その日、伝説に残るアイドルが誕生した(笑) 老若男女が一斉に中学校に集うことは、一年の内にそんなに多くは無い。 この日は、その数少ない多種多様な人種が揃う『お台場中学文化祭』だった。 「太一!もう直ぐ出番よ!早く!」 「え!?もうそんな時間かよ!?」 「そーよ!急いで!」 クラスの催し物の手伝いをしていた太一は、血相を変えて呼びに来た空の言葉に驚いて時計を見た。 「やっべぇ!中島悪い!後は任せた!」 「おう!こっちこそ悪かったな。後で見に行くから頑張れよ!」 「八神君っ、あたし達も見に行くからねっ♪」 「茶化しに来んならお断りだぜ?」 「やあだ?ちゃんと応援と見学によ!」 「はは、了解!頑張るよ!」 「太一急いでっ!」 空に急かされつつ教室を後にすると、後ろからクラスメイト達だけでは無い暖か過ぎる声が、通り過ぎる先々でかけられ続けた。 「…期待されてるわね、太一♪」 「う〜…プレッシャーかけんなよぉ」 「なーに言ってんのよ、始まっちゃえば我が物顔のくせに」 「やな表現だな、それ…褒めてんのか?けなしてんのか?」 「決まってんじゃない、両方よっ♪」 「へーへー…」 話しながらも人通りの少ない道を選んでの全力疾走したため、目的地だった体育館には直ぐに到着した。 そのまま裏口から舞台裏へと周ると、緞帳の端に控えていた光子郎が逸早く気づいて手を上げた。 「あ、来ました!太一さんっ!」 「光子郎!悪ぃ、遅くなった!」 「いえ、まだ時間ありますから。空さん、ご苦労様です」 「ううん、よかったわ〜すぐ見つかって。どっか隠れてるんじゃないかと思って心配しちゃった」 「だーから、悪かったって空。一度引き受けたことはちゃんとやるって!」 「ジュース一本」 「…ラジャ。で、光子郎、今どーなってるんだ?」 「はい、えっとですね…」 光子郎の周りに集まって来た生徒会のメンバー達と共に、太一は状況を把握すべく真剣に説明を聞く。 実は、今回の文化祭における生徒会のアトラクションの総合司会を太一が頼まれていたのだ。 光子郎自身は生徒会のメンバーでは無いが、部活の関係から無理矢理役員に推薦されてしまった空の繋がりで、データ処理や書類作り等の手伝いを時々させられており、今では当然のように生徒会に出入りし、重要な役目を任されることもあった。 そのおかげと言ってはなんだが、発言権もなかなかのものだった。 現在の生徒会長は考えることやデスクワークは得意だが、こういった華やかな席で生真面目過ぎる自分が表に出ることはどこか堅苦しい印象を与えそうで嫌だと主張し、ただ表に出るのが嫌なんだろう!という反論を黙殺し、それならばと他の役員達たっての希望もあり、空と光子郎のコネのような形でこの企画が立ち上がった。 太一本人はというと、元々お祭り好きということもあって、そんなに抵抗せず役目を引き受けた…と、生徒会役員達が流した噂では言われている。 その交渉内容についてはあまり定かではないが、他の役員達に泣きつかれ続けることに辟易した空と光子郎が太一の行く先々に現れ、忍耐強く『説得』した功績と言われているが、太一自身は決して多くを語ろうとはせず、妹が問いかけても苦い笑みを浮かべるだけで顔を逸らしてしまったらしい…。 それはともかく、毎年あまりぱっとしない生徒会のアトラクションの総合司会に、必要以上に盛り上げてくれそうな彼の就任を喜んだのは生徒会役員だけでは無く、今や全校中の注目を集めていると言っても過言では無い。 楽しめる時に存分に楽しみたいと思うのは、人として正しい思考だろう 。 「オッケ♪予定通りだな。しっかし人入ってんな〜物好き共め…人がトチんの期待してんじゃねーのか?」 「そんなこと無いですよ、太一さん。皆さん普通に期待してるんです、頑張って下さいね?」 「ま、そーゆーことにしとくかぁ。いーけどな、オレの信条は『乗りかかった船は沈めねぇ』だからよ」 「ふふ。その調子よ、太一♪」 「おう!」 