それはさながら、砂糖も入れないブラックコーヒーのように…。 偶然か必然か、その日ヤマトは太一が知らない女の子に告白されているのを目撃した。 同じ学年か、一つ上か一つ下…三学年しか無いのだからそうとしか考えられないのだが、見知ったセーラー服の少女をぼんやり見ながら至極当然のことを思う。 実は、ヤマトがこんな風に太一の告白現場に出くわすことは初めてだった。 既に珍しくも無いラブレターや取り巻き、事後の報告等は聞いていても、その現場に鉢合わせたのは初めてだったのだ。 ひどく動揺して校舎の脇に隠れたが、そんなことをしなくても会話が聞き取れる距離では無いことには、そっと彼等を覗きこんでから気づいた。 壁伝いにずるりと座り込み、この数年ずっと胸に住み着いてしまったもやもやに溜め息を零す。 いつか来るだろうと思っている日。 来なければいいと思っている日。 いつまでも子供のままではいられない…誰でも大人になっていく。 だが、大人になどなりたくなかった…子供の枠を越えて大人になれば、彼の側にはいられなくなる。 『友達』のままではいられない…それがとても怖かった。 「…何やってんだ?ヤマト」 「えっ!?」 頭上から降って来た呆れた声に驚いて顔を上げる。 そこには、予想の通り呆れた顔の太一が覗き込むように立っていた。 「た、太一!あ、えーと…」 「?…何焦ってんだよ。こんなトコでうずくまってるし…て、あ。…もしかして見てたのか?」 「あ……悪い」 ヤマトの思いっきり不審な行動に、太一が思い当たって確かめるように彼を見れば、ヤマトはバツが悪そうに俯いた。 「あはは♪なーんだ、見てたのか。悪かったな、気ぃ使わせて」 「あ…いや。…で、どうしたんだ?」 「ん?断ったぜ?」 「…そうか…」 ほっとしている自分を自覚する。 まだ、側にいてもいい。 まだ、誰にもとられない…そんな感情を抱える自分自身に嫌気が差す。 「何だ?顔色悪いぞ、ヤマト?」 心配そうに手を伸ばしてくる太一に、大丈夫だと淡く笑った。 納得はしていないものの、そうかと言って素直に手を引いた太一につられて立ち上がる。 「ヤマト、もう帰るんだろ?オレも帰るからちょっと待っててくれよ。教室に鞄取って来る!」 「分かった。昇降口で待ってるからな?」 「おう!」 変わらない、明るい絵笑顔を残して走っていく背中をそっと見送る…彼も、自分と同じように想ってくれていればいいのにと…。 何でも無いことを、楽しそうに語る彼が好きだった。 通学路の途中、昨日までは蕾だった花が咲いているのを見つけ、瞳を和らげる彼。 満月だと言ってははしゃぎ、身長が伸びれば嬉しそうに笑う。 普通にしていれば気づかずに過ぎてしまうようなことを、自然と大切にしている彼にいつも惹かれていた。 今も、故意では無かったとはいえ盗み見をしてしまった自分に普通に接してくれている。 「太一は…」 「ん?」 「いや…何でも無い」 「何だそれ」 言葉を飲み込んだヤマトに、太一はぷっと吹き出す。 本当は、すごいな…と言いたかった。 自分が出来ないこと、やりたいことを自然にやってのけてしまう彼に…だが、彼がそんな賛辞など望んでいないことも分かっているから飲み込んだ。 「な、ヤマト。それより明日暇か?」 「ああ。明日はライブも練習も休みだからな」 「マジ?じゃあ映画行ねぇ?オレ観たかったやつがあったんだけど、中々行けなくってさ、もうすぐ終わっちまうんだよ!」 「ああ、分かった。付き合うよ、明日の…何時にする?」 