地球の空は青かった。 (コロニーの空だって青いけど) 地球の雲は白かった。 (コロニーの雲だって白いけど) そして…何処までも広がる緑は、哀しいほどに美しかった…。 「『身から出た錆』…という言葉をご存知ですか?」 大気圏を抜け、もうすぐオーブに着く…という頃、『MS?そんなもの他の技術開発をしている上で片手間に出来上がった副産物ですよ(笑)』と言わしめる、オーブの技術の最高傑作だという拘束具で、身動き一つする自由も許されない地球軍のご一行様が押し込められている一室に、ひょっこりと現れたキラが唐突にそう言った。 「昔あった、とある島国の言葉です。では『自称・世界の警察』というのは?」 そんな風に質問をされても、頷くことすら出来ないのだが、始めから答えなんて気にしていないキラはそのまま進める。 今の状態で話し合ったとしても、平行線を辿ることは分かりきっている…だから今は、強制的にであっても、ただ彼等の耳に、彼等の価値観には無いものを入れることが目的だった。 体を動かすことが出来ないということは、必然的に頭を働かせるしかない。 考えることしか出来ないから、考えるしかない。 そんな状態にさせ、軍隊という限られた世界の中で、凝り固まった既成概念に侵された、半ば洗脳されてしまっている彼等の意識に楔を打ち込む。 ちょっぴり強引で、少々拷問染みたやり方かもしれないが、人権等という高尚な物は、『正面玄関から菓子折りを持参で名前を名乗り、腰を低くしてやって来る者』にしか与えないことにしているのお国柄のため、裏門所か、壁に抜け穴を開けて忍び込んでいた無法者になど考慮してやる気は更々無い。 礼には礼を。 無礼には百倍返しの無礼を。 反抗する気を根こそぎ奪う、徹底的な返礼を。 オーブの幼年学校の一番初めのホームルームで、先生が生徒達にする一番初めの訓示である。 それはともかく、『戦争』という世界で、『力を正義』として勝敗を決しようとする者達なのだから、掴まった自分達に何を言う権利も無いことなど、言うまでも無く理解しているはずだ。 むしろ、軍人として、自分の信じている『力』とやらに押さえつけられるのならば本望だろう。 と、そう思うことにしておく。 いくら肝が据わっているとは言っても、平和な国の少年なのだ。軍人相手と言っても慈悲の全てを切り捨てる…というのは正直辛い。 『戦争だから』なんていう免罪符は嫌いなんだけどね…と苦く笑った。 「『身から出た錆』というのは、自分の犯した悪行のために自ら苦しむこと。つまり、自業自得ってことです。条約で不可侵になっているはずの中立国所属のコロニーで、こそこそ武器なんか造って、あまつさえその情報を簡単に敵に知られてしまう情報危機管理能力の杜撰さを浮き彫りにし、その上護るべき民間人を人質なんかにして、更に自分達は戦うために訓練を受けた軍人のくせに安全な艦の中でふんぞり返り、その民間人を盾にして戦場なんかに放り出すような常識では計り知れない数々の悪行をやって来た結果が…今の貴方達です。お分かりになりました?正に自業自得。ぴったりな言葉でしょう?」 そう言いつつにっこりと微笑む少年が怖かった。 「ここは、オーブです」 キラの言葉に、何を分かりきったことを…と、彼の顔にビビリながらも疑問が浮かぶ。 それを確認し、ちゃんと自分の言葉が彼等の耳に届いていることを確信して微笑む。 「あなた方の信じた『力』が正義の国ではありません。自分達が世界の秩序を守らなければならないとの理念の元、頼まれもしないのに首突っ込んでは民間人を巻き込んでその地域を戦場に貶め、街を、文化を、そこに住む人々をボロボロにしていくことが正しいのですか?自分達が考えた『正義』こそが絶対だと。反吐が出ますね。『外では戦争をしている』?知ったことじゃないですよ。戦争なんか、やりたい者がやりたい者達だけでやっていればいい。