所に身を隠してるのよ、あのじーさんは」 「…こすいじーさんですね…」 「デジモン界一…ね」 少々憎しみすら見えそうな笑みに、年少組は苦笑いを浮かべる。 すると、轟音と共に湖の一部が割れ、奥へと続く階段が現れた。 「…来ることは分かってたみたいだな」 「相変わらず、どういう仕組みになっているんだか…」 「安心して下さい。その内全ての謎を解き明かし、戦いの場に逃げも隠れ出来ないように引き吊り出して差し上げますよ」 「ふふ、楽しみね」 「それじゃ、行きましょうか」 「あ、足元滑るから、皆気をつけてね」 目の前で起きた出来事を呆然と見ていた後輩達を置いて、先輩諸君は慣れ親しんだ道のようにずんずんと進んで行く。 それを見て、覚悟が決まった。 「…行くぞ!」 大輔の号令に、三人は力強く頷いた。 ここが変なのも普通じゃ無いのも今更のこと。 彼等について行くと決め、ついて来たのだ。 何より、この先には信頼する先輩がいる…何を怖がることがあるというのか。 …そう自分に言い聞かせて進むだけ、彼等はまだ、先に行った者達よりは可愛気があるのかもしれない…。 「よく来たのぉ〜。言うまでも無いと思うが、聞こえとったぞぉ〜」 出迎えたのは、目が開いているのかいないのか、分からないような小降りのじーさん。 「気にしないで下さい。半分八つ当たりのようなものですから」 開口一番のゲンナイの台詞に、光子郎がにっこりと返した。 「…半分?そんでは、残りの半分は?」 「もちろん、本気です」 「…まあ、ええ。太一は先に来ておるぞぉ」 全員が門の中に入ると、閉じた端からまた、水のドームが出来上がって行く。 「…すげぇ〜…」 「ほっほっ。新しい選ばれし子供達がここに来るのは初めてじゃったな。どれ、自己紹介でもしておくか。わしが、『肝心な時に役立たず』のゲンナイじゃ」 しっかり聞こえてたんじゃないか…とは子供達の心の声。 本当に、一体どこに盗聴器がしこんであるのやら…。 「あ、えっと、本宮大輔です」 「井ノ上京です」 「火田伊織です」 「一乗寺賢です…」 「ほっほっ。お前さん等のことはよ〜く知っとるよ。ずっと見とったからのぉ〜」 「………」 のんびりと笑いながら屋敷の中に入って行くゲンナイを呆然と見送る。 「…まともに相手しない方がいいですよ。のらりくらりとはぐらかされて、遊ばれるのがオチですから」 ぼそりと教えてくれた光子郎に、何となく納得して感謝の瞳を向けた。 長い廊下を歩き、縁側から見える光景に丈が溜め息をついた。 「…鯛にヒラメは先刻承知だったけど、熱帯魚まで増えてるよ。この上カブトガニまでいたとしても、僕は驚かないね」 「なんじゃ、カブトガニならその辺に張り付いておるぞぉ?」 ずるり…と丈が滑った。 驚かないと言って驚く所が丈の丈たる所以なのかもしれない…と、調度後ろを歩いていたタケルと大輔が、二人掛かりで支えながら思った。 「あ、ありがとう」 「いえ」 照れる丈に、タケルはにっこりと、大輔はちょっと引き攣りながら応えた。 「あれ〜?やっぱお前等来ちゃったのか〜」 「太一!」 ひょいっとアグモンとピヨモン共に顔を覗かせた太一が、昔のゴーグルもそのままに苦笑いを浮かべた。 「そりゃあ、お前さんがそんなことになっとったら、こやつらは何を置いても来るじゃろうて。相変わらず人気者じゃのう!」 「な〜に言ってやがんだか、ゲンナイじじいは!姿が見えねぇと思ったら油売ってんじゃねーや。さっさと元に戻る方法を見つけやがれ!」 「乱暴な物言いじゃのう。記憶はあっても、性格の方は戻ってしまっているようじゃの」 「ほっとけ!」 太一に蹴られるようにしながらも、ゲンナイは楽しそうにコンピューター室の方へ消えて行った。 「ったく。…悪かったな、どーせ皆来るならピヨモンすぐに帰してやれば良かったな。この人数じゃ大変だったろ?」 「あはは…まあ…」 飛んでいる時はそんなことはおくびにも出さなかったカブテリモンだが、進化を解いた途端、幼年期のモチモンまで退化してしまったのは、随分無理していただろうことが伺える。 「ご苦労さん、モチモン」 聞かなくても察しのつく状況に、太一は光子郎に抱かれたモチモンの頭を撫でてやる。 