誰よりも眩しくて、誰よりも輝いていて…それなのに、誰よりもあたたかい人。

 初めて見た時から、誰よりも戦慄にこの心に焼きついたあの人。
 近付きたくて、側にいたくて、自分を見て欲しくて…。
 あの笑顔を自分だけに向けて欲しくて…。

 誰よりも…太陽みたいなあの人が、大好きです。










「よおっ!今日も皆無事に揃ってるか?」

 調度デジタルワールドから帰還した時、タイミングよく扉がガラリと開いてその人は現れた。

「た、太一さんっ!?」
「お兄ちゃん!?」

 画面から姿が再生されたばかりの状態だっため、一同驚きの声を上げたまま固まってしまった。
 太一はそれを楽しそうに眺めると、廊下を確認してからパソコンルームに足を入れた。

「ちゃんと揃ってるな。ケガ無かったか?」

 にっこり笑った太一に、子供達はほっとして、次いでわっとその周囲を取り囲もうとしたが、それを止めたのは大輔だった。

「わあ〜っちょっと待った待った!太一先輩こっちこっち!京!まだ電源切ってないよな!?」
「何だ、大輔?」
「いいから太一先輩!早く!」

 大輔の手招きに、不思議に思いながらも近寄ると、画面から聞き馴染んだ声が聞こえた。

『太一〜?太一そこにいるの〜?』
「アグモン!」

 画面を覗き込むように大写しになっているアグモンの姿に太一が嬉しそうな声を上げると、その後ろで大輔が満足気に微笑んだ。

『あ〜太一だぁ〜♪なあに?太一ずっとそこにいたの〜?』
「いや、実は今来た所なんだ。…悪かったな、そっちに行ってやれなくて」
『ううん〜。今会えたからいいよ♪よかった、太一元気そうだね』
「ああ、お前もな。…進化を制限されてるんだから、あんまり無茶するなよ?」
『大丈夫だよ。でも、そんなに心配だったら太一が見張りに来てよ♪』
「ああ、次はそうするよ!またな、アグモン」
『うん!待ってるねぇ〜!』

 二人の会話をそこまで中継すると、ゲートは一度ノイズを挟んでぶつんと切れた。
 この瞬間が一番、世界の隔たりを実感させられる…。

 太一はアグモンの消えた画面をしばらく見つめていたが、一瞬だけ浮かんだ寂しそうな色を瞬きと共に瞳の奥に閉じ込め、いつもの笑顔で振り向いた。

「…大輔、ありがとな」
「いえ、今日向こうに行ったらテントモンの代わりにアグモンが案内してくれて…あいつも太一先輩に会いたがってましたから、良かったっスよ、間に合って♪」
「ん、サンキュ♪」

 微笑を更に深くし、気を利かせた後輩の頭をくしゃりと撫でる。
 大輔が嬉しそうに笑うと、その腕の中にいたチビモンがピョンっと太一の膝の上に降りた。

「たいち〜?」

 チビモンが可愛らしく小首を傾げると、太一の気分が少しだけ浮上した。

「何だチビモン、腹へってんのか?…あれ?お前おでこに傷が残ってんぞ?」
「え?チビモン!?」

 大輔が慌ててパートナーの顔を覗き込もうとしたが、太一は笑ってそれを制すると、ズボンのポケットの中からバンドエイドを一枚取り出すとそっと貼ってやった。

「ありがと、たいち♪」
「どういたしまして。ほら、少しだけど菓子買って来たから皆で分けな」
「「「わあ〜い♪」」」

 太一がチビモンが持ち切れないほどのお菓子のつまった袋をスポーツバッグの中から取り出し、他のデジモン達が集まってくる間に床の上に広げてやった。

「すみません、太一さん」
「いいって。お前等も向こうでアグモンとかにお菓子分けてやったりしてくれてんだろ?たまにはこっちも差し入れ位持って来ないとな」

 お菓子を見た途端腕の中から飛び出して行ってしまったパートナーを苦笑気味に見つめながら、子供達は太一の周りに集まった。
 そんな彼等に、一人ずつジュースの缶を渡して顔を見る。

「何か変わったこと無かったか?」
「今日は特に…いつものようにダークタワーを倒して、デジモンカイザーに操られたデジモンのイービルリングを壊して来ました」
「そっか。頑張ってるな、お前等」

 所々すり傷や切り傷の残る後輩達を見て、痛ましく思うよりも元気付けるために太一はにっこりと微笑んだ。
 彼等も、誰かのためとか強制されてやっているわけでは無いが、頑張りを認めてもらえれば素直に嬉しい…照れたように揃って頷いた。