そんなことに他人を、ましてや他国を巻き込むなんて、ふざけているとしか言いようがありません。考え方が違う。文化が違う。護る物も違う。それ故の自治、国境、法なのではありませんか?今の戦争を否定する僕等を、あなた方は奇麗事だと切り捨てましたが、その奇麗事にしがみついていなければ、人は人ではいられない」 敢えて感情を込めず、淡々と言葉を紡ぐ。 「奇麗事に背を向けた人は、それはもう『人』じゃ無い。『ケダモノ』だ…と。そう、僕は思うから」 血に飢えた獣のように戦場を駆ける人も、人が死んでいくのを淡々と無表情に何も感じなくなっていく人もいる。 仇を取ったと高笑いする人の顔は、もう恐怖しか感じない。 そんな風には、なりたくないから…。 「だから、必死に守っているその生活を、土足で踏みにじろうなんてやくざな輩は、全力を以って排除させて頂きます。オーブは、そのための力と方法を教えてくれる国ですから」 甘いかもしれない。 浅いかもしれない。 それでも…。 「これから、この国をよく見て下さい。そして判断して下さい。能天気に笑い合う世界が良いのか、感情と心を押し潰して殺し合う世界が正しいのか。ご自分達の目で。幸いなことに、時間はたっぷりとあります」 時代が人を作るのでは無く、人が時代を作って行くのだと信じたいから…。 触れることによって、交わすことによって、何かが変わってくれればいいと祈りを込めて…。 「ああ、そうそう。『自称・世界の警察』っていうのは、地球上で一位二位を競う武装をしていながら、他国には軍縮を訴え、その武力によって世界の平和と安定を築いているという自己掲示欲と妄想癖の激しい、勘違いしてたとある大国のことです…それじゃあ、お元気で」 今出来るのは、それだけだから。 捕獲された両軍の軍人達は、オーブに連行された後、捕虜としては破格の待遇を受けつつも、先の見えない不安な日々を送っていた。 自分達の知る戦場としては在り得ない、非常識な戦闘の果てに捕獲された者としては、とてもじゃないが、脱獄とか逃走とか潜入とか諜報なんてことをする気力なんぞ欠片も湧くことも無く、指示された通りに唯々諾々と従っていた。 戦場で言われた言葉、連行中に言われた言葉…どちらも重く難しく、けれど、考える時間だけは大量にあった。 そんなある日、いつもと違う風が舞い込む。 「おはよう御座います、地球軍の捕虜の皆さん。本日の予定は、幼年学校にて講演会に参加して頂くことになっております」 にっこりと人好きする笑顔でのたまった青年の着ている服は、記憶違いでなければ、間違いなくオーブ軍の物だった。 なのに、その雰囲気はとても軍人とは思えない上に、朗らかな笑みを浮かべて『本日の予定』ときたもんだ。 今、ワタクシ共が居るのは、そうとは思えないほど高待遇であれ、監房なのですけど…?と呆然としてしまったとしても仕方が無い。 が、そんな捕虜達の反応に慣れているのか、もしくは楽しんでいてわざとやっているのか…今まで遭ったオーブ籍の者達のことを考えると、限りなく後者な気がするが、困惑する彼等のことなど欠片も気にせず、青年はそのまま無視して話を進めた。 「え〜、これは、我が国の捕虜となった者全てに施されるカリキュラムの一環ですので、よっぽどのことが無い限り不参加は認められません。よっぽどと言うのは、重症患者・重病患者、もしくは女性の場合、生理痛やつわり状態であることが該当されます。それ以外は強制参加ですので、そのように御理解下さい」 該当する方はおられますか?の問いに返事が無いのを確認し、気のせいでなければ、何処か気の毒そうに彼等を見やって去って行った彼の姿に、マリュー達はどうしようもない不安に襲われた。 ここは、自分達の常識が一切通用しない国だ。 先が全く予想が出来ず、どうなるか分からないからこそ、怖かった。 