ミニ四駆の世界大会…それは、その規模からも、他に類を見ない斬新な趣向からも、世界中から注目を浴びて開催された。

 大人と子供、人種や文化、全てを取り入れ昇華させた見事なラインナップは、その表の華やかさと共に、やはりと言うべきか、裏の面も持っていた。
 そういった、あまり喜ばしく無い面に注目する者もいて…それが開催国、日本の記者であることも嘆かわしいことである。

 




 

 今試合を終えたばかりの日本チーム、TRFビクトリーズは、着替えとミーティングのために集まった控え室で信じられない言葉を耳にした。

「八百長!?」

 驚きに目を見開く面々の中にあって一人だけきょとんとしたのは、言わずと知れたトラブルメーカー星馬豪である。

「…兄貴、『やおちょー』って何?」
「…豪、その位の言葉は知ってても恥じゃ無いからよーく覚えとけ」

 来ると思っていた質問にちろりんっときつい流し目を寄越した兄に、豪は冷や汗を流しながら苦笑を浮かべた。

「嫌味はいーからさあ!教えてよ、烈兄貴ぃ〜」
「ったく。いいか?『八百長』ってのは、例えば、試合する者同士が初めから勝ち負けを決めていて、その通りの結果を出すことを言うんだ」
「…何だそれ??」

 よく分かっていないだろう弟に、烈は溜め息をついて向き合った。

「つまり、試合する予定のAとBというチームがあるとする。Aチームはお金持ちだけど弱く、Bチームは貧乏だけど強かった。そこでAチームのオーナーはBチームのオーナーに掛け合って『次の試合で負けてくれたら幾らだかを差し上げます』と言う。Bチームのオーナーはお金欲しさに『分かりました』と言う」

 そこで一端切って豪を見れば、何とか理解出来たらしく頷いた。
 リョウの影で真剣な瞳で烈を見ている二郎丸がいたが、その様子だと彼も『八百長』の意味を知らなかったのだろう。

「で、Bチームのオーナーは、まあ言い方は色々だろうけど突き詰めちゃえば『お金が無いとチームを運営して行くことが出来ない。次の試合でAチームに負ければAチームのオーナーが幾らだかを融通してくれるらしい。そういうわけで君等は次の試合でAチーム負けてくれ』と言ってAチームはその通りに負ける…そういう実力の勝負じゃない、裏取引したのを『八百長』って言うんだ」

 分かったか?と彼を覗き込むが反応が無い。

「…図に描いてやろうか?」

「何だよっそれっっ!!??」

 烈が妥協した時、豪が憤慨も甚だしく立ち上がった。

「…やっと理解出来たようでゲスな」
「ちょっと時間かかったね」

 怒り心頭の豪を見て、藤吉とJがこっそりと囁き合った。

「何なんだよ!?そんなんレースじゃねぇじゃん!勝負じゃねぇじゃんかっ!どーゆーことだよ、烈兄貴っ!?」
「だあから!それを今から聞こうって時に、お前の物知らずが話の腰を折ったんだろーがっ!!」

 げしっという教育的指導を施し、烈は話を進めるべくJに視線を戻した。

「全く呆れたヤローダス。だいたいうんこヤローは…」
「二郎丸」
「はいダス、あんちゃん!」

 豪を馬鹿にしようとしていた弟を名を呼ぶだけで黙らせ、リョウも真剣な眼差しをJに向けた。
 彼も寝耳に水のこの情報が気になるらしい。

「うん。まあ、ホントにやったかどうかってなると、はっきりゼロと言えるけど、そういう記事が載ってたのは事実なんだよね」
「どの雑誌?」
「…『隔週 四駆バトラー』…」
「………」

 苦笑を浮かべながらのJの言葉に、一同はほっとするような呆れたような溜め息をついた。

「なーんだ。じゃあデマに決まってるよ」
「そうだな。相変わらずいい加減な雑誌だ」

 烈とリョウの感想に、場に和やかな雰囲気が戻って来る。
 彼等の言う通り、『隔週 四駆バトラー』とは観衆好きのしそうなでっち上げ記事を載せることで有名だった。

「ちなみに、どこのチームがスケープゴートにされたんでゲスか?」
「…うん」

 藤吉が素朴な疑問を上げると、Jの口が途端に重くなった。

「…J君?」

 不思議そうな顔をした烈に、J一つ溜め息をついてから、言い難そうに口を開いた。

「…うちと、アストロレンジャーズ」
「………………」

 時が止まった。
 目を見開いたまま、時計が秒針を刻む音だけが室内に響く。
 そして…。

「「「「なあにぃ〜〜〜〜っっっ!!!???」」」」

 チームワークの無さが売りでもあるビクトリーズの、チーム一丸となった絶叫が響き渡った。

「…即刻土屋博士とFIMAの方から抗議文とグランプリ会場への出入り禁止が言い渡されたんだけど…一応皆の耳に入れておいた方がいいだろうって博士が…」

 盛大な溜め息と共に告白された事実に、日本を代表するミニ四レーサー達は、二の句が告げれず呆然とするしか無かった。

 

