長い間締め切られていたであろう窓を開け放つ。
天高く聳え立った塔からは、世界の全てとはいかないものの、周辺一体が地平線まで見渡せる。 生まれたばかりの風の精霊が、ワタルに擦り寄るように部屋の中へと転がり込んだ。 「…くすぐったいよ」 くすくすと笑いにながら、入り込んだ子供達に優しい瞳を向ける。 そういえば、彼の従者もそうだった。 彼を慕い、彼と共に生き、彼のためだけに生まれて来た命。 生まれた場所とは裏腹な、優しい優しい綺麗な生き物。 愛しいと思う。 かつて憎悪と悲しみに支配されていた心で、そう思えることが嬉しい。 「まぁ、鴉呼様。どうなさいましたの?」 聞き慣れた声に振り返ると、開かれたままだった扉から丁度、カーテンを抱えたミンスが入って来た所だった。 「あら、ワタル様?こちらに鴉呼様が…」 軽やかな声に押されるように、愛らしい姿がひょっこりと現れた。 「兄様」 「鴉呼?そこにいたの?」 ミンスと共に部屋に入って来た鴉呼に、少し驚きながらも両手を広げる。 「どうしたの?いるなら入って来れば良かったのに…」 抱き上げた腕にすっきりと収まり、可愛らしく小首を傾げる。 「変な遠慮しなくていいのに…鴉呼の居場所は、ここなんだから」 大きな瞳が更に大きく見開かれる…。 「はい。…兄様」 嬉しそうに擦り寄りながら、ワタルの衣がきゅっと握りしめられる。 くすくすと楽しげな声が耳に心地良い。
彼女達の長であるミンスの言葉は、たしなめるというよりは苦笑の色の方が濃かったかもしれない。
優しい人達がいる。 心と体に負った、深い傷…。
「さぁ、貴方達は世界を廻って見ていらっしゃい」 ミンスの言葉に、精霊達はにっこりと笑って頷くと、ワタル達に優しいキスを残して出て行った。 「楽しんでおいでね」 大気に溶け込んだ彼女達に向かって、ワタルが優しい言葉を投げかける。 「虎王達は帰って来た?」 鴉呼を床に降ろすと、ミンスのつけかけのカーテンに手を伸ばす。 「あ、兄様!」 背伸びして窓からやっと覗く頭で振り返り、鴉呼が嬉しそうな声を上げた。 「ヒミコだけ…?虎王の姿が見えないね…」 元気いっぱいの少女の影に、ぶら下がっている足が見えた。 「……虎様?」 不思議そうな鴉呼を抱え、ヒミコに向かって手を振り返しながらミンスと苦笑する。 「さ、迎えに出ようか。虎王は多分、休息の方が必要だろうから、ヒミコを誘ってお茶にしよう」 下の階にあるテラスに降り立つだろう鳳鳥を追って部屋を出る。
出迎える場所。
それが、生きるということ。
おわり |