笑った顔よりも真剣な顔よりも…本当は、眠っている顔が一番好き。
選ばれし子供達は、いつものようにデジタルワールドでダークタワー倒しに精を出していた。 たまに現れるダークタワーデジモンに手を焼かされながらも、作業は大体順調に進んでいた。 「どーする?いつもは二人組に分かれてやってたけど…」 「ええええぇぇえぇぇええっっ!?」 大輔の言葉に太一があっさりと提案すれば、子供達は一斉に異論の声を上げた。 「…な、何だ??どーしたお前等…?」 不思議そうな彼の視線を受け、小学生組ははっとしたように頬を染めた。 「あ…あはは…何でもナンデス」 てへっと誤魔化し笑いを浮かべる後輩達を仕方無さそうに眺め、光子郎から送られていたダークタワーの点在する箇所を示すエリア分けされた地図をD−ターミナルに映し出した。 「さて、割り当てはどうする?」 組み分けはジョグレスパートナー同士で、今日行く予定の地域を四つに割り、誰が何処に行くかをじゃんけんで決めようとした所を太一が止めた。 「…太一先輩?」 呆れを隠そうともしない彼の言葉に、後輩達はよく分からないままに素直に頷いた。 「…はあ。ちょっと待ってろ」 太一は手を上げ、モニター画面のエリアを見つめて考え込む。そして手招きしてモニターを指さした。 「…ヒカリ、京ちゃん。お前等がここのエリアに行け。この辺りは森と山が連なっているから飛行型デジモンの方が効率がいい」 ヒカリが頷き、京が慌てて返事をした。 「タケルと伊織はこっち側だ。確かこの辺は切り立った崖と地盤の硬い地域が広がっていたはずだ。近くまではペガスモンで飛んでけよ?着いたら伊織、進化の効果的な方法を考えろ」 にっこり請け負った弟分に微笑んで頷き、最後に大輔と賢を呼んだ。 「お前等はこの辺り一帯全部片して来い」 太一に示された地点を見て大輔が驚きの声を上げる。 「何だ?不満か?」 見ると、ブイモンとワームモンが目を輝かせながらお互いのパートナーに熱い視線を送っている。 「でも太一さん?こことこのエリアなら、大輔達よりあたし達の方が近い気がするんですけど?」 京が隣り合わせになっているエリアを指して不思議そうに言うと、太一は苦笑を浮かべた。 「うん、ここはな?こことこことの間にめちゃくちゃでっけえ山がそびえてるんだよ…その山越えて行きたいなら止めねーよ?」 京が顔の前で両手を振って辞退すると、一同は楽しそうに笑い声を上げた。 「それで、太一さんはどの辺りの担当になるんですか?」 驚く伊織に、太一は朗らかな微笑で答える。 「平気平気♪進路的には大した障害も無いしそんな時間かかんねーよ」 きょとんと突っ込んで来た後輩の頭をげしっと軽く叩く。 「オレはお前等と違って一人で同じ量こなすんだよ!大体、オレのグレイモンは飛べねーから陸伝いじゃねーと移動出来ねーし、平地の方が力が発揮出来るんだ!分かったか!?」 ぽんぽんっと頭を宥められ、しゅんとなって太一を見る。 「でも、太一さんよくご存知ですよね。以前来られたことがあるんですか?」 尊敬する眼差しで見られ、流石の太一もこめかみを引き攣らせる…。 「…っ、それ位来る前に調べとけっ!散開っ!」 太一に怒られ、わたわたと担当区域に散って行く子供達を眺め、アグモンが楽し気に笑った。 「…あの?」 小さくなる賢の肩に手を置き、パートナーを進化させて飛び立って行く後輩達に目をやる。 「…何かさ、どーもあいつ等危機感が薄いみたいなんだよな。だから、あいつ等の方針に逆らうとか、そんなの気にして遠慮してないで、自分の意見を言うようにしてくれ。…あいつ等を、助けてやってくれ…頼む」 彼の言葉に呆然としていると、その後から彼のパートナーデジモンまでが現れてにっこりと笑った。 「おーい!一乗寺〜っ?」 背中を押され、彼を呼ぶ仲間の元へと駆け出した。 「…太一先輩と何話してたんだ?何か嬉しそーだぞ、お前?」 決して彼の顔が見れない位置にいるスティングモンが、何故か心配そうに声をかける。 「なあ、何話してたんだ?」 振り返ると、彼のパートナーが雄々しく進化を遂げる姿が遠目にもはっきりと分かった。 酷い仕打ちをしたことがあった。 「がんばれって、言ってくれた…」 笑顔を向けてくれた。 「…すごいね、彼」 そう言うと、大輔はまるで自分が褒められたかのように嬉し気に笑い、照れ臭そうに賢を見た。 「だろ?オレの憧れの先輩なんだ♪」 何故だろう…何処かで見たことのあるような、昔感じていたことがあるような、優しい瞳。 彼の側にいられるならば、二度と間違えずに済む…そんな確信が心の中で芽生えていた。
