三学期が始まって一番最初に雪が降った次の日、お台場小学校は学校上げての『雪合戦大会』が開かれた。




 

 お昼過ぎからまた降り出した雪の音を、ヒカリはぼんやりとした頭で聞いていた。
 子供部屋からベランダに続くガラス戸は内と外の気温差で曇ってしまい、降っている景色は見えない…だが、静寂の中に響く気配が痛いほどに伝わってくる。

 暖房を入れていても負けない冷気に、ヒカリは布団の中に非難することで胸を圧迫する咳の音を殺すことが出来た。

 額に付けられた『冷えピタ』は、とうにその役目を終えていたが、億劫さからそれを取ることもせず寝返りを打つ。
 枕に顔を押し付けて、その持ち主の匂いに鼻がつんとなって涙が浮かぶ。

 今日は小学校に上がって始めての『雪合戦大会』の日だった。
 去年まで幼稚園に通っていた自分は、兄から聞かされる話を毎年楽しみにしていた。
 そして、やっと今年参加出来る年になったのに…連日の冷え込みのせいであっさりと風邪を引いてしまい、あえなく欠席となってしまったのだ。

 普段なら、多少の我儘では自分の肩を持ってくれる兄は、こと体調に関することになると、両親と揃って頑固にストップをかける。
 その原因は分かっているけれど…。

 だから、両親相手ならば多少のだだをこねることはあっても、兄に駄目出しを食うと何も言えなくなってしまう。

 今日も、ずっと楽しみにしていたことを知っていた両親は、条件付きで折れそうになっていた。しかし、もう少しという所で太一が『ヒカリが行くならオレが休む』と言った為、ヒカリは自分から休むと言わざるを得なくなってしまったのだ。

 その代わりという訳でもなかったが、ヒカリは普段は太一が使っている下のベットで休むことが許された。

 布団を変えようとした母にそのままでいいと言ってくれたのも彼で、おかげで、ずっと太一が側にいてくれているような気分で休むことが出来た。
 だが、ぐっすりと眠って熱の下がった頭で考え事をしていると、ふつふつと理不尽な怒りが込み上げて来る。

『…お兄ちゃん、ずるい。ヒカリはお兄ちゃんと雪合戦したかったのに…お兄ちゃんが行かないなら、意味ないって知っててああいうこと言うんだもん…!』

 思い出されるのは今朝のやり取り。
 太一はいつだって、何かを無理矢理押し付けたりすることは無い。
 まず提案をして、お前はどうする?と聞いて来るのだ。
 こちらに選択肢を与えて答えを出させておきながら、実は初めからそれを予測していたりする…そう、上手く誘導されてしまうのだ。

 そして、ヒカリはいつもそんな太一の言い回しに引っかかってしまう。
 だが、そんな彼の言い方の中でも、今回のものはいつにも増して逃げ道が少なかったと思う。
 いつもは何だかんだ言いながら、一つ二つ位は逃げ道というか、妥協案を用意してくれているのに、今回はそれが全く無かった。

 それなのに、彼は自分だけ学校に行ってしまった。
 扉の外で、『甘いっ!』と両親を叱り付ける声もした。
 あの様子では、きっとこの雪が解けるまでは家から出ることも許してくれないだろう。

『〜〜〜っ、お兄ちゃんのバカバカバカバカあっ!』

 無言のまま布団の中で暴れ、まるでその持ち主そのものを相手にするように蹴り上げる。
 途端に冷気が入り込み、ぶるりとふるえて再び布団の中で丸まった。

 不貞腐れたように布団の中に潜り込んだ時、部屋の外で賑やかな声がして反射的に顔を上げた。

「ただいま〜っ!母さん、母さん!外すげー雪!!」
「お帰り太一。やだ、あんたの周り空気が冷たいわよ?早くこっち来て暖まりなさい!」
「そんなの後後!それより母さん!お皿!お皿ちょーだい!深いやつ!できればガラスのっ!」
「お皿〜??」

