「あ!流れ星!」 何処と無く嬉しそうな声を上げたワタル…その横を歩いていた新月は、つい声に合わせて確認してしまった流れ星を認め、ふう〜…と溜め息をついた。 「…新月さん?もしかして、流れ星嫌いですか?」 「…いや。嫌いと言うか、好きじゃないと言うか…」 「え?願い事かけたりしません?」 きょとんと質問して来た同輩に、新月は複雑な瞳を向けた。 今彼等がいるのは魔界の一角。 ちょっとした(けれど、『救世主』二人の力が要る)仕事の帰り道だった。 「昔はね…オレも流れ星とか見るのは好きだったんだが…ある時ガラリと考えが変わってしまってね…」 「ある時?何かあったんですか?」 小首を傾げるワタルに、奇妙な既視感を覚える…そう、在りし日の自分の姿を…。 「…聞きたい?」 「はい」 「本当に?」 「えーと、言外に止めた方がいいよって言ってます?」 「言ってます」 「そう言われると、余計気になります」 「だよね〜オレもそうだった…」 「はい??」 ふぅ〜…とまた一つ、大きく溜め息をついた新月に、ワタルは心底不思議そうな顔を向ける。 そうして彼は、重々しく口を開いた…。 何年だか、何十年だか、何百年だったかも忘れてしまった、昔の話。 新月と龍鶯の二人は、冥王宮の蒼の君の私室にあるテラスで、仕事後の報告会を兼ねてお茶を頂いていた。 広々としたテラスから覘くのは、降るような満天の星。 「綺麗ですね〜」 「ああ、今日は特によく見えるね」 うっとりと呟いた新月に、蒼の君はさして興味も無さそうにあっさり返した。 「これだけよく見えると、流れ星とかも多そうですね〜」 「そう?私は見たくないけれど」 「え?」 淡々と告げられた彼の言葉に、二人は思わず顔を見合わせる。 「…流れ星に願い事とかしません?」 「流れ星に?星自体にじゃなくて?」 伺うように聞いた新月に、蒼の君の方がきょとんと問いかける。 「数秒もしない内に消えちゃうような流れ星に、どうやって願いをかけるの?」 「え?えーと、ですから、その消えるまでの間に願いが言えれば適うとかいう迷信で…」 「へぇ〜…時代は変わったなぁ。私の頃は、それと決めた星に願いをかけ、流れれば願いが叶った証…とかいう戯言が流行ってたけど」 「戯言…ですか」 「戯言でしょ。大体星の光なんて、云万光年先の惑星の輝きだろ?しかも、大多数が亡霊の光…今ここに届いてる星の光にしたって、現在残ってる星が幾つあるやら…」 「「…………」」 それはその通りなのだが、達観し過ぎているような様子を不思議に思ったのが運のつき。 『後悔』とは『後に悔いるもの』とは、よく書いたものだと思う…新月は、自分の不用意な発言から、それを身を以って知ることになるのだ…。 「何か理由があるようお見受けしますが…」 遠慮がちにされた進言に、蒼の君は深い溜め息をついた。 「……聞きたい?」 「はい」 「どうしても?」 「出来れば…」 隠されると聞きたくなる不思議な真理…新月もまだ、若かった(?)のだろう…。 「…お伽話をしようか」 「はあ…?」 「昔々のお話…そこには、見渡す限りの荒野が広がっていた…」 ゆっくりと語り出した蒼の君に、新月と龍鶯を居住まいを正す。 「草も、木も…一輪の花すらも無い、果ての無い荒野…そして世界は闇夜に包まれ、月の光すらも地上には届かない」 「「………」」 「地上には、置き捨てられたかのように佇む一人の子供。彼の他には何も無い…だが、そこに一条の光が射す。まるで最後の希望のような、一滴の淡い光…それは、天空に唯一つある星の輝き」 「…たった、一つの…?」 「そう、唯一つの。子供は星に願いをかける…『どうか、大切な人に会えますように…』何も無い荒野で、唯一人きりで、唯一つの星に願いをかける。あの星が流れた時、願いが適っていることを祈るように…」 輝く満点の星空の下、一つしか無い星を想像するのは少し寒い。 だが、蒼の君の目には正しくその情景が浮かんでいるように見えた。 「ふいに、星が流れた。…だけどそこは、何一つ変わらない荒野があるだけ。願いは適わず誰にも会えぬまま、唯一の星の光すらも失い、子供は真の闇に包まれた…」 「「………」」 「そんな流れ星を、果たして美しいと思えるだろうか…?」 「そ…そんな経験がおありで…?」 恐る恐る聞いた彼に、蒼の君はふっと笑い…そっと星空を見上げた。 唯一つの希望の光が、あっという間に流れて消える…絶望…。 「…昔話だよ…」 「…………………」 深い深い溜め息と共に語り終えた新月に、ワタルは少し顔色の悪い引き攣った笑みを浮かべた。 「…それ以来、どうも流れ星が苦手になってね…」 それは…そうだろうと思えてしまう。 何となく想像がつくからこそ、余計に寒くて物悲しい…。 「ワタルは、星の美しい所だけ見ておいで」 苦く笑った彼に、ワタルは「もう遅いです…」と言葉にならない笑みを返す。 魔界の空に浮かぶ星は、そんなには多くない…真の闇夜では無いが、その数が減ることを考えてしまった。 もう二度と、流れ星が綺麗だなんて思える日が来ないような気がした。 |
おわり |