校庭から上がった歓声に、彼は洗っていた顔を上げると悪戯っぽい瞳を輝かせた。

 

 柱の影からタオルを持ったままもじもじとしている少女が何人か目に付くが、そんな彼女達を綺麗に無視し、棚の上に置いてある自分のタオルでさっさ水滴を拭き取ってしまう。

 また、黄色い意味の強い歓声が届く。
 彼のいる体育館脇の水場からは校庭は遠く、本来はこんなにもはっきりと声が届くはずも無いのだが、その常識を凌駕するこの熱狂。
 そんなものを意にも介さず、誰よりも愛されている太陽の下走り回っているだろう人を思うと、意識しなくても微笑みが浮かぶ。

「相変わらずだなぁ…さて、と」

 初夏の風に、柔らかな金髪が太陽光を弾いてさらりと揺れる。

「ご機嫌伺いに行こうかなv」

 

 

 

 腕時計を見やり残り時間を測る。

 頭の中で正確に数えながら、それでも瞳は只一人を捕らえて離さない。
 マネージャーとしては失格かもしれないが、彼女を見ていれば周りの動きはほぼ把握出来るので、重大事としての認識は…無い。

「はぁい!終了――――っ!」

 合図と共にホイッスルを鳴らす。
 グランド中に散っていた者達が一斉に動きを止め、にっこり笑ったヒカリを見る。

「マジ?終わり?」
「はい♪3対1、女子部の勝利です♪」

 その言葉にグランド内の反応は綺麗に真っ二つに分かれた。

「やった―――っっ!!」
「マジかよ〜〜〜っっ!?」

 抱き合って喜ぶ女子達と、頭を抱え込んでしゃがみこむ男子達…そして、圧倒的に多い女の子のギャラリー達は、やはり手を叩き合って喜んでいる。

「わりーな、佐々木!約束は守ってもらうぜ?」

 光る汗も眩しく振り返った太一は、太陽よりも鮮やかに微笑む。
 その笑みの見える位置にいたギャラリーから、またしても黄色い悲鳴が上がった。

「八神〜〜〜っっ」
「男が情けない声出すな!約束は約束!」
「だぁ〜〜〜!!」

 へたり込んでしまった男子部のキャプテンである佐々木の頭を、ぽんと力づけるように一度叩き、彼女は仲間達のの元へと駆けて行く。
 その先には、彼女が来るのを今か今かと待っていた少女達が、ここぞとばかりに抱きつきながら勝利を称えあう。

「やったわね!太一♪」
「ああ!ナイスシュートだったぜ空♪」
「ふふっv太一のアシストあってこそよv」

 首根っこに抱きつくようにして喜ぶ親友に、太一も嬉しそうに肩を抱く。

「キャプテン!サイコーのプレーでしたv」
「もう、男子たじたじだったですよ♪」

 興奮冷め遣らぬ後輩達に、優しい微笑を浮かべて頷く。

「お前らもよくやったよ。がんばったなv」

 集まった彼女達一人一人の顔を見て、試合に参加した者もしなかった者にも、公平に微笑みを向ける。

「…キャプテン…vv」

 うっとりと呟く後輩達に、空はひっそりと苦笑を漏らす。
 よくもまぁ、ここまで自覚無しに人を虜に出来るものだと…。

 実の所、彼女達の約半数以上は、入部した時にはサッカーのルールなど少しも知らなかった。
 それが、偶然ある人物のプレーを見かけ、又は、元々はただのファンとして彼女の側にいたい一心で女子サッカー部の扉を叩いて来たのだ。
 もちろん、『ある人物』というのは太一に他ならないが、彼女は『素』ではその容姿故に多大なストーカーを抱える身だが、一度サッカーボールを蹴れば…膨大な観客を魅了するカリスマキャプテンになってしまうのだ。

