『いつも娘がお世話になっております』



 最新鋭の戦艦のどでかいメインモニターで、最先端解像度に負けない肌のハリを輝かせ、彼女はにっこり頭を下げた。










 オーブ領域近くを通過する時、挨拶のために送った通信に出た女性は『中立国』であるということを差し引いても、好感の持てる態度と言葉だった。

 が、その様子を偶然クルーゼに用があってブリッジに来ていたキラが通りすがりに目に留めて素っ頓狂な声を上げた。

「母さん!?」

『あら、キラ』

 驚く娘に、それを見て一瞬きょとんとしたが、次いで嬉しそうに微笑む母。
 あまつさえ、ひらひらと手が振られる。
 それに驚いたのはもちろん、その時ブリッジ勤務だった全員である。

 そして、クルーゼの指示でオペレーターの小さなモニターからメインへと画像が切り替えられて現在に至る。

「なんで母さんがオーブの軍事オペレーターなんかやってんの??」
『ちょっとパートをね〜。お父さん仕事で忙しいしキラもプラントに留学しちゃったしでお母さん暇になっちゃって。それでパートでもしてみようかなって』
「って、それでなんで軍事オペレーターなのさ!?もっとスーパーのレジ打ちとか定食屋さんの賄いとか色々あるじゃないっ」
『だって〜、キラもプラントに留学したはずだったのに、気がついたらザフトでお金稼いでるんだもの、お母さんだって同じことしてみたかったのよ〜』
「母さん……」

 がっくりと項垂れた娘にほわほわと見守る母…その雰囲気は常時のキラにとてもよく似ていて、この二人が親子であることがよく分かる。
 そんな空気に呑まれることも無く、艦の最高指揮官がすっとキラの隣に立った。

「お久しぶりですね、ヤマト夫人」
『まあ、ラウさん。相変わらず奇天烈な仮面が輝いてますわ〜うちの娘は何か皆様にご迷惑かけていませんか?』

 隊長も知り合いなんですか!?…という言葉は隊員達の胸に最大限の努力をもって仕舞い置かれた。

「いえいえ。キラ君はとてもよくやってくれていますよ。彼女の技術のおかげで救われた命も多いでしょう」
『そうですか?…ふふ、よかったわねぇキラ。これからもラウさんの言うことをよく聞いて、いい子でね』
「やってるもん」

 …三者面談ですか…?

 まるで、まだ進路について深く話し合う必要の無い時期の学校の担任と保護者と生徒のようなやり取りだ…。
 今は戦争中で、ここは戦艦で、彼は隊長で、ぷっくりふくれている彼女は優秀なエンジニアで、モニターの女性は他国の軍事オペレーターだったはず…なのですが。

『ちゃんとご飯は食べてる?あなた気を抜くとすぐ食事を抜かすんだから』
「食べてるよっ。…うるさい人もいるし」
『そう?ああ、後、寝る時はお腹出して寝ないように気をつけるのよ?』
「だ、出してないよっ」
『あら、キラは寝てる時自分がどんな格好をしているのか分かってるの?』
「そ、それは…で、でも大丈夫だもんっ!」
『でもねぇ〜…』
「もう、大丈夫だから心配しないでっ」


――― プチ。


 …あ。…と、数人が思った。
 キラも思わず切ってしまった自分の手を見て呆然とする。

「あっ、やだ!切っちゃった!?嘘っ、…もう〜ラウさんの馬鹿あっ!!」
「…それは私のせいなのかね?」
「そうだよっ!久しぶりだったのに〜っ」

 泣きべそをかいている子供の癇癪に逆らえず、クルーゼは謂れの無い非難を甘んじて受けながら少女の頭をぽんぽんっと慰める。

「…あの、キラさん宛てに電文が入りました」
「え!?もしかして母さんから!?」
「は、はい…おそらく」

 控えめに伝えてくれたオペレーターの元に駆け寄り、キラはそのモニターに映し出された数行の文字を読む。


―――― 体に気をつけて。皆さんと仲良くね。
         お母さんとお父さんは、ここで待ってますからね。

                                    母より。


「…………えへへ」

 それを見て嬉しそうに顔を綻ばす少女に、ブリッジの中もほわん…と温かな空気で満たされる。
 世にも稀なる偶然が生んだ、戦艦の中での僅かな再会。
 離れ離れになっている母と子の邂逅は、軍人である彼等にも懐かしい風を運んで来た。

「…返事はしないのかね?直コンタクト可能領域を外れてしまうが…」
「え!?いいの!?」
「これだけ公衆の面前での出来事だ。誰も暗にオーブと連絡を取ったスパイだ等とは言うまい」

 なあ?と艦長を見れば、苦笑しつつも頷いてくれる。
 それに…と続けるクルーゼの唯一見える口元は、いつもの皮肉気では無い笑みをたたえていた。

「彼女がかの仕事を選んだのは、この起こるかどうかも分からないニアミスのためだろう。オーブ軍ならザフトの情報もある程度入るだろうしな」

 その言葉に目を見開き、モニターの中で小さくなっていくオーブ本土を見る。
 『心配している』なんて言わずに、いつも『自分で決めたことなら』と言って笑顔で送り出してくれる両親。
 次会えるのはいつか…もしかしたらもう会えないかもしれない…そんな不安を抱えているのは自分だけでは無かったのだ。
 少しでも自分の近くにと、こんな所にまで来てくれた母。

 その想いに胸が熱くなる。

 すみません、お借りします…とオペレーターの一人に席を借り、少しだけ考えて短い電文を打った。

 きっと、ごめんなさいもありがとうも、顔も見えない所からでは意味が無い。
 だから、いつもと同じ一言を…。


―――― 行ってきます。


 ちゃんと帰って来るからね。
 大好きだよの意味を込め。





 …なんて幸運な、ニアミス…。






 
おわり