大人と子供、人種や文化、全てを取り入れ昇華させた見事なラインナップは、その表の華やかさと共に、やはりと言うべきか、裏の面も持っていた。
今試合を終えたばかりの日本チーム、TRFビクトリーズは、着替えとミーティングのために集まった控え室で信じられない言葉を耳にした。 「八百長!?」 驚きに目を見開く面々の中にあって一人だけきょとんとしたのは、言わずと知れたトラブルメーカー星馬豪である。 「…兄貴、『やおちょー』って何?」 来ると思っていた質問にちろりんっときつい流し目を寄越した兄に、豪は冷や汗を流しながら苦笑を浮かべた。 「嫌味はいーからさあ!教えてよ、烈兄貴ぃ〜」 よく分かっていないだろう弟に、烈は溜め息をついて向き合った。 「つまり、試合する予定のAとBというチームがあるとする。Aチームはお金持ちだけど弱く、Bチームは貧乏だけど強かった。そこでAチームのオーナーはBチームのオーナーに掛け合って『次の試合で負けてくれたら幾らだかを差し上げます』と言う。Bチームのオーナーはお金欲しさに『分かりました』と言う」 そこで一端切って豪を見れば、何とか理解出来たらしく頷いた。 「で、Bチームのオーナーは、まあ言い方は色々だろうけど突き詰めちゃえば『お金が無いとチームを運営して行くことが出来ない。次の試合でAチームに負ければAチームのオーナーが幾らだかを融通してくれるらしい。そういうわけで君等は次の試合でAチーム負けてくれ』と言ってAチームはその通りに負ける…そういう実力の勝負じゃない、裏取引したのを『八百長』って言うんだ」 分かったか?と彼を覗き込むが反応が無い。 「…図に描いてやろうか?」 「何だよっそれっっ!!??」 烈が妥協した時、豪が憤慨も甚だしく立ち上がった。 「…やっと理解出来たようでゲスな」 怒り心頭の豪を見て、藤吉とJがこっそりと囁き合った。 「何なんだよ!?そんなんレースじゃねぇじゃん!勝負じゃねぇじゃんかっ!どーゆーことだよ、烈兄貴っ!?」 げしっという教育的指導を施し、烈は話を進めるべくJに視線を戻した。 「全く呆れたヤローダス。だいたいうんこヤローは…」 豪を馬鹿にしようとしていた弟を名を呼ぶだけで黙らせ、リョウも真剣な眼差しをJに向けた。 「うん。まあ、ホントにやったかどうかってなると、はっきりゼロと言えるけど、そういう記事が載ってたのは事実なんだよね」 苦笑を浮かべながらのJの言葉に、一同はほっとするような呆れたような溜め息をついた。 「なーんだ。じゃあデマに決まってるよ」 烈とリョウの感想に、場に和やかな雰囲気が戻って来る。 「ちなみに、どこのチームがスケープゴートにされたんでゲスか?」 藤吉が素朴な疑問を上げると、Jの口が途端に重くなった。 「…J君?」 不思議そうな顔をした烈に、J一つ溜め息をついてから、言い難そうに口を開いた。 「…うちと、アストロレンジャーズ」 時が止まった。 「「「「なあにぃ〜〜〜〜っっっ!!!???」」」」 チームワークの無さが売りでもあるビクトリーズの、チーム一丸となった絶叫が響き渡った。 「…即刻土屋博士とFIMAの方から抗議文とグランプリ会場への出入り禁止が言い渡されたんだけど…一応皆の耳に入れておいた方がいいだろうって博士が…」 盛大な溜め息と共に告白された事実に、日本を代表するミニ四レーサー達は、二の句が告げれず呆然とするしか無かった。