 元気よく帰って来た兄の楽し気な声に、ふと浮かびかけた微笑をはっとして引っ込め、ヒカリはばさりと再び布団の中に潜り込んだ。

『…お兄ちゃんなんか、お兄ちゃんなんか…!』

 自分を除け者にして楽しそうにしている太一に、ヒカリは心の中で彼女に思いつく最大の罵りを向けようとしたその時、バタンと大きく音を立てて太一が入って来た。

「ヒカリ!ただいまっ!ほら、お土産だぞ!?」
「…………」

 自分が伏せている時は極力物音を立てないよう気をつけている彼の、らしくない行動に少なからず驚き、それでも返事をしないでいると、太一がぱたぱたと枕元に座り込む気配がした。

「…ありゃ、寝てるのか?」
「…起きてる」

 布団から半分だけ顔を出すと、寒さのせいでか顔を真っ赤にした太一の顔がすぐそばにあった。
 『冷えピタ』の上からコツンとおでこを当て、太一がう〜んと考え込む。

「…ん〜、まだちょっと熱あるか?」
「下がったもん。…お兄ちゃんが冷たいんだもん」
「あはは。そっか」

 ヒカリの言葉に笑いながら、今度は手を当てて来るが、それもおでこと同じくらいに冷たかった。
 ずっと外で雪を触っていたのだろう。

「……楽しかった?」
「ん?ん〜、まあまあだな。それよりほら、ヒカリにお土産♪」
「え?」

 差し出されたのは、透明なガラスの器に可愛らしく座っている雪ウサギ。
 耳は葉っぱ、目は真っ赤な南天の実を使ってある。

「…かわいい」
「だろ?オレこーいうの苦手じゃん?四苦八苦してたら空が見かねて作ってくれたんだ」
「空さんが?」

 あっさりと自分の手柄で無いことをバラし、照れ臭そうに笑っている兄からその手にある雪ウサギに視線を移す。

「こーいうのに入れとけば、枕元に置いといてその内溶けても平気だろ?ここに置いとくから好きなだけ見てな」
「…いいの?」

 にっこりと頷いた太一に、ヒカリも嬉しそうに笑い返した。
 そんな妹の前髪を指で梳くように撫でながら、彼はそっと語りかけた。

「…今もまた雪が降り出したし、外は下手すりゃかまくらが作れる位に積もってるよ。明日もう一日休んで、完全に風邪が治ってるようだったら一緒に雪合戦してやるよ」
「ホント!?」

 驚く妹に太一は苦笑する。

「ちゃんと治ったら…だからな?」
「うん!」

 嬉しそうに微笑んだ妹の頭をくしゃりと掻き混ぜる。

「じゃあ、もうちょっと寝てな?晩飯の時に起こしてやるから」
「うん♪あ、お兄ちゃん、ヒカリ今日ずっとここで寝てていい?」
「いいよ。オレが上使うから」
「え〜っ、一緒に寝よーよぉ!」

 機嫌がすっかり直ったヒカリが、太一の袖をひっぱっておねだりをする。
 太一は少し目を見張ったが、仕方無さそうに微笑んだ。

「…ったく、この甘えたが。風邪移すなよ?」
「うん♪」

 満足そうに微笑んだ妹の手を布団の中に押し込め、肩の上までずり上げる。
 そうして、ぽんぽんっと二度布団の上を叩き、もう一度頭を撫でてから部屋を出て行った。
 それを静かに見送って、ヒカリはほんのちょっと前までとは全く違う気持ちで布団に潜り込んだ。

 風邪が治ったら雪合戦をしてくれると約束してくれた。
 そして、今日は一緒の布団で寝てくれる。

 半分取れかけていた『冷えピタ』を外してベット脇に置き、側に置いてある雪ウサギに目を止めて微笑んだ。

「…お兄ちゃん、大好きv」

 口に出して呟いて、幸せな気分で瞳を閉じた。

 外からはまだ、雪が降り積もっている気配を感じる。
 だが、扉の向こうから伝わる兄と母の暖かなぬくもりに包まれ、ヒカリはゆっくりと眠りの淵へ落ちていった。

 


 

おわり



   3700HITのゆうら様のリクエストでした。
   『八神兄妹のほのぼので、出来れば太一さん総受け』
   ということでしたが、私の技量で『八神兄妹ほのぼの』
   と『太一さん総受け』は同居出来ません…(泣)
   『八神兄妹ほのぼの』のみでお許しを(笑)
   え〜、蛇足ですが、タイトルの『まにまに』は『そのまま』
   とか『あるがままに』という意味です。
   幼い兄妹そのものといった感じに書いてみたのですが…
   いかがだったでしょう?