信じられないけれど、今でも全く信じることなんて出来ないけれど…ある日突然…あの人は居なくなってしまいました。 この世界のどこにも…あなたを見つけることが出来ません…。 苦しい…。 息が出来なくて目が覚める。 こんな夜を一体何度過ごしただろうか…。 今でも鮮明に思い出すことが出来る、あなたの声、仕草、温かな笑顔。 そして、ぼく達にくれた、大切な言葉達。 忘れられない。 忘れたくない。 あなたがいてくれれば、ぼく達は…それだけで幸せだったんです…。 最後に聞いた、残酷で優しい…あなたの言葉。 珍しく同じ中学に通う仲間達が揃って下校している時だった。 夕暮れ時の穏やかな時間。 最近すれ違い気味だった皆が、お互いの近況や最近あった面白い話、学校の授業や部活に進路…色々なことを和やかな雰囲気で話し合っていた。 「デジタルワールドの方は、もう随分落ち着いたのね」 空のその一言をきっかけに、いままでの日常会話から仲間達だけにしか分からない非日常会話になっていった。 「そーだな。ヒカリ達も最近はあんま行ってないそーだし」 「そーなのか?」 「何だヤマト。タケルから聞いてねーのか?」 不思議そうに問いかけたヤマトに、太一の方が反対に驚いて顔を向けた。 ヤマトはと言えば、バツの悪そうな笑いを浮かべている。 「…最近ずっとバンドの練習忙しかったからな。あまり連絡してないんだ」 「ダメねぇ〜、そんなことしてるといざって時に頼ってもらえないわよ?」 度の過ぎる程のブラコンからは一歩引いたとはいえ、まだまだ過保護気味のヤマトを知っているので、からかいを含んだ口調で空が悪戯っぽく微笑めば、すぐさま「空っ」と焦った反論が帰ってくる。 その様子に太一も光子郎も笑いを堪えきれず、小さく噴き出してしまう。 「太一!お前だって人のこと言えねーだろーが!」 「え〜?オレはちゃんとしてるぜ〜?ヒカリとのコミュニケーションもしてるし、困った時はちゃ〜んと頼ってくれるし?」 「そうですね。タケル君もどちらかと言うと、太一さんを頼る傾向にありますよね」 「そりゃぁねぇ〜。全然連絡をよこさないくせに、何かしようとすると文句つける実の兄より、自分を認めてくれた上で甘やかしてくれる年上のお兄さんになびいちゃうわよねぇ〜」 「何と言っても太一さん…アメと鞭の使い分けを心得ていますから」 「あら残念。ヤマトに勝ち目は無いわね〜」 「おいおい、そんなにはっきり本当のことを本人目の前にしてするもんじゃないぜ。ナイーブなヤマト君が傷ついちゃうだろ?」 「あらやだ。聞こえちゃったヤマト?」 「すみません。聞こえちゃいましたかヤマトさん?」 にっこり笑って振り向く面々に、ヤマトの中で何か切れる。 「お前らなぁ〜っっ!!」 辺り一帯に響いた怒声に、今度こそ三人は思いっきり爆笑したのだった。 自分を取り残して楽しげに笑いあう仲間達を一瞥し、呆れたようにため息をつく。 「…たく。何だよお前ら…今日はやけにからむじゃないか…」 不平満々にそう零せば、その場の雰囲気が一瞬凍ったようにぴきーんと張り詰めた。 「やだわヤマトったら♪バンドの練習ばっかりやってて、Fanの子達おざなりにしてて、そのくせフォローもしないで雲隠れしてたことなんて、全っ然根に持ってないわよv」 「そうですよヤマトさん。ライブの情報や練習所を聞かれても答えられないぼく達が、殺気だった女子の集団相手から逃げるのに、どんなに苦労したかなんて、全っ然気にしなくていいですよ」 ヤマトの背筋をひやりとした何かが滑り落ちる…。 ヤバイ…。 彼は地雷を踏むのも、墓穴を掘るのも、他に例を見ないほど得意だった。 「…ヤマト」 ぽんっと優しく肩を叩かれ、縋る思いで太一を見れば…。 「お前の尻拭いなんて、二度としないからなv」 がっくりと肩を落としたヤマトはぼそりと一言…。 