もんもんと考えるだけだった時間が過ぎ去り、迎えにやって来たオーブ軍の者達に五人ほどのグループに分けられた後、一人につき最低三人はつく形の厳重な警備の元、マリュー達はとある幼年学校に連れて来られた。 学校の校庭に置かれた、たくさんの軍用車や警備システムの諸機器、そして彼等を連れて来た大型ヘリ、連れて来られる間は目隠しをされての空中移動だったため地理的なことは全く解らなかったが…目に映ったそれらは、平和の国の平和な学校というイメージとはあまりにもミスマッチで、なのにあまりにも手馴れた様子の周囲の人間達に感じた違和感は拭い去りようも無かった。 物々しい空気の中、オーブ軍の制服を纏った者を先頭に、完全武装した兵に囲まれつつ講堂へと足を踏み入れる。 扉から中に入った途端、熱烈歓迎的な子供達の歓声に迎えられて何事かと困惑するが、その戸惑いも綺麗に無視され、あらかじめ用意されていたらしい席につかされた。 何処にでもある、豪華でも粗末でも無い、普通のパイプ椅子だ。 訳が分からない。 講堂を埋め尽くす子供達が好奇心に満ち満ちた瞳で見てくるのも居心地が悪い原因の一つだろう。 そして、ふと気づく…自分達の頭上、壇上の垂れ幕にある文字に…。 『過去の歴史に学ぶこと。戦争の無益性と裏側。「犠牲」という言葉に隠された意味』という、捕虜となった彼等にはちょっぴり心臓に痛いタイトルに、思わず眩暈がおきる。 これから何をさせられるのだろう…。 そうこうしている内にほとんど聞いてはいなかったが、オーブの軍人よる講演が終わり、質問タイムに移っていた。 壇上の講演席の両隣に座らされた地球軍捕虜御一行の皆様は、はっきり言って晒し者状態だった。 そんな、早く終わって欲しいとそればかり願っていた彼等の耳に、何度目か数えるのも馬鹿らしくなった程の驚愕の言葉が飛び込んで来る。 『…では、次は、皆知っている通り、先日ヘリオポリス宙域で捕虜とした地球軍の者と話してみよう。現役軍人で戦場の真ん中に居た者達だ。誰よりも戦争について詳しいだろう。本の中には無い、戦争の真実とやらを知っているに違いない。遠慮無く聞きなさい。さあ、質問のある者は?』 マイクで告げられた言葉は、講堂中に余す事無く響き渡った。 何の話だ、聞いてないぞと動揺する彼等の前で、元気な声と共に次々と手が上がる。そして、その中の一人が当てられ、マイクを渡されて立ち上がる。 少し緊張しているのか、上気した頬の可愛らしい子供から一つ目の爆弾が落とされた。 『何人殺しましたか?』 「「「…………………」」」 投げかけられた言葉に、目を見張って言葉に詰まるマリュー達。 「人を殺した時、怖くなかったんですか?」 「どうして知らない人を殺せるんですか?」 「殺した人の家族には、何か言うことはありますか?」 「人を殺すために軍に入ったんですか?」 「ニュースで、ヘリオポリスで兵器を造ってたって言ってました。どうして人の国でわざわざ人殺しの武器を造るんですか?」 「地球軍の守りたいものって何ですか?軍ではそれが守れますか?」 「これからどうするんですか?釈放されたら、また戦場に戻って人を殺すんですか?」 「ヘリオポリス内で戦闘があったって聞きました。その時民間人の避難は完了してたんですか?」 「地球軍に味方しない人は皆敵なんですか?」 「敵は皆殺すんですか?」 「どうして戦争なんかしたいんですか?誰かが死んだら哀しいって分かりきってるのに、なんで戦うんですか?」 「話し合いじゃ駄目なんですか?」 「侵略者を排除するためとか、倫理の問題とか色々言ってますけど、本当の所はただの利権の奪い合いですよね?」 「地球軍はブルーコスモスと繋がってるって噂、本当ですか?」 …等など、大変答え難い質問ばかりが飛び出した。 しかも、怒号と共に大人からされたものだったなら、例え虚勢であっても、自分達は間違っていないという態度もとれるが、『純粋な興味』で淡々と質問してくる子供からは、適当な言葉で逃げることも出来やしない。 