『…ラクスは、アスランが 好き?』

 『え?』

 『ぼく、ね…ぼく、アスランと…幼馴染なの。…だから、アスランが、ラクスと幸せになってくれるなら…それなら…いいなあって…』

 『キラ…』





















 一仕事を終えて航行中のヴェサリウス。

 その医務室の一室に何の因果か集った紅五人と紅一点。
 彼等の間に漂うかつて無い冷気に、戦艦の中だというのに霜が降りそうなほどだった。



 耳が痛い。

 そして…寒い。








「「………………………………………………………………………………………」」








 ここは何処?
 そう宇宙船の中。
 ああ、極寒の宇宙のど真ん中なんだから寒くて当然かぁ。

 て、空調調えた最先端の軍艦の中がブリザード状態であってたまるかあっ!

 …と、蛇と蛙の睨み合いを続けるキラとアスランを除いた者達が声に出さないショートコントを静かに繰り広げていたとしても、寒さは全く変わらない。
 もちろん、空調設備をいじった所で結果は同じだろう。

 おもわず、恨めしげな視線がエースパイロットに集ってしまう。

「……………………キラ、オレの話を聞いてくれ」
「残念だけど、アスランの言い分を聞いてあげよう猶予期間はとうに過ぎ去りました。バレた後での言い訳は醜いだけだよ。ろくでなし」
「キラ…っ!」
「バレなきゃいいとでも思ってたわけ?プラント中の人が知ってることを隠し通せると本気で思ってたわけ?そして知らない僕をずっと騙し続ける気だったんだね?まるで詐欺師だね、アスラン。軍人なんかじゃなくて詐欺師にでもなった方がいいんじゃない?人でなし」
「いや、だから…っ!」
「女一人護れも助けも幸せにも出来ない男が他の人に手を出そうなんて図々しいんだよっ、この甲斐性なしっ!!」
「……………っっ」

 反論する隙も与えないまま一気に捲くし立て、射殺さんばかりの視線でアスランを睨む。

「だけどキラっ!本当にラクスとのことは親が勝手に決めただけで、俺の意思では…っ」
「ラクスは…っ」

 まだ言うかと声を荒げかけたキラの脳裏に、優しい友人の微笑が浮かぶ。


 プラントに来て出来た初めての友人。


 クルーゼに連れて行かれて押させられた契約書の印。
 そのままホテルを決めることも出来ずに軍の施設に泊められそうになった自分に、家に同じ年頃の娘がいるからと多少強引ながらも連れて行ってくれたのは、偶々そこにいた彼女の父だった。

 見ず知らずの自分を笑顔で迎え入れてくれた少女。
 妖精のように可憐な…幼馴染の婚約者。

 本当は、少し胸が痛かった。

 けれど、一緒にいるのが楽しくて。
 話しているのが楽しくて。
 彼女の笑顔が嬉しくて…彼と幼馴染だったと打ち明けた…自分。

 幸せに。
 幸せに。

 ただそれだけを願って…。

 けれど、話している内にアスランに告白されて、その返事をしていないことまで話すことになってしまって…その時、微かに歪んだラクスの顔が悲しかった。

『…キラ。キラが誠意でお話下さったのですから、私もキラに全てを包み隠さずお話します』

 両手を包むように握り、真剣な瞳を向けられたキラはその雰囲気に圧されるように神妙に頷いた。
 その様子に微笑み、けれどすぐに真顔に戻ったラクスはゆっくりと話し出した。

『分かっておりました。…アスランが私との婚約を望んでこうなった訳では無いことは。私とて父に言われて決めたことです。それでプラントのためになるならば…と』
『ラクス…』
『アスランがどなたか想う方がいらっしゃることも存じておりましたわ』
『えっ!?』

