数ヶ月前、あーでもないこーでもないと四苦八苦して出来上がった完成予想図を見せられた仲間達は、そのあまりのスケールのでかさに唖然と言葉を失った。 こんな大きな家を、どうしてただでさえ土地の高い高級住宅街に建てるのかと聞いた所…。 「お袋とヒカリの意見聞いて、ひまにあった場所探したらこうなったんだよ。空気がいいなら郊外に土地探した方がいいかと思ったけど、それだと色々不便で病院も遠いし、高級住宅街って何でか緑が多くて道が広いんだよな。それにお前等が遊びに来たり泊まってったりするなら、部屋数多い方がいいだろ?」 …と、年収云億のスーパースターはあっさりとのたまった。 「ごめんね、太一君…私のせいで、あんな土地単価訴えたくなるよーな場所買うことになってぇ〜…」 何処かほのぼのとするこの夫婦の会話は面白い…内容はよく考えるととんでもないのだが…。 「でも、ヒカリちゃんもここが良かったって何か理由があるの?」 空が不思議そうに聞くと、ヒカリは何か裏が見え隠れするような笑顔でにっこりと微笑んだ。 「実はですね、私この近くの幼稚園に勤めることになりましてv」 ヤマトが納得しかけたが、ヒカリはちっちっと指を振る。 「高級住宅地の側の幼稚園には、もちろんそこに住む子供達が通いますよね?」 呆れた視線を送るヒカリに、京は誤魔化し笑いを浮かべる。 「ここの高級住宅地は、政財界の大御所が結構な数軒を連ねているんですよ。で、そのお家の子供といえば、長じれば社長か政治家か!そうでなくても、社会的に何らかの影響を与える人物になるはず!」 太一のストレートな言葉を、ヒカリがやんわりと…肯定した。 「………ヒカリちゃん…あざとっ…」 複雑な表情をする仲間達に目を向けられ、太一は苦笑しながらも頷いた。 「昔から言ってたろ?人間とデジモンが一緒に暮らせる世界になるのが夢だって」 突然の光子郎の言葉に、数人がぎょっと息を飲んだ。 「こ、光子郎!?」 きっぱりと言い切った光子郎は、潔すぎて眩暈すら起こしそうだった。 「だけど、それも一理ありますよね」 賢の言葉にまたしてもぎょっと息を飲む…その人が、彼等に残された最後の良心。 「結局は無駄な労力を裂くことになるよりは、着実に勢力を広めていった方がいいんじゃないかな?」 次々と頷き出す面々を、寒い気分でヤマト達は眺めた。 現在、リアルワールドとデジタルワールドは隔絶された状態にある。 往き来が可能な状態になり次第ゲンナイの方から連絡をくれることになっている。 「…ねえ?…もしかして、賢君も何か意図があって警官になったの?」 実は、光子郎と同じ第一線を行くコンピューター会社に勤めながら、裏で着々とデジタルワールドに関する研究を進め、その研究部署をメインとするための密かな会社乗っ取りを企てている京がぽつりと言った。 「まあね。犯罪者を捕まえるなんて僕の柄じゃないよ。まあとりあえず、キャリアとして警視庁入りしたからね。順調に出世を重ねて今は警視…そうだなあ、政界入りするのは、もうちょっと先になりそうかなあ〜」 楽し気に笑い合う若人達は、頼もしいことこの上無い。 「どうです、太一さん?スポーツ選手から政界入りするのはもう珍しくもありませんし、僕等『八神派』の長として、是非総理大臣に!」 選ばれし(元)子供達による、日本洗脳計画、もとい、日本のっとり計画…いや、彼等の夢見た世界を手に入れるための戦いが今始まった。 日本の未来は、かなり、きっと、恐らく、明るい…はず。 そんなことを話し合ったのが、数ヶ月前。 「………で、でけぇ…」 呆然と大輔が呟いた。 「私も出来上がったの見て驚きました。お義姉ちゃんなんか打ちひしがれてましたもん」 感嘆はしても絶望するようなことは無いと思うのだが…。 「…『掃除が大変そう〜』って。お母さんなんかすっごい浮かれてたのに、それ聞いてはっとしてましたし」 もはや笑うしかない。 「とりあえず皆上がって下さい。お義姉ちゃんも首長くして待ってますし」 ヒカリに促され、何となく声を潜めて玄関に向かった。 「ひまちゃん元気?」 仕方無さそうにくすりと笑う。 今日の夜、イタリアリーグの衛星中継が行われることになっていた。 「お義姉ちゃ〜ん!皆来たわよ〜?」 ヒカリが玄関を開け、廊下の奥のリビングに向かって声を上げるが返事が無い。 「お義姉ちゃん?」 ちょっぴり嫌な予感を押し殺し、揃って部屋の中に入り見たものは…。 「きゃあ―――――――っっ!!お義姉ちゃんしっかり!しっかりしてっ!」 倒れている義姉に駆け寄り、泣きそうな声で揺するヒカリを制し、丈が葵の状態をさっと診る。 「救急車呼んだ方がいい。急いで!」 彼女が倒れている場所から目と鼻の先にあった電話を掴み上げ、ボタン一つで繋がった救急センターに要請する。 「もう、もう…なんで雑巾なんか持って倒れてるのよお〜っ!」 ヒカリの罵倒の中、遠くから救急車のサイレンの音が聞こえる。 「あ、お義姉ちゃん!気がついた!?」 ぼんやりとした視界のピントが次第に合い、覗き込んでいる心配気な顔がはっきりと分かった。 