既に体育館内はほぼ満席状態で、開演を今や遅しと待っている。 その中に、見慣れた後輩達の、期待に満ちた瞳を見つけて苦笑するが、既に腹は決まった。 そんなにハジけたいのなら、ハジけさせてやろうではないか。 光子郎が腕時計に目をやる。 合図の係りの役員が秒読みを始めた。 場内の明かりは全て消され、先ほどまで騒がしかった観客達も息を呑んだように静まり返る。 『Q』の合図と共に空と手を合わせ、軽い助走を加えてバク転二回とバク宙を加えて舞台の中央に躍り出る。 そして、袖から投げられたマイクを受け取ると、自分を追うように移動したスポットライトの下、力いっぱいに開会を宣言した。 その瞬間…大歓声が爆発した。 渦巻くような興奮を維持したまま、それでも滞りなくアトラクションは進み、続いて有志達による舞台が始まる。 太一の仕事はそれの紹介までなのだが、何だかんだと言って巻き込まれがちな彼は、無理矢理舞台に引きづり上げられることも少なくない。 何と言っても、彼がいるといないとでは、観客の『のり』が違うのだ。 勢いが物を言う祭り事では、押しの強い方が勝つという見本だったかもしれない。 「…太一大変だな〜…」 「あれ、ヤマトさん?どーしたんですか?」 「どーしたじゃなくて、もうすぐオレ等のバンドの出番なんだよ。これ用に光子郎にもプログラム頼んだだろ?」 「あ、もうですか!?…太一さん、大丈夫でしょうか…」 「ホント、さっきからずっと引っ張りだこだものね…観てる人達は喜んでるけど…これは何としても、ヤマトのバンドのゲストだけは阻止しなくっちゃ!」 「え!?それ狙ってたんですけど!?」 「ヤマトさん…友情の紋章が泣きますよ?あの状態の太一さんを更に酷使するおつもりですか?」 「まっさか〜?光子郎君、ヤマトは『友情の紋章』の持ち主なのよ?隠してるけど実はふらふらな太一に無理を強いるものですか」 「そうですよねぇ、何たってヤマトさんは『友情の紋章』の持ち主なんですから」 「…………お前等…」 あっはっはと爽やかに笑う仲間達の無言の圧力に、ヤマトは抗えるはずも無く屈伏した。 ヤマトのバンドへの太一の参加を阻止した二人の思惑の裏に、裏で取引されているいわゆる『隠し撮り写真』をこれ以上出回らせてなるものかという決意が漲っていたことをヤマトは知らない。 太一やヤマトのピンの写真が大量に出回っていることは既に周知の事実ではあるが、実は、この二人のセットの写真の方が尋常で無い高値で取引されいることについて、二人は常々ムカっ腹を立てていたのだ。 なまじ共に歌う彼等が楽しそうなことを知っているために『んなシチュエーションを簡単に見せてやるかい』という、極めて自己中心的な思考によったところであることは、あまり大した問題では無いだろう。 そうこうしている内に舞台の上では前の出番のチームが終わり、次のセットが出来上がるまでの太一の簡単なゲームを織り交ぜたトークが繰り広げられていた。 呼吸を掴むのが上手い太一の話術は秀逸で、この長時間体育館にすし詰め状態の生徒達がだれる事無く明るい笑いに包まれている。 太一も一旦袖に引っ込むとぐったりとしているが、舞台の上では決してそういったものを見せはしなかった。 「…ま、しゃーないか」 仕方無さそうに微笑み、ヤマトは腕を組んでそっと太一を見つめた。 相変わらず、必要以上に責任感が強いらしい。 本当は一緒に歌ってみたかったけれど、疲れた顔など見せなくても、自分達には疲れていることが分かってしまうから無理強いなど出来はしない。 これが最後のチャンスというわけでも無いし、今回は諦めようと結論が出た。 「そー思うなら、出番次なんだから太一を少しでも助けるために一緒にMCして来なさいっ!ただし、あんまり近づき過ぎないでねっ!」 「は!?わっっ」 どんっと背中を押されたヤマトが勢いよく舞台に弾き出された。 突然の乱入者に何事かと意識の反れた観客達の態度で、太一は彼の存在に気づいた。 