プロのサッカー選手としてイタリアリーグに殴り込みをかけて早数年…日本だけで無く世界中で彼の名を知らぬ者は無く、彼の活躍が華々しく報じられることに反比例するように減っていった連絡。 それでも、本人から連絡があれば、例えメールで一行でも嬉しいし、声を聞ければ安心する。 「なあに、太一!久しぶりじゃない!どうしたの?」 少し浮かれながら言った彼女に、彼が落としたのは未だかつて無い爆弾…彼女は数瞬時が止まった。
『空、オレ結婚することになった』
何の気張りも無い、あっさり告げられたその内容…。 「………は?」 ガチャリ…ツーツーツー… 止める間も無く一方的に言うだけ言って切られてしまった受話器を握り締め、聞こえるはずも無い相手に向かって叫んだ。
「何言ってんだか、分っかんないわよっっ!!あんたイタリア行って日本語忘れたのぉ―――――っっっ!!!???」
肩でゼーゼーと息をしていると、玄関が静かに開いて現在同棲中の彼氏が帰って来た。 「…何叫んでるんだ、空?外まで聞こえたぞ…」 おろおろしながらの空の言葉に、今度はヤマトの叫びがそう広くは無い家中に木霊した。 かと言ってこちらから連絡するわけにも行かず、真相を知っていそうなヒカリも捕まらず…じりじりするように待った約束の日。 「お久しぶりです。皆さん」 にっこり笑った若き弁護士先生に、かつての弟分の面影は…無い。 「ミミさ〜ん、料理教室開いたって本当ですか?…誰か生徒来ました?」 ちょっぴり火花が散っているが、これも一種のコミュニケーション…誰も気にする者はいない。 「大輔はアメリカでチェーン店出してるんだろ?いいのか?日本にいて」 そこかしこでまったりと旧交が深められている中、そわそわと落ち着かない者達もいた。 「それはそうと、太一さん本当に来れるんですか?僕の情報だと、昨日までは確実にイタリアにいるんですが…」 問題定義の光子郎、考える空、反対意見を出すヤマト、宥め役の丈…未だ変わらぬその関係に、苦笑よりもあたたかいものが胸に広がる。 「…それにしても、ヒカリちゃんまでまだなんて…え?」 辺りを見回した空が、面深に被ったキャップを更に手で押さえながら小走りに近付いてくる人物を指した。 「あれは…太いっ……!?」 手を上げて彼を呼ぼうとして恋人の口を、空が思いっきりよく塞いで止めた。 「馬鹿っ!太一の名前を大声で叫んで都内一周マラソンしたいの!?そーならヤマト一人で太一のファン引き連れて走ってよ!」 言われて気づき、こくこくと頷く彼をようやく空が解放した。 「悪い!遅くなった!」 帽子とサングラスに隠されていてさえ分かる、変わらぬ太陽の笑顔が彼らに降り注いだ。 「……っ太いっっ…!!」 感極まった大輔が叫ぼうとした所を、タイミング良く両側から賢と京が素早く口を塞いで止めた。 「あんた、今ヤマトさんが身を持って空さんに教えてもらってたの見たでしょ!?」 京が角を出せば、賢が呆れ、伊織がすかさず名刺を大輔に手渡した。 「お前ら、相変わらずだなぁ〜!」 彼の言葉に、まるで時が戻ったような気すらする。 「…太一。あれから連絡くれないんだもの…ちょっと心配しちゃったわ。元気そうで良かった」 空がぼすんっと太一の肩に頭を寄せると、太一は彼女の髪を優しく梳いた。 「もちろん。太一さんが帰って来られるというのに仕事なんて入れてませんよ」 にっこり笑顔の光子郎に続いた大輔の発言に、太一はちょっと真剣に心配して大輔を見た。 「…太一先輩まで…」 泣きの入った彼に誰もが苦笑を浮かべたが、太一も冗談だよと言って後輩の頭を撫でた。 「とりあえず、皆時間いいなら一緒に来て欲しい所があるんだ」 太一の指示に従い、公園脇のあまり人目につかない所にあった車に乗り込む。 「…で、太一?どこに行くの?」 バタンとドアを閉めてシートベルトをする。 「ヒカリちゃんがいるの?」 いぶかしみ100%で空が太一を見つめれば、背後の輩も揃って身を乗り出す…そんな彼等に振り返り、太一は嬉しそうに微笑んだ。
「オレの嫁さんv」
たっぷりと間が空き、全員の目が見事に皿のような丸になる…顎がかぱっと開いている者までいた。 「あはははははは♪この反応が見たかったんだよな〜♪」 満足気に笑った彼の声に、彼等の時が一斉に動き出した。 「ちょっと、どー言うことなのよ!?太一っっ!!??」 口々に騒ぎ出した仲間達を丈が口先だけは諌めようとしているが、彼の頭の中もパニック絶好調であることは間違い無い。 「あはははははは!ホント、お前ら変わらねぇなぁ〜♪」 彼等の様子に一層楽し気に笑い出す太一。収まらないのは訳の分からない彼等の方。 「太一っ!結婚って本気なの!?いったいどこの女なの!?」 脳裏に駆け巡った何百人もの太一狙いだった女達…だが、そのどれもが『ひま』というキーワードに重ならない。 「おっし。皆、とりあえずここで降りてくれ」 急な展開に目を白黒する間に、追い立てられるように車を降り、横付けされた店内へと案内される。 「お待ちしておりました、八神様。本日はおめでとうございます。…こちらの皆様でございますね?」 丁寧にお辞儀をした女性に、仲間達は戸惑いの目を太一に向ける…無理も無いと太一は苦笑した。 「詳しいことはあの人に伝えてあるから。後でヒカリが来るからさ、事情はその後話すよ。オレ先に行ってるから」 それだけ言って身を翻したリーダーを呆然と見送り、彼等は揃って溜め息をついた。 「……な〜んとなく、分かったけどね…」 一人よく分かっていない大輔が仲間達の顔を見回す…これで、その業界では『やり手』として注目されているというのだから驚きだ。 「…今日は、太一さんの結婚式なんだよ」 思い切り呆れた声に押されて見回せば、そこは色鮮やかな衣装の群れ・群れ・群れ…。 「…分かった?ここ貸衣装屋さんよ」 驚きの声を上げる彼に答える者は、もういなかった…。 「よろしゅうございますか?」 軽く会釈して下がって行く女主人を見送り、彼等はそれぞれ自分達にあった服を選びに散って行ったが…頭にあるのは、まだ見ぬ彼の伴侶のことだけだった。 「こんにちわ〜♪皆さん用意出来ました〜?」 ひょっこり現れたのは、話題の人物のたった一人の妹。 「ヒカリちゃん!わぁ〜可愛いvv」 親しげな様子に思わず目が点…。 「…聞いていい?…太一の相手って……どんな人?」 わっと寄って来た女性陣三人に、ヒカリはにっこり笑って頷いた。 「もちろん♪ちょっと体が弱い人なんですけど、すっごく綺麗な人ですよvそれに…」 何を思い出したのか、楽し気にくすくすと笑う彼女に他の者は不思議そうに目を合わせる。 「なあに?ヒカリちゃん?」 悪戯っぽく目を瞑ったヒカリにもっと詳しく聞こうとした時、控え目に扉がノックされた。 「はぁ〜い!」 ドアを開けて出て来たヒカリに驚いたが、直ぐ破顔して体をずらす。その後ろには着慣れないスーツやタキシードを、それでも顔の良さにも助けられてそれなりに着こなした面々が控えていた。 「この度はおめでとうございます…て、言うべきなのかな?」 明確な答えを避けていたのは、照れていたからだったのか…と、一同は苦笑を浮かべた。 「それじゃ、私から話せることは車の中で。直に式も始まりますから」 ヒカリに促され、今度は服に皺が寄ったりしないよう注意して車に乗り込む。 奇しくも乗って来た時と同じ配置に腰を据えた面々は、運転者だけ代わった運転席に目を向けた。 「…ヒカリちゃん。こんな大きい車、大丈夫?」 成る程…と、一同は少し安心した。 「それで…突っ込んだ話してもいい?」 実は、もう既に一度叫んでます…とは言えない。 「で、えっと…何がどーして、いきなり結婚なんてことになったの?」 「………は?」 ヒカリの告白に、思わず目が点。 「恋人としてつき合ってくれって言われたんじゃ無くて、結婚して下さいって申し込まれたって、お兄ちゃんもうオロオロしながら電話して来たんですよ」 当時を思い出してくすくすと笑うヒカリに、ますます謎が深まり焦り出す彼等…何だか、予想していた状況からどんどん離れていく気がしてならない。 「ちょっと待って。恋人期間が無いとか、まあそれは良くないけどこの際良しとして置いといて!今の話だと…プロポーズ、太一じゃ無くて…相手の子の方から…」 「えええぇぇぇぇぇええええっっっ!!???」 車内で見事な合唱が奏でられる。 「順を追って説明しますね」 ヒカリの言葉に、バックミラー越しに見つめた彼等は頭をくらくらさせながら…それでもしっかりと頷いた。 「え〜と、お相手の名前は『日向葵』さん。お兄ちゃんや空さん達と同い年です。元々はお兄ちゃんの追っかけをしてたって言ってましたけど…別にサポーターとかフーリガンとかしていた訳じゃなくて、さっきも空さん達に話しましたけど体の弱い人なんで、イタリアの病院で療養していたとかで…」 座席の後から茶々を入れたヤマトをげしっと叩く。 「あれ?『日向葵』って名前でなんで『ひま』なんだ?」 大輔が疑問に思ったことを口にすると、彼に視線が集中した。 「あ!『ひまわり』の『ひま』!」 空が手を叩き、やっと思い出した事柄にヒカリが微笑んだ。 「…『ひまわり』?」 呼び名の由来を聞きながら感心していたが…ふと。 「…空さん。やっぱりお知り合いなんですね?」 思わず頷いてから、自分の行動にこそ驚いてヒカリを振り返ると、あっさりと肯定されてしまい唖然とする。 「空?どーいう知り合いなんだ?」 彼女の様子に、ヤマトが不思議に思って問いかけると、空は何とも言えぬ表情を浮かべながらゆっくりと振り向いた。 「どーいうもこーいうも…光が丘の幼稚園に通ってた頃の…クラスメイトよ…」 呆然とした空気が車内を支配する。 「…ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。だけど、太一がその彼女とずっと親交があったわけじゃないよね?僕等そんな話聞いたことも無いし、空君だって思い出すのに時間がかかったわけだし」 丈がうろたえながらも何とかこれまでの話をまとめる。 「ええ、そうです。お義姉さんもお兄ちゃんのことずっと追っかけてたわけじゃ無く、普通に学校通って男女交際とかもそれなりにしてたって言ってました。ただ、元々体が弱かったこともあって、調子が悪くなった時に調度お兄ちゃんがプロになってTVで活躍が報道されるようになって、初めは懐かしさから応援してたって…お兄ちゃんて、昔から人の中心に立つことが多かったから、一緒にいたのはほんの少しの間だったのに、すごくよく覚えてるって…」 言いながら空を見る。 「そうね。こう…太一が何かしようって言うと、一斉にわって人が集まって…やりたくない人とかは放っておくんだけど、それでも、自分からは仲間に入ろうとしないんだけど、気になってるのに我慢してる子とかいるじゃない?そーいう子は何でか分からないけど見分けて強引に誘いこんじゃうのよね。初めは迷惑そうにしていても、いつの間にか仲間の中に溶け込んで一緒に遊んでるの。それを見て…ああ、太一には人が本当に望んでいる物が分かるんだなぁって思ったことがあるわ」 思い出すのは、まろぶように後を付いて回った幼い自分の手と幼い彼の背中。 「でもね、その子が手を伸ばさなくても仲間内に入っていけるようになると、もう手を貸したりしないの。ちょっと離れて見て笑ってるのよ…あたしは、そんな太一の横にいるのが好きだった…」 夢見るような空の言葉に、視線は空本人では無くヤマトへと集まるが、ヤマトはそれを綺麗に無視した。 「ま、あたしのことはいいから。それで?ヒカリちゃん?」 ぴったり揃った仲間達の言葉に、ヒカリはにっこり頷いた。 「お義姉さんもまさか来てくれるとは思ってなかったらしくて、すっごくびっくりしたって」 うんうんと頷きあう面々。 「まあそれで、話している内に打ち解けて…」 ヤマトが呆れたように呟いた。 「いえ、そこまで急展開じゃなくて、まあ似たようなものかもしれませんけれど…お義姉さん、ご家族がいないそうなんです。だから、誰に止められることも無くイタリアの病院にいられたんですけど、で、お兄ちゃんと色々話している内に、まあ何て言いますか…その…」 京が感慨深げに頷いた。 「へ?何で?」 空は何とも言えない表情で黙り込んだ。 「…プロポーズの言葉聞いていい?」 空がヒカリを見つめると、ヒカリは少し寂しそうに、言い辛そうに口を開いた。 「…『今、あなたに特定の人がいなくて、私という人間があなたとあなたの大切な人にとって好意に値するのなら…短くて二年、長くて六年…あなたの家族に加えてくれませんか?』…だそうです」 車内が一瞬静まり返った。 「…変わったプロポーズね…?」 様々な憶測が飛ぶが、結局は真実を知っているだろうヒカリに視線が集まる。 「…『短くて二年、長くて六年』…それがお義姉さんの寿命なんだそうです…」 驚きの気配が車内に満ちる。 「…お兄ちゃんもすっごく迷って…やっぱり結婚って、同情とかそんな気持ちで決めるべきじゃ無いって悩んで、だけどやっぱりお兄ちゃんだから、本気でぶつかって来た気持ちに逃げる気になれなくて、思いっきりぶつかっちゃったんですよね。それで決めたんです…『この人ならいい』って」 見知らぬ国の大きな町にある小さな病院。 言ってしまった言葉により、得られた幸福を再び失ってしまうだろう恐怖を抱えただろう彼女。 初めから無かったことに出来ればいいのかもしれない…それでも、彼等は出会ってしまった。 「それを聞いてすぐ、私イタリアに行ったんです。こんな短期間にお兄ちゃんをオトした女がどんな人間なのか見てやろうって…そしたら…ふふ」 見ると、自然公園のような大きな敷地内にぽつんと建っている小さな教会が見えた。 教会の裏手に車を止めると、仲間達は順に車を降りてその小さな教会を見上げた。 「うわ〜ステキvあたしもこんなトコで結婚式上げた〜いv」 歓声を上げたミミに丈が素朴な疑問を投げると、感激していた女性陣から一斉に無言の非難が向けられた。 「ま、どうぞ中へ」 ヒカリが促し扉を潜ると、外からは想像していなかった広々とした廊下があった。 「…思ったより広いね」 そんな会話の後、ヒカリがある扉の前で立ち止まり、ノックをした。 「お兄ちゃん?私です。皆連れて来たわよ」 中から太一の声が聞こえ、ヒカリは静に扉を開けて皆を促した。 「どうぞ」 一瞬緊張が走る。 「よお、遅かったな」 にっこり微笑んでいる、真っ白のタキシードを着た親友。 「空ちゃん、久しぶり」 嬉しそうに笑った顔に見覚えがあった。 「…ひまちゃん…すっごく綺麗よ」 空が微笑むとますます嬉しそうに笑う。 「驚かして悪かったな。こいつがオレの嫁さんになる葵だ。皆ヨロシクな」 渋っていたのが嘘のようにあっさりと太一が紹介すると、レースとフリルをふんだんに使ったドレスをふわりと浮かせ、葵がぺこりと頭を下げた。 「ひま、一応皆紹介しとくか?」 にっこり二人が微笑んでいると、ノックと共に扉が開かれ八神母が姿を見せた。 「太一、神父さんが最後の打ち合わせをしたいって…まあ〜ひまちゃん!とっても綺麗よぉ〜vv」 ばたばたと退場する八神母と太一に返事を返したのはヒカリで、葵はひらひらと手を振って応えた。 「ヒカリちゃ〜ん。式まで後どれ位か分かる〜?」 ヒカリがくすくすと笑いながら励ませば、葵は萎えかけた気力を必死に戻そうと気合を入れた。 「…何だか、ずいぶん仲いい感じよね…」 側で交わされるそんな会話を聞きながら、実は空もさっきから何か気になるものを感じていた。 兄嫁となる女性に対し、ヒカリが思いの他好意的だからだろうか。 見た感じはほわんとした正統派美人。 「空ちゃん?」 考え込んでいる様子の空を、葵が不思議そうに小首を傾げて呼んだ。 「あ!」 脳裏に閃いたその姿。 「あ!」 次々と仲間達の間から声が上がる。 「「「アグモン!」」」 声を揃えた彼等に、葵はほにゃりと微笑んだ。 「え?アグモンのこと聞いてるの?」 嬉しそうに微笑む彼女に、一同は訳も無く安堵の息をついた。 「…この容姿で中身アグモンじゃ、太一も惚れるわ」 ヤマトが呆れたように呟いた。 「!!……〜〜〜空ぁ〜〜〜っっ」 空が笑うとヤマトは仕方無さそうに溜め息をついた。 「改めて、ひまちゃん。結婚おめでとう!」 空がにっこり微笑んで手を差し出した。 「ありがとう、空ちゃん」 彼女の大切な親友の隣に立つに相応しい、艶やかな笑顔だった。 抜け目の無い奴! 誰もがきっと、同じことを思っていただろう…。
誰もが祝福した式の後、貸切で開かれた小さな店のパーティーで、空は一つだけ彼女に聞いてみた。 「太一とヒカリちゃんの兄妹って、やっぱりふつうとはちょっと違う絆があると思うのよ。色々あったし…嫉妬しちゃうこととかって…無い?」 仲が良すぎるほど良かった兄妹は、今でも誰にも入ることの出来ない絆で繋がれていると思う。 「…空ちゃん、私家族がいないの」 既に聞いていた事情に怒りもせず、もしかしたら機会があったら伝えておいて欲しいと言ってあったのか…葵は全てを知っているらしいことを察し、真摯な瞳で空を見つめた。 「ホントは太一君が受け入れてくれるなんて思ってなかったんだ…大好きだけど、最後に、人を好きになれたってだけでも儲け物よねって思ってたのに…結婚してくれるんだって。私に家族をくれるんだって。『お父さん』『お母さん』って呼べる人が私に出来るなんて…今でも信じられない」 嬉しそうに…本当に嬉しそうに語る。 「ヒカリちゃんね、初めて会った時、あ、イタリアの病院に来てくれた時ね?太一君に案内されて病室に来て…私、太一君の妹さんって、話には聞いてたけどホントに美人だ〜ってぽかんとしちゃって、すごく間抜けな顔してたと思うんだけど、その私の顔をじっと見て、にっこり笑って言ってくれたの…『初めまして、お義姉さん。妹になるヒカリです』って…」 その時を思い出してか、葵の瞳にうっすらと涙が浮かぶ。 「信じられる?初めて会ったのに『お義姉さん』って呼んでくれたの。…嬉しかった〜…太一君にOK貰った時はそれ以上に嬉しいことなんて無いって思っていたのに、同じ位嬉しいことがあるなんて…びっくりした」 空は葵の震える手を握り締め、彼女の嘘偽りの無い喜びを感じ取った。 「生きていて良かった…勇気を出して良かった…!空ちゃん、私の中の太一君とヒカリちゃんは、暗闇の中で迷っていた私に名前を呼んで、手を伸ばしてくれた…そんなイメージなの。式の前に空ちゃんが手を差し出してくれたみたいに」 まるで悪戯を見つかった子供のように告白する葵に、空は小さくは無い胸の痛みと共に微笑んだ。 「これから日本で暮らすんだし、色々ヨロシクね?空ちゃんv」 聞いてないとばかりに声を荒げかけた空に、葵はにっこり笑って首を横に振った。 「ううん〜。太一君はイタリアリーグに残るの。契約がまだ残ってるし。でも、私が向こうについて行っても太一君は殆んど家に帰れないだろうし、それじゃ私がいつ倒れて野たれ死んでても分からないから、結局は入院することになるじゃない?だったら、倒れてもある程度対処することの出来る『家族』がいるなら自宅療養してもいいってお医者様が言われたから、八神のお家で暮らすことになったの♪お義母さんもお義父さんもヒカリちゃんも、その方が安心だしそうしなさいってv」 本人は嬉しそうに話しているが、聞いた空はぽかんとした。 「なあに!?太一ってば新婚早々単身赴任なわけ!?」 「おらそこっ!『単身赴任』とか言うなあっ!!」 空の叫びを耳聡く聞きつけた太一が、素早く噛み付いて来た。 「何何何?誰が『単身赴任』だって?」 空と葵が揃って返事すると、こっそりヒカリに近付いた京とミミを見つけて釘を打つ。 「いーじゃないか…て、太一?お前が単身赴任なのか!?」 一気に騒がしくなった場内に笑いの渦が巻き起こる。 そうやって少しずつ何かが変わりながら、本質の所では何も変わらずに、これからも時が過ぎていくのかもしれない。 昔も今も変わらない、彼の微笑と仲間達の笑い声と共に…。 おわり |