 太一達が中学に入学した当初、サッカー部に女子はおらず、入ろうとする者もいなかった。
 だが、小学校時代からサッカー大好き少女だった太一と空は『女子マネージャー』の地位に甘んずるを善しとせず、自分達で新部を創り上げてしまったのだ。

 初めは部員が集まるかと危惧もされたが、あっさりと部員も集まり、何だかとんとん拍子に部の結成に至ってしまった。
 あまりの苦労の少なさに、太一達はこれで良いものかと不安になったりもしたが、全ては彼女等の人望の成せる業…好意的な協力者が多かったのだ。

 その頃、小学校時代のサッカークラブの後輩で頭のよかった光子郎に部の結成について協力を仰ぎ、子供会のキャンプ以来何となく話すようになっていたヤマトが珍しく積極的に親身になってくれ、サッカーの試合で怪我をした空をたまたま塾帰りだった医者の息子丈が世話をしてから相談に乗るようになり、そして成り行き上何となく一緒にいることが多くなったヤマトの弟タケルと太一の妹ヒカリが、他の後から集った者達とは別に、『特別な仲間』として今も交流が続いている。

「……八神ぃ〜〜…もーちょっと、負からないか…?」

 盛り上がっている女子達に、男子部のキャプテンである佐々木と副キャプテンの白石、会計担当の東が恐る恐る声をかけた。少し離れた場所には、男子部が揃って複雑そうな表情で雁首を揃えている。
 どちらかと言うと、その表情は祈るものに近いかもしれない。

「だぁ―――め!何だよ、そんなに尻込みするよーなことか?」
「するよっ!お前らの荷物半端じゃ無いじゃんかよっ!」
「筋トレの一環だと思ってがんばるんだな♪」

 縋りつくような男子達に対し、太一の言葉は極めてシンプル…響きには楽しんでいるような感じさえある。

 実は、今回のミニゲームでは男子部対女子部で戦い、次の練習試合の遠征の時、一つだけ互いの言うことを聞く…という景品が用意されていた。
 その条件で男子が出したのが『女子による手作りの弁当』だったが、女子は『往復の荷物持ちを全て男子に任す』というものだった。
 それに一瞬怯んだ男子達だったが、まさか自分達が負けるとも思えず、あっさりとOKを出した。
 そして…調子に乗って『ハンデをやろうか?』といった言葉が命取りになったのだ。

 元々男勝りで、サッカーのテクニックに関しては男子に引けを取らないと自他共に認めている太一にとって、はっきり言ってこれは屈辱だった。
 更に言えば、入部した当初はド素人だった女子部員達だったが、太一や空の的確な指導や、彼女のサッカーに対する情熱に引っ張られるようにメキメキと実力を上げていたのだ(出来なかったことが出来るようになれば褒めてもらえるし、笑顔を向けてもらえるご褒美つきなので上達も早い)…毎日同じような練習メニューをこなし、側にいた彼女等の成長に気づいていなかったのは…愚かとしか言いようが無いだろう。
 更に、そこへ太一が司令塔として加わり、まるで彼女達を意のままに操っているようなゲームメイクを展開されては、いくらパワーで勝っていると言っても、試合を有利に運ぶのは不可能だった。

 そして、今回は更に効果的な事柄が一つ。

「だけど、色仕掛けは反則だろうっっ!?」

 真っ赤になりながら、それでも泣きそうな東の科白に、女子達は冷ややかに…そして艶やかに嘲笑した。

「何言ってやがんだか。オレ等はちゃんと『ハンデはいらない。でも、ちょっと汚い手を使うかもしれないけどいいか?』って確認したじゃないか」

 そう、太一達は手段を選ばなかった。
 せいぜいファール程度だと考えていた男子は、あっさりその言葉にOKを出し、試合開始で整列した女子を見てぎょっと息を飲んだ。

 女子達は…短パンに半そでティーシャツ姿で並んでいたのだ。
 普段の部活ではもちろん、そんな格好はしない。暦の上では初夏とはいえ、半そでにはまだ少し早く、長袖長ズボンのジャージが主流だった。
 現に男子はその格好で揃っていて、若干頬を染めながらいぶかしむ佐々木の問いに、にっこり笑って『気合を入れて来たv』と言われれば、もうそれ以上の反論は出来ない。

