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ずっと、ずっと…あなたを見てる。
太一の電撃結婚から一年…東京のとある高級住宅街に八神家の新居が出来上がった。
数ヶ月前、あーでもないこーでもないと四苦八苦して出来上がった完成予想図を見せられた仲間達は、そのあまりのスケールのでかさに唖然と言葉を失った。
敷地面積は『どこぞの政治家のお宅ですか?』と言いたくほどのだだっ広さ…家の造りも庭もただ事では無く、『理想』というのが具現化したかのようだった。
こんな大きな家を、どうしてただでさえ土地の高い高級住宅街に建てるのかと聞いた所…。
「お袋とヒカリの意見聞いて、ひまにあった場所探したらこうなったんだよ。空気がいいなら郊外に土地探した方がいいかと思ったけど、それだと色々不便で病院も遠いし、高級住宅街って何でか緑が多くて道が広いんだよな。それにお前等が遊びに来たり泊まってったりするなら、部屋数多い方がいいだろ?」
…と、年収云億のスーパースターはあっさりとのたまった。
「ごめんね、太一君…私のせいで、あんな土地単価訴えたくなるよーな場所買うことになってぇ〜…」
「お前が気にすんなっての。ヒカリの希望でもあるんだから!それより、高級住宅街は違法駐車も無いし、道が広いから救急車の到着が遅れることも無い。誰もいない時は倒れる前に、ちゃんと自分で呼ぶんだぞ?」
「了解〜」
何処かほのぼのとするこの夫婦の会話は面白い…内容はよく考えるととんでもないのだが…。
「でも、ヒカリちゃんもここが良かったって何か理由があるの?」
空が不思議そうに聞くと、ヒカリは何か裏が見え隠れするような笑顔でにっこりと微笑んだ。
「実はですね、私この近くの幼稚園に勤めることになりましてv」
「ああ、通勤に便利なんだ?」
「それだけじゃありません」
ヤマトが納得しかけたが、ヒカリはちっちっと指を振る。
「高級住宅地の側の幼稚園には、もちろんそこに住む子供達が通いますよね?」
「まあ、それは当然そうでしょうね…」
「あ、何!?もしかして逆光源氏計画!?」
「…京さん、違います」
呆れた視線を送るヒカリに、京は誤魔化し笑いを浮かべる。
『逆光源氏計画』とは、幼い少女を自分の思い通りに育て上げ、理想の花嫁に仕立て上げた光源氏の反対バージョン…女の人が男の子を理想的に育てゲットする計画を指す。
「ここの高級住宅地は、政財界の大御所が結構な数軒を連ねているんですよ。で、そのお家の子供といえば、長じれば社長か政治家か!そうでなくても、社会的に何らかの影響を与える人物になるはず!」
「………それで?」
「そーいうお子様がまだ擦れていない内に、来たるべきデジタルワールドとの統合に備え、デジモンを受け入れられる精神を養っておこうと思いまして!」
「つまる所、洗脳だな」
「やだ、お兄ちゃん!言葉はオブラードで包むものよv」
太一のストレートな言葉を、ヒカリがやんわりと…肯定した。
「………ヒカリちゃん…あざとっ…」
「…太一、お前は知ってたのか?」
複雑な表情をする仲間達に目を向けられ、太一は苦笑しながらも頷いた。
「昔から言ってたろ?人間とデジモンが一緒に暮らせる世界になるのが夢だって」
「いや、でもそのためにまず子供から洗脳しようっていうのは…」
「いえ、これは効果的な方法でもありますよ?」
突然の光子郎の言葉に、数人がぎょっと息を飲んだ。
「こ、光子郎!?」
「今現在の頭が超合金並に固い政府役人を説得するよりは、いずれ国のトップに立つだろう子供達から丸め込む方が、長い目で見れば建設的です。今現在の上の人達は、デジタルワールドとの統合が果たされているだろう数十年後には、確実にこの世にいないのですから」
「…はっ…きり言いますねぇ〜…」
「事実です」
きっぱりと言い切った光子郎は、潔すぎて眩暈すら起こしそうだった。
「だけど、それも一理ありますよね」
賢の言葉にまたしてもぎょっと息を飲む…その人が、彼等に残された最後の良心。
その名を石田ヤマトと本宮大輔…十二人の者達の中の、たった二人であった。
「結局は無駄な労力を裂くことになるよりは、着実に勢力を広めていった方がいいんじゃないかな?」