「…ヒカリちゃん…空ちゃんも…」 ほっと息を吐き、そのままナースコールで連絡を取る。 「葵さん、大丈夫ですか?」 まだ目覚めたばかりで記憶がはっきりしないのか、自分の置かれている状態が把握できないらしい。 「…うん、この分なら明日には退院出来るでしょう。ダメですよ八神さん…無理しちゃいけないって、ご家族の方にも口をすっぱくして言われているでしょう?」 ヒカリと空が扉まで医者を見送りに出る。 「…ごめんなさい、皆〜…。心配かけて…それに太一君の試合…終わっちゃったよねぇ…」 しゅんと謝る葵に、一同は慌てたように言い繕う。 「いや、実は運び込まれてすぐに君の容態が落ち着いたからさ、空にウロウロしてても邪魔だからTVでも見てろって追いやられちまって…」 言い難そうだったヤマト達と対照的に、葵はそれを聞いて顔を輝かせた。 「ホント!?太一君かっこよかった!?」 にっこり笑ったヒカリに、談笑していた面々の笑顔が凍った。 「…お義姉さん」 しかめっ面をするヒカリに小さくなる葵…どちらが年上か分からない。 「い〜い?今後絶対無理をしないこと!約束してね!?」 悲しそうに上目遣いで小首を傾げられると、懐かしいオレンジ色の生き物に姿がだぶる。 「甘いっ!甘いわよ、ヒカリちゃんっ!」 びっくりした目で見返す義理の姉妹にびしりと指を突きつけ、空は眦を上げた。 「こーいうことは、びしっとだんな様から言ってもらわないとっ!」 戸惑う葵を余所に、ヒカリはさっさと備え付けの電話を取り上げた。 「ヒ、ヒカリちゃあ〜ん…」 ヤマトの言葉に、光子郎以下他の面々が苦笑しながら頷いている。 「で、でもぉ〜…」 驚きの声を上げる葵の前に、にゅっと受話器が差し出された。 「……もしもしぃ」 受話器の向こうの声に、びくびくしながらちょっとだけ耳から離した。 『お前はっ!何のためにボタン一つで救急車呼べるように設定してあるか分かってんのかっ!?』 やはり続いた大音量に、葵は受話器を遠ざけ必死に謝る。 『いいかっ!?オレがいない間に勝手に死んでみろ、うちの墓には入れねーからな!?』 怒られてへろへろ状態の葵から受話器を受け取り、ヒカリはくすくす笑いながら兄に話し掛けた。 「お兄ちゃん?」 再びヒカリから受話器を渡され、ほっとしていた葵は緊張して電話に出た。 「…太一君?」 受話器の向こうでほっと息を吐く気配が伝わり、いたたまれずに俯いた。 『ひま!顔上げな!』 突然の行動に、何事かと集まっていた仲間達の視線が葵に集中する。 『…何が見える?』 目を瞬くと、太一の静かな、優しい声が耳に届けられる。 『一緒に生きてく仲間だろ?ひまが倒れて、皆が心配して側にいてくれただろ?ひまは一人で生きてるんじゃ無い。一人で死んでいくんでも無い。お前が死んで泣くのはオレ等家族だけじゃねえ…皆が悲しむことになる。…だから、もう軽率な行動はするな。…いいな?』 神妙な顔つきで頷き、言われた通りに受話器を向けた。 『皆、ありがとな。これからも頼む』 聞こえて来た太一の声に、一同はくすぐったそうに視線を交わして微笑んだ。 「…礼を言われるほどのことじゃねーよ」 温かい会話に、双方で笑いが起こる。 『ヒカリ、空、ヨロシクな』 自分の名前を呼ばれ、耳元に当てる。 『…明後日帰るから…』 そこで回線は途絶えたが、葵は幸せそうに受話器を握り締めた。 「お兄ちゃん何て?」 葵の言葉に、ヒカリも嬉しそうに提案すれば、仲間内からも賛成の声が上がった。 「いいわね♪やりましょうか!」 楽しそうに計画を練りだす一同の中、空がそっと、葵の肩に手を置いた。 「久しぶりに帰って来るだんなに、元気な顔見せなきゃねv」 皆の優しい心が伝わってくる。 「あ、そろそろスポーツニュースがあるんじゃないですか?」 子供のようにはしゃぐ彼女に、楽しそうな笑い声が広がる。 「ほら、TV観やすいようにベットのリクライニング調節してあげるから、ちゃんと体休めて!明日退院出来るって言っても、さっき気がついたばかりなんですからね!」 ヒカリの好意に甘え、体の力をゆっくりと抜く…そうすると、自分でも気づかなかった疲労があったらしく、ぐったりとベットに体を預けてしまった。 「…ありがとう」 テレビ画面は、まだ大リーグで活躍中の日本人リーガーが映っている。これが終わったら、サッカーのトップニュースで彼が出て来るのだろう。 葵はそっと、左手のリングを指でなぞった。 結婚してもうすぐ一年…その間一緒にいれたのは、数えなくても覚えていられる位の日数。 彼が大好きな、そして彼のことが大好きな人達に囲まれて、いつでも身近に感じていられたから。 私ね、あなたのおかげで太一君のお嫁さんになれたんだよ。 そんなことを言ったら、笑うだろうか、呆れるだろうか。 『ボクはボク、君は君だよ』 いくら似ていても、誰かが誰かの代わりをすることなんて出来ないのは分かっている。 「あ!太一さん出た!」 画面の中、フィールド上をまるで自分の領地のように駆け回る彼。 ずっとずっと彼のことを見ていた。 いつかあなたに伝えたい。 死が二人を別つまで…。 あなたの笑顔を護る人達へ…。
おわり |