 そして試合…男子達は見事に女子に翻弄される形になった。

 ボールを奪おうと詰め寄れば、『いやんv』との可愛らしい声に硬直。
 行く手を阻もうと回り込めば、ちょっと腰を落とし、見えるか見えないかの絶妙な胸元のアピールに凝視。
 それでも何とか手に入れたボールをゴールしようとすれば、ゴールキーパーが脅えた振りをして叫んだ悲鳴にパワーダウン…もちろんシュートはあっさりとキャッチされた。

 他にも『投げキッス』『耳元に吐息』『近付いた隙に脇腹をツーv』等の様々な作戦が展開され、試合終了時、男子部員は気力を使い果たし立ち上がれる状態に無かった…。

 ちなみに、男子部の一点は女子によるパスミスの自殺点…あまりに色仕掛けが効力を発揮することに呆れた彼女達の凡ミスだった。
 だが、これで男共は学んだだろう…『女は怒らせると怖い』と…。

 『大成功〜〜〜vvv』という華やいだ女子の笑い声を背に、男子達は来週行われる試合の荷物を思って撃沈した。
 もし、同じことを男子がやれば大問題だろうが、女子がやる分には『悪戯』で済まされることが多い『逆セクハラ』…男女平等は、日本ではまだ遠い響きのようだ。

「それじゃ、今日の朝連は解散♪片付けはジェントルマンな男子部員諸君がやってくれるそうだから、着替えたら教室に戻ってよし!今度の試合は分量を気にすること無く、ヘアスプレー・ムース・4/8・日焼け止めクリーム・化粧水・リップ・ファンデ・おやつ等々持ち込み放題だ♪スポーツドリンクは、いつもの詰め替え用粉じゃなくて、2リットルペットボトルを持って来てもいいからな?」
「はい!お疲れ様でした〜!」
「お疲れ」

 太一の言葉に元気良く頷いて挨拶した部員達に、太一と空がにっこり笑って挨拶を返した。
 その言葉が聞こえていたらしい男子部員達は、死者の気を振り撒きながら起きる気配は無い。

 賑やかに部室へと戻る女子部員達に合わせるように、鈴なりだった観客達も散って行く。
 登校するなり出会ってしまった素晴らしい見世物に、見せてもらうはずの宿題のノートを抱え、そろそろ己の教室に戻らないとヤバイ者達もいたのだ。
 だが、その表情は揃って明るく満足気に綻んでいる…朝からこれだけいいものを見れば、今日一日は幸せに過ごせるだろう。

「どうした、光子郎?」

 複雑な顔をした光子郎に、太一は不思議そうに問い掛ける。

「…いえ、太一さんは怒らせると…相手の弱点をもろについた的確な作戦を立てるな…と。僕も見習わなくては…」

 溜め息交じり零しながら、カタカタとパソコンにデータを入力していく。彼はパソコン部の部長と兼任で、女子サッカー部の参謀もしているのだ。

「あはは。今回のはあいつらが相手だったから通じただけだぜ?来週の相手は同じ女だからな、まかり間違っても色仕掛けは通用しねーよ」

 楽しげに笑う太一に、光子郎・空・ヒカリの三人は『太一の色仕掛けなら通用するかも…』とちょっと冗談にならないことを考えたが、口に出しはしなかった。
 今回のはあくまでもイレギュラーなタイプ、本来、試合は太一にとって神聖なものであることを知っている。
 それにしても…。