労わられたモチモンの方は、無理したのがバレてしまったのがバツが悪いのか、照れたように頭を掻いている。 「お――い、光子郎やい。折角来たんじゃ、こっち手伝え〜!」 「あ、は――い!」 奥から聞こえたゲンナイの声に、光子郎は慌てて返事をする。 「悪いな、ここはオレのためにヨロシク頼むよ」 「太一さん…」 茶目っ気を含めてウィンクを寄越した太一に、光子郎はほっとしたような表情を見せる。 「分かりました。何とかしてみせますよ」 「ああ、頼りにしてるぜ?」 「それじゃあ、僕も何か手伝えることがあるかもしれないから行って来るよ」 「丈。真打登場ってか?」 「はは、茶化すなよ太一。やれるだけのことはやって来るよ」 「ああ。吉報を待ってるぜ」 どんっと背中を叩いて送り出し、上げられた手にガッツポーズで応えた。 何処か明るい雰囲気に、先程までの聞きたいことや言いたいことが、綺麗さっぱり消えてしまったような気分になった。 不安なんか何処にも無い。 心配する必要だって無い。 きっと、何とかなる…してみせる。 そのためには、一秒だってその場所に踏み止まっているわけにはいかない。 何とかするためには『前に進む』しか無いのだから…。 前に進むには、ポジティブ楽観的でなくてはやっていられない…そういうことなのだ。 「…敵わないよな、太一には…」 「は?何か言ったか?」 悟りを開いたかのように開けた目の前に、気持ちがぐっと軽くなったのを感じる。 実はこんなことは初めてでは無いし、悪い気分でも無い。 だけど、あっさりと明かしてしまうのは悔しいものがある。いつかもっと、素直になれるその時までは…。 「何でもねーよ」 「ふ――ん?まあいーや。それより、勝手知ったる他人の家だ。ヤマト、ヒカリ、茶でも淹れるから手伝え」 「はーい」 「OK」 「あたしには声かけてくれないの?太一?」 「空はタケルとガキ共の相手してろ。聞きたくてうずうずしてるみたいだからな、そいつら。頼んだぜ?『おねーさん』」 「……了解」 降参ポーズで引き受けた空に明るく笑いながら、太一はヤマトとヒカリを引き連れて出て行った。 「…なーんか、懐かしいかも…」 「そーですね…ちょっと前の太一さんって、あんな感じだった気がします…」 空とタケルが、少し脱力した感じで座卓に凭れかかる。 「…何かオレ…太一先輩のイメージが…ちょっと違うような…??」 「ぼ、僕も…悪いわけじゃ無いんですけど、何処か…こうダイナミックと言うか、頼もしいと言うか…今より更に竹を割ったようなと言うか…」 「混乱してるわね、伊織。まあ、あたしもだけど…そーいえば『お姉さん』って何なんですか?空さんって一人っ子でしたよね?」 「ええ。…ん〜なんて言うか、あたし達がここを旅していた頃、何とな〜くあたしが『お姉さん』役みたいなことやっててね?説明とか説得とかって、あたしの役目になってたよーな…」 苦笑を浮かべながら、それでも当時を思い出してか、何処か暖かさの宿る瞳で微笑む。 「…色々あったんですよね…」 賢がぽつりと語りかける。 「…そうね、色々あったわ。ああいうことって、時がたつと嫌なことは忘れて、思い出を綺麗にしちゃえてもいいと思うんだけど…そうね、辛かったことも苦しかったことも忘れられないわ。悲しかったことも多かったけれど、それ以上に皆がいたからこそ乗り越えられたことも多かったし、宝物って言えることも多いわ。だけどそれは、辛いことがあったからこそ輝くのよ。あの悲しみを乗り越えて掴み取ったんだって、言える。だから、何一つ忘れられないし、忘れるつもりも無いわ…」 ぶつかりもした。 離れたり、逃げたり、隠れたりもした。 それでも側にいたかった。 心細かったからじゃ無い。 一人が寂しいからでも無い。 好きだから、皆が大好きだから側にいたかった。 そして、側にいられる自分になりたかった。 だから、辛いことも悲しいことも全てこの胸に抱え生きていく。 「あの旅の、悲しみも喜びも全てが、今のあたしを作ってるの」 「かっこいいじゃん、空♪」 「太一!?」 いつの間にか、お盆に大量のコップを乗せた太一達が立っていた。 「やだ、聞いてたの?」 「途中からな。ほい、お待たせの飲み物。好きなの取りな」 ガタンとお盆ごと座卓の上に置く。 