 




 

「あったま来るよ、ホント!」

 ムカムカする気持ちのまま、膝の上に抱え込んだ枕をげしげしと殴りつける。

「おいおい、レツ。殴るのは構わないが、中身を飛び出させてくれるなよ?」
「だって!」

 部屋に備え付けのパソコンに向かいながら苦笑を浮かべる目の前の人物を、烈は唸りながら睨みつける。
 場所はグランプリレーサー達の寮、ブレット・アスティアの個室…レースも練習も無い休日に、久々に訪れての一幕だった。

「何でボク等がお前等相手に八百長しなくちゃなんないわけ!?ボク等が本当は弱いっての!?今の勝ち数は実力じゃ無いっての!?確かに最有力候補と言われてるアストロレンジャーズにここんトコ土付かずの連勝を決めてるけど、それはずるして取った白星なの!?違うでしょ!?君等のポカでしょ!?聞ーてるのブレットっ!!??」
「……聞いてます」

 一気に言い切って肩で息をしている烈を横目に眺めながら、ブレットは耳を押さえていた手を解いて微笑んだ。

「…オレ達から連勝記録を伸ばしてること、実力とは言わないんだな?」
「そこまで驕って無いヨ!あんなの皆、ただのバッカみたいなイージーミスじゃん!完っ璧な、リーダーの采配ミスだね!」
「…それはそれで、引っかかるもんがあるな…」
「そう?ごめんネv」

 にっこり微笑んだ烈に、触らぬ神に祟り無しとだんまりを決め込むことにした。
 こういう笑顔の時に逆らうと、少なくとも向こう三週間は後悔するだろうことを、彼との付き合いの間に学んでいた。

「…何?」
「何でもないよ」

 烈の隣に座り、ゆっくりと彼を腕の中に閉じ込める。
 すると、毛を逆立てた猫のようだったのが次第に落ち着き、ぽすんっと体を預けて来た。

「…ごめん。八つ当たりした…」
「いいよ。…なあ、レツ?」
「何?」
「天気もいいし、これから何処か行こうか?」

 ウィンク付きの彼の誘いに、烈は嬉しそうに顔を輝かせた。

「何処に行きたい?」
「何処でもいいよ♪二人で出かけるなんて久しぶりだもんv」

 嬉しそうに頷いた烈に、ブレットも柔らかな微笑みを浮かべた。
 彼がこんなにもストレートに感情を露にすることは珍しい…例え二人っきりの時でも染み付いた『兄の性』は中々抜けず、つい意地を張ってしまうことの多い烈。
 本当は、この部屋で二人きり…そんな休日を過ごすのも良かったが、気分転換にしても何にしても、彼が喜んでくれるならそれで満足だった。

 そんな幸せ気分に浸る彼等に、この後降りかかる災難を予想することは…不可能だった。

 

 




 結局そんなに遠出はせず、インターナショナルスクールに程近い所にある公園で他愛も無い会話を楽しんでいた。

 そんな彼等の前に現れた人物に、食べかけのクレープを落としそうになるほど呆然とした…驚くというよりも呆れた。
 男は、件の記事を書いた、WGP内ではある意味指名手配中の者だったのだ。

 例の記事が雑誌掲載された当日には既に抗議文を出し、その翌日には彼等の出入り禁止と、グランプリレーサー達に向けて『今後決して取材等に応じないように』という注意書が記者達の顔写真付きで配布されていた。
 あるチーム等ではそのままダーツの的にされていたが、レンジャーズと特にビクトリーズの面々は、憎々しげに睨みつけたその顔を忘れられるはずも無い。
 それなのに、髪型を少し変えただけでまったく違う雑誌の取材を装って恥かしげも無く話し掛けて来たのだ…呆れるなと言う方が無理だろう。

「ね、今暇なんでしょ?ちょっとだけでいいから話聞かせてよ!」

 聞き分けの無い子供を相手にするかのような声音で話し掛けてくる男を相手にする気は全く無く、普段ならどんなに気に入らない相手でも営業用スマイルを絶やさない烈ですら仏頂面で無視していた。