 驚くキラの様子に少しだけ笑い、ラクスは穏やかに話を続ける。

『これでも、人を見る目には自信があるのです。アイドルなどをやっておりますと、様々な職種の様々な年代の方とお会いする機会にも恵まれます。その中で、私なりにではありますが、裏も表も見て真摯に受け止めてきたつもりです。ですからアスランのお心の翳りには直ぐに気づきました』
『…………』
『そんな顔をなさらないで下さい、キラ。あなたが悪いなどと欠片も思っておりません。…ただ、少し思い違いをしておりましたけれども…』
『思い違い?』
『ええ。アスランに想う方がいらっしゃることは気づいておりましたが、てっきり何も言えずに胸に秘めていらしたか、伝えたけれどもあっさり玉砕なさったかと思っておりましたの』
『え?なんで?』
『私と抵抗せず婚約なさったからですわ。だって、想いが通じていたなら他の女とすんなり婚約するなんてあり得ませんでしょう?恋人がいるのにそんなことをなさっては、その方に対する酷い裏切りですもの』
『…確かに』
『よしんば、恋人がいたとしてもその立場上どうしても他の方と婚約せねばならないなら、その女性と別れるか、婚約する方に事情をお話しするかするのがけじめです。でなければ二重の裏切りですわ』
『…そうだよね』
『ですから、伝えていないのか、ふられたのかと思っていたのですが…告白の返事待ちの間に婚約を受けていたなんて思いませんでしたわ。…アスランって、見た目ほど誠実な方ではありませんでしたのね』

 私もまだまだですわ…と溜め息をつく歌姫に、キラは尊敬にも似た親しみを覚える。

『…ラクスにとって、アスランって…何?』

 キラの言葉に、ラクスはきっぱりと言った。


『馬です』


『……………はい?』

 一瞬真っ白になったキラの姿にくすくすと笑い、穏やかな春の微笑を浮かべたまま補足する。

『現在の所は『種馬』ですわね』
『……たね、うま…』
『ええ。私とアスランの間に求められているのは『幻想』です。『理想』では無く『幻想』なのです。『理想』とは理性のある上で求められる最上の形ですが、愛の無い私達の意思を無視した婚約は『理性ある』とは言えませんでしょう?ですから現実にはあり得ない『幻想』なのです』

 そう語るラクスの横顔はとても綺麗で、自分の役目と立場をしっかりと認識している強さを感じられる。
 ただ…ちょっと耳を疑う言葉もあったが…。

『ですから、私達の婚約の後に求められる物は『理想の夫婦像』では無く、『希望の第三世代』…つまり私達の子供です』
『そ、そっか…』
『はい。はっきり申し上げて、私の元に通って下さるのはアスラン本人では無く、精子だけでもよいのです。元々受精卵をコーディネイトするために体外受精を施した後に私の胎内に着床させるのですから、肉体関係を持つ意味もありませんし』
『………っ///』
『もっとはっきり申し上げれば、活きの良い精子カプセルだけ送って下さればアスラン本体は必要ございません』
『だから…種馬///』
『ええ、その通りですわ。彼の精子が私の苗床で育つ第三世代が必要なだけですから。ハロは好きですけれども。そして長じた後は、私共の生活費・遊興費・機密費を稼ぐために馬車馬のごとく働いて頂きます。先人は上手く言いましたわね〜『亭主元気で留守がいい』まさにその通りですわvですから、私にとってアスランは『馬』なのです』

 にっこりと締めくくったラクスの顔は、直視するのが眩しいほどに輝いていた。

『……けれど』
『え?』

 先ほどまでのキレが良すぎるほどに良い言葉を濁し、俯いたラクスの耳がほのかに紅く染まっていた。

『父は…私に想う方が出来たら、この婚約は解消しても良いと仰って下さいました』
『え?それって…』
『この方だと想う方が出来たなら、立場も役目も気にしなくていい…と。そんな方と出会うことが出来たなら、どんな協力も惜しまない…と』
『つまり、そうでなければ役目を全うするけれど、誰か誰よりも好きな人を見つけたら、きっぱりすっぱりアスランを捨てるってことだよねっ?』
『はい』
『わあ〜v僕ラクスを応援するっ!』
『キラ!』

 感極まったように抱きついて来たキラを、ラクスは嬉しげに受け止める。

『…いつか、そんな風に全てをかけて好きになれる人に、出会えるといいね…』
『そうですわね…』

 額をくっつけて穏やかに微笑む二人は…年相応の夢を持った、美しい少女達だった…。


 そして、そんな二人の『恋愛対象』に、『アスラン・ザラ』が欠片も入っていないことは…誰も気づかず、指摘することすら出来なかったのだった…。





「……ラクスが…何?」

 アスランの訝しげな声にはっと我に返り、キラは手を口元に持っていって言葉を呑んだ。
 キラとしては、流石に本人目の前に『種馬宣言』をする訳にもいかずそうしたのだが、周りには何も知らない儚げな妖精とその不実な婚約者に挟まれた哀れな少女…として映っていた。

