笑った顔よりも真剣な顔よりも…本当は、眠っている顔が一番好き。

 

 

 

 選ばれし子供達は、いつものようにデジタルワールドでダークタワー倒しに精を出していた。

 たまに現れるダークタワーデジモンに手を焼かされながらも、作業は大体順調に進んでいた。
 今日のメンバーは小学生組六人と、部活の無かった太一とそのデジモン達。

「どーする?いつもは二人組に分かれてやってたけど…」
「あ、オレ一人でいいぜ?」

「ええええぇぇえぇぇええっっ!?」

 大輔の言葉に太一があっさりと提案すれば、子供達は一斉に異論の声を上げた。
 あまりの迫力に、太一は驚いて数度瞬く。

「…な、何だ??どーしたお前等…?」

 不思議そうな彼の視線を受け、小学生組ははっとしたように頬を染めた。

「あ…あはは…何でもナンデス」
「そうそう♪ナンデモ…」

 てへっと誤魔化し笑いを浮かべる後輩達を仕方無さそうに眺め、光子郎から送られていたダークタワーの点在する箇所を示すエリア分けされた地図をD−ターミナルに映し出した。
 そしてパートナー達にも見えるように膝をつく。

「さて、割り当てはどうする?」

 組み分けはジョグレスパートナー同士で、今日行く予定の地域を四つに割り、誰が何処に行くかをじゃんけんで決めようとした所を太一が止めた。

「…太一先輩?」
「…お前等、いっつもこんな風に決めてたのか?」

 呆れを隠そうともしない彼の言葉に、後輩達はよく分からないままに素直に頷いた。

「…はあ。ちょっと待ってろ」

 太一は手を上げ、モニター画面のエリアを見つめて考え込む。そして手招きしてモニターを指さした。

「…ヒカリ、京ちゃん。お前等がここのエリアに行け。この辺りは森と山が連なっているから飛行型デジモンの方が効率がいい」
「はい」
「あ、分かりました!」

 ヒカリが頷き、京が慌てて返事をした。
 それを確認して、隣のタケル達に向き合う。

「タケルと伊織はこっち側だ。確かこの辺は切り立った崖と地盤の硬い地域が広がっていたはずだ。近くまではペガスモンで飛んでけよ?着いたら伊織、進化の効果的な方法を考えろ」
「効果的…ですか?」
「そうだ。お前等のデジモンはオレ等のパートナーと違って戦闘力的にはほぼ変わらない三つの進化形態がある。どの進化をさせることが、パートナーの負担をより減らせることになるのか考えるんだ。…出来るな?」
「はい!」
「タケル、しっかりサポートしてやれよ?」
「分かりました」

 にっこり請け負った弟分に微笑んで頷き、最後に大輔と賢を呼んだ。

「お前等はこの辺り一帯全部片して来い」
「ここ全部ですか!?」

 太一に示された地点を見て大輔が驚きの声を上げる。

「何だ?不満か?」
「って、だって皆と範囲が全然違いますよ!?」
「ばーか。いいか?この辺は気候的にも地理的にもさして問題が無い場所だ。お前等のパートナーは飛行能力のあるパワー型だろーが。見てみろ、デジモン達はやる気満々だぜ」
「え……」

 見ると、ブイモンとワームモンが目を輝かせながらお互いのパートナーに熱い視線を送っている。

「でも太一さん?こことこのエリアなら、大輔達よりあたし達の方が近い気がするんですけど?」

 京が隣り合わせになっているエリアを指して不思議そうに言うと、太一は苦笑を浮かべた。

「うん、ここはな?こことこことの間にめちゃくちゃでっけえ山がそびえてるんだよ…その山越えて行きたいなら止めねーよ?」
「あ…あはは…遠慮します」

 京が顔の前で両手を振って辞退すると、一同は楽しそうに笑い声を上げた。

「それで、太一さんはどの辺りの担当になるんですか?」
「ああ、オレはここから順にこの辺まで足伸ばすよ」
「え!?ここまで行くんですか!?」

 驚く伊織に、太一は朗らかな微笑で答える。

「平気平気♪進路的には大した障害も無いしそんな時間かかんねーよ」
「え〜?じゃあ、太一先輩楽ってことですか?」
「阿呆っ!」
「いてっ!」

 きょとんと突っ込んで来た後輩の頭をげしっと軽く叩く。
 殴られた所を撫でている大輔の顔の前にずいっと指を突き出し、据わった目を向けた。

「オレはお前等と違って一人で同じ量こなすんだよ!大体、オレのグレイモンは飛べねーから陸伝いじゃねーと移動出来ねーし、平地の方が力が発揮出来るんだ!分かったか!?」
「わ…分かりました」
「…たく。デジモンのこともちったあ勉強しろよ?大輔」
「はい…」