「どれだけたらしこんだら気が済むんだか…この子は」
「あ?別にたらしこんでねーよ。最近は彼女持ちと知り合いの獲物は気をつけてるし」

 つい零れてしまった空の独り言に、太一がちょっと眉を寄せて反論する。

「あんたの『気をつけてる』は世間一般の『気をつけてる』とは随分違うのよ!まぁ、他は私には害は無いし、知ったこっちゃ無いけど…」

 太一に自覚が無く、勝手にふらふらついて来てしまうお馬鹿のことなど空は気にしてやるつもりは無い。それで彼女と別れよーが、彼氏と別れよーが、家庭崩壊が起ころうとも太一に危害さえ無ければ関係無い…ただ。
 ぐいっと太一の首を引き寄せて、一言。

「丈先輩をオトしたら…殺すわよ?」

 瞬間、太一は大爆笑した。

「あはははははは!空サイコー!!大丈夫だって、そんなことは無いから!!」

 まだ笑いの発作の収まらない太一に、空は複雑な表情で頬を寄せる。

「だぁって、太一に迫られてオチない人なんていないわよ〜!」
「大丈夫、大丈夫!絶対大丈夫だって!!」
「…なんでそんな風に言い切れるの?」

 拗ねたような間近の空の瞳を覗き込み、太一はにっこりと微笑んだ。

「オレは『丈』を知ってるからな♪…ん〜、そーだなぁ、例えば、オレが丈に色仕掛けをするとする」

 空の目が不安に揺れたのを見て、太一は目で制して続けた。

「例えばだ、例えば。ま、馬鹿正直な丈は照れて赤くなるだろうな。でも、丈が一番好きなのは、空だよv」
「……どーして?」

 太一は笑いながら空の額を指でつついた。

「空がオレの、自慢の親友だからv丈は見る目のある奴だぜ?」

 太一の言葉に、空の顔が一気に喜色に染まる。見ている方が暖かくなる…そんな笑顔。

「太一大好きvv」
「可愛いv空v」

 抱きついた空の頬に、太一が触れるだけのキスをする。
 ヒカリは微笑ましそうに二人を眺め、光子郎は少しだけ頬を染めて視線を反らした。

「なぁーに、親友同士でいちゃついてんですか?そろそろ教室戻らないと、ホームルーム始まっちゃいますよ?」

 突然割り込んだ第三者の声に、驚いて声の主を振り返る。

「タケル!?」
「タケル君!?」
「おはようございます♪」

 にっこり笑顔でそこにいたのは、黙って立っていさえすれば間違い無く貴公子全とした美少年。

「あらタケル君。バスケ部の方はもう終わったの?」
「とっくにね。顔洗ってたらサッカーグラウンドの方が妙に騒がしいんだもん。また太一さん達が何かやってるんだろーなーって見物に来たんだv」
「おや、じゃぁ、もう随分前からここに?」
「ええ。誰だったか、太一さんの悩殺ポーズに鼻血吹いて倒れた所位から♪」
「……別に悩殺ポーズとった覚えはねーよ…あっちが勝手に倒れたの!」

 太一の科白に、四人は揃って明後日の方向を向いた。
 確かに、太一にとっては普通にガードに入っただけかもしれない…ただ、ちょっと普通より顔が近かったけれど…。
 ただでさえ可愛い太一の顔にいきなりドアップで迫られただけでは無く、そのままウインクまでされてしまっては、彼の理性は一溜まりも無かっただろう…。

「それより、最近どうだ?」
「はいvヒカリちゃんには、すっごく助けてもらってます♪」
「それはお互い様だけどねぇ〜v」

 にっこり笑い合ったタケルとヒカリ。
 実はこの二人、世間的には付き合っていることになっているのだ。

 ストーカー対策の一つ『決まった相手がいることにする』で、太一がヤマトを選んだように、ヒカリはその相手をタケルにお願いしていた。
 特に二人に恋愛感情があるという訳では無く、その申し出をタケルが受けたのは『利害の一致』からだった。
 太一やヒカリほどでは無いが、中学に入って背も伸び、男前度の上がったタケルも結構異性にモテてしまい、その申し出を断るのに四苦八苦していたせいもあってその計画はありがたかった。