 ブレットは完全に男をいないものとして扱ったし、烈は不機嫌丸出しで無視していたので、そんな状態にイラ立ったのか…ただでさえ彼等の神経を逆撫でしているというのに、記者は言ってはならない言葉を口にしてしまった。

「君達仲がいいよね?やっぱりリーダー同士だと色々便利なのかな?」

 ねちっこい言い回しにぴくりと来たけれど、それでも烈は男の方を見ようとはしなかった。

「相手の弱点とか弱みとか、そういうの分かるんじゃない?ほら!開発中の技とかトップシークレットとか…探り易いんじゃないのぉ?」

 性格と品性と、おまけに顔まで悪い男がにやりと嫌な笑みを浮かべ、烈の進行方向に回ってぽんっと肩に手を置いた。
 それまではいないものとして扱って来たブレットも、その言葉と行為には顔には出さないまでも流石にムッとし、払い退けてやろうと一歩前に出た時…ぷつん…という音を確かに聞いた。

 恐る恐る彼を見ると、前髪で表情が隠されているものの…間違い無く彼の堪忍袋の緒を切ったと思しきオーラが溢れ出ていた。

「…………」
「やっぱり!?黙ってるってことはそうなんでしょ!?図星!?」

 感が悪いのか鈍いだけか、それともただ気づかないふりをしているだけか…記者は鞄の中からカメラを取り出して構える仕種をした。

「それじゃあ、悪いんだけど一枚写真くれる!?大見出しでいくから良い顔ヨロシクね!」

 ブレットはそおっと二歩だけ下がった。
 今烈の隣にいられるほどの勇気も無ければ、無謀でも無い。

 そうして、そこまで強引に自分だけで話を進めて来た男が何を思ったのか、写真を撮る承諾得ようと俯いている烈を覗き込もうとした時、彼はゆらりと顔を上げた。
 斜め後ろからそれを見たブレットがびくりと反応する。

 …ヤバイ…あれはマジギレしている顔だ…。

 記者が思わず呆然と見惚れるほどの、艶やかな微笑み…そう、まだ怒っていることが分かる笑顔ならまだ救いはある。
 だが、周囲を一瞬で魅了するほどの輝かんばかりの笑顔を浮かべたら…もう誰も彼を止めることは、出来ない。

 普段の営業用スマイルが『天使の微笑み』なら、これは間違い無く『悪魔の微笑』だろう。
 そう…昔誰かが言っていた。
 天使の方が美しければ、きっと誰も、悪魔に唆されたりはしないのだ…と…。

 動きを止めた男の一瞬の隙を突き、烈は鋭く男の手を払い退ける…その衝撃で持っていたカメラが床に落ち、レンズが割れる音がした。

「あ―――っ!!何すんのっ!?弁償してもらうよっ!?」

 我に返った記者が怒りに染まった双眸を烈に向けるが、彼はそれをにっこりと受け止めた。

「…れ、烈…君?」

 流石におかしいと思ったのか、今更ながらに腰の低くなる男を、烈は楽しそうに嘲笑う。

「気安く人の名前を呼ばないでくれる?」
「え…?」

 顔色を悪くする男を無視して落ちたカメラをポケットから取り出したハンカチで包んで拾い上げる。そしてフィルムを出し、陽光の元、勢い良く引っ張り出した。

「あ!ああっ!あああぁぁあ〜〜〜っっ!!??」
「騒ぐなよ。大の男がうるさいなぁ」

 くすくすと笑いながら、今度はカメラ本体を近くの噴水に向けて放り投げた。
 盛大な水飛沫と共に沈んだカメラを、記者はへなへなと崩れ落ちながら見送った。その足元に、先程取り出したべろべろのフィルムを手の平から滑り落とす。

「な…何をするんだ!?こっ、この事はしっかりと記事にさせてもらうからな!?」
「すれば?こっちは名誉毀損で訴えることも出来るんだからな」

 ペンは剣より強しと叫んだ記者に、烈は相変わらずの笑顔を浮かべながら楽し気に応えた。
 烈に見下ろされ、そうして記者もやっと気づく…彼の瞳がこれっぽっちも笑っていないことに…。