何か誤魔化しの言葉でお茶を濁そうとしようものなら、子供の本能か、更に鋭い質問に身を切られることになる。 こういうのも、精神的拷問って言うのかしらね…と、まるでどこぞのキャンペーンの様に『一日艦長』だった女性が、青白い顔で零れた涙をそっと拭いた。 一方、その頃のザフト軍の捕虜御一行様は、こちらも数人ずつに分けられて『第六十三回討論大会』という看板の出ていた会場に連れて来られていた。 数百人程度収容出来そうな会場は、席が円が広がるように作られていて、中央の天井から巨大スクリーンが三枚吊り下げられ、360度どの角度からでもそれを観れるようになっている。 そして、その会場を全面ガラスの窓から見下ろせる位置に隣接された十数個の小部屋の幾つかに、ザフト軍の捕虜達が入れられていた。 お題は『ナチュラルとコーディネーター』…単純だが、今の戦争の引き金となった原因でもある。 そして、会場は既に討論大会独特の熱気と緊張感に包まれていた。 捕虜達の方はと言うと、実の所、ほとんどがプラント生まれのプラント育ちということもあり、これほど多くのナチュラルを見るのも初めてのことだった。 そして、目の前で交わされている、何処かズレているような気もしないでもないが、それでも興味深い議論に釘付けになっている。 「ナチュラルのくせにだとか、ナチュラル如きがって言うのはあれだな…『封建的身分制度』や『えた』『非人』という言葉を思い出しますね」 「ほう…というと?」 「農民の暮らしが貧しくて、けれど農民がいなくては世の中のシステムが成り立たなかったあの時代、農民の鬱憤が堪り過ぎないよう更に身分の低い『えた』『非人』というのを作り、『あいつらよりはマシ』と思わせることで反抗心を育てさせないようにしたという、権力者の傲慢が作り出したシステムです」 「なるほど」 「けれど、実際は『えた』『非人』等という身分が存在したという確かな証拠はありません。『士農工商』という言葉からも『武士』は一応一番高い身分にありましたが、その下の『農工商』にはそれほど身分の差異は無かったと言われていますし、言葉通り『農』の方が上だったと言う説もあれば、『工商』つまり町人の方が優遇されたという説もありますしね」 「ああ、ただ『士農工商・えた・非人』という語呂が良く、覚えやすかったために広まったという話もありますね」 「ええ。そんな本当にあったどうかも分からない身分制度を必死に覚えて勉強していた時代もあったのです。現代の『ナチュラル』と『コーディネーター』も、いずれくる未来では、学生達が必死に覚えてテストに書き込む程度の名称になるんでしょうね」 おどけたようなその言葉に、会場内のそこかしこでひっそりと笑いが起きる。 「ですから、『ナチュラルのくせに』だとか言う言葉を聞くと思うわけです。自分の方が優れていると優越感を感じ、誰かを自分より劣っていると蔑み、差別することに何の意味があるのか。自分より下がいるからと安心する等というのはナンセンスですよ」 「その『農民が、えた・非人よりマシだと思って現状に耐えていた』という話に似ているというわけですね」 「その通りです。自分が優れているという幻想に酔っているようにしか思えません。成長したいなら上を見るべきだ。上ばかり見ていても足元が疎かになりますが、下ばかり見ていたとしても世界が広がることが無いことだけは確かでしょう」 オーブからの監視兵に囲まれ、発言することが許されていない隔離されたザフト軍捕虜室の一角から殺気が放たれるが、もちろん会場でそれに気づく者がいる訳も無い。 「そもそも、コーディネート技術自体が、私にとっては疑問ですがね」 「ほう…倫理面の問題からですか?」 「いいえ。本人の意思を無視して、子供が親に勝手に遺伝子を弄られるということが、です」 きっぱりと言われた言葉に、別方向からもすかさず賛同の声が上がった。 「だってそうでしょう?