 未だ『姉以外眼中に無い』ヒカリと、『そんな太一に憧れており、ヒカリとも知らぬ仲で無い』タケルが、求婚対策に手を組んだとしても何の不思議も無いだろう。
 二人は今の所、良き友人で気心も知れており、相手の裏も表も知っているという気安さもあって恋愛になるほど艶っぽい雰囲気はかけらも無い…先のことは分からないが。

「『ヒカリちゃんとつき合ってるから』って言うと、だいたいの子はあっさり引いてくれるんですよね♪」
「そうだろう?うちのヒカリは可愛いからなぁv」
「もう、お姉ちゃん!」

 タケルの言葉に、太一は嬉しそうに妹の頭を抱え込むように抱きしめる。
 そんな姉の行動に、ヒカリは嗜めながらも幸せそうに微笑んだ…この笑顔がストーカー大増大の引き金となったのだ。

 妹を猫っ可愛がりする姉、その姉に全面的信頼を寄せる妹…。
 この二人の図は、一種理想を具現化したようで、また、手に入れたいと思わせる加虐心をもそそる…二人を引き離した途端、その笑顔が永久に失われてしまうとも気づかずに。

 それに気づかない馬鹿の、何と多いことか。

 互いにだけ許す特別な笑顔。
 どんなに近くづくことが許されても、彼女達の間にだけは入れない…だからこそ、人を惹きつけて止まないのかもしれないが。

「それでは、そろそろ本当に行きますか」
「そうね、私もちょっと寒くなっちゃった」
「まだ六月ですもんね♪」
「おっし、じゃぁまた、放課後続きな」

 彼等の言葉に、タケルの中でふと疑問符が浮かぶ。

「そーいえば、どーして太一さんと空さん、そんな格好してるの?」

 それに四人は顔を見合わせて、にっこり笑って人差し指を立てた。

「それは、女子サッカー部の企業秘密v」

 …一人、光子郎だけに、若干照れが混じっていた。

 

 

 

 

 放課後、時間が合う限り太一・ヒカリ・ヤマト・タケルの四人は一緒に帰ることにしている。
 仮にも付き合っていることになっているのだから、当然といえば当然だが、大体はこのメンバーに空・光子郎の二人が加わる…そして、バンド活動のせいで一番都合の付き難いヤマトが一人抜けることが多いのだが、残った面子はそのことをあまり気にしたことはない。

 そんなわけで一見ただの集団下校のようだが、この日は空がうきうきと一人先に帰り、光子郎は注文していた品が入荷したからと秋葉原へ行ってしまった。
 例の如くヤマトはバンド仲間に強制連行され、太一がにこやかにそれを見送ったのはほんの数分前の話…太一のこの態度が、彼等の関係が疑われる一番の要因なのかもしれない…。

 珍しく太一・ヒカリ・タケルの三人だけの下校だったが、女の子が二人いれば話のネタには事欠かず、家でも一緒だというのに、何故そんなに話があるのか、タケルが不思議に思うほど話題は豊富だ。
 それに、彼女等の楽しげな会話を聞いているだけで嬉しいし、惜しげ無く振舞われる笑顔を独り占め出来るというのは…とんでもない贅沢のようにも思えた。

「ねぇ、お姉ちゃん。お姉ちゃんはヤマトさんのライブ、行ったりしないの?」
「行かねーよ?だってオレ、ヤマトのバンド興味ねーもん」

 あっさり切り捨てた太一に、ヒカリとタケルは苦笑をもらす。
 太一が『彼女』としてヤマトのライブに行けば、きっとヤマトの女難に関する苦労は半分以下には減るだろうし、彼自身はそんなオプションがついて来なくとも非常に喜ぶだろう…しかし、幸か不幸か、太一にはそんな気はさらさら無い。