「お兄ちゃんはどうしたの?こんな時間に来るなんて」
「ああ、今日はちょっと早く部活が終わってな。調度お前等が帰って来る時間かと思って、差し入れ持って迎えに来たんだ。そしたらアグモンにも会えたし…ラッキーだったな♪」

 説明しながら大輔の方を見てウィンクする。
 大輔が照れて頭を掻くと、他の者は面白く無さそうに大輔をちらりと見た。

「さ〜て、お前等食ったか?もう日も暮れるし帰るぞ〜?」
「待って待って!あとポッキー!」

 太一の声にデジモン達は一度顔を上げたが、ラストスパートと言わんばかりに菓子の中に顔を突っ込んだ。
 一人テイルモンだけが半月目になって仲間達を眺めている。

「もうパタモン!意地汚いよ!?」
「だってタケル〜っ」
「あはは。ほい、パタ。家でタケルと一緒に食えよ?」
「うん!」

 がっつくデジモン達の中からタケルがパートナーを引き離すと、泣きそうな顔で手足をばたつかせているのを見て、太一が笑いをこらえながらお望みのポッキーの残りを手渡してやった。

「すみません、太一さん…」
「いいっていいって。ほらチビモン、大輔が怒る前にお前はこれ持ってきな。ウパモンはこれ。ポロモンはこれやるからさ?だけどポロモン、お前ホント和菓子系好きだな〜♪」

 みたらし団子をしっかりと握り締めご満悦のポロモンの頭をを、太一は楽しそうにつついた。

「だけど、みたらしはちょっと失敗だったかな…京ちゃん、汚れたらごめんな?」
「いえ!お風呂でがっしがっし洗っちゃいますからノープロブレムですよ!」
「そか?よし、じゃあ帰るか。ヒカリとテイルモンには家で飯作ってやるからな?」
「「楽しみにしてる♪」」

 どうやら今日も八神夫妻は遅いらしい…嬉しそうに声を揃えた二人に自然と視線が集まる。
 部活が早く終わったと言ってはいたが、本当の所は誰もいない家にヒカリを一人で(テイルモンが一緒だと分かってはいるが)帰すのが心配で、早目に切り上げて来たのかもしれない。 
 『過保護』というよりは『思いやり』…少し羨ましい…。

 きっと、太一一人に任せずヒカリも台所仕事を手伝うのだろう…その横で、テイルモンがあの手袋をしたままお皿を運ぶ姿があるかもしれない。

「…ちょっと可愛いかもv」
「何か言ったか?」
「あ、いえ何も…」

 誤魔化し笑いを浮かべながら、京は慌てて手を振った。
 大輔・タケル・伊織の三人も似たり寄ったりの表情で、頬には少し朱が混じっている。
 同じことを想像していたようだ。

「そんじゃ、皆気をつけて帰れよ」
「あ、太一先輩!」

 門まで来た所で帰り道が別れるため太一が手を振れば、大輔が慌てて彼を呼び止めた。

「どうした?」
「あの、オレ太一先輩にサッカーの練習見てもらいたくて…先輩忙しいの知ってるけど、先輩の都合のいい日でいいんで、付き合ってもらえませんか!?」

 初め大輔が思いつめたように言うので太一は何事かと目を瞬いたが、話を聞いて破願した。

「何だそんなことか…いいぜ。オレの都合に合わせてくれるんだな?」
「はい!」
「んじゃ、予定が決まったらお前のD−ターミナルの方にメール入れるから、大輔もそれでよかったら返事くれ」
「はいっ!待ってます!」

 大輔が元気良く返事すると、太一は微笑み、もう一度手を上げてヒカリとテイルモンと共に帰って行った。
 その後姿をぽ〜と眺めていた大輔の肩をタケルと京が両側からぽんっと叩いた。

「…上手い口実を見つけたね、大輔君」
「は?」
「サッカーの練習ってホントなのかしら〜?」
「ああ!こないだのクラブであった技能テストで監督にどーしても合格もらえなくって、監督がそれ太一先輩が得意だって言ってたんだよな。喜田も渡辺もさっさと合格もらって馬鹿にするんだ!そんなんで太一先輩の背番号受け継げるのか〜ってよ!オレは何が何でも合格して、太一先輩の背番号を死守するんだ!」
「………」

 握り拳に力を加え、誓いも新たに天を振り仰いだ大輔の様子に、三人はきょとんと顔を合わせた。

「…何だ、本当なんだ」
「大輔さんにそこまで回る考えは無かったですね」
「ちぇ〜、それじゃあ邪魔したら太一さんに怒られちゃうじゃない…つまんなーいっ」
「仕方無い…今回は大人しくしてますか…」
「そうですね」
「ぶう〜っ」