必殺技が直撃し、ダークタワーが轟音と共に倒れてデータに還って行く。 「おっしゃ!よくやったエクスブイモンっ!一乗寺っ、後ノルマ何本だ?」 大輔の掛け声にデジモン達が合いの手を入れる。 「大丈夫か?スティングモン…」 それでも多少の疲れはあるだろうに、自分には決して見せようとしない彼の心が嬉しい。 「後少しだ。がんばろう」 もう少しで目的地に着くといった時、大輔が素っ頓狂な声を上げた。 「本宮?どうしたんだ?」 彼の指さす先には、見慣れたデジモン達とそのパートナー達の姿があった。 「どーしたんだ、お前等!?」 彼等の直ぐ側に着陸し、本来ならいるはずの無いメンバーを不思議そうに見回す。 「…あれ?ヒカリさんは?」 驚きの声を上げれば、伊織が満足そうに足元のアルマジモンを見る。 「はい。太一さんに言われた通り、進化の仕方を変えるだけで随分作戦が立てられて勉強になりました!」 嬉しそうにパートナーを抱きしめる京に、唖然として顔を見合わせる。 「…もう終わったってさ」 どちらとも無く苦笑が浮かぶ…これが経験値の差というものだろうか。 「はあ〜、それでヒカリちゃんは太一先輩の手伝いに行っちゃったのか…」 彼女の姿だけが無いのは、一人でやっているはずの兄の所に向かったのかと納得したのに、京にあっさりと否定されてしまった。 「太一さん、あたし達が残り二・三本って時に『自分の分終わったから、そっちも片付いたら迎えに来てくれ』ってメールが入って来たもん」 はい、と見せられたのは、三十分ほど前に受信記録の残る彼からのメッセージ。 「…だって、一人でオレ等と同じだけやってるんだぜ?」 楽しそうに笑うタケルに、大輔と賢は複雑な表情で振り返る。 「…タケル」 きょとんとされて何も言えなくなってしまった大輔に変わり、賢が続ける。 「アグモンが一緒にいると言っても、眠ったりしてたら危ないんじゃないのかい?獰猛なデジモンだっているんだし…」 にっこり笑ったタケルの言葉に、大輔がそういえばと思い出した。 「だけど…」 賢が少なからず驚きながら問えば、大輔が神妙な顔で頷いた。 「正確に言えば、敵意の無い大輔君だから側まで行けたってトコだね。敵意ある何かが近付いて来てたとしたら、太一さんなら半径七・八M位で気がつくよ」 僕には無理だけどね、と伊織に笑いかけてタケルは話を終わらせた。 「太一さんのことは迎えに行けば分かるから…大輔君と一乗寺君はさっさとノルマ終わらせて来なよ。言っとくけど僕等は手伝わないよ?」 京がさきほどのメールの続きを示して高らかに宣言した。 「そんなあ〜…」 頼もしく頷くパートナーに微笑みかけ、今日最後の仕事に取り掛かった。
森の中をタケルを先頭に歩きながら、残りのメンバー達は何処と無く不安そうな顔で辺りを見渡した。 「…なあ、タケル?太一さん、ホントにこんな森の中で寝てるのか?」 自信満々なタケルの言葉に励まされ何とか進んでいるものの、こんな場所にいたらすれ違っても分からないんじゃ無いかと思えてしまう。 「心配性だなぁ皆。こういう場所の方が隠れるトコがいっぱいあって都合がいいんだよ?」 タケルの帽子の上が指定席になってぃるパタモンが彼等を振り返り、次いでその姿が消え去った。 「えっ!?」 心配したこちらが馬鹿のようにあっさりと返って来た返事に、声のした足元を見る。 「あ、反応キャッチ。こっちだね」 タケルが手にしたデジヴァィスに映った点滅信号を認めて微笑んだ。 「太一さん!起こしちゃいました?」 その声に背中越しに伺うと、大きな樹の根元…茂みに隠れるようにして伸びをしている八神兄妹とデジモン達がいた。 「まーな。その辺の小型デジモン達が騒がしくなったから、そろそろだと思ってた」 応える姿は何処か現実離れしていて、周りの風景に溶け込んでいるかのように見えた。 「…どうした、大輔?」 不思議そうに首を傾げた太一に、大輔は慌てて取り繕った…この思いは漠然とし過ぎていて、どんな言葉で表したらいいのか分からなかったのだ。 「…そうか?悪かったな、迎えに来させて。この先にモニターを見つけたから、そこから帰ろうぜ」 もう一度伸びをして立ち上がり、ヒカリに手を貸した。