 ぽんぽんっと頭を宥められ、しゅんとなって太一を見る。
 アグモンまでがよしよしと頭を撫でて来る…太一は怒っている訳では無い、呆れているのでも無い。ただ心配してくれているのだ。

「でも、太一さんよくご存知ですよね。以前来られたことがあるんですか?」
「うん、すごいよね♪」

 尊敬する眼差しで見られ、流石の太一もこめかみを引き攣らせる…。

「…っ、それ位来る前に調べとけっ!散開っ!」
「はいっ!」

 太一に怒られ、わたわたと担当区域に散って行く子供達を眺め、アグモンが楽し気に笑った。
 散って行く子供達の中、太一はふと賢を呼び止める。

「…あの?」
「一乗寺、お前地理のことは調べてただろ?」
「え?…はあ、まあ…ここじゃ何が起こるか分かりませんし、念のため…」
「やっぱりな…」

 小さくなる賢の肩に手を置き、パートナーを進化させて飛び立って行く後輩達に目をやる。

「…何かさ、どーもあいつ等危機感が薄いみたいなんだよな。だから、あいつ等の方針に逆らうとか、そんなの気にして遠慮してないで、自分の意見を言うようにしてくれ。…あいつ等を、助けてやってくれ…頼む」
「…八神さん…」
「お願いだよ?」
「………」

 彼の言葉に呆然としていると、その後から彼のパートナーデジモンまでが現れてにっこりと笑った。

「おーい!一乗寺〜っ?」
「あ…」
「よし、頼んだぜ?がんばれ!」
「…はい!」

 背中を押され、彼を呼ぶ仲間の元へと駆け出した。
 進化を終えたパートナーの背中に負ぶさり、不思議そうな顔をする大輔の瞳とぶつかった。

「…太一先輩と何話してたんだ?何か嬉しそーだぞ、お前?」
「え?そうかな?」
「うん。何か顔が明るい…お前もそー思うよな?エクスブイモン?」
「ああ。吹っ切れた感じだな」
「そうなの?賢ちゃん!?」

 決して彼の顔が見れない位置にいるスティングモンが、何故か心配そうに声をかける。
 そんなパートナーを宥めるように小さく笑う。

「なあ、何話してたんだ?」
「…うん」

 振り返ると、彼のパートナーが雄々しく進化を遂げる姿が遠目にもはっきりと分かった。
 オレンジ色の、そのパートナーと同じように強くて優しい、暖かなデジモン。

 酷い仕打ちをしたことがあった。
 あの頃のことはほとんど記憶に無いけれど、閉じ込められた檻の中…誰もいない冷たい床の上に倒れ伏し、泣きながら彼の名を呼んでいたことを覚えている。
 今は、思い出すだけでこんなにも胸が締め付けられるのに…何故あの時何も感じることが出来なかったのだろう。
 それなのに…。

「がんばれって、言ってくれた…」

 笑顔を向けてくれた。
 彼の大切な仲間達を『頼む』と言ってくれたのだ。

「…すごいね、彼」

 そう言うと、大輔はまるで自分が褒められたかのように嬉し気に笑い、照れ臭そうに賢を見た。

「だろ?オレの憧れの先輩なんだ♪」
「うん、そうだろうね」

 何故だろう…何処かで見たことのあるような、昔感じていたことがあるような、優しい瞳。
 全てを受け入れ、全てを許してくれそうな…それは、昔彼の傍らに存在した『弟を想う兄の瞳』と同じなことを彼が知るのは、もう少し後のことになる。

 彼の側にいられるならば、二度と間違えずに済む…そんな確信が心の中で芽生えていた。

 