 さっさと方向転換して同じマンションに向かう三人に、大輔は不審気な視線を向ける。

「…何々だよ、お前等…」

 そう呟いてみても、答えを返す者はいなかった…。












 一週間後の放課後、太一から連絡があり大輔は急いで指定された場所に向かった。

 ランドセルにボールを引っ掛け、走るリズムに合わせて揺れるボールと同じように大輔の心も弾んでいた。
 つい先日はアグモンとの約束を守るため訪れた太一と一緒にデジタルワールドへ行ったが、その時はずっと隣にいたヤマトに邪魔をされ、まともに話すことも出来なかった。
 その点今日はそんな心配は無いし、サッカーの練習ということでチビモンは先に家に帰っていてくれると言うので彼を独り占め出来る…それが何より嬉しかった。

 待ち合わせ場所は小学校の近くにある港公園の時計台の下。
 小学校と中学校の距離を考えれば当然かもしれないが、そこに太一の姿はまだ無かった。

「へへ♪一番乗り!」

 二人しかいないのだからどちらかが必ず先に来ているものなのだが、大輔は細かいことは気にならないほど浮かれ切っていた。
 そこに、自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。
 いや、聞こえた。
 自分が彼の声を間違えるはずが無い。

「太一先輩!?」

 辺りを見回すが姿が見えない…幻聴だったのかと少し恥かしく思いながら足元を見ると、紙に包まれた小石が落ちていた。
 何となく気になり、拾い上げて開くと、そこにはあまりにも見覚えのある字が並んでいた。

『後ろ』

 書かれてあるのはそれだけ。
 急いで振り返れば、植え込みの中から待ちわびた人が手招きするのが見えた。しかも口元に人差し指を立てている。

「…た。太一先輩!?どーしたんですか?」
「しっ!いいからちょっと静かにしていろ!」

 あっという間に植え込みの影に引きづりこまれ、訳が分からないまま太一を伺えば、彼は真剣な顔つきで通りに視線を投げていた。
 そうして、太一に掴まれたまま上がり続ける心拍数と戦うこと数分…太一の体に緊張が走った。
 彼の視線を追うと、通りの向こうから見慣れたシルエットが猛スピードで走って来るのが見えた。

 声には出なかったが、心の中は素直に『げっ!?』という音を発信した…今一番会いたくない人物だ。

「くそう…絶対ここだと思ったのに…太一の奴どこ行った!?大輔と二人きりになんてさせるかよ…っ!」

 そう呟くと、またも猛スピードで何処かへと走り去って行った。

「……行ったか…。ったく、何なんだかヤマトの奴…」

 それを見送り、呆れたように深い溜め息をつくと、太一はようやく大輔を解放した。

「…あの、太一先輩…?」
「ああ、悪かったな大輔。なーんかヤマトが情緒不安定でさ、ま、いつものことだから気にすんな」

 にっと笑った太一の姿に、きっと太一がこうして外で誰かと約束する度、血相変えて邪魔していたんだろうなぁと思うと、何と言うか…ふつふつと怒りが込み上げて来た。

「行きましょう!太一さん!」
「お?やる気だな、大輔」
「ええ!今日は!絶対に!太一さんと二人だけで!練習するんですっ!」
「あ?そ、そうだな…?」

 太一の手を握りずんずんと進んで行く後輩の異様な迫力に、太一は少々引き攣りながらも逆らわない方がよいと判断した…。

 ついた先は自由に使える区営のグランドだったが、ただで使えるためかあまり手入れが行き届いておらず、使用者もまばらで、今日も太一達の他には人影もあまり無く、ほとんど貸し切り状態だった。

 初めは大輔の願い通りマンツーマンの指導をしていたが、大輔が何とか太一の出す及第点にたどり着くと、ただのボールの奪い合いのようになってしまった。
 ただ、その内実は一方的に大輔が遊ばれているに過ぎなかったが…。

「だあ〜〜〜っ!ダメだぁっ!取れねえ〜…っ!」
「何だ大輔、もう降参か?」

 どさりと仰向けに倒れ込んだ後輩にトラップ出来るはずも無いパスを渡せば、ボールは大輔を跳び越えて向こう側の木に跳ね返り、上手に大輔を避けて太一の足元に戻った。

「だあって太一先輩、ずるいっスよ!手加減してくれたっていいじゃないっすか!」
「阿呆!充分手加減してやってるだろうが。その証拠に三回ボールを持たせてやっただろう?」

