『日本とアメリカのリーダーか。珍しい組み合わせだね』 別にどうって事の無い、気にする必要も無い言葉のはずなのに、何故こんなにも耳から離れないのか…それはたぶん、実は自分が気にしていたからなのかもしれない。 ほっと一息ついた時、長い黒髪を後ろで一つにしばった青年が駆け込んで来た。 「…何か?」 不思議そうに問い掛ければ、青年ははっとして、次いでバツが悪そうに微笑んだ。 「ごめんごめん。向こうから金髪が見えたから間違えちゃった。一緒に雨宿りしてていい?」 彼の人懐っこそうな笑みに、僅かにあった緊張も解ける。 「お連れの方は外国の人なんですか?」 少しだけ考えたようだが、信頼しているのか楽感的なのか、『君は日本語上手だね〜』等と言いながら笑っている。 「…あ、狐の嫁入りだ」 ふと聞こえた言葉に、不思議そうに首を傾げると、彼は東屋から見える雨の向こうの晴れた空を指差した。 「ほら、あれ。向こうの空が晴れてるでしょ?こういう天気雨のことを日本では『狐の嫁入り』って言うんだよ」 説明して、少し照れ臭そうに頭を掻く。 「何故天気雨の日じゃないとダメなんですか?」 理に適っているような、いないような…しかし、昔話とは得てしてそういうものである。 「こういう話、興味あるの?」 泣き崩れるだろう狐の娘の姿が思い浮かんで、何となく笑えるような、笑ってはいけないような。 「…で、ここからが日本の昔話のすごい所。いつ起こるか分からない自然現象を待ってて、狐の娘さんは結局は行かず後家…物事は行き当たりばったりでは無く、ちゃんと計画を立ててやりなさいっていう教訓になるんだよ」 感心していると、彼はにっこりと微笑み、まるで全てを見透かすような瞳を向けて来た。 「笑い話だけで終わらせないで、そこから何かを学び取れっていう昔の人のメッセージだね。結果は一つじゃ無い。色んな局面から色んな答えが導き出されるっていう…勉強になるでしょ?」 えへんと締めた彼に、ブレットは感謝の気持ちを込めて微笑んだ。 今もまだ消せないあの言葉も、ただ目の前にある事実に驚いただけかもしれない。 「…君と同じ位の年だと思うんだけど、今ミニ四駆の世界大会ってのがやってるの、知ってる?」 突然の彼の言葉にドキリとした。 「前ね、その大会に出てる日本チームの子と話したことがあるんだけど、彼の大事な人も外国の人なんだって」 明かされた内容に目を見張る…直感で、彼の言っている者が『レツ』だと思った。 「それで、彼もすごく相手の人の国のことを気にしてた。何か色々悩んでたみたいだけど…」 真剣な目でつめよったブレットに、青年は驚いたように目を見張った。 「…あ、すみません。…えっと、それで…彼、は?」 楽しそうに笑った彼を、呆然と見つめた。 彼の国の文化が知りたかった。 自分の生れ育った国の、『何か』を彼に押し付けているような気がした。 だけどそれは、ただの気のせいだったのだろうか…。 「あ、虹だ♪」 彼の声に顔を上げると、東屋の外は次第に小降りになって行き、晴れた空にうっすらと虹がかかっているのが見えた。 「ああ…虹は太陽光線が空気中の水に乱反射して出来る現象ですから、天気雨なら見れる確率が高いでしょうね」 心ここに在らずといった体で呟いたブレットを、彼は呆れたように見て笑った。 「あったま固いなあ〜君!こーいう滅多に会えない小さな奇跡を見た時は、確率とか原理とかじゃなくって、単純に『何かいいことありそう♪』でいいんだよ?」 突きつけられた指に驚いていると、彼は突然ばっと顔を上げた。 「虎王!こっち!」 見ると、長い金髪をなびかせた背の高い青年がこちらに走って来る所だった。 「何やってるの!?もう…雨宿りしてなかったの?」 にかっと笑った連れを、彼は仕方無さそうに微笑んで小突いている。 彼が言った通り、金髪碧眼の恐ろしく整った容姿の連れは、どう見てもアジア系の民族には見えない。 「ん?…そいつは…」 向けられた瞳に、ブレットは条件反射で会釈した。 「それじゃあ、ボク達行くね?付き合ってくれてありがとう、ブレット君。がんばってね♪」 にっこり笑って去って行く二人の後姿を眺めながら、ブレットは脱力する頬に苦笑を浮かべた。 名前を名乗った覚えは無い…だが彼は知っていた。 止んで行く雨の向こう側、まだ何とか見える虹もその内欠片も残さず消えるだろう。 『単純にいいことありそう♪でいいんだよ?』 彼の言葉が甦る。 「単純に…」 呟いて、確かに自分は考え過ぎな所があるかもしれないな、と、少しだけ笑った。 今心にあるもの…それは単純に会いたいという気持ち。 自覚すると、本当に顔が見たくなってしまった。 そう結論を出して立ち上がった時、前方で水の跳ねる音がした。 「…ブレット!?」 そこにいたのは、たった今自分が会いに行こうと思った愛しい人。 「…レツ」 自分も同じように呆然と名を呼べば、彼はまるで、花が綻ぶように嬉し気に笑い、水溜りを避けながら真っ直ぐに駆けて来た。 「うわあっ、すっごい偶然!何でこんな所にいるの!?」 自分の腕に飛び込んで来た小柄な体を、大事そうに受け止める。 向けられる笑顔に見覚えのある信頼感を感じながら、彼も嬉しそうに微笑んだ。 最先端技術の中心にいて、忘れかけていた小さな喜び。 日本という国の、東京という街の片隅で起こった、それはそんな、小さな奇跡。 「さあてね♪」 とうに虹も消え去った、界を渡る帰り道…苦笑を浮かべた相棒に、彼は素知らぬふりで微笑んだ。 |
おわり |