「あったま来るよ、ホント!」 ムカムカする気持ちのまま、膝の上に抱え込んだ枕をげしげしと殴りつける。 「おいおい、レツ。殴るのは構わないが、中身を飛び出させてくれるなよ?」 部屋に備え付けのパソコンに向かいながら苦笑を浮かべる目の前の人物を、烈は唸りながら睨みつける。 「何でボク等がお前等相手に八百長しなくちゃなんないわけ!?ボク等が本当は弱いっての!?今の勝ち数は実力じゃ無いっての!?確かに最有力候補と言われてるアストロレンジャーズにここんトコ土付かずの連勝を決めてるけど、それはずるして取った白星なの!?違うでしょ!?君等のポカでしょ!?聞ーてるのブレットっ!!??」 一気に言い切って肩で息をしている烈を横目に眺めながら、ブレットは耳を押さえていた手を解いて微笑んだ。 「…オレ達から連勝記録を伸ばしてること、実力とは言わないんだな?」 にっこり微笑んだ烈に、触らぬ神に祟り無しとだんまりを決め込むことにした。 「…何?」 烈の隣に座り、ゆっくりと彼を腕の中に閉じ込める。 「…ごめん。八つ当たりした…」 ウィンク付きの彼の誘いに、烈は嬉しそうに顔を輝かせた。 「何処に行きたい?」 嬉しそうに頷いた烈に、ブレットも柔らかな微笑みを浮かべた。 そんな幸せ気分に浸る彼等に、この後降りかかる災難を予想することは…不可能だった。
結局そんなに遠出はせず、インターナショナルスクールに程近い所にある公園で他愛も無い会話を楽しんでいた。 そんな彼等の前に現れた人物に、食べかけのクレープを落としそうになるほど呆然とした…驚くというよりも呆れた。 例の記事が雑誌掲載された当日には既に抗議文を出し、その翌日には彼等の出入り禁止と、グランプリレーサー達に向けて『今後決して取材等に応じないように』という注意書が記者達の顔写真付きで配布されていた。 「ね、今暇なんでしょ?ちょっとだけでいいから話聞かせてよ!」 聞き分けの無い子供を相手にするかのような声音で話し掛けてくる男を相手にする気は全く無く、普段ならどんなに気に入らない相手でも営業用スマイルを絶やさない烈ですら仏頂面で無視していた。 ブレットは完全に男をいないものとして扱ったし、烈は不機嫌丸出しで無視していたので、そんな状態にイラ立ったのか…ただでさえ彼等の神経を逆撫でしているというのに、記者は言ってはならない言葉を口にしてしまった。 「君達仲がいいよね?やっぱりリーダー同士だと色々便利なのかな?」 ねちっこい言い回しにぴくりと来たけれど、それでも烈は男の方を見ようとはしなかった。 「相手の弱点とか弱みとか、そういうの分かるんじゃない?ほら!開発中の技とかトップシークレットとか…探り易いんじゃないのぉ?」 性格と品性と、おまけに顔まで悪い男がにやりと嫌な笑みを浮かべ、烈の進行方向に回ってぽんっと肩に手を置いた。 恐る恐る彼を見ると、前髪で表情が隠されているものの…間違い無く彼の堪忍袋の緒を切ったと思しきオーラが溢れ出ていた。 「…………」 感が悪いのか鈍いだけか、それともただ気づかないふりをしているだけか…記者は鞄の中からカメラを取り出して構える仕種をした。 「それじゃあ、悪いんだけど一枚写真くれる!?大見出しでいくから良い顔ヨロシクね!」 ブレットはそおっと二歩だけ下がった。 そうして、そこまで強引に自分だけで話を進めて来た男が何を思ったのか、写真を撮る承諾得ようと俯いている烈を覗き込もうとした時、彼はゆらりと顔を上げた。 …ヤバイ…あれはマジギレしている顔だ…。 記者が思わず呆然と見惚れるほどの、艶やかな微笑み…そう、まだ怒っていることが分かる笑顔ならまだ救いはある。 普段の営業用スマイルが『天使の微笑み』なら、これは間違い無く『悪魔の微笑』だろう。 