 

 必殺技が直撃し、ダークタワーが轟音と共に倒れてデータに還って行く。

「おっしゃ!よくやったエクスブイモンっ!一乗寺っ、後ノルマ何本だ?」
「え〜と、エリア移って三本だね」
「おし!もいっちょ気合い入れてくか!」

 大輔の掛け声にデジモン達が合いの手を入れる。

「大丈夫か?スティングモン…」
「大丈夫だよ、賢ちゃん。ボク等の属性にあったやり方をしてるからね。あまり疲れは感じ無いんだ」
「…そうか」

 それでも多少の疲れはあるだろうに、自分には決して見せようとしない彼の心が嬉しい。

「後少しだ。がんばろう」
「分かってるよ、賢ちゃん!」
「あれ?」

 もう少しで目的地に着くといった時、大輔が素っ頓狂な声を上げた。

「本宮?どうしたんだ?」
「いや、ほらあれ!」

 彼の指さす先には、見慣れたデジモン達とそのパートナー達の姿があった。

「どーしたんだ、お前等!?」
「あ!大輔、賢君!やっと来た〜!」
「…やっと?」

 彼等の直ぐ側に着陸し、本来ならいるはずの無いメンバーを不思議そうに見回す。

「…あれ?ヒカリさんは?」
「あ、太一さんのトコ♪あたし達の担当区域の分終わったから、太一さんがいるトコに行くのにここが通り道だったのよ。で、まだみたいだったから待ってたってわけ」
「何!?お前等もう終わったのっ!?」

 驚きの声を上げれば、伊織が満足そうに足元のアルマジモンを見る。

「はい。太一さんに言われた通り、進化の仕方を変えるだけで随分作戦が立てられて勉強になりました!」
「時間短縮とエネルギー温存になったよね♪」
「タケルさんのご指導があればこそです!」
「そう!もうびっくりしちゃった〜!行って見たら太一さんが言ってた通りの地形じゃない?そんで、ヒカリちゃんがこういうトコなら…て作戦立ててくれて、思ってたより全然早く終わっちゃった♪」
「京さん!私まだまだ戦えますよ?」
「今日はもういいのよ、ホークモンvお疲れ様v」

 嬉しそうにパートナーを抱きしめる京に、唖然として顔を見合わせる。

「…もう終わったってさ」
「…すごいね」

 どちらとも無く苦笑が浮かぶ…これが経験値の差というものだろうか。

「はあ〜、それでヒカリちゃんは太一先輩の手伝いに行っちゃったのか…」
「え?違うわよ?」
「へ?」

 彼女の姿だけが無いのは、一人でやっているはずの兄の所に向かったのかと納得したのに、京にあっさりと否定されてしまった。

「太一さん、あたし達が残り二・三本って時に『自分の分終わったから、そっちも片付いたら迎えに来てくれ』ってメールが入って来たもん」
「うそっ!?」
「ホント」

 はい、と見せられたのは、三十分ほど前に受信記録の残る彼からのメッセージ。

「…だって、一人でオレ等と同じだけやってるんだぜ?」
「そーだけど、ヒカリちゃんが『じゃあきっとお兄ちゃん、昼寝でもしてると思うから』って終わったら行っちゃったもん」
「…ひ、昼寝??」
「あはは♪太一さんならありうるなあ〜♪」

 楽しそうに笑うタケルに、大輔と賢は複雑な表情で振り返る。

「…タケル」
「あ、僕等がここに到着したのは、君等が来るほんのちょっと前だったから、ヒカリちゃんを止めることは出来なかったヨ?」
「そーじゃなくて!太一さん大丈夫なのか!?」
「何が?」

 きょとんとされて何も言えなくなってしまった大輔に変わり、賢が続ける。

「アグモンが一緒にいると言っても、眠ったりしてたら危ないんじゃないのかい?獰猛なデジモンだっているんだし…」
「ああ、そういうことなら平気だよ♪太一さん気配に聡いから」

 にっこり笑ったタケルの言葉に、大輔がそういえばと思い出した。

「だけど…」
「いや、太一先輩マジすげーんだよ。色んなトコで仮眠とってるけど、オレ先輩の寝顔って見たことないもん。側行くと絶対目覚ますから」
「そう…なの、か?」