「それもそうね〜」
次々と頷き出す面々を、寒い気分でヤマト達は眺めた。
現在、リアルワールドとデジタルワールドは隔絶された状態にある。
世界として安定を欠くデジタルワールドを本来の姿に戻すため、一端デジモン達は故郷に還りパートナー達と離れることになった。
往き来が可能な状態になり次第ゲンナイの方から連絡をくれることになっている。
だが、もう何年もパートナーの声を聞いていないのも、事実だ。
また会えるのは、五年後か十年後…それよりもっと後なのか…今はっきりしたことは分からない。
だからこそ、政府はその存在を認めながらも、決して直視しようとはしなかった。
「…ねえ?…もしかして、賢君も何か意図があって警官になったの?」
実は、光子郎と同じ第一線を行くコンピューター会社に勤めながら、裏で着々とデジタルワールドに関する研究を進め、その研究部署をメインとするための密かな会社乗っ取りを企てている京がぽつりと言った。
「まあね。犯罪者を捕まえるなんて僕の柄じゃないよ。まあとりあえず、キャリアとして警視庁入りしたからね。順調に出世を重ねて今は警視…そうだなあ、政界入りするのは、もうちょっと先になりそうかなあ〜」
「へえ?賢君は政界入りするのが目的なのかい?」
「そりゃあ、日本の法律を変えないと、デジモンを保護出来ませんしねぇ」
「奇遇ですね、一乗寺さん!僕は法を極めてから日本を動かす人間になりますよ」
「伊織君もかい?ホント奇遇だなあ」
楽し気に笑い合う若人達は、頼もしいことこの上無い。
「どうです、太一さん?スポーツ選手から政界入りするのはもう珍しくもありませんし、僕等『八神派』の長として、是非総理大臣に!」
「…お前等、話飛びすぎ」
「そんなこと無いですよ。いずれです、いずれ!」
「あ〜はいはい。いずれな?いずれ。オレはその前に外務省に入省するぞ」
「そーなったら、私お兄ちゃんの美人秘書やる〜♪」
「ま、ヒカリちゃんたら、自分から『美人秘書』なんて自信満々ね♪」
「うふふ♪子供達の『憧れの先生』になるために、日々精進を怠ってませんものv男の子にも女の子にも『先生の言うことなら何でも聞く!』って思わせるのは大変なんですよ?」
「ヒカリちゃんなら大丈夫!太一君の妹だもの〜頑張ってネぇv」
「もちろんっ♪」
「それじゃあ僕は、デジタルワールドのことを本にしてベストセラーを狙うか。老若男女に広く親しまれ、来たるべき日に受け入れ易い状態を作っておくために。…ライバルは、『ハ○ポタ』かな?」
選ばれし(元)子供達による、日本洗脳計画、もとい、日本のっとり計画…いや、彼等の夢見た世界を手に入れるための戦いが今始まった。
彼等は決して諦めない…きっと欲しいものを手に入れるだろう…どんな手を使ってでも。
日本の未来は、かなり、きっと、恐らく、明るい…はず。
…たぶん。
そんなことを話し合ったのが、数ヶ月前。
そして彼等は今、出来上がった八神邸の前に立っていた。
「………で、でけぇ…」
呆然と大輔が呟いた。
図面で見せられた時も思ったが、実物は予想を遥かに越えて馬鹿でかい。
そんな彼等を振り返り、迎えに来たヒカリが苦笑を浮かべる。
「私も出来上がったの見て驚きました。お義姉ちゃんなんか打ちひしがれてましたもん」
「打ちひしがれる?なんで?」
感嘆はしても絶望するようなことは無いと思うのだが…。
「…『掃除が大変そう〜』って。お母さんなんかすっごい浮かれてたのに、それ聞いてはっとしてましたし」
もはや笑うしかない。
確かに、これは現実問題として大問題だろうが、この家をまず見ての感想がそれとは…彼女が只者では無い証だろう。
「とりあえず皆上がって下さい。お義姉ちゃんも首長くして待ってますし」
「お邪魔しま〜す…」
ヒカリに促され、何となく声を潜めて玄関に向かった。
閑静な高級住宅地では、声を上げることさえ躊躇われる庶民育ちの一同だった。
「ひまちゃん元気?」
「元気ですよvただ、はりきり過ぎちゃって昨日掃除の途中で倒れかけたんで、今日は大人しく待ってなさいってお留守番してもらってるんだけど…」
「今ご両親は太一さんの試合応援に行っていていらっしゃらないんですよね?…大丈夫ですか?お一人にして…」