いつもなら避けられただろうハプニング…だが、彼は気づくのが遅れた上に、そうは見えなくても、今非常に疲れていたのだ…。 「あ」 「あ」 「あっ」 「「「………………………」」」 一瞬の静寂…そして。 「「「ああ゛ああぁあ゛あぁあ゛あ゛ぁああっっっっっっ!!!!!?????」」」 奇声と喜声と悲鳴の入り混じった大音響が、歴史の浅い体育館を揺るがした。 その声にはっとして、押し潰していた太一の上からヤマトが口元を押さえて弾けたように飛び起きる。 そして太一の様子を伺う暇も無く、後頭部を突然勢いよくハリセンで叩かれた。 「ヤあマトぉ〜っっっ!!!あっ、あんたはっ…あんたって人はぁ〜っっっ」 「〜っってぇ〜…て、オレのせいか!?空が押したんだろーがっ///」 「太一さん、だ、大丈夫ですか!?気を確かに!傷は浅いですよっ!!」 「光子郎っ、お前っっ…」 観客を完全無視して飛び出して来た空と光子郎が、一方的に捲くし立てるようにヤマトを責める。 ヤマトは顔を真っ赤にしながらも果敢にも立ち向かうが、例え二対一で無かったとしても、この相手でははっきり言って分が悪い…。 そこへ更に…。 「てっめぇ〜っ!太一先輩に何すんだあ〜っ!!こんのハレンチやろーっっ!!!」 「大輔!?お前それが目上に対する態度かっ!」 「んなの関係ねぇっ!チクショーっ、こんにゃろぉ〜っっ!!」 「あ、てめ、何しやがるっ!?」 観客席からインペリアルドラモンを超えるダッシュで駆けつけ、ぶんぶんと腕を振り回す大輔をヤマトは腕のリーチで押さえつけ、それでも太一の様子が気になって視線を動かすが、空と光子郎の鬼の形相に阻まれて伺うことすら出来ない。 観客席はすでに騒然としており、もはや続きの舞台どころでは無くなってしまっていた。 そして、観客席の中…その二つの席よりすさまじい暗黒のエネルギーが湧き出ていることを、自分達のことで精一杯の渦中の人物達は気づかない。 普段ならそれに気づくだろう唯一の人物は、とりあえず起き上がったものの呆然と座り込み、真っ赤に染まった顔の下半分…口元を手で覆ってぼそりと呟く。 「…び、びっくりした…///」 その声を偶然マイクが拾い、好き勝手に騒いでいた衆目の視線が一転太一に集中した。 そして、見てしまった…。 「え!?あ、ほら、お前等袖に戻れって!ヤマト次出番だぞ?ではでは皆、こいつの下手くそな歌を聴いてやってくれ!ティーンエイジ・ウルフズ!///」 太一の号令に、緞帳で騒ぎからかけ離れていたメンバー達が演奏を始めるが、当のボーカルは呆然と立ち竦んで歌う所では無い。 騒ぐ大輔を舞台に引っ張り上げ、空と光子郎の背中を押してわたわたと袖に引っ込んで行く太一の姿を、観客の約98%が頬を染めて心ここに在らずの体で見送っていた。 普段元気印がトレードマークなだけに、雰囲気を一変させたあの表情はギャップが激し過ぎた。 先ほど披露されてしまった彼の表情は、陳腐な言い方をするならば…。 激プリ。 バリかわ。 メラ素敵。 超絶妖しく、初々しい…。 困ったことに、揃って魂を抜かれてしまったような彼等に、果たして明日はあるのだろうか…。 後日、写真部員がプロ根性でシャッターを切っていたらしいあの『決定的瞬間』と、『その後の太一のドアップ』が裏で出回り、未だかつて無い高値で取引された。 …が、そのほとんどとオリジナルが何者かの手によって処分されてしまい、運良く手元に残った者達は、それを奪われることを恐れ、誰にも見せる事無く懐深くに隠してしまったために、『幻の一瞬』となってしまった。 それに伴い『彼』の人気は留まる所を知らない状態だったが、その中で不届き者がほぼ出なかったのは、彼に危害を加える者には『天使の裁き』が与えられるという誠しやかに流れる噂のせいかもしれない…。 そして、この事件は後に『カリスマ・ペンタゴンの衝撃』として、お台場中学校に長く語り継がれていくこととなる…。 |
おわり |