 ぴっと立てられた三本の指にずぶずふと気持ちが落ち込んで行く…。
 つまり、太一のミスでも無く、自分の功績でも無く、自分が持てた三回の機会は、太一が譲ってくれたことだったのだ…。

「あはは、そー落ち込むな大輔。オレはこれでもお台場中サッカー部のエースだぞ?小学生のお前が敵わなかったからって、別に恥でも何でもねーだろ?」
「だけどそれにしたってさ〜…」
「あ〜分かった分かった。じゃあ一つだけ大輔の言うこと聞いてやる。それで機嫌直せ!な?」

 拗ねてしまった後輩を宥めるように言った太一の科白に、大輔は音速で反応した。

「ホントですか!?」

 突然起き上がった大輔に驚きはしたが、太一は笑って頷いた。

「おう。何がいい?また練習につき合うか?デジタルワールドでグレイモンの背中に乗せてやってもいいぞ?」

 以前グレイモンを見た時に大輔が言っていた言葉を思い出して繋げれば、大輔は真剣な顔で俯いている。
 きっと色んなことが頭の中をぐるぐる回っているのだろう。

「………それじゃあ…」
「ん?」

 大輔が決めたらしいことを感じ、太一は彼の顔を覗き込む。
 大輔は真っ赤に染まった顔を上げ、それでも真っ直ぐに太一を見て言った。

「キス、させて下さい!」
「……………」

 大輔の言った言葉が頭の中でリピートする。
 冗談かとも思ったが、真っ直ぐ見つめてくる後輩の瞳は真剣そのものだ。
 真っ赤な顔で、あんまり真剣にそんなことを言うものだから、つい可愛いとか思ってしまう。

「……マジで?」
「…マジです…!」

 確認すればこっくりと頷いてくる。
 ただ、つつけば逃げ出しそうな気もするが…太一はその先の反応が見たくなってしまった。

「…じゃ、いいぜ?」
「えっ!?」

 にやりと笑えば驚いたように飛び上がる。
 本当に、反応が面白くて仕方が無い…そんな風に思って眺めていると、大輔は意を決したように「じゃあ…」と言って太一の肩に両手を乗せた。

「…え?」
「失礼します!」
「!?」

 ぶつかるように唇に当てられたのが何か、一瞬分からなかった。
 目を瞑る間も無く行われたキスに、真っ赤になった大輔の頬が目に入り、妙に冷静な頭で大輔とキスしていることを認識した。そして認識した途端自覚した。
 どれ位の間そうしていたのか分からなかったが、ゆっくりと大輔の顔が離れ、縋るように抱きしめられた。

「………」
「…好きです、太一さん」
「だ…」

 囁くような告白の後、大輔は勢いよく立ち上がり、同じ勢いで頭を下げた。

「今日はありがとうございました!」
「あ、大…!」

 それだけを言うと、太一が止める間も無く鞄を引っ掴んで走って行ってしまった。
 その後姿を呆然と見送り、そっと自分の唇に手を当てる。

 びっくりした。

 まさか本当にキスしてくるとは思っていなかったのだ…しかも唇に。
 訳も無く笑いが込み上げて来る。

「…失礼しますだって…」

 真っ赤な顔で、肩を掴む手は痛いほど…微かに震えていたことも知っている。

「順番が逆だろうが、馬鹿大輔!」

 キスの後の告白だった。
 不器用なんだか、器用なんだか、ただ単に手が早いんだか…。
 どうやら自分は、あの真っ正直な直情馬鹿に、まんまと捕まってしまったらしい。
 太一を見もしないで一目散に逃げ帰ってしまった後輩は、今頃何を思っているのか…それを考えると少し笑える。

 次に会う時が楽しみだ。

 どんな顔をするか、想像するだけで退屈しない。
 うろたえる様が目に浮かぶ…。
 だけど、こんな風に自分の唇を奪ったのだ。簡単には答えはやらない。







 誰もいない夕暮れ際のグランドで、彼の忘れて行ったボールに向かって、太一は嬉しそうに微笑みかけた。





 

おわり


  1331HITのタキチナツ様のリクエストでした。
  ヤマトvs大輔?????ごめん…無理でした…。
  身内だからこそ出来るこの暴挙!全然vsちゃうやんっ!(笑)
  でもまあ、まともに戦ったら大輔負けそうな気がしたからさ…
  これで許したって下さいませ(笑)
  え?終わりが中途半端?うふふvそれは続きがあるからさ♪
  君がサイト改装を終えたらお祝いに送るねv(悪魔)