 賢が少なからず驚きながら問えば、大輔が神妙な顔で頷いた。

「正確に言えば、敵意の無い大輔君だから側まで行けたってトコだね。敵意ある何かが近付いて来てたとしたら、太一さんなら半径七・八M位で気がつくよ」
「どうして七・八Mなんですか?」
「その距離なら、いきなり襲って来られても交わせるからかな♪」

 僕には無理だけどね、と伊織に笑いかけてタケルは話を終わらせた。
 京を筆頭に感嘆の声を上げている仲間達に、正しくはその中の二人に向かってタケルがにっこりと笑いかけた。

「太一さんのことは迎えに行けば分かるから…大輔君と一乗寺君はさっさとノルマ終わらせて来なよ。言っとくけど僕等は手伝わないよ?」
「えっ、そうなのか!?」
「あったりまえじゃない!敵が襲って来るわけで無し。太一さんに甘やかすなって言われてるもんっ!」

 京がさきほどのメールの続きを示して高らかに宣言した。

「そんなあ〜…」
「ほら、本宮行くよ?これ以上皆を待たせても悪いし…スティングモン、エクスブイモン、用意はいいか?」
「もちろん!」
「いつでも!」

 頼もしく頷くパートナーに微笑みかけ、今日最後の仕事に取り掛かった。

 

 

 森の中をタケルを先頭に歩きながら、残りのメンバー達は何処と無く不安そうな顔で辺りを見渡した。

「…なあ、タケル?太一さん、ホントにこんな森の中で寝てるのか?」
「指定地域はこの辺だったんでしょ?だったら間違い無くこの森にいるよ」
「だ、だけど…これじゃ迷っちゃわない?」
「大丈夫だって♪」

 自信満々なタケルの言葉に励まされ何とか進んでいるものの、こんな場所にいたらすれ違っても分からないんじゃ無いかと思えてしまう。

「心配性だなぁ皆。こういう場所の方が隠れるトコがいっぱいあって都合がいいんだよ?」
「そうだよねぇパタモン」

 タケルの帽子の上が指定席になってぃるパタモンが彼等を振り返り、次いでその姿が消え去った。

「えっ!?」
「タケル!?パタモンっ!?」
「あ、ここ段差になってるから気をつけてね」
「……………」

 心配したこちらが馬鹿のようにあっさりと返って来た返事に、声のした足元を見る。
 木の根の向こう側が地すべりでも起こしたのか、一Mほどの段差になっていた…これを飛び降りたから消えたように見えたのだろう。

「あ、反応キャッチ。こっちだね」

 タケルが手にしたデジヴァィスに映った点滅信号を認めて微笑んだ。
 その事実に安心し、しばらく歩いているとタケルが嬉しそうな声を出した。

「太一さん!起こしちゃいました?」

 その声に背中越しに伺うと、大きな樹の根元…茂みに隠れるようにして伸びをしている八神兄妹とデジモン達がいた。

「まーな。その辺の小型デジモン達が騒がしくなったから、そろそろだと思ってた」

 応える姿は何処か現実離れしていて、周りの風景に溶け込んでいるかのように見えた。

「…どうした、大輔?」
「あ、いえ…何でも無いです…」

 不思議そうに首を傾げた太一に、大輔は慌てて取り繕った…この思いは漠然とし過ぎていて、どんな言葉で表したらいいのか分からなかったのだ。

「…そうか?悪かったな、迎えに来させて。この先にモニターを見つけたから、そこから帰ろうぜ」
「根回しいいですね、太一さん…」
「時間あったからなあ…さあて、行くか」

 もう一度伸びをして立ち上がり、ヒカリに手を貸した。
 こうして見ていると何処も不思議な所は無い…彼はちゃんと自分達の側に居る。
 アグモンの歩幅に合わせ、ヒカリやタケルと談笑しながら先を進む太一の背中を眺めながら、大輔は何故だか泣きたい気分になっていた。
 そして、京と伊織も…大輔と同じ感情を持て余していた。

 

 