「…すみませんでした…」 「よし。許してやるか」 素直に謝った友人に、冗談めかした殺気を引っ込め、太一達は顔を見合わせて笑った。 たわいも無い会話…その中でふと、数年前の初めてのデジタルワールドでの戦いの話しになっていた。 「今思うと、太一って不思議な奴だったよな」 ふと、ヤマトがぼんやりと呟いた。 「…そうねぇ。…ねぇ、太一。私実はずっと聞きたかったんだけど…太一っていつも私達の前に立って、皆が迷ったり立ち止まったりする時も誰より早く答えを出して進んで行ってくれたじゃない?…まぁ、それが私達には辛い時もあったけど…結果だけ見れば、とっても正しいことだったりしたのよね。…だけど、あんな見知らぬ世界で迷うなって方が無理でしょ?太一だって怖かったはずだわ…あなたのあの決断力は何からきていたの?」 空の言葉に、ヤマトと光子郎もそっと太一を見つめた。 いつでも立ち止まりそうな自分達を、前に進もうと先を示した太一。 道を見失った仲間達が、必ず戻ってくると信じて、その先で待っていた太一。 そんな彼を信じてついて行った、光子郎と空。 彼の待つ先に辿り着けたヤマト達。 太一はいつも前だけを見ていた。 彼が動かなければ、誰も前に進むことは…出来なかった。 三人の視線を浴びて、太一は居心地が悪そうにあとづ去る。 「そりゃぁオレだって怖かったさ。立ち止まったことだって、後ろを向いた時も逃げ出したことだってある。…あんま、お前らには見せなかったけどな…でも」 いつも死と隣り合わせで生きていたあの夏。 今日は無事でも、明日は誰かが…もしくは自分が、欠けてしまうかもしれないという恐怖と常に戦っていた…あの日々。 前に進む恐怖よりも、立ち止まれば、もう二度と進めないという確信の方が強かっただけ。 そして、立ち止まることは…即、死に繋がることだと…本能が告げていた。 だから、立ち止まれなかった…それだけのこと。 「…何でだろ、いつからか分かんねーけど、生まれて来る時とか場所とか死に方とかは選べねーけど…でも、もし選べるなら…」 誰よりも大事な妹と、それと同じ位大切になった仲間達。 「お前らを護って死にたいって…そう思ったんだ」 何故だったか、いつからだったか…離れていく仲間達の後ろ姿を見送りながら、分散すれば数の多い…気配の目立つ自分達が狙われるだろうと朧気に思った。 そして、自分達が囮になれば…あいつらが狙われることは…きっと無い。 だから、残った仲間達は全力で護ろう。 必ず、生きて再び皆が会えるように…そのためなら、死ぬのも悪くない。 「……な、太一お前っ!」 「うわっ、怒んなよヤマト!何となくっていうかさ…う〜ん、別に進んで死にたかったわけじゃないんだし!」 「あたり前ですよ、太一さん!あの頃そんな風に…」 怒っているような、泣いているような…複雑な表情の仲間達に、太一もばつ悪げに苦笑した。 「だぁから、死にたかったわけじゃねーっての!…ただ、いつ死んでもおかしくない状況ではあったし、…覚悟だけはしてた。いざって時に、誰かを盾にして逃げることだけはしたくなかったから」 追われる旅の途中、助けてくれた沢山の協力者達。 その中のどれだけの者が、自分達を庇って死んでいっただろう…。 沢山の犠牲の上に支えられて生き延びた自分達だからこそ、無様な真似だけは曝したくなかった…そして、仲間達の中で盾が必要になったのなら…それは『リーダー』と呼ばれた自分の役目だろうと、思っていた。 「…それだけだよ」 太一の姿は夕焼けに照らされ、何所かひどく儚げに見えた。 誰もが正体の分からない不安に襲われ、今にも消えてしまいそうな幻覚を感じ、彼に触れずにはいられなかった。 「何?」 少し驚いた顔をする太一にほっと息を吐くる。 