コーディネーターだからと言って差別されるのも迫害されるのもコーディネーターである本人ですが、コーディネートしたのは、本人では無いのですから…こんな理不尽な話は無いでしょう?レイプされた人に『レイプされたあんたが悪い』って言ってるようなものです」 軽い侮蔑が込められたその言葉に、幾人かがその例えからか眉を顰める。 「ナチュラルは分かっていない。いくら見目良く生まれても、それは本人の意思では無いのだよ」 「でも、本当なら違ったのに、綺麗に産まれて来れるっていうのは、やっぱり羨ましいし、ずるいって思います…」 「君は、コーディネーター反対派かね?」 確かに嫉妬を混ぜた発言に、また別の方から、責めるでも無い声が静かに聞いた。 「そういうわけじゃ、ないです。コーディネート自体は元々、遺伝子異常の治療から発展したものだと聞いてますし、そのおかげで障害を排除して産まれることが出来た子供も大勢いるということも知っています。お人形のように自分の子供の色や形を決めたという親は軽蔑しますが、コーディネート技術が無ければ、自分の子供を得られなかった人がいることも、事実ですから」 「ふむ。その辺りの理解は深いが、少々誤解があるようだね」 「誤解?」 「まず、こちらをご覧下さい」 進行役の一人が中心にあるスクリーンと共に、会場のあちこちに大きなウィンドウを開く。 そこに映った数人の人物の姿に、そこかしこから息を呑む音が聞こえた。 「…おい、あれって…」 「ああ…」 ザフト捕虜室からも、驚きの混ざった困惑の声が上がる。 それもそのはず…そこに映っているのは、目の辺りが『少年A』のように黒く塗り潰されてはいるが、ザフトの軍服を着た者達だったのだから…。 そんな映像がこの場に出された意図が測れず、自然と緊張して息を詰めることになる。 「これは、ザフトのマザーから落としてきたザフト軍の方の映像です。無断拝借しておりますので、プライバシーの保護のため、お名前や顔の一部を伏せさせて頂きます」 ちょっと待て。 無断拝借って言ったか!? しかもザフトのマザーから! で、無断拝借でプライバシーの保護って何だ!? 思わず叫ぶも、バルカン砲を撃たれてもびくともしない、オーブ技術開発部ご自慢の防弾防音防臭ガラスは、彼等の声を何処にも届けてはくれなかった。 会場の声はスピーカーと簡易スクリーンで伺うことは出来るが、こちら側の声は全く漏れないようになっているらしい。 「え〜、お察しの通り、こちらの方々はザフト軍所属のコーディネーターの方々です。…が、よく見て下さい。肥満しています」 ……沈黙に襲われる会場とザフト捕虜室。 「こちらも、こちらの方もそうですね。ベルトの上に贅肉が乗るほど肥満しておられます。ああ、こちらの方は肌の荒れ具合が酷いでね…アップの映像には堪えないですよ。糖分か油分の摂取し過ぎでしょう、食生活の乱れがはっきり分かります」 何の話でしょう…と固唾を呑んで見守る同胞達。 映像化された指示棒で指された、白い軍服のおデブさんの真面目腐った写真を、もはや呆然と見つめることしか出来ない。 そんな彼等の心情を捨て置き、会場の参加者の内の一人が重々しい口調で宣言した。 「コーディネーターは完璧じゃありません」 この映像を前に、これほど説得力のある言葉が他にあろうか…。 「コーディネーターとて、努力せずしてスタイルを完璧に維持することは出来ないという見本が、これです。ライオンの様な髭が似合っていると勘違いしている人。微妙にだらしなさをアピールしがちな顎鬚をカッコイイと思い込んでいる人。奇抜な髪型・アイドルと同じ髪型・明らかに髪の量が足りないのに誰かさんに似せた髪型…本人はいいと思っているかもしれないけれど、回りから見たら大顰蹙☆な人は、ナチュラルにもいますが、コーディネーターにだって大勢います。