 後日、沈んだ気持ちのままパソコンルームで座り込んでいた大輔に、ヒカリが心配そうに声をかけた。

「…大輔君、何だか元気無いみたいだけど…どうしたの?」
「え!?どーもしないよ?オレ」

 あははと空元気で笑って見るものの、そんな誤魔化しが利く八神ヒカリでは無い。
 大輔と似たような状態の京と伊織、そしてヒカリと同じく何となく気になっていたタケルが、顔を見合わせる。

「…何か気になることがあるなら、話してくれると嬉しいな」
「………」

 ヒカリの強制はしない柔らかな言い方に、大輔は黙り込み、そして決心したように口を開いた。

「…ねえ、ヒカリちゃん。ヒカリちゃん達にとってオレ等って………仲間かな」
「え?もちろん仲間よ?」

 びっくりしながらも即答したヒカリに、今度は顔を上げて続けた。

「じゃあ!…じゃあ、太一先輩達にとっては…仲間…かなあ…」
「…大輔君?」

 消え入りそうな声で呟く大輔に、いつもの大胆さは感じられない。

「…あたし、大輔の言いたいこと、何となく分かる。…この間太一さんと一緒にデジタルワールドに行った時からずっと引っかかってたことがあって…考えて、ずっと考えてて…やっと分かったわ」
「京さん?」
「…太一さん、デジタルワールドのこと、すごく良く分かってるのよ。あたし達なんか足元にも及ばない位」
「僕も考えてました。僕達の存在で騒ぎ出したっていう小型デジモン達…ということは、太一さんやヒカリさんだけがいた時は普通にしていたということですよね?まるで自然に溶け込むみたいに…あの場所にいることが不自然では無いように振舞えて…その点僕達は、歩くだけでもその場所に住む者達を騒がせてしまう…」

 何故あんなに泣きたくなったのか、考えて考えて…やっと出た答え。
 あの時感じた寂しさは、彼と自分達の間にある壁のようなものを実感したから…。
 だから、彼は自分達が近付くと起きてしまうのだ。

 当然だ。
 あまりにも関わった世界のことを知らない自分達。
 いつも助けてもらってばっかりで、呆れられることの方が多くて…安心して側にいてもらうことなんて、出来なくて当然だ。
 悲しいけれど、悔しいけれど、それが現実。

「…バッッカだなあ、大輔君っ!」
「だあっっ!!??」

 しんみりとした空気を突き破り、タケルが思いっきり呆れた声で大輔の背中を叩いた。

「タ…タケル、てめぇ…」
「そーんなつまんないこと気にしてたの?」
「つまんないってお前っ!」
「普通に近付いたら、相手が僕等だって太一さんは起きちゃうよ?」

 背中をさすりながら噛み付こうとしていた大輔が、タケルの言葉に唖然と止まった。

「……………え?」

 同じ顔をしている京と伊織を、タケルとヒカリは困ったようにくすくすと笑った。

「お兄ちゃんに限らず、光子郎さんやヤマトさん達も外ではすごく眠りが浅いのよ。これはもう身に染み付いたクセだから仕方無いわよね。ちょっとした物音でもすぐに目が覚めちゃうの…だから、皆の眠りを邪魔しないようにルールがあるの」
「ルール?」

 うんと頷き、タケルと目を合わせて悪戯っぽく微笑んだ。

「大輔君達だけに教えてあげるね?他の人には内緒v…もっとも、他の人がやっても変わらないだろうけど、大輔君達ならきっと大丈夫♪」
「…え?」
「あのね…」

 そうして明かされた内容に、三人は驚きに目を見張った。
 それは本当に簡単で、だけどはっきりと勝敗の分かれる残酷なもの。
 二人は大丈夫だと笑うけれど、今の彼等にはそんな自信は全然無かった。

 けれど、それを試す機会はそれから直ぐに訪れた。

 放課後、いつものようにパソコン教室に向かった五年生三人組みは、そこにいた先客の姿に首を傾げた。

「…京さん?伊織君?どうしたの?」

 ヒカリが聞くと、廊下で立ち竦んでいた二人がびくりと反応し、ほんの少しだけ開いている扉から中を示した。

「…あ、お兄ちゃん」
「えっ!?太一さんっ!?」

 いつにも増して過剰反応を示す大輔に、ヒカリとタケルはこっそりと苦笑を浮かべた。
 教室の中では、早く来過ぎてしまったらしい太一が扉に背を向けて眠っている様子が伺える。
 その周りには彼等のパートナーデジモン達もいたが、彼が起きる気配は今の所無かった。