 過去、一度だけヤマトのライブに行ったことがあるが、太一は途中でそれを抜け出してしまい、その後理由を聞かれたヤマトに『つまらなかったし、うるさい』と不機嫌そうに答えた。
 その太一の反応に、ヤマトはこの世の終わりの様に落ち込んだが、流石に気の毒に思った仲間達のフォローによって何とか立ち直り、バンド解散の危機は脱出した。
 今は、また太一が来てくれた時のために、ひたすら技術向上を目指し頑張っているが…そんな日が来るかは、甚だ疑問だった。

 ヤマトは気づいていないようだが、太一が『どんな状況がつまらなくて、どんな声がうるかった』のかは…他の仲間達は何となく察しがついている。
 そしてそれは、ヤマトのバンドの話しになるとほんの少しだけ不機嫌になる太一の態度に裏付けされるのだが…今は誰も、知らない振りを続けている。

 そんな時、ふと嫌な人影が視界に入った。

「…太一さん」
「ああ…ったく。ここ最近放課後は出なかったのになぁ〜、『積極派』」

 太一が盛大な溜め息と共に毒づいた。
 『積極派』とは、朝太一達が薙ぎ倒す、姿を表しているだけのストーカー。ちなみに『消極派』は、世間一般で言われているストーカーと同意。

「どうしようか、お姉ちゃん?」
「ん〜、どっちにしても、こっちから手ぇ出すと正当防衛が効かなくなるからなぁ…何人位いると思う?」
「…四・五人かな?何か変な感じ…」
「嫌なタイプだね…大丈夫?」
「何とかなるだろ。タケルも手ぇ貸せよ?」
「それはもちろん♪」

 相談がまとまった時、それを待っていたように電信柱の向こうから、この時期にマスク・眼鏡・ニットの帽子・手袋にコートの怪しげな人間が顔を半分だけ出してカメラを構えた。

 ガンっっ!!

「きっっっしょくわりぃんだよっ!!てめぇっっ!!」

 太一が足元の小石を完ぺきなコントロールでカメラのレンズに向かって蹴り上げた。

「……お姉ちゃん…」
「…正当防衛は…?」

 ヒカリとタケルがゆっくりと倒れ込んだ男から太一に視線を移した。

「知るかっ!んなもんクソ食らえだねっ!あんなヤローに写真の一枚もくれてやる位なら、オレは喜んで犯罪者になってやる!」

 きっぱりと言い切った太一に、今度は互いの顔を見合わせて頷いた。

「…まぁ、それは」
「その通り…だよね」

 あっさりと太一の主張を快諾すると、二人は流れるような動作で戦闘モードに入った。
 ヒカリは、何処からか取り出したダーツの矢を素早い風切り音と共に向かいの植え込みの中へと投げつける。
 叫び声と共にカメラが道路に転がり出て、タイミング良く通りすがったダンプカーが粉々に潰して去って行った。
 持ち主が出て来ない所を見ると、あの影で既に気を失っているのだろう。

「…ヒカリちゃんよく分かったね」
「…お姉ちゃんが蹴り上げた時、向こうからシャッターを切る音がしたの」

 シャッター音もこんなに静か♪

 とのキャッチフレーズで流れているCMが脳裏を過ぎったが、彼女に聞こえたならば、そのCMはジャロに訴えられてしかるべきなのかもしれない…その距離悠に、二十メートル。

「流石ヒカリ♪さっさと片付けて帰るぞ?腹減ったぞ、オレはっ!」

 気合と共に鳩尾に四発、仕上げのアッパー…彼女は空腹の為だけで無く、ただ今ちょっぴり気が立っておられます。
 今いない誰かの変わりのサンドバック…そんな感じかもしれない…。

 姉に褒められ、絶対零度の殺気から一気にご機嫌にまで気分を上げたヒカリに、『容赦』と『情け』という言葉をちょっぴり記憶の済みに追いやったタケルがタッグを組んで残りを一網打尽に縛り上げる。
 ぱんぱんっと埃を叩き、ふと足元に転がった小型カメラをぐしゃりと踏み潰す。

