長い間締め切られていたであろう窓を開け放つ。

 

 天高く聳え立った塔からは、世界の全てとはいかないものの、周辺一体が地平線まで見渡せる。
 生まれ治したばかりの世界は、何もかもが幼く無垢で…癒しきれない傷を抱えた心に、どこまでも優しく染み渡る。

 生まれたばかりの風の精霊が、ワタルに擦り寄るように部屋の中へと転がり込んだ。

「…くすぐったいよ」

 くすくすと笑いにながら、入り込んだ子供達に優しい瞳を向ける。
 髪を乱し、頬に触れながら、風の精霊は部屋から出て行こうとはしない。
 ただただ、一途に慕ってくれる小さな命。

 そういえば、彼の従者もそうだった。

 彼を慕い、彼と共に生き、彼のためだけに生まれて来た命。
 向けられる無邪気な瞳と嬉しげな笑顔。

 生まれた場所とは裏腹な、優しい優しい綺麗な生き物。

 愛しいと思う。
 愛しいと思える。

 かつて憎悪と悲しみに支配されていた心で、そう思えることが嬉しい。

「まぁ、鴉呼様。どうなさいましたの?」

 聞き慣れた声に振り返ると、開かれたままだった扉から丁度、カーテンを抱えたミンスが入って来た所だった。

「あら、ワタル様?こちらに鴉呼様が…」

 軽やかな声に押されるように、愛らしい姿がひょっこりと現れた。

「兄様」

「鴉呼?そこにいたの?」

 ミンスと共に部屋に入って来た鴉呼に、少し驚きながらも両手を広げる。
 その仕草に嬉しそうに微笑むと、たたっと身軽な音をたててワタルの腕の中に収まった。

「どうしたの?いるなら入って来れば良かったのに…」
「お邪魔かと思って…お側にいてもいいですか?」

 抱き上げた腕にすっきりと収まり、可愛らしく小首を傾げる。
 そのいじらしい言葉と仕草に、胸にあたたかい想いが広がっていく。
 小さな額に自分の額をこつんとあて、ぬくもりを分け合いながらにっこりと笑う。

「変な遠慮しなくていいのに…鴉呼の居場所は、ここなんだから」

 大きな瞳が更に大きく見開かれる…。
 そして、花が綻ぶように微笑んだ。

「はい。…兄様」

 嬉しそうに擦り寄りながら、ワタルの衣がきゅっと握りしめられる。
 その愛しい命を、大切にそっと抱きしめた。

 くすくすと楽しげな声が耳に心地良い。
 鈴の転がるような声で笑う小さな精霊達を、ミンスが小さくたしなめる。


 ちがうわちがうわミンス様
 鴉呼様はいいなって
 ワタル様にだいじって
 だいすきっていわれて
 うらやましいわって


「生意気なこと言わないの」

 彼女達の長であるミンスの言葉は、たしなめるというよりは苦笑の色の方が濃かったかもしれない。

 

 

 優しい人達がいる。
 その人達に囲まれて、笑っている自分がいる。
 そして、楽しげな笑い声。

 心と体に負った、深い傷…。
 それが癒されていく『音』というのは、こんな音なのかもしれない。

 

 

「さぁ、貴方達は世界を廻って見ていらっしゃい」

 ミンスの言葉に、精霊達はにっこりと笑って頷くと、ワタル達に優しいキスを残して出て行った。

「楽しんでおいでね」

 大気に溶け込んだ彼女達に向かって、ワタルが優しい言葉を投げかける。
 それを嬉しそうに見つめるミンス。

「虎王達は帰って来た?」
「いいえ。もうすぐだと思いますけれど…リーフが下で、お茶の準備をしていますから」
「そう?じゃぁ、僕らも行こうか。手伝うよ」

 鴉呼を床に降ろすと、ミンスのつけかけのカーテンに手を伸ばす。
 蒼の君に呼ばれて、虎王とヒミコが出かけたのが昨日の昼過ぎ。
 予定では今日の夕方に帰って来ることになっているのだが…さて、問題無く仕事を終えて来れるだろうか。

「あ、兄様!」

 背伸びして窓からやっと覗く頭で振り返り、鴉呼が嬉しそうな声を上げた。
 傾きかけた日の光を背に浴びながら、一羽の大きな鳳鳥が塔に向かって来る…その背には笑顔前回で大きく手を振る少女の姿。

「ヒミコだけ…?虎王の姿が見えないね…」

 元気いっぱいの少女の影に、ぶら下がっている足が見えた。

「……虎様?」
「…披露困憊ってことか…」

 不思議そうな鴉呼を抱え、ヒミコに向かって手を振り返しながらミンスと苦笑する。
 予定よりは幾分か早い帰還…随分と無理をしたんだろう…。

「さ、迎えに出ようか。虎王は多分、休息の方が必要だろうから、ヒミコを誘ってお茶にしよう」
「リーフの疲労に効くお茶を飲む余裕も、ございませんでしょうしね」

 下の階にあるテラスに降り立つだろう鳳鳥を追って部屋を出る。

 

 出迎える場所。
 帰って来る人。
 安心して眠れる家。

 

 

 それが、生きるということ。



 

おわり



   つらつらと書いてみました…。
   本編は現在進行形なので、ホントに分かり辛いと思います(泣)
   あ〜、ワタルって精神浄化剤ですよね〜…(意味不明)

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