後日、沈んだ気持ちのままパソコンルームで座り込んでいた大輔に、ヒカリが心配そうに声をかけた。 「…大輔君、何だか元気無いみたいだけど…どうしたの?」 あははと空元気で笑って見るものの、そんな誤魔化しが利く八神ヒカリでは無い。 「…何か気になることがあるなら、話してくれると嬉しいな」 ヒカリの強制はしない柔らかな言い方に、大輔は黙り込み、そして決心したように口を開いた。 「…ねえ、ヒカリちゃん。ヒカリちゃん達にとってオレ等って………仲間かな」 びっくりしながらも即答したヒカリに、今度は顔を上げて続けた。 「じゃあ!…じゃあ、太一先輩達にとっては…仲間…かなあ…」 消え入りそうな声で呟く大輔に、いつもの大胆さは感じられない。 「…あたし、大輔の言いたいこと、何となく分かる。…この間太一さんと一緒にデジタルワールドに行った時からずっと引っかかってたことがあって…考えて、ずっと考えてて…やっと分かったわ」 何故あんなに泣きたくなったのか、考えて考えて…やっと出た答え。 当然だ。 「…バッッカだなあ、大輔君っ!」 しんみりとした空気を突き破り、タケルが思いっきり呆れた声で大輔の背中を叩いた。 「タ…タケル、てめぇ…」 背中をさすりながら噛み付こうとしていた大輔が、タケルの言葉に唖然と止まった。 「……………え?」 同じ顔をしている京と伊織を、タケルとヒカリは困ったようにくすくすと笑った。 「お兄ちゃんに限らず、光子郎さんやヤマトさん達も外ではすごく眠りが浅いのよ。これはもう身に染み付いたクセだから仕方無いわよね。ちょっとした物音でもすぐに目が覚めちゃうの…だから、皆の眠りを邪魔しないようにルールがあるの」 うんと頷き、タケルと目を合わせて悪戯っぽく微笑んだ。 「大輔君達だけに教えてあげるね?他の人には内緒v…もっとも、他の人がやっても変わらないだろうけど、大輔君達ならきっと大丈夫♪」 そうして明かされた内容に、三人は驚きに目を見張った。 けれど、それを試す機会はそれから直ぐに訪れた。 放課後、いつものようにパソコン教室に向かった五年生三人組みは、そこにいた先客の姿に首を傾げた。 「…京さん?伊織君?どうしたの?」 ヒカリが聞くと、廊下で立ち竦んでいた二人がびくりと反応し、ほんの少しだけ開いている扉から中を示した。 「…あ、お兄ちゃん」 いつにも増して過剰反応を示す大輔に、ヒカリとタケルはこっそりと苦笑を浮かべた。 「大丈夫よ。先に行くね?」 そう言って、そろりと扉の隙間を大きくし、ヒカリがするりと部屋の中に入り、彼から随分と離れた所で立ち止まった。 「…お兄ちゃん、ヒカリです」 小さな声で囁くと、そのまま普通に彼に近付く。 作業はそれだけ。 大輔は、目の前で見せられた見本に息を飲み、手に汗が浮かぶほど緊張しながら前に出た。 「…も、本宮…大輔です…!」 小さい割には力のこもった呟きを吐き、右手と右足を同時に出しながら太一に近付いた。 「…み、京ちゃんです!」 太一が自分を呼ぶ時のまま口に出し、自分をちゃん付けしたのなど何年振りのことだろう。 「………火田伊織です…」 伊織がそぉと近づき、譲られた場所に体を入れても、太一はまだ安らかな寝息を立てていた。 「…お兄ちゃん、起きて?デジタルワールド行くんでしょ?」 ヒカリが肩を揺すると、程無く太一は瞼を上げて起き上がった。 「…何だ、お前等やっと来たのか…待ちくたびれて寝ちまったぞ…」 まるで、彼等がそこにいることが当然のような態度で欠伸する太一に、三人は何も言葉が出てこなかった。 「…何だ?お前等何か、いいことでもあったのか?」 言われて顔に手をやれば、確かに緩んでいることが確認出来た。 「やっぱ何かあったのか?」 微笑を浮かべた太一に、彼等は元気良く頷いた。 「「「はい!すごくっ!!」」」 彼等の勢いに一瞬だけ目を丸くしたが、嬉しそうな後輩達の様子に、太一は『そうか』と言ってふわりと微笑んだ。
端から見れば、小さな小さな出来事が、自分にとっては何よりも嬉しい出来事だったりすることがある。 馬鹿にしたければすればいい。 だけど…眠ったままのあなたが、あなたの存在こそが、『信頼』という言葉を教えてくれた。 おわり |