「お姉ちゃんっ♪」
「お疲れ♪帰ろーぜ」
「うんv」

 原型を失ったカメラを、通行の邪魔にならないよう道の端に蹴り退けていたタケルは、予期していなかった影の出現に一瞬反応が遅れた。

「やっ、八神さぁ〜んっっ」

「うわっ!?」
「きゃあっ!?」

 珍しく気配を察知出来ていなかったらしい二人が、驚きの声を上げ、庇い合いながら後ろに倒れ込む。
 その情景がスローモーションのようにタケルの瞳に映った…。

 げしっっ!!

「…………」

 衝撃で、彼女等に触れる寸前で方向を変え弾かれたのは、『私、趣味は覗きとストーカーです』と書いてあるような…痩せぎすの男。
 その様子を、抱き合うように倒れていた八神姉妹は虹の形を追うように首を廻らす。

 見事な放物線を描いて地面に激突した男への凶器は、かつて小型カメラと呼ばれていたことがあったかもしれない…鉄の塊。
 更に形を変えたそれが当たったのでは、かなり痛いに違いない。
 ぴくぴくと痙攣する『物』に、三者は冷めた視線を送った。
 中でも一際冷たいその視線…。

「………僕を、役立たずにさせたね………?」

 バックで雷光が光っても何ら不思議の無い演出に、八神姉妹は目を輝かせる。

「………僕がついてて、太一さんとヒカリちゃんを危険な目に会わせるなんて……こんな屈辱は久しぶりだよ……ねぇ?」

 浮かぶ笑顔は普段の柔和さ等欠片も感じさせない、加害者の瞳。

「……これは、償うべきだよね?そうでしょう?ねえっ!」
「うわああぁぁああぁぁぁっっっっ!!!???」

 タケルの言葉にストーカーの悲鳴が重なる。

「出た!久々じゃ〜んっvブラックタケル♪」
「清々しいまでの暗黒っぷりよね♪タケルく〜ん!殺しちゃダメよ〜?半殺しで止めておいてね〜v」
「でも、骨の二・三本折って、しばらく人を付け回そうなんてこと出来なくしてやってもいいぞぉ〜v」

 目の前で起こっている拷問と見紛う所業に、八神姉妹は明るい声援を送る。
 気を失っている者もそうでない者も、しばらくは石のように固まっている方が賢明だろう。

「あはははは!当然だよ二人とも!生きてなきゃ生き地獄は味わえないんだから〜っ!!」

 人が変わってしまっているタケルに全く動じる様子も見せず、八神姉妹は爽やかな笑顔を浮かべる。

「……壊れっぷりに磨きがかかってんなぁ、タケル♪」
「でもお姉ちゃん。これでしばらくは静かになるよねv」
「そーだな♪」

 …全ては彼女等の、手の平の上の出来事。

 

 

「……久々に暴れて、体が痛い…」

 ストーカー御一行様を片付けた帰り道、節々を回しながらタケルが情け無さそうに呟いた。
 流石に今日は人道的見地に立って救急車は呼んでおくかと、ただで繋がる電話ボックスから通報し、案内もせずに立ち去った。
 ただ、『変態ここに伏す』の立て看板はかけておいたので、遠くからでも分かるだろう。

「何だタケル?部活に熱入れて無いのか?」

 サッカー部への誘いを断ってまでバスケ部に入部したタケルが部活を頑張っていないとは思えなかったが、何となくそんなにもバスケが好きそうに見えないこともあり、不思議に思っていた太一はこの機会に聞いてみることにした。

