三学期が始まって一番最初に雪が降った次の日、お台場小学校は学校上げての『雪合戦大会』が開かれた。
お昼過ぎからまた降り出した雪の音を、ヒカリはぼんやりとした頭で聞いていた。 暖房を入れていても負けない冷気に、ヒカリは布団の中に非難することで胸を圧迫する咳の音を殺すことが出来た。 額に付けられた『冷えピタ』は、とうにその役目を終えていたが、億劫さからそれを取ることもせず寝返りを打つ。 今日は小学校に上がって始めての『雪合戦大会』の日だった。 普段なら、多少の我儘では自分の肩を持ってくれる兄は、こと体調に関することになると、両親と揃って頑固にストップをかける。 だから、両親相手ならば多少のだだをこねることはあっても、兄に駄目出しを食うと何も言えなくなってしまう。 今日も、ずっと楽しみにしていたことを知っていた両親は、条件付きで折れそうになっていた。しかし、もう少しという所で太一が『ヒカリが行くならオレが休む』と言った為、ヒカリは自分から休むと言わざるを得なくなってしまったのだ。 その代わりという訳でもなかったが、ヒカリは普段は太一が使っている下のベットで休むことが許された。 布団を変えようとした母にそのままでいいと言ってくれたのも彼で、おかげで、ずっと太一が側にいてくれているような気分で休むことが出来た。 『…お兄ちゃん、ずるい。ヒカリはお兄ちゃんと雪合戦したかったのに…お兄ちゃんが行かないなら、意味ないって知っててああいうこと言うんだもん…!』 思い出されるのは今朝のやり取り。 そして、ヒカリはいつもそんな太一の言い回しに引っかかってしまう。 それなのに、彼は自分だけ学校に行ってしまった。 『〜〜〜っ、お兄ちゃんのバカバカバカバカあっ!』 無言のまま布団の中で暴れ、まるでその持ち主そのものを相手にするように蹴り上げる。 不貞腐れたように布団の中に潜り込んだ時、部屋の外で賑やかな声がして反射的に顔を上げた。 「ただいま〜っ!母さん、母さん!外すげー雪!!」 元気よく帰って来た兄の楽し気な声に、ふと浮かびかけた微笑をはっとして引っ込め、ヒカリはばさりと再び布団の中に潜り込んだ。 『…お兄ちゃんなんか、お兄ちゃんなんか…!』 自分を除け者にして楽しそうにしている太一に、ヒカリは心の中で彼女に思いつく最大の罵りを向けようとしたその時、バタンと大きく音を立てて太一が入って来た。 「ヒカリ!ただいまっ!ほら、お土産だぞ!?」 自分が伏せている時は極力物音を立てないよう気をつけている彼の、らしくない行動に少なからず驚き、それでも返事をしないでいると、太一がぱたぱたと枕元に座り込む気配がした。 「…ありゃ、寝てるのか?」 布団から半分だけ顔を出すと、寒さのせいでか顔を真っ赤にした太一の顔がすぐそばにあった。 「…ん〜、まだちょっと熱あるか?」 ヒカリの言葉に笑いながら、今度は手を当てて来るが、それもおでこと同じくらいに冷たかった。 「……楽しかった?」 差し出されたのは、透明なガラスの器に可愛らしく座っている雪ウサギ。 「…かわいい」 あっさりと自分の手柄で無いことをバラし、照れ臭そうに笑っている兄からその手にある雪ウサギに視線を移す。 「こーいうのに入れとけば、枕元に置いといてその内溶けても平気だろ?ここに置いとくから好きなだけ見てな」 にっこりと頷いた太一に、ヒカリも嬉しそうに笑い返した。 「…今もまた雪が降り出したし、外は下手すりゃかまくらが作れる位に積もってるよ。明日もう一日休んで、完全に風邪が治ってるようだったら一緒に雪合戦してやるよ」 驚く妹に太一は苦笑する。 「ちゃんと治ったら…だからな?」 嬉しそうに微笑んだ妹の頭をくしゃりと掻き混ぜる。 「じゃあ、もうちょっと寝てな?晩飯の時に起こしてやるから」 機嫌がすっかり直ったヒカリが、太一の袖をひっぱっておねだりをする。 「…ったく、この甘えたが。風邪移すなよ?」 満足そうに微笑んだ妹の手を布団の中に押し込め、肩の上までずり上げる。 風邪が治ったら雪合戦をしてくれると約束してくれた。 半分取れかけていた『冷えピタ』を外してベット脇に置き、側に置いてある雪ウサギに目を止めて微笑んだ。 「…お兄ちゃん、大好きv」 口に出して呟いて、幸せな気分で瞳を閉じた。 外からはまだ、雪が降り積もっている気配を感じる。 おわり |