「き、器物破損の分際で、訴えるだと!?」
「何処にそんな証拠がある?」
「は?」
「オレが何かを壊したという証拠があるのか?」

 彼の一人称が『オレ』になっていることにブレットは気づいた。
 彼が豪以外の前でそれを口にするのを見たのはは、初めてだったかもしれない。

「そ、そんなもの誰が見たって…」
「馬鹿?大馬鹿?救い様の無い馬鹿?オレが何のためにわざわざハンカチ持ち出してカメラ持ったと思ってんの?」

 彼の目の前で、手にしたままのハンカチをひらひらと振ってみる。

「…………あ…」
「フィルムからは映像は出ない。指紋も無い。周りに人もいないから目撃者もいない…それでどーすんの?」

 真実馬鹿にした眼差しを向け、烈は背中を向けた。

「二度と面見せんな、バーカ」
「……っの、ガキがあっ!!」

 がばっと立ち上がって襲って来た男に、後ろを向いたまましゃがみこんで足を払った。そして背中から見事にひっくり返った男の鳩尾に、肘を立てて倒れ込む。

「ぐほっっ!!」
「………正当防衛成立〜♪」

 口の端から泡を吹いて気絶しかけている男を何の感慨も無く無視して立ち上がり、服についた埃をぱんぱんと払った。

「あんまり予想通りの行動だったから、ボクも迷わず計算通りの反撃が出来てすっきりだよvおじさ〜ん、ボクの声聞こえてる?小学生のボクに大の大人が殴りかかって来たんだ。ボクが身を守るためにした行動が、多少行き過ぎがあったとしても…仕方が無いよねvv」

 既に聞こえていないだろう男に向かってもう一度にっこりと微笑み、さっさと踵を返した。

「行こう、ブレット♪」
「あ、ああ…」

 本当にすっきりした顔をしている恋人に、ブレットは何処か薄ら寒いものを感じる。

「…本当に容赦無かったな…レツ」
「…………だって」

 気を失った人間をそのまま捨てて来た場所から随分離れた所で、ブレットはそっと烈の顔を覗き込んだ。
 突然彼の顔がアップで迫って来たため、烈は少し頬を染めて言い澱む。
 そんな姿は、どんな魔王な姿を目にした後でも文句無く可愛い。

「ん?」
「……………だって、………たから」
「え?悪い、聞こえなかった」
「……………」

 小さくなった声を聞き取ろうと顔をもっと近づけると、烈は真っ赤になってぷいっと顔を背けてしまった。

「レ――ツ?」
「っだから!」

 ブレットの問に、烈は真っ赤のまま怒ったように…。

「久しぶりのデート邪魔されたから、ムカついたのっ!」

 言われた言葉にびっくりする。
 そうして、彼が驚いている間に烈は早足でその場を去って行ってしまう。
 ブレットは慌てて追い駆け、しっかりと彼を捕まえた。

「…ビクトリーズが侮辱されたからじゃ無いんだ?」
「っ!それもある!///」
「ふ―――ん…」
「………何だよ…」

 からかいたそうな彼を必死の強気で睨みつけるが、そんなものはブレットには痛くも痒くも無い。
 むしろ『そそられる材料』でしか無い…。

「…レツ?」
「だから何だよ!?」
「これからオレの部屋で。デートの続きしようか?」

 今度は烈が驚いてブレットを見る番だった。
 その瞳に映った彼は、楽しそうではあるけれど真剣で…烈は少しだけ力を抜いて囁いた。

「……バーカ」

 

 

 夜中に微かな物音で目が覚めた烈は、ブレットが自分の隣ではなくパソコンの前に座っていることに気づいた。

「……ブレット?」
「レツ?…すまん、起こしたか?まだ暗い…寝てていいぜ?」
「ブレットは?」
「オレももう寝るよ。調度終わったからな」
「そう…」

 言葉通りに電源を落として自分の隣に戻って来た彼に、烈は嬉しそうに微笑んで両手を伸ばした。

「…オヤスミ、レツv」
「うん…おやすみ…」

 直ぐに寝息を立て始めた彼を胸に抱き、ブレットも幸せそうに眠りについた。

 

 

 



 翌日、『隔週 四駆バトラー』を発刊している出版社のデータが根こそぎ消去されており、悪名高かった部署だけで無く、出版社ごと倒産に追い込まれる大騒ぎになるが、この事件は原因不明のまま迷宮入りすることになる。

 犯人の名は、言わぬが花というものだろう…。







 

おわり


    2700HITの卯月皓様のリクエストでした。
    …すみません…何か…雰囲気違う…???
    マンガの方より烈君が素直なよーな、怖いよーな(笑)
    リクにちゃんとお応え出来ていますでしょうか!?
    とりあえず、ブレは情けないのではないかと…(笑)

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