サイクロプスの攻撃から何とか脱出することの出来たAAは、満身創痍のまま再びオーブに身を寄せることとなった。







 現状を把握すればするほど溜め息をつきたくなる状況に、だが前オーブ代表ウズミは真っ直ぐに背筋を伸ばし、厳しい表情の中に変わらぬ理念を込めて己の言葉を口にする。

「コーディネーターだからといって、全てをただ悪として、敵として攻撃させようとするような大西洋連邦の考えに私は同調出来ん。いったい、誰と誰が、何のために戦っているのだ」

 重みを感じるその言葉に皆が言葉を失い視線すら俯けていた中、フラガがそれに対して意を唱えた。

「しかし、おっしゃることは分かりますが…失礼ですが、それはただの理想論に過ぎないのではありませんか?」

 きっぱりと言い切った言葉に、マリューが同調するように顔を上げる。
 彼等はこれまでの戦いの中常に支えあい、助け合って生き延びてきた。
 既にフラガの言葉がマリューの言葉でありマリューの言葉がフラガの言葉ともなっている…故に、フラガの発言に対し、マリューも自分の言葉として顔を上げたのかもしれない。

 が、そんな彼等の斜め後方で、約二名が不快気に眉を寄せたことには気づかなかった。

「それが理想とは思っていても、やはりコーディネーターはナチュラルを見下すし、ナチュラルはコーディネーターを妬みます。それが現実です」
「分かってお…」
「なんだよそれはっっ!?」

 全面否定するかのような発言に静かに言葉を繋ごうとしていたウズミを遮ったのは、彼の娘のカガリだった。

 突然の大声に驚いて彼女に視線が集るが、カガリ自身は怒りに燃えた眼差しで父の向かいに座る女性とそれに寄添う男を睨みつけていた。

「…カガリさん?」
「理想論ってなんだよ!?コーディネーターはナチュラルを見下してナチュラルはコーディネーターを妬むって…っ!?少なくともキラは私を見下してなんか無いし、私だってキラを妬んでなんかいないっ!確かに、世界の大多数はお前が言ったような状態なのかもしれないが、私とキラがいるのも現実だ!それを知っているお前達がっ、ずっとキラの傍にいてキラを見て来たお前達がそれを言うのか!?ナチュラルとコーディネーターは戦うしかないって切り捨てるのか!?」

 普段から感情が素直に表れるカガリの瞳に、憎しみすら篭もったように二人を睨む。

「キラがいつお前達を見下した!?ずっとずっと、傷ついても苦しくてもそれでも必死に護って来たじゃないか!それなのにお前等はそんなキラをただ妬んでいただけだとでもいうのか!?」
「そんなことは…っ」
「だいたいお前等っ、いったいどれだけキラ以外のコーディネーターを知ってるって言うんだ!?そいつ等は皆お前等を見下したのか!?そういう事実があったのか!?」
「……っ」
「お前等は何故このオーブに来たんだ!?確かに世界はナチュラルとコーディネーターの対立の図式が完成してしまっているが、例え少数でもそれを良しとしない者達が集まっているのが『中立国』なんだ!数の論理に立ち向かおうとしている者達がここに集っているんだっ!『理想』を掲げ、それに少しでも近づこう、歩み寄ろうとしているのがこの国なんだっ!!けれどそうで無い者達の方が多いから戦争が始まり、未だ終わらないんだ!私達はそれを止めたい!そのためにどれほど不利であろうとも立ち上がる準備をしている!そのことを『理想論』と切って捨てる様な奴はこの国に必要無いっっ!!!」

 ほとばしる怒りの感情そのままに叫んだカガリの言葉は、フラガとマリューの胸に突き刺さった。

 奇麗事や理想だけでは生き残れはしない。
 だから苦言を呈すつもりでの言葉だった。
 けれど、そんなことはとうの昔に話し合われていたことで、それでも『それが現実だから』と諦めることを良しとしなかったからこそ、この国は未だ『中立』であり続けていられたのだ。

 ただ理想を掲げるだけなら誰でも出来る。
 そうでは無く、それを維持する力、そして思いを共にする人がいて初めて実現される。

 それをそうして守り続けて来た人に対して、新参者の自分が吐いていい言葉では無かった。
 あまりにも浅慮で、失礼な言葉だった…そう内心項垂れる二人の耳に、心地好い優しい響きが届く。

「…カガリ、落ち着いて」
「キラっ、でも…っ!」

 悔しげに唇を噛むカガリの肩に優しく手を置き、キラは安心させるように微笑んだ。

「ムウさんもマリューさんも地球軍だったんだよ。考え無しで愚かなことは分かりきっていたことじゃないか」



 ………………おい。



 にっこりと笑顔の元に落とされた発言に、地球軍の仕官軍服を着た三人の目が点になる。

「考えてもみて?あのサイクロプスを使って味方ごと敵を殲滅させちゃうような非道極まりない作戦を立てた地球軍にいたんだよ?それも自分で志願して。星の数ほどある職業の中からわざわざそれを選んで。はっきり言って馬鹿なんだよ」
「……そうか…そうだな」