「頑張ってはいますよ〜?ただ、バスケは反射神経鍛えるために入ったんで…まだ体力増強まで行ってないんです」
「反射神経?」
「タケル君、反射神経悪くないでしょ?」

 きょとんとした姉妹の言葉に、タケルは「しまった」と顔を歪めた。

「…何?サッカーよりバスケが好きだったんじゃないんだ?」
「何か他に目的があったんだ〜?」

 左右から『傾城の美少女』とも誉れ高い八神姉妹に覗き込まれ、張り付いた笑顔にがまの油状態のタケル。

「タケルはオレ等がどんなに誘っても『うん』と言ってくれないのは、それだけバスケが好きなんだなぁ〜って思ってたのに…」
「私達と一緒に部活やりたくない、言い訳だったのね…」
「ちょっ!?二人とも!?」

 しゅん…と項垂れる二人に、タケルは慌てて左右を見比べる。

「オレ達タケルに嫌われてたんだな、ヒカリ」
「嫌われてたのね、お姉ちゃん」
「何でそーなるの!?僕がバスケ選んだのはっ」
「「は?」」

 にっこり笑顔が視界に入り、嵌められたことに気づく…だが、時既に遅し…。
 タケルは溜め息一つ吐いて、諦めた。

「…僕がバスケを選んだのは、太一さん達に追いつきたかったから」

 バスケを始めて、少しだけ大きくなった手の平を見つめる。

「同じ事やってたら、絶対に同じ位置になんて立てないでしょう?…いつまでも守られてる立場のまま。だから、違うフィールドで、自分の足で立たなくちゃって…さ」

 少しバツ悪気に、でもどこか照れ臭気に白状したタケルは、思っていたよりも大きくなっていたことに気づく。

「…て、頑張ってみてたんだけど、ダメだねぇ〜。守りきれなかった…情けない」

 ぱしんと手の平で額を覆うタケル。その口元は苦い笑みを刻んでいる。
 太一とヒカリは、少し驚いた表情で顔を見合わせる。

「…ごめんね?」

 手をずらし、寂し気な瞳が謝罪する。
 彼は少しも悪くなど無いのに…。

「…馬鹿だなぁ〜タケル」
「うん、馬鹿ねぇ〜」
「う…酷いなぁ、二人とも…」

 がっくりと肩を落とすタケルに、二人はくすりと微笑み合う。

「守ってくれたよ、ちゃんと」
「ねv」

 するりと側を離れ、二人はタケルの真正面に回る。
 驚いた顔をするタケルに、にっこりと笑う。

「ここまででいいよ」
「送ってくれてありがとう」
「あ、ああ。うん、また明日」

 気づくと、直ぐ目の前に八神家のあるマンションがあった。
 笑顔で挨拶をしたタケルに、二人の顔が素早く近付いて…。

「「また、明日♪」」

 楽しそうな笑い声と軽やかな足音を残して、八神姉妹はマンションの入り口へと消えて行った。

「………………まいった…///」

 両頬に残る、微かな温もり。
 胸の動悸は煩い位…これだから、今の自分に満足なんて出来ないのだ。

 笑ってもらうのが、嬉しい。
 認めてもらえるのが、嬉しい。

 彼女達を守れる自分になるために、今よりももっと、もっと強く…。

 

 

 

 近隣に鳴り響く、八神さん家の美人姉妹。
 彼女達の周りには、数えるのも馬鹿らしくなるほどの、果てしの無い不貞の輩。

 そんな不遇を抱え込み、それでも鮮やかに彼女等が咲き誇っていられるのは…それを凌駕するほどの、頼もしい仲間達のおかげ。

 

 一人では笑えない。
 笑っていられるのは、支えてくれる仲間がいるから。





おわり



 800HITの咲良様のリクでした。
 長い…無駄に長い…そして、ヤマトはどこ?(笑)
 しかも、シリーズ二作目にして何だか設定が一人歩き
 している感じが…ミミはこの世界にいないもよう…(泣)
 完璧パラレルですね!いえ、太一さんが女の子の時点
 で既にパラレル無限大なのですが、別に思いの力で
 仲間は増殖したりはしません(笑)
 こんなんになっちゃいました…すみません…(泣)