動きを止めた男の一瞬の隙を突き、烈は鋭く男の手を払い退ける…その衝撃で持っていたカメラが床に落ち、レンズが割れる音がした。 「あ―――っ!!何すんのっ!?弁償してもらうよっ!?」 我に返った記者が怒りに染まった双眸を烈に向けるが、彼はそれをにっこりと受け止めた。 「…れ、烈…君?」 流石におかしいと思ったのか、今更ながらに腰の低くなる男を、烈は楽しそうに嘲笑う。 「気安く人の名前を呼ばないでくれる?」 顔色を悪くする男を無視して落ちたカメラをポケットから取り出したハンカチで包んで拾い上げる。そしてフィルムを出し、陽光の元、勢い良く引っ張り出した。 「あ!ああっ!あああぁぁあ〜〜〜っっ!!??」 くすくすと笑いながら、今度はカメラ本体を近くの噴水に向けて放り投げた。 「な…何をするんだ!?こっ、この事はしっかりと記事にさせてもらうからな!?」 ペンは剣より強しと叫んだ記者に、烈は相変わらずの笑顔を浮かべながら楽し気に応えた。 「き、器物破損の分際で、訴えるだと!?」 彼の一人称が『オレ』になっていることにブレットは気づいた。 「そ、そんなもの誰が見たって…」 彼の目の前で、手にしたままのハンカチをひらひらと振ってみる。 「…………あ…」 真実馬鹿にした眼差しを向け、烈は背中を向けた。 「二度と面見せんな、バーカ」 がばっと立ち上がって襲って来た男に、後ろを向いたまましゃがみこんで足を払った。そして背中から見事にひっくり返った男の鳩尾に、肘を立てて倒れ込む。 「ぐほっっ!!」 口の端から泡を吹いて気絶しかけている男を何の感慨も無く無視して立ち上がり、服についた埃をぱんぱんと払った。 「あんまり予想通りの行動だったから、ボクも迷わず計算通りの反撃が出来てすっきりだよvおじさ〜ん、ボクの声聞こえてる?小学生のボクに大の大人が殴りかかって来たんだ。ボクが身を守るためにした行動が、多少行き過ぎがあったとしても…仕方が無いよねvv」 既に聞こえていないだろう男に向かってもう一度にっこりと微笑み、さっさと踵を返した。 「行こう、ブレット♪」 本当にすっきりした顔をしている恋人に、ブレットは何処か薄ら寒いものを感じる。 「…本当に容赦無かったな…レツ」 気を失った人間をそのまま捨てて来た場所から随分離れた所で、ブレットはそっと烈の顔を覗き込んだ。 「ん?」 小さくなった声を聞き取ろうと顔をもっと近づけると、烈は真っ赤になってぷいっと顔を背けてしまった。 「レ――ツ?」 ブレットの問に、烈は真っ赤のまま怒ったように…。 「久しぶりのデート邪魔されたから、ムカついたのっ!」 言われた言葉にびっくりする。 「…ビクトリーズが侮辱されたからじゃ無いんだ?」 からかいたそうな彼を必死の強気で睨みつけるが、そんなものはブレットには痛くも痒くも無い。 「…レツ?」 今度は烈が驚いてブレットを見る番だった。 「……バーカ」
夜中に微かな物音で目が覚めた烈は、ブレットが自分の隣ではなくパソコンの前に座っていることに気づいた。 「……ブレット?」 言葉通りに電源を落として自分の隣に戻って来た彼に、烈は嬉しそうに微笑んで両手を伸ばした。 「…オヤスミ、レツv」 直ぐに寝息を立て始めた彼を胸に抱き、ブレットも幸せそうに眠りについた。
翌日、『隔週 四駆バトラー』を発刊している出版社のデータが根こそぎ消去されており、悪名高かった部署だけで無く、出版社ごと倒産に追い込まれる大騒ぎになるが、この事件は原因不明のまま迷宮入りすることになる。 犯人の名は、言わぬが花というものだろう…。 |
おわり |