「ホント、目を盗んで掃除とかしてなければいいんだけど」
仕方無さそうにくすりと笑う。
今日の夜、イタリアリーグの衛星中継が行われることになっていた。
リーグ優勝をかけた試合で、スタメン出場する予定の太一のことは、日本でも特集が組まれる程広く放送されている。
そんな息子の応援に両親は旅立ってしまったわけだが、彼等の目的が息子の試合では無く、海外旅行であることは既に暗黙の了解になっていた。
そして、置いてきぼりを食った娘二人が仲間達を招き、新居披露を兼ねてTV観戦する計画を立てたのだ。
「お義姉ちゃ〜ん!皆来たわよ〜?」
ヒカリが玄関を開け、廊下の奥のリビングに向かって声を上げるが返事が無い。
「お義姉ちゃん?」
ちょっぴり嫌な予感を押し殺し、揃って部屋の中に入り見たものは…。
「きゃあ―――――――っっ!!お義姉ちゃんしっかり!しっかりしてっ!」
「えっ!?何っ!?」
「!…ひまちゃんっ!!」
「ヒカリちゃん!皆も落ち着いて!」
倒れている義姉に駆け寄り、泣きそうな声で揺するヒカリを制し、丈が葵の状態をさっと診る。
「救急車呼んだ方がいい。急いで!」
「はいっ!」
彼女が倒れている場所から目と鼻の先にあった電話を掴み上げ、ボタン一つで繋がった救急センターに要請する。
葵の様子は医者である丈が細かく指示を出し、行き付けでもある病院に搬送準備をしてもらえるよう連絡した。
「もう、もう…なんで雑巾なんか持って倒れてるのよお〜っ!」
「…掃除しようとしてたんでしょうねぇ…」
「だから休んでろって言ったのにぃ〜〜〜っっ!!」
ヒカリの罵倒の中、遠くから救急車のサイレンの音が聞こえる。
門の外ではタケルと大輔が誘導出来るよう待機しているが、それにしても来るのが早い…。
太一の狙いは、あまり喜ばしく無い形で実証されたことになる。
防音設備の利いた、いわゆる特別室と呼ばれる病室内で上がった歓声に、失っていた意識を呼び覚まされた。
「あ、お義姉ちゃん!気がついた!?」
「ひまちゃんっ!私が分かる?気分はどう?」
ぼんやりとした視界のピントが次第に合い、覗き込んでいる心配気な顔がはっきりと分かった。
「…ヒカリちゃん…空ちゃんも…」
「良かった…意識ははっきりしてるわね。先生呼んだ方がいい?」
「そうですね」
ほっと息を吐き、そのままナースコールで連絡を取る。
離れたソファで休んでいた他の者達もベットの周りに集まった。
「葵さん、大丈夫ですか?」
「心配したんですよ?どーしたんですか、一体…」
「え…と、私……?」
まだ目覚めたばかりで記憶がはっきりしないのか、自分の置かれている状態が把握できないらしい。
そうこうする内に扉がノックされ、医者と看護婦が一人ずつ入って来た。
仲間達はベットから離れて場を譲り、簡単な診察が行われるのを見守った。
「…うん、この分なら明日には退院出来るでしょう。ダメですよ八神さん…無理しちゃいけないって、ご家族の方にも口をすっぱくして言われているでしょう?」
「はい…すみません…」
「心配かけた人達にたっぷり怒られて下さいよ?それじゃ僕はこれで…お大事に」
「ありがとうございました」
ヒカリと空が扉まで医者を見送りに出る。
葵は病室とは思えないような豪華な部屋の天井を見上げ、自分が倒れたことを思い出して溜め息をついた。
「…ごめんなさい、皆〜…。心配かけて…それに太一君の試合…終わっちゃったよねぇ…」
しゅんと謝る葵に、一同は慌てたように言い繕う。
「いや、実は運び込まれてすぐに君の容態が落ち着いたからさ、空にウロウロしてても邪魔だからTVでも見てろって追いやられちまって…」
「そこの大型TVで観させて頂いたんですよ」
「太一さん、見事なプレーで大活躍でしたよ♪」
言い難そうだったヤマト達と対照的に、葵はそれを聞いて顔を輝かせた。
「ホント!?太一君かっこよかった!?」
「もちろんです!素晴らしいプレーでしたよ!明日のスポーツ誌は全紙がトップに太一さんの写真をもって来るの間違い無しです!」
「ホントぉ!?スクラップブック、新しいの作らなきゃかなぁ、ヒカリちゃん♪」
「そーですね」
にっこり笑ったヒカリに、談笑していた面々の笑顔が凍った。