「そーだなぁ〜…午前中はゆっくり寝てぇし、やっぱ昼からだな♪」 「じじくせぇ…」 「んだと、このヤロっ!」 ヤマトの一言に、太一が怒ったふりをしながら拳を振るい、ヤマトは笑ってそれを避けた。 そんな二人の横を、一組のカップルがすれ違って行く。 腕を組み、嬉しそうに寄り添って歩いて行く二人…。 「…なあ、太一は付き合ったりしないのか?」 「は?だから断ったって言ったじゃん」 「いや、だからさっきの子限定じゃなくて…結構告白されてんだろ?」 「お前だってそーじゃん」 「いや、オレのことはいいからさ…」 ヤマトの促す瞳に、太一は二・三度目を瞬かせ…ん〜と後頭をぽりぽりとかいた。 「…そーいうのに興味がねぇって訳じゃ無いんだけどさあ…」 「え!?そうなのか!?」 「当たり前じゃん、健康な男子中学生だぜ?」 驚くヤマトに、きょとんとした太一の顔が向けられる。 「そんな意外か?」 「や…だって、お前コクって来る子皆振ってたから、てっきり…」 「ああ、まあなぁ〜…ガキには興味無いんだ、オレ」 「……………は?」 思わず目が点になったヤマトに、太一は淡々と告げる。 「まあ、一概にガキって言えるもんでもないけど、そんでも中坊以下はちょとなあ…」 「…………え?」 「だってさあ、まだ十年ちょっとしか生きてねぇのに、好きだ嫌いだって…言葉に重みがねぇと思わねぇ?」 「えーと…」 「さっきの子もそうだけど、何かふわふわしてる感じで地面に足がついてねぇって言うか、危なっかしいって言うかさ」 ふむ…と腕組をしながら考え込む太一の姿を呆然と見つめる。 「オレはこう、どーん構えてる人間が好きなんだよ。多少の嵐なんかにゃ負けないぜ〜って感じの!」 「……太一は、年上が好きなのか?」 「ん〜そうだな!少なくとも五つは上がいいな♪」 きっぱりと肯定した太一の言葉を、何処か遠い所で聞いている気がした。 どう考えても、その範囲には入っていない自分…。 「と、じゃあヤマト、また明日な♪」 「え?」 いつの間にか来ていた分かれ道で、太一がにこやかに手を振る。 遠ざかる背中に必死に手を伸ばす…。 『待ってくれっ!』 伸ばした手の向こうに、見慣れた天井があった。 何度か瞬きを繰り返し、やっと自分の今の状況を飲み込むことが出来た。 いる場所は、自分の部屋の自分のベット。 カーテンの向こうからは明るい日差しが差している。 「…………夢…か?」 呆然と呟いた自分の声が、やけに掠れていることに気づく。 ゆっくりと体を起こし、周りを見渡す…やはり見慣れた自分の部屋。 大きく息を吐いてベットから降りる。 随分と喉が渇いていたし、寝汗のためにシャワーも浴びたかった。 億劫な体を引きづるようにして部屋を出ると、楽し気な笑い声にぶつかった。 「あ、ヤマト起きたのか?」 「っ!?」 声も出ないほど驚いている自分に笑いかけたのは…たった今見ていた夢の中で捕まえられなかった人物。 事態の把握が全く出来ず、ただ立ち尽くしていたヤマトの横から違う声がかかった。 「おお、ヤマト!遅いぞお前!太一君随分前から待っててくれてるんだぞ!?」 「いいんですよ、おじさん。オレがちょっと早く来過ぎちゃったんですし」 「いい子だな〜太一君はvこら、馬鹿息子!ボケッとしとらんとさっさと支度して来いっ!」 「え!?あ!悪い、太一!ちょっと待っててくれ!」 「いいよ〜♪ゆっくり用意しろよ♪」 ヤマトが立ち尽くしている間に父親が淹れたのだろうコーヒーのカップを手にし、太一がひらひらと手を振る。 その向かいに座った石田父は、呆れた顔を隠そうともしないで息子を手で追い払った。 