 ……すごい言われようなんですけど…。



 キラの説得(?)に納得したのか、カガリは少し落ち着いたようだった。

「仕方ないよな、地球軍なんだから」
「そうだよ。そもそも戦争を始めた大人の一人で、子供を巻き込んでのうのうと生きてる地球軍なんだよ。オーブの企業乗っ取って、中立国のコロニー占拠して武器造ってても何も思わない職種の人なんだから」
「そうだよな」

 更に納得したのか、顔を上げて握り拳まで作って同意しだしたカガリ。
 反対に、何か言おうとした言葉を形にする前に握り潰された感じになった彼等。

 反論はしたい…が、耳に届いた言葉が痛い。

「ナチュラルとコーディネーターが戦ってるっていうのに、自分達が生き残るためならコーディネーターだろうが民間人だろうが子供だろうが訓練なんかしたことなかろーが関係なく自分達の盾として戦場に放り出すような人達なんだから」
「何だその人でなしはっ!?」

 グサっと見えないナイフが突き刺さる。

「自分達が生き残れればいいんだよ。軍の命令がこの世で一番正しいと思ってるんだよ。あのサイクロプスを使った作戦を立案実行した人達が下す命令がね。その過程はどうでもいいのさ。そのためには中立国のコロニーにだっているし、民間人だってMSに乗せるし、当然人質にもするし、利用出来るものは何でも利用するんだよ」
「サイテーだな、そいつらはっ!」

 ドスっと見えない斧が振り下ろされた。

「自分の中には『敵』と『味方』の二つしか無いんだよ。どっちにもつかない者は『優柔不断』か『裏切り者』だと蔑んでいるんだ。戦う者が正しくて、武器を持つことが勇気の証とでもいうようにね。だから元々分かり合う気も歩み寄る努力だってする気が無いんだ。コーディネーターってだけで個人の能力も資質もよく知りもしないで何でも出来ると思い込んで兵器を扱うことを強制しといて、自分自身はそのコーディネーターを殺しまくって『英雄』になってたりするんだよ。でも思い込みと偏見があるからその矛盾にはきっと一生気づかない」
「視野の狭いバカな大人の見本だなっ!」

 サクっと後ろから刀が刺さる。

「その証拠に、避難民や民間人を本国に照会することも無く、引き取り要請を出すことも無く乗せたまま戦闘するくせに、さんざっぱら利用した子供達が行方不明になった途端探しもせずに『MIA』にして、『お宅の国民がこの辺にいるかもしれないんで探してみて下さい』の一報を告げただけでとっととトンズラ。その後自軍に捨石として裏切られた途端その国に逃げ込む都合の良さ…困った時の中立国頼みってこのことだよねぇ…」
「どこまで人間腐ってるんだっ、地球軍はっっ!!」

 ザクザクっと四方から刺し貫かれた気分になる。

「ぼ、坊主…っ」
「キラくん……っ」

 衝撃を吸収しきれず声を絞り出した二人に、キラは穏やかな笑みを向ける。

「ほら、カガリ。そういうことをして来た人達が今ここにいるんだよ。人間そう簡単には変われないよ…だって地球軍だったんだから」

 キラの言葉に再び視線を彼等に戻したカガリの瞳には、隠しきれない不審と軽蔑が浮かんでいた。

 それがまた酷く痛い…。

「…二人とも、それ位にしておきなさい」

 ウズミの言葉に、今までのことが嘘だったかのようにキラとカガリは居住まいを正して前を見る。
 その様子に苦笑しつつウズミはマリュー達に微笑みかけた。

「その軍服を裏切れぬというならば手も尽くそう。君達はまだ若い。…よく考えられよ」

 当たり障りの無い激励の言葉に聞こえるが…さきほどの出来事が尾を引き、何か違う、深い意味があるように思えてならない。
 そしてふとキラに視線を向ければ…にっこりと微笑んだ口元が微かに動いた。




       ボ ク ノ フ ク シュ ウ ハ コ レ カ ラ デ ス ヨ




 士官学校で身に付けた読唇術が、それを正確に読み取ってしまう。



 その場にいた元地球軍三人の血の気が一気に下がった。





 
おわり

  本編でこうだったらよかったのに…第?弾(苦笑)
  ははは、桃生は限り無く本気です。
  今まで一緒に戦って来たキラの前でそれ言うか!?って、
  マジでキレそうだったんですよ(苦笑)
  なんでカガリこう言ってくれなかったんだろう…宇宙に
  上がる前のカガリならこれ位言ってくれそうなのになぁ…
  まあ、宇宙に上がってからのカガリはダメダメ鈍感乙女
  ちゃんだから無理だけど(苦笑)