これは相当怒っている。
「…お義姉さん」
「はい」
「昨日倒れかけましたよね?」
「…はい」
「今日は大人しくしてるって、約束しましたよね?」
「…はい」
「皆に心配かけて…」
「ごめんなさいぃ〜」
しかめっ面をするヒカリに小さくなる葵…どちらが年上か分からない。
心底反省しているような義姉の様子に、ヒカリは溜め息を吐いて空気を和らげた。
「い〜い?今後絶対無理をしないこと!約束してね!?」
「する〜…ごめんねぇ〜?」
悲しそうに上目遣いで小首を傾げられると、懐かしいオレンジ色の生き物に姿がだぶる。
見た目は全然違うのに、毒気を抜かれて仕方が無い。
「甘いっ!甘いわよ、ヒカリちゃんっ!」
「そ、空さん?」
「空ちゃ〜ん?」
びっくりした目で見返す義理の姉妹にびしりと指を突きつけ、空は眦を上げた。
「こーいうことは、びしっとだんな様から言ってもらわないとっ!」
「あ、そっか。そーですよね♪」
「ええっ!?」
戸惑う葵を余所に、ヒカリはさっさと備え付けの電話を取り上げた。
「ヒ、ヒカリちゃあ〜ん…」
「無駄だよ、葵さん」
「ヤマトさ〜ん?」
「ああなった空やヒカリちゃんを止められるのは、誰もいやしないんだから」
ヤマトの言葉に、光子郎以下他の面々が苦笑しながら頷いている。
「で、でもぉ〜…」
「ま、万が一止められるとしても太一位だろーけど。それに、君が倒れたことはもう伝えてあるから、黙ってても向こうからかけてきたよ」
「ええっ!?そおなの!?」
驚きの声を上げる葵の前に、にゅっと受話器が差し出された。
それを見てヒカリに視線を移し、彼女がにっこりと頷いたのを見て観念した。
「……もしもしぃ」
『…ひま、オレだ』
「はいぃ、オレ様でございますねぇ」
受話器の向こうの声に、びくびくしながらちょっとだけ耳から離した。
『お前はっ!何のためにボタン一つで救急車呼べるように設定してあるか分かってんのかっ!?』
「ごめんなさい〜っ」
やはり続いた大音量に、葵は受話器を遠ざけ必死に謝る。
『いいかっ!?オレがいない間に勝手に死んでみろ、うちの墓には入れねーからな!?』
「それは嫌〜っっ」
『それと、次にこんなことがあったら、家の中一m置きに電話を設置するぞ!』
「それもかかってくる時うるさいから嫌ぁ〜っ」
『だったら!もう二度と体の警報を無視すんな!えらい時はちゃんと休ませてやれ!いいな!?』
「ラジャーですぅ〜…」
『よし、ヒカリに変われ』
「は〜いぃ…ヒカリちゃ〜ん…」
怒られてへろへろ状態の葵から受話器を受け取り、ヒカリはくすくす笑いながら兄に話し掛けた。
「お兄ちゃん?」
『悪かったな、ヒカリ』
「ううん、ちょっと取り乱しちゃったけど丈さんがいてくれたから、大丈夫だったよ」
『そっか…これからも頼むな?』
「うん、任せて!お義姉ちゃんに生きる意志がある以上、死神を脅してだって連れて行かせたりしないんだから!」
『はは。ヒカリがいてくれれば安心だな。もう一回変わってくれるか?』
「うんv」
再びヒカリから受話器を渡され、ほっとしていた葵は緊張して電話に出た。
「…太一君?」
『…もう、大丈夫なんだな?』
「あ、うん。軽い発作だっから、明日には退院していいって」
『ああ、それは聞いたけど…本当に、大丈夫なんだな?』
「うん…心配かけて、ごめんなさい…」
受話器の向こうでほっと息を吐く気配が伝わり、いたたまれずに俯いた。
そんな彼女の様子が見えるように、太一は明るい声を出す。
『ひま!顔上げな!』
「え?」
突然の行動に、何事かと集まっていた仲間達の視線が葵に集中する。
『…何が見える?』
「え〜と、太一君の仲間達…」
『うん。だけど、お前の仲間でもあるんだぞ?』
「…え?」
目を瞬くと、太一の静かな、優しい声が耳に届けられる。
『一緒に生きてく仲間だろ?ひまが倒れて、皆が心配して側にいてくれただろ?ひまは一人で生きてるんじゃ無い。一人で死んでいくんでも無い。お前が死んで泣くのはオレ等家族だけじゃねえ…皆が悲しむことになる。…だから、もう軽率な行動はするな。…いいな?』
「はい」
『じゃあ、受話器皆に向けてくれ』
「はあい」
神妙な顔つきで頷き、言われた通りに受話器を向けた。