何所にも行かせない。 誰にも渡さない。 彼は自分達の…何よりも大切な人だから。 「…もう二度と、死にたいなんて…言うなよ」 「ばっか、違うよ。『お前らを護れるなら、死んでもいい』って言ったんだ」 「同じよ、ばか」 「全っ然違うって。『死にたい』なんてオレが自殺志願者みたいじゃねーか!そんなんオレ一人の死に損じゃん!冗談じゃねぇって、まだ色々やりたいことあんのに」 憤慨したように叫ぶ太一に、やっと顔の強張りがとれる。 気に入らないと思っていたのに、無神経な奴だと思っていたのに、今では彼の側が一番楽に呼吸が出来る。 彼の側だから、自然に笑って生きていけるのだ。 「変な言い回しする太一さんがいけないんです」 「あーっ、光子郎。お前までそう言うこと言うのか?」 「言いたくもなります!」 「オレのこと信じるって言ったくせに…」 「ええ、心から信じてますよ。でもそれとこれとは別なんです」 「何がぁ―――っ!?」 太一と光子郎の漫才のような言い合いに、ヤマトと空が笑い出す。 太一達とて本気でケンカしている訳ではない。 彼等の間ではよくあるちょっとしたコミュニケーションのようなものなのだ…それが分かっているから、誰も止めに入らないし。 「お兄ちゃ―――ん!」 後方から聞こえる声に、一同は揃って顔を上げた。 そこには馴染み深い顔が揃って笑顔を浮かべ、自分達に向かって走って来る所だった。 「ヒカリ!お前ら今日はどうしたんだ!?」 代表して妹の名を呼び彼らを迎え入れる。 「あのね、久しぶりに皆揃ったからデジタルワールドに行って来たんだけど、やることそんなになかったから、早目に切り上げて帰って来たの」 「そしたらお兄ちゃん達の姿が見えるんだもん。思わず走って来ちゃったよ!」 嬉しそうに話すヒカリの言葉尻に乗るように繋げたタケルも、久しぶりの再会に喜んでいた。 「太一先輩、太一先輩!聞いてくださいよ〜っ!」 子犬の様なという表現がぴったりくる仕草と雰囲気を撒き散らしながら、大輔が太一に懐く。 「何だ大輔。今度はどんな失敗したんだ?」 「正直に言いなさいよ?私達はやさし〜い先輩だから、正直に言えば怒ったりしないから」 「ヤマトさん、空さんひどいっスよ!失敗したんじゃありませんって!」 二人ともただからかっているだけなのだが、単純実直を地で行く大輔は見事に引っかかる。 その姿に柔らかな笑いが辺りを満たした。 ふと、太一の目の端に一台の車がよぎった。 大して気にかけるほどのものでは無いはずなのに、目が離せない。 「太一?どうした?」 「…ヤマト、あの車…」 「あの車…?」 太一の視線を追ってヤマトが彼の指す車を捜す。 その様子に気づいた空と光子郎も道路に目をやった。 「………」 何がおかしいという訳では無い。 だが、何かが気になる…そう、あえて言うならば、死線を潜り抜け常に死と隣り合わせであった心が、危険信号の警報を鳴らしている。 あれは…ヤバイ。 今はもう大輔をからかって遊んでいるのはもっぱら小学生組だ。 彼らからは死角になってあの車には気づいていない。 注意を促そうと口を開きかけた時、坂道で車が加速した。 「ヒカリっ後ろっ!」 スピードを上げ、蛇行しながら近づいてくる車…。 太一よりも半歩だけ小学生組に近かったヤマト、空、光子郎が一瞬早くその体で庇うように彼らを抱きしめた。 そして、その彼らを護るように…。 どうすればいいかは、危険の中で培ってきた経験が染み込んだ体が知っていた。 考えるよりも先に、誰もが動いていた。 大切なものを護るために…。 ただ、一瞬の判断の差。 彼は、誰よりも決断力があって、誰よりも先を読む力に長けていた。 それだけの違い。 彼らが目覚めたのは、太一が煙となって空に上がった…後だった。 |