慌てて風呂場に向かったヤマトは、カラスも真っ青の行水で出て、バタバタと服を整えた先の洗面所で、ドライヤーで髪を乾かしながら居間の二人に話しかける。 「太一、来てたんなら起こしてくれてよかったんだぞ?」 「ん〜、でも何かよく寝てたみたいだし。おじさんが話相手してくれてたから暇しなかったし♪」 「そーだぞ馬鹿息子!太一君は気をきかせて寝かせてくれたんだぞ!?それをぐーすか阿呆の様に寝こけおって」 「うるせーぞ、親父!だったら親父が起こしてくれればよかっただろーが!大体、なんで家にいるんだよ!?」 「オレがオレの家にいて何が悪い!久々の半休だ。午後からは出社するがな!」 ふんっと不敵に笑う父に舌打ちし、ダッシュで部屋に向かう。 今は何を言っても分が悪いのは明白だ。 鞄に携帯と財布を放り込み、急いで取って返した。 「太一お待たせ!行こうぜ!」 「あ、ちょっと待ってくれ。カップ洗わねぇと…」 「いいよ。帰ったらオレがやるから」 「そーだよ、太一君。寝惚けとった罰にヤマトにやらせなさい」 「黙れ馬鹿親父!」 牙を剥いた息子に、怖がる様子も無く肩をすくめてみせる。 その様子にカチンと来て、ヤマトは父のカップを奪ってぐいっと飲み干す。 「…っ!?にがっ…!」 「当たり前だ、ブラックだぞ」 「空きっ腹の息子になんてモン飲ませんだ、馬鹿親父」 「自分で勝手に飲んだんだろーが、馬鹿息子」 馬鹿馬鹿言い合う親子に、太一は溜まらず肩を震わせて笑う…二人はそれに気づいて低次元な争いを止め、ヤマトは乱暴に二つのカップを流しに放り込んだ。 「ほら、太一行くぞ!?」 「あ、ああ。おじさん、コーヒーご馳走様でした」 「あんなので良かったらいつでも淹れてあげるよ。気をつけて行っといで」 「はい。行ってきます♪」 にっこりと微笑み合う二人が気に入らず、引き離す様に太一を引っ張って扉を閉める。 「親父!出かけんなら鍵閉めんの忘れんなよ!」 ヤマトの叫びに、扉の向こうから微かな了承の返事を得てふう…と息をつく。 まだ笑っている太一を促してエレベーターに向かい、一階に着くまでの短い間に起き抜けから混乱していた頭がどうにか納まってきた。 「…太一、今日はどこ行くんだっけ?」 「何いってんだよ。映画だよ映画!昨日約束しただろ?」 「ああ、そうか…」 頷いて納得し、けれど何かが引っかかる。 約束したのは夢の中じゃ無かったか? それともあれは…。 太一に問いかけようと顔を上げると、そのすぐ側に、満面の笑みを浮かべた太一が立っていた。 「…太一…?」 「なあ、ヤマト」 「え…?」 ふいっと顔を上げて見つめた先は、きっとたぶん、自分の家。 そうして戻した視界にヤマトを入れ、太一は嬉しそうに微笑んだ。 さっき飲んだ、父親のコーヒーの苦味がまだ残っている舌が…やけに強く感じられる…。 「ヤマトのおじさんって、かっこいいよなv」 その顔が照れているように見えるのは…その頬が気持ち赤く染まっているように見えるのは…気のせいだと思いたかった…。 そう…それはさながら、砂糖を入れないブラックコーヒーのように…人生は甘くない。 |
おわり |
ああ…楽しい…!(笑)
ヤマト虐めて幾千年…って、そんなにもは虐めてません(苦笑)
一度書いてみたかったらしい、『ヤマトOUT OF 眼中』な太一さんv
何故『らしい』のかというと、書いていて気づいたからです(笑)
そして私は、石田父がかなり好きv
いつか本気で書いてみたいかも…v(笑)
あ、ちなみに太一さんの分のコーヒーにはミルクと砂糖が入っておりますv