『皆、ありがとな。これからも頼む』
聞こえて来た太一の声に、一同はくすぐったそうに視線を交わして微笑んだ。
「…礼を言われるほどのことじゃねーよ」
「頼まれなくても、もちろん大丈夫ですし♪」
「太一さん、こっちのことは心配しなくていいですよ♪」
「でも会いたいでーす!早く帰って来て下さいね〜♪」
温かい会話に、双方で笑いが起こる。
『ヒカリ、空、ヨロシクな』
「うん♪」
「任せといて、太一♪」
『ひま』
自分の名前を呼ばれ、耳元に当てる。
『…明後日帰るから…』
「………」
『それまでにちゃ――んと、元気になってろよ?』
「……うん。待ってる…気をつけてねぇ」
『ああ、じゃあな』
そこで回線は途絶えたが、葵は幸せそうに受話器を握り締めた。
元に戻そうと受け取ったヒカリが、葵の顔を見て微笑む。
「お兄ちゃん何て?」
「明後日帰国するって♪」
「ホント!?それじゃあ、お義姉ちゃんの退院祝いも兼ねてパーティーしようか!」
葵の言葉に、ヒカリも嬉しそうに提案すれば、仲間内からも賛成の声が上がった。
「いいわね♪やりましょうか!」
「あの大きなお家でパーティー!?やだ、楽しそう♪」
「皆は大丈夫?」
「…何とか、空ける!」
「太一さん帰ってくるのに、出迎えしないわけにはいきません!」
「そうだね。盛大に出迎えようか♪」
楽しそうに計画を練りだす一同の中、空がそっと、葵の肩に手を置いた。
「久しぶりに帰って来るだんなに、元気な顔見せなきゃねv」
「…うん、そーだねぇ♪」
皆の優しい心が伝わってくる。
心だけで無く、体すらも癒されていくようで心地良い…。
「あ、そろそろスポーツニュースがあるんじゃないですか?」
「そうですね。葵さん、きっと太一さんの勇姿が見られますよ?」
「見たい見たいv」
子供のようにはしゃぐ彼女に、楽しそうな笑い声が広がる。
「ほら、TV観やすいようにベットのリクライニング調節してあげるから、ちゃんと体休めて!明日退院出来るって言っても、さっき気がついたばかりなんですからね!」
「はぁ〜い」
ヒカリの好意に甘え、体の力をゆっくりと抜く…そうすると、自分でも気づかなかった疲労があったらしく、ぐったりとベットに体を預けてしまった。
彼女がTVを観易いように、皆は少しずつ位置をずらしてくれている。
「…ありがとう」
「いいえ、もう始まりますよ」
テレビ画面は、まだ大リーグで活躍中の日本人リーガーが映っている。これが終わったら、サッカーのトップニュースで彼が出て来るのだろう。
葵はそっと、左手のリングを指でなぞった。
大好きな大好きな彼が選んでくれた、シンプルで邪魔にならないデザインのプラチナリング。
この内側にはお互いの名前が刻み込まれている。
結婚してもうすぐ一年…その間一緒にいれたのは、数えなくても覚えていられる位の日数。
でも、寂しいと思ったことは無い。
彼が大好きな、そして彼のことが大好きな人達に囲まれて、いつでも身近に感じていられたから。
そしていつか、彼の一番のパートナーに会える日を夢見てる。
来年か、再来年か…そのまた先か…何とか、彼に出会うまでは生きていたいと思っていた。
そして、お礼が言いたいと…。
私ね、あなたのおかげで太一君のお嫁さんになれたんだよ。
そんなことを言ったら、笑うだろうか、呆れるだろうか。
それでも、会ったことも無いのに声が聞こえる。
『ボクはボク、君は君だよ』
いくら似ていても、誰かが誰かの代わりをすることなんて出来ないのは分かっている。
自分が彼の代わりが出来ないように、彼も自分の代わりは出来はしない…それでも、自分が消えた後、彼を支えてくれるのはあなただと…そんな気がした。
「あ!太一さん出た!」
画面の中、フィールド上をまるで自分の領地のように駆け回る彼。
ずっとずっと彼のことを見ていた。
憧れと、羨望と…溢れんばかりの愛情を込めて。
いつかあなたに伝えたい。
あなたの大切な人達に想いを込めて。
死が二人を別つまで…。
死が二人を別つとも…あなたの幸せを願っています。
あなたの笑顔を護る人達へ…。
おわり
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