「大丈夫よ。先に行くね?」

 そう言って、そろりと扉の隙間を大きくし、ヒカリがするりと部屋の中に入り、彼から随分と離れた所で立ち止まった。

「…お兄ちゃん、ヒカリです」

 小さな声で囁くと、そのまま普通に彼に近付く。
 続いてタケルが入り、同じように名前を言って太一の側に立った。
 そして、残ったメンバーににこやかに手招きをする。

 作業はそれだけ。
 彼等の言っていた方法は、名乗ることにより誰が近付いて行くかを眠っている者に教えるというものだった。
 普通に考えれば馬鹿馬鹿しい話かもしれない。
 だが、生と死の極限状態で信じられるのは仲間達だけ…そんな中で、浅い眠りでも聞こえた声と名前に安心するというのは、彼等の生きていくための智恵でもあった。

 大輔は、目の前で見せられた見本に息を飲み、手に汗が浮かぶほど緊張しながら前に出た。
 太一の足元では、あまり空気を張り詰めないように気をつけながら、チビモンがハラハラと事態を伺っている。

「…も、本宮…大輔です…!」

 小さい割には力のこもった呟きを吐き、右手と右足を同時に出しながら太一に近付いた。
 その様子に、ヒカリとタケルは必死に笑いを噛み殺すが、本人はそれ所では無い。
 初めて太一の寝顔を目にしても、彼は起きる様子は無い…それをやっとのことで確認し、後を向いて大きく頷いた。

「…み、京ちゃんです!」

 太一が自分を呼ぶ時のまま口に出し、自分をちゃん付けしたのなど何年振りのことだろう。
 京が彼等の輪に加わっても、何の変化も訪れ無かった。
 そして、京が嬉しそうに伊織に頷く。
 伊織はゆっくりと頷き返し、まず一歩教室に足を踏み入れた。

「………火田伊織です…」

 伊織がそぉと近づき、譲られた場所に体を入れても、太一はまだ安らかな寝息を立てていた。
 三人は息を吐き肩の力を抜く…今、この場所にいる実感が湧いてくる。

「…お兄ちゃん、起きて?デジタルワールド行くんでしょ?」
「ん〜…」

 ヒカリが肩を揺すると、程無く太一は瞼を上げて起き上がった。

「…何だ、お前等やっと来たのか…待ちくたびれて寝ちまったぞ…」
「ごめんね、太一さん♪」

 まるで、彼等がそこにいることが当然のような態度で欠伸する太一に、三人は何も言葉が出てこなかった。
 そんな彼等を見て、太一が不思議そうな顔をする。

「…何だ?お前等何か、いいことでもあったのか?」
「え?」
「顔が笑ってるぞ?」

 言われて顔に手をやれば、確かに緩んでいることが確認出来た。
 不思議そうな太一の後ろで、ヒカリとタケルがくすくすと笑っている。

「やっぱ何かあったのか?」

 微笑を浮かべた太一に、彼等は元気良く頷いた。

「「「はい!すごくっ!!」」」

 彼等の勢いに一瞬だけ目を丸くしたが、嬉しそうな後輩達の様子に、太一は『そうか』と言ってふわりと微笑んだ。

 

 

 

 端から見れば、小さな小さな出来事が、自分にとっては何よりも嬉しい出来事だったりすることがある。

 馬鹿にしたければすればいい。
 笑いたければ笑えばいい。

 だけど…眠ったままのあなたが、あなたの存在こそが、『信頼』という言葉を教えてくれた。
 誰よりも何よりも強く。

 



 

おわり


    4000HITの浅葱様のリクエストでした。
    ……………賛美小説…………????(汗)
    書いてて、何だか自分でもよく分からなくなって
    しまいました…(泣)
    でもっ!太一さんはかっこいいっっ!!←?
    すみませんでした……次回の『賛美小説』に
    ご期待下さい…(苦笑)

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