これこのように」 「服のセンスの無い人、絵が下手な人・音楽が壊滅的な人も、もちろんコーディネーターにもいます。なんだよそのもみあげはあっ!?と引き抜いてやりたくなるコーディネーターだっています。つまり、元がどうであれ、それを維持し、最上の状態に持って行くのは、本人の努力次第だということなのです!」 会場から拍手と共に歓声が上がる。 「同じように、ナチュラルだって、努力なくしてはスタイルも美貌も学力だって維持出来はしないでしょう。スタート地点がどうあれ、その後の過程にナチュラルもコーディネーターも全く関係ありません。油断すれば、皆等しくこうなってしまうのです!」 びしぃっ!と指された映像の人物には、事実誇張の捏造が欠片も無いだけに、捕虜一同は揃って静かに某隊長に黙祷を捧げる。 コーディネーターで、しかも軍人でありながら、体調管理も出来てねぇあんた等が悪い。 「これもよくある誤解ですからね。この討論会はお互いをよりよく理解するための場です。遠慮せずご発言下さい」 にこやかに薦める進行役に、先ほどよりも更に踏み込んだ議論が交わされていく。 そして、場の盛り上がりも最高潮に達した頃、柔らかそうな巻き毛を短く切った、優形の青年が思い詰めた表情で立ち上がった。 少々気弱そうな見た目の、中々の美青年だ。 「…オレは、自分の容姿が好きじゃありません」 会場内で、数箇所の空気がぴきりと凍った。 「オレは一世代目のコーディネーターで、顔はご覧の通り、運動もそこそこ、勉強だって嫌いじゃ無い。そんな中でこの顔が嫌いだって言えば、大抵の人は贅沢だって言います。もっとこういうのが良かったと言えば、無い物強請りだと…」 そうだろうなぁと頷く者も多い。 「でも、言わせて下さい。いいえ、言います!今言わなかったら、オレは一生このしこりを表に出すことが出来なくなるっ!」 どうやら青年は随分と思い詰めているらしい…握られた拳が微かに震えているのが分かる。 「オレの両親は二人とも、そりゃあ見事なストレートの髪で、パーマをかけても直ぐに戻ってしまうと愚痴を零すのが口癖みたいな人達です。だからオレをコーディネートする時に、髪を天然パーマにしたかったとか…けど、オレは…っ!オレはストレートな髪が好きなんだっっ!!」 血を吐くような青年の叫びに、会場内があらゆる意味でしん…、と静まり返る。 「親と好みが全く同じだって人がいったい何人いる!?食べる物、着る物、聴く音楽、付き合う人、好きな花、好きな色、休日に行きたい場所!全ていつも同じだって親子が何人いる!?いないだろう!?いるはずがない!異性の好みですら母子間での一致率は14%程度なんだからなっ!」 かたん、かたん…と立ち上がる者達がいた。 「パーマにしたかった!?すればいいじゃないか!ああ、すればいいさ!自分の髪をすればいいじゃないかっ!オレはストレートがいいんだ!真っ直ぐな髪が好きなんだ!!毎朝起きる度につばめの巣みたいになってるのも、少し伸びただけで縦ロールみたいになっちまうのもうんざりだ!矯正パーマをかけたって、一週間と持ちゃしねぇっ!!なんつー頑固な遺伝子なんだっ!!!顔だってこんなに『濃く』なくて良かった!!もっと、もっとこうあっさりした、涼やかな、ストレートな髪が似合う顔に生まれたかった…!!」 切ない想いのひしひしと詰まった叫びに、会場中が静まり返る。 「コーディネートが悪いとは言わないっ!病気を取り除くとか、体を丈夫にするとか、理解力を上げるとか!そーいうのは必要だと思う!オレだって、コーディネーターだったおかげで怪我しなくて済んだことが何回もある。でも、容姿に関しては規制があってもいいと思う!いや、あるべきだ!!」 「そうだ!」 「その通りだ!オレもそう思う!!」 「私もそう思ってました!!」 歓喜に染まった賛同者達が立ち上がって彼を称えている。 「目が水色なんです!綺麗だねって言って貰えるけれど、色素が薄いせいで外ではサングラスