ずっと太一が、好きだった…。

 

 

 幼稚園から一緒で、小学校も同じクラス。
 家も近所でよく遊んだ。
 彼はリーダーシップがあって、いつも子供達の先頭に立って次々と新しい遊びを開発していっていたから、いつも誰かに囲まれていた。

 そんな彼と女の自分が更に仲良くなったのは、転校先でもばったり同じクラスに配属されてから。

 自分達は人との間に壁を作る方では無かったから、新しい学校、新しいクラスにも直ぐに馴染んで溶け込んでいった。
 でも、それでも見知った顔が傍にいてくれるのは、心強かった。

 それからたまにクラスも離れたけれど、五年生でまた同じクラスになって、正課クラブでもコンビを組むことになって、他の人が呆れる位『男女の壁』を超えて『親友』になっていた。
 自分がサッカーにのめり込んだのも、彼の影響が大きかったのだと思う。
 それでよかった。
 その関係が心地良かった。

 その頃は『恋愛感情』なんて口に出す子は少なかったけれど、『皆にとって特別な彼』が、私を名前で呼ぶ。
 そんな彼を、私も名前で呼ぶ。

 小さな世界の、ちょっとした優越感。

 私の世界は眩しくて…その中心にいる彼が、とてもとても、好きだった…。

 

 

 この思いが『恋』だと自覚したのは、デジタルワールドに行ってから。

 平気じゃ無いくせに、平気な顔して笑う彼の姿は悲しくて…でも、どんなに勇気付けられたことか…。
 小さな背中で必死に皆を守って、何が起こるか分からない、恐ろしくて仕方無い場所へ行く時は、いつも彼が初めの一歩を踏み出した。
 後ろをついて歩くしか出来ない自分が不甲斐無く、力になりたいと心から思うようになった。

 知れば知るほど惹かれていって…彼が姿を消した時は、気が狂うかと思った…。

 探して探して、それでも見つからなくて…皆が諦めかけても、自分だけは諦めることなんて出来なくて、皆から離れてパートナーと二人だけで探しに行った。
 その時知った衝撃的な事実も、彼のいない不安に比べたら大したことは無かった。

 そして…遊園地で彼を見つけた時…涙が溢れて止まらなかった。
 木の陰に隠れながら、崩れ落ちても、嬉しくて泣いた。

 本当は、直ぐにも走り出して彼に会いに行きたかった。
 でも行けなかった。
 彼の姿を見た途端、ピコデビモンの言葉が頭を過ぎって…会えない、と思った。

 自分は彼を騙している。
 自分の紋章はそんなものじゃ、無い。

 彼に幻滅されたくなくて、嫌われるのが怖くて…姿を隠した。

 彼等に隠れて追いかけながら、仲間が次々と集まって行くのを不思議な気分で眺めていた。
 この広い世界、行き先も告げずに離れていった仲間達が彼の元に戻って来る。

 あそこに、自分の場所はあるんだろうか…。
 彼の隣に、自分もいて…いいんだろうか…。

 帰りたかった。
 彼の隣に…彼の隣で笑って『おかえり』って言いたかったのに…。

 見つかって逃げて、追いかけられて、それでも逃げようとして捕まった。
 奴当たって大声で泣いて…彼を困らせた。

 嫌わないで…私を嫌わないで…。
 大好きなの、傍にいたいの。
 私を嫌わないで…。

 紋章の発動の鍵は、私の心の中にあった。
 逃げていた、私の中に…。

 輝いた私の紋章を当然のように笑った彼に、私も笑い返した。

 誰よりも彼にとって『特別な女の子』であると信じた、夏。
 誰も知らない世界の、幻のような夏の一日。

 

 間違い無く、私は彼の『特別な女の子』だった。

 

 でも、『一番』じゃ無かったの…。

 

 

 

 

 再びデジタルワールドに戻り、ヤマトが抜けてミミちゃんに丈先輩が着いて行くと言った時、本当は女の子同士である自分が行くべきだったと思う。

 でも、私は迷わず彼に着いて行くことを決め、彼に『最年長の男の子』という重荷を背負わせてしまった。
 少し前から『リーダー』の肩書きを押し付けられてしまった彼に、それ以上の重圧を…。

 彼がどれほど仲間達を信頼していたのか、痛いほど分かった。

 先頭に立って戦えるのは、背中を預けられる安心があるから。
 無謀にも見える行動が出来るのは、誰かがフォローしてくれると信じているから。

 でも、最年長だった丈先輩は、もういない。
 戦力的に互角だったヤマトは、行ってしまった。

 残ったのは、ヤマトの幼い弟と、彼の幼い妹…そして、年下の光子郎君と女の私。

 彼が年下だからとか、女だからとかいうことで自分達を軽んじることは決して無かった。
 それ所か、私達にしか出来無いことは必ずやらせてくれた。
 常に周囲に気を配り、先を見据えながらも一人で決めることは無く、どうするかを話し合った。

 光子郎君に意見を聞き、私には支えてくれるように頼んだ。
 私はただ嬉しくて、彼の力になれるよう必死に頑張った。

 そうして続く戦いの中、彼の中にあった小さな余裕が、確実に消えていくのに気づかなかった…。

 気づいたのは彼の妹が倒れた時。
 その取り乱し様は、彼のパートナーがスカルグレイモンになった時のようで…彼女がどれほど彼の近くにいるのかを思い知った。

 彼女の名前を呼ぶ…彼。
 彼女だけの、特別な彼の名前を呼ぶ少女。

 ああ…敵わない…と、思った。

 本当は比べることでは無いのかもしれない…それでも、彼女の光に導かれ再会した彼は、自分を見てはいなかった。
 彼の顔は今まで見たどの表情とも違い、自分達には決して見せない、彼女だけに見せる顔。

 それは『兄』であったり、『家族』の気安さから来るものだったり…考えてみれば当然のことなのだけど、その時はただ、胸が痛かった。

 自分は彼の『一番』じゃない…その事実だけが心を占めて、それでも薄れぬ信頼と愛情が痛かった。
 でも、悲しくは無かった。

 彼等の間に漂う空気はとても綺麗で…私の中の小さな世界の輝きなんて比較にならないほど輝いていて、壊したくないと素直に思った。
 彼等の間に入りたいんじゃ無い。
 私が欲しかったのは『彼の隣』。
 それがもし、全てを壊さなくては手に入れられないものだったのなら、そんなのは要らない…欲しくない。

 だってとても綺麗だったから。
 昔、お兄さんかお姉さんが欲しいと思ったのも、彼等兄妹を見た日だったのを思い出したから。

 もしかしたら、悲惨な戦いの中に身を置きすぎて、『壊す』という行為がただ単に怖かっただけなのかもしれない。
 そんなものを、大切な人に向けようとする自分に恐怖しただけなのかもしれない。 

 それでも、互いを大切にしている彼等が大好きだと言える自分が存在したし、そう感じられる自分自身が好きだった。
 そう言って笑える自分を、大切にしたかった。

 

 

 

 彼女は、自分の想いをそんな風に昇華してしまえる位にはこの旅で大人になっていたし、『恋』を綺麗な心で包んでしまえる位には、純粋な子供だったのだ。