ヒカリとヤマトもそれに倣った。 「あれ?数多くないっスか?」 「それにこの量…よくこの短時間で用意出来ましたね」 大輔と伊織が目を白黒させると、空の横にどっかりと座った太一が朗らかに笑った。 「はは!ここはゲンナイじじいの本拠地だからな。デジタルワールドの中でも便利な機能がたくさん組み混まれてるんだ。この飲み物なんか、どれもファミレスのフリードリンクみたいにボタン一つで出て来るのばっかだぜ」 「便利と言うか、せこいと言うか…」 「な?その内ジーさん、米の研ぎ方も忘れちまうぜ♪」 そう言いつつ、アグモンに大きい口のコップを手渡す。 デジモン達のために持ち易そうな物を選んで来たこともあって、形はまちまちだった。 こういう所は、気の回り過ぎるほど回る彼に、ほとほと感心してしまう。 「何だ?空?」 「ううん、何かその言葉使いも懐かしいなぁって」 「そか?」 きょとんと首を傾げる仕種も、どこか幼い感じがする。 今の太一が、とうに置いて来てしまった、子供らしさ…。 「ん〜、やっぱちょっと外見に引き吊られてるトコあるかもなあ〜。こうやってヒカリと向かい合っても目線の位置そう変わんないのは奇妙だけど…」 「…私も生まれて始めての経験よ。お兄ちゃん…」 「だよなぁ〜。オレがこの位の時は、まだヒカリもタケルも伊織よか小さかった頃だもんな。奇妙な感じはするけど、こう、心まで若返ったような…」 「爺臭い言い方すんな」 「あ、何だよヤマト!やるか?今なら腕力じゃ絶対負けるから、完璧弱い者虐めだぜ?」 「お前なぁ〜…」 脱力するヤマトに楽し気な太一…そう、自分もこの太一と同じ位だった頃は、太一の言葉一つ一つに突っかかり、衝突が絶えなかった。 だが今は、場の雰囲気を暗くしないための太一の軽口だということが分かる。 自分が成長して、太一があの頃の姿のままあの頃のように振舞っているから、余計に分かるのかも知れない…。 「引き吊られてるってことは、今の太一さんは、あの頃のままってことだよね?」 「まあ、そーかもな。どーしたタケル?」 今は自分よりも小さな、あの頃の太一が目の前にいる。 「…太一さん…。あの頃、本当はすごく無理してたんじゃない?」 「は?」 タケルの眉が苦し気に寄せられる。 「だって…あの頃の太一さん…今の僕よりもずっと小さかったんだよ…?」 「タケル…」 「…ごめんなさい…僕、すごく、すごく迷惑かけてたと思う…太一さんだって辛かったはずなのに…!」 「………」 あの頃は、誰もが誰かに寄りかかっていたのかもしれない。 頼るものが欲しくて、支えてくれる確かな支柱が欲しくて…。 自分のことは自分で出来ると突っ張りながら、実際はどれだけの助けを必要としていたのだろう。 自分一人で立ったことなんて無かった。 本当は、いつだって誰かに支えられて進んでいた。 だけど、太一は? 皆の荷物を一人で抱えて、誰にも弱音を吐くことも無く…。 「ごめんなさい、太一さん…!」 「…ばかだなぁタケル。オレはずっとお前等に助けられて来たよ」 「え…?」 涙に濡れた瞳が、ぼやけた視線の中、それでも笑っている太一を見つける。 「あの頃出来なかったことを今出来るようになったからって、あの頃の自分を責めることは無いんだ。きっと、あの頃必要だったのはあの時の自分で、今のオレ達じゃ無い。あの頃には、あの頃のオレ達にしか出来なかったことがあったんだ。だから、あの時期に選ばれた」 あの当時には考えられなかったほど大きくなった弟分。 「ヒカリがいい例だ。あの時選ばれた八人の子供達の中で、ヒカリだけが後から加わっただろ?それは、初めから一緒にいるべきじゃ無かったからだ。例え同じ時期にこっちに来ていても、ヒカリはテイルモンに出会えなかった。オレ達よりも遅れたから、テイルモンと出会えたんだ」 テイルモンとヒカリが互いを見つめ、しっかりと頷き合った。 「タケルも、あの頃のタケルにしか出来ないことをたくさんやって来ただろ?」 「…皆の足引っ張ったりとか?」 「卑屈になるな。そんなこと言う奴には教えてやんないぜ?」 「…本当は無いんじゃない?」 「ったく。オレがあるって言ってんのに、信じられないのか?」 「…信じるよ。太一さんの言葉なら…」 小突かれた小さな手に寂寥感を感じながら、それでもくすりと笑えた。 