 傍で見ていて、キラはラクスに対して何ら悪感情を持っていないらしい。
 本来なら自分に告白した男が知らない間に他の女と婚約なんぞしていたら、それは心中穏やかでは無いだろうし、彼を盗ったと婚約者の方に逆恨みしてもおかしくない状況だろう。
 けれどそうならないのは、怒りの全てを正しく元凶に向けているキラに、アスランに対する恋愛感情が無いからだろうか…。

「…ここでラクスは関係ない。今問題なのは君の不誠実さだし、目を覆わんばかりの優柔不断だ」
「俺の何処が優柔不断だと言うんだ!?」

 自分の行動を棚に上げて『俺はキラ一筋だ!』と態度のでかくなった幼馴染に、キラは冷めた視線を送った。

「分かってないんだ。じゃあ例えてあげるけど、君がとった行動ってのは、僕と君は恋人同士なんかじゃ決してなかったけれど、『金と権力のために力の無い恋人を捨てて金持ち女と婚約したのに、捨てたはずの恋人も勿体無くて、婚約者に黙って愛人にしたがっている馬鹿坊』…と同じ構図なんだよ」
「……………」

 なるほど…と、ギャラリーの皆様がぽんっと手を打った。

「上手いこと言うな〜」
「考えてみれば、正しくその通りですね」
「確かにどっち付かずの優柔不断だな」
「あれだな『二兎追うものは一兎も得ず』ての」
「あれ?じゃあアスラン、ラクス嬢にも見捨てられるんですか?」

 水面下では既にその状況が進められているとは知らず、好き勝手言い出した同僚達にアスランが噛み付く。

「うるさいっ!黙ってろ!そんなんじゃないっ!!」
「そんなんでしょーが。もっと自分を見つめてよ、アスラン。僕とラクスが冷静だからまだこの状態で保ってるけど、ラクスが馬鹿なお嬢様だったら僕は今頃すごい嫌がらせの渦中だし、僕がどっかで間違って君の恋人だったらドロドロの愛憎劇真っ最中で、ドラマもびっくりな展開になってるよ?」

 なんでそこでドラマが出てくる…とは言えない面々。
 だが、何となく言いたいことも分かる。

 そして深〜い溜め息をついたキラは、アスランに分かりやすい(?)ようにという配慮か、更に掘り進んだ例えを並べだす。

「火曜サ○ペンス劇場なら君はリビングのソファの裏で血だるまになって倒れてるし、土曜ワ○ド劇場ならどこかの河のダムでうつ伏せ状態で後頭部と背中だけ見せて浮かんでるし、昼メロなら………」

 ならなんだ?と場違いな疑問が浮かぶ。

「………もう一人くらい女が出てくるかもね」

 その頃、どこぞの中立国で姫様が一つ、くしゃみをされた。

「とにかく!今現在君がどう血迷ってようと君の勝手だし僕の知ったこっちゃ無いけど!人前で僕を好きだの結婚しようだなんて台詞は間違ってもしないでっ!」
「何故だっ!?」
「そこで『何故』だなんて言える神経が反吐が出るほど嫌いなんだよっ!…て、言ったって分かんないだろう救いようの無さだから教えてあげる。教えてあげるから、その一般常識からっきしの頭にコーディネーターらしく一度で詰め込んでよね!」

 酷い言われ様だな〜と、同僚達は心の中で…笑っていた。

「例え君がラクスとのことを親が勝手に決めたことなんだと叫んだところで、世間一般は君達を『婚約者同士』として認めているし、何よりそれを了承したのは君自身だ!メディアでも仮面婚約者だろうと、そう振舞っているのも君自身、それなのに突然『実は別に違う好きな人がいます』だなんて言ったって世間は信じやしないんだよ!」
「そんなっ!?」
「反論はしなくていいっ!てか、そーいうもんなんだよ!君は黙って聞いてればいいの!!で、そーなると、君を誑し込んでラクスから奪った悪女だって呼ばれるのはこの僕なんだよっ!例え現実は違っても、泥棒猫とか性悪女とかあること無いこと書かれてバッシング受けるのは僕なの!ラクスの熱狂的ファンとかに謂れの無い嫌がれせをされるようになるのは目に見えている!そうだろう!?」
「え…………と……」
「君の不甲斐ない考え無しの言動一つで、世間様から見た悪役が僕になっちゃうんだよ!冗談じゃない!君なんかのためにそんな目に合わされるのはまっぴらごめんだっ!!君ももし、僕のことが少しでも好きなら、他人から見てそういう誤解を受けそうな言動・行動は一切止めて!いいね!?…もし、まかり間違って僕がそんな問題の矢面に立たされちゃったりした場合は……」

