頬を撫でる気持ちの良い風に瞳を細めて、虎王は傍らに立つ友人に目を向けた。
「…鴉呼も寝てしまったか?」 お互いの背で健やかな寝息を立てている顔を覗き込み、小さな笑い声を上げる。 「なぁ、鴉呼は実体があの『暗黒龍』なんだろう?…重くはないのか?」 巨大な龍身に転化した鴉呼の姿が二人の脳裏を同時によぎる。 「……さて、今日の塒を捜すか!」 無理矢理頭を切り替えて、遊び場だった丘をさくさくと降りて行く。 少し前までは、この世の全てが敵の様に思えていた。 だが、今は風も緑も大地も水も…全てが彼らに優しかった。 冥界に部屋はあるのだが、彼らは仕事以外ではあまり帰ることは無かった。 周りの優しさに甘え、小さなわがままを言ってみたり、慕ってくれる小さな命を抱きしめて、大切な友と笑い合う。 そんなたわいも無い生活に、どれほど幸福が詰まっていたことか…。 安らかな寝息が耳元をくすぐる。 「…虎王は、今…幸せ?」 突然のワタルの言葉に、虎王は二・三度目を瞬かせたが、すぐに心得た様に破顔した。 「当たり前だ。お前がいて、ヒミコがいて、鴉呼がいる…そして」 ふいっと、どこまでも青い空を、それよりも蒼い瞳に映す。 「そして…オレが生きて、ここにいる」 かつて彼の中にあった世界は、すでに永遠に失われてしまった。 だから、今あるものを、自分の持てる全てで大切にしたい。 「うん…そうだね」 幸せそうな表情が嬉しい。 この先の、何が起こるか分からない未来。 「じゃ、行こうか」 言う声も、返す声も、進む足取りですら軽い。
いつでも、どんな時でも。
おわり |