「ふふん。ほらみろ。今のお前と今出会ってたなら、タケルはそんな風にオレを信じてくれなかっただろ?他の仲間にしてもそうだ。仲間達を信じ切れるのは、あの頃のお前との、言葉じゃ無い、形でも無い、それでも確かな繋がりがオレ達の中にあるからだ。…違うか?」 「…違わない…」 目を大きく見張り、素直に頷いたタケルに、満足そうにその頭を掻き回す。 「無理ならしてたさ。こんな世界にいきなり放り込まれて、右も左も分からず、目的も食料も帰る手段すら分からねぇ…挙句見たことも無い生き物に、周りは敵だらけ…無理すんなって方が無理だ」 ヤマトが、空が、そして他の子供達も皆が太一の言葉に、静かに耳を傾ける。 「それでも、前を向けたのは皆のおかげだ。どつき合って、殴り合って、反発して…そんでやっと前を向けてたっていうのが正解。アグモンとお前等がいなかったら、冒険初日に死んでたね」 「それは謙遜じゃないのか?」 「謙遜なもんか!向こうで目を覚ました後、すぐ襲って来たクワガーモンにやられてアウト」 違うか?とでも言いた気な瞳を向けられ、多分自分のエンディングもそうだろうなと思えてしまう。 「オレは、あの頃のお前に会えて良かった。あの頃にあの時のお前等に会えたから、今のオレでいられる…。とんがるのも肩肘張るのも止めて、随分楽になった…そして実は、オレも空と同じなんだ」 いきなり話を振られた空が目を丸くして太一を見返す。 そんな空ににっと笑いかけ…。 「今のオレを結構気に入ってるんだ」 今思えばつまらない争い事も、馬鹿みたいな悩みも、どれ一つ欠けても、きっと今の自分にはなれない。 「あれで良かったんだよ…絶対」 悲しかったことも辛かったこともあるけれど、自分の通って来た道に後悔だけは無い…それならば、数え切れないほどの小さな間違いがあっても、大きな間違いは一つも無かったのだと、自信を持って言える。 信じられないほど、穏やかに笑える自分になれたことが…嬉しい。 「…やっぱ、すごいっスね。太一先輩」 「そか?大したこたねーだろ?」 「そんなこと無いっスよ!すっごいです!」 「バーカ。オレ程度ですごいとか言ってんな。根本は誰でも同じだろ?」 「へ?コンポン?」 「そ。『仲間が大切』ってこと」 そう言って向けられたのは、彼等が大好きな太陽のような笑顔。 姿がどんな風でも、話し方が変わっていても、向けられる笑顔だけは昔から変わらない。 きっと、彼の笑顔こそが自分達の中にある、確かな支柱の要。 今まで随分と無理をさせて来たと思う。 だからきっと、これからはずっと楽をさせてあげたいと思う。 『仲間』だから、これは『貸し』とか『借り』とかいう契約的なものでは無い。 ただそうしてあげたいと思う…純粋な想い。 廊下の向こうから、パタパタと足音が聞こえ、すっと襖が開けられた。 「太一さん、何とか解決しそうです。ちょっとコンピューター室の方に来て頂けますか?」 「お!マジ?流石光子郎!随分早かったじゃん」 「丈さんも張り切ってますよ。僕も腕の見せ所ですし」 「オッケー♪直ぐ行く!」 太一が軽やかに立ち上がる。 気分も体重も軽くなったような仕種に、思わず笑いが漏れる。 「何だよ?」 「その姿とも、本当にお別れだな」 「バーカ。オレがこんな姿でいること自体すっげぇ不自然なんだから、さっさとお別れした方がいいんだよ」 「…やっぱさっさと行って来い。何かその頃の太一は口悪くて憎たらしいぜ」 「小学生相手にマジんなんなよ、ヤマト先輩♪」 「お前なぁ〜」 「私、小5のお兄ちゃんと出掛けてみたかったなぁ〜。それで双子で通すの♪」 「あ、それいーかも!」 「太一、元に戻るのもうちょっと待ってみない?」 「うわっかんべん!じゃーな!」 そそくさと部屋を出て行く、もう見れないだろう後姿に、懐かしさと愛しさと、やはり少しだけの謝罪を込めて見送る。 大好きだった小さな彼。 そして今も大好きな彼に向けて。 気づいていた。 気づかないふりをしていた、たくさんのこと。 強さも弱さも全て抱えて前を見よう。 そしてたまには振り返り、周りを見回して、一人じゃ無いことを確認する。 その事実を胸で勇気に換えて、新たな一歩を踏み出そう。 |
おわり |