 既にほとばしっている怒りのオーラを全身に収縮させ、絶対零度の瞳をアスランに向ける。

「……君を許さない」

 静かに囁かれた言葉が…怖い。
 見守る四人の背筋には、別に自分に言われた訳でも無いのに寒いものが伝った。
 言葉を受け止めきれずに愕然としたままのアスランを残し、キラはすっと体を離す。

「…キ、キラ〜…」

 情けない呼び声には振り向きもせず、そのまま医務室を出て行った。


















「キラ!これから朝食か?」

 昨日のこと等無かったようにあっさり復活を遂げて爽やかに微笑む幼馴染に、キラはちょっぴりうんざりしながら振り向いた。

「……アスラン」
「朝はしっかり食べなくちゃな。それでなくてもキラは、昔から食が細かったから」
「…………」
「へぇ〜姫さん少食なんだ」
「でもそんな感じしますね」
「しっかり食べんと頭も働かんぞ」

 何故か揃っている紅のメンバーに、キラの目が少し遠くなる。

 どうやら昨日、鉄面皮だった(らしい)アスランの表情を崩させ、また、やり込めてしまったのが彼等のお気に召したらしいのだが…まだ彼等のことをあまり知らないキラにとっては、信頼出来るという段階までは至っていない。

「そういえばアスラン。トリィのメカアイの映像盗ろうとすると、それをしようとしたパソコンがウィルス感染するようになってるから」

「…え…」

「ちなみに、そのパソコンに入ってる全部のメールアドレス先に、自動的に二次感染が広がるようになってるからねv」

 にっこり微笑んだ笑顔は無邪気だった。
 音声が無ければ思わず和んでしまいたくなるほど、邪気が無かった。

 が、吐かれた言葉は…アスランにとって毒以外の何物でも無い。
 ギギギ…と音がするように首を動かして見たキラの笑顔は変わらない。

「僕、ザフトの最先端技術を担う開発部の人間なんだよ?その僕がいつも連れてるペットロボに、その程度のガードも付けてないなんて…まさか思ってたわけじゃないよね?」

 一気に顔色を真っ青を通り越して白くしたエースは、弾かれたように自室がある通路へと突っ込んで行く。
 その素早さを呆然と見届けてしまった仲間達は、ぼんやりした思考を整理する。

「…つまり、奴はキラのペットロボの見た映像を盗もうとしたわけだな?」
「最低ですね、アスラン」
「まあ、奴はむっつりだとは思ってたけど…本当にただの変態だったんだな〜」

 呆れがちに嘲笑しようとして、三人ははたと気がついた。


 少し前。
 奴から。
 連絡事項を。

 メールで受け取ったことがなかったっけ…?


「あんのっ、アスラン・バカがあ〜っっ!!」
「ちょっと、そんなことしてる場合ですかっ!」
「姫さん酷いよ〜っ!」

 等と騒ぎつつ、先に出て行ったアスランと同じように食堂から走り去ろうとした三人の軍服の裾をキラがむんずと掴む。

「……姫さん?」
「…これ。ウィルスのワクチンプログラム。条件付であげてもいいよ?」

 三枚のディスクを扇状に広げ、その後ろから上目遣いで見上げる姿ははっきりいって凶悪的に可愛い…が、事態はそれに酔っていられるほど生易しくは無い。

「なっ、貴様条件だと!?」
「まあまあ、イザーク。…で?その条件とは?」

 一気に沸点を越えそうになったイザークを押し退け、ニコルがとりあえずそれを聞こうと真剣な表情で前に出た。

「アスランにはこれのこと、絶対内緒にしてくれるならあげるv」

「「「……………」」」

 悪戯っ子の瞳を輝かせながら言われた台詞に一瞬ぽかんとするが、次いで三人は小気味良さそうに笑った。

「了っ解!」
「望むところだ!」
「自業自得ですからね、アスランは」

 楽しげに笑いながらキラの手からディスクを一枚ずつ取って駆け出した彼等を見えなくなるまで見送り、キラはくるりと食堂に向かった。

「さって、栄養ドリンクでも貰ってこっかな♪」





 食欲の無い朝に、絶対言われるだろう『全部食べろ』攻撃から逃れるために仕掛けておいた罠…ではないはずである。







 
つづくv

 腹くくって(略・笑)第三弾のお届けですv
 ごめん!これが書きたかったんだよ!(笑)
 ぼっろくそに言われるアスランが!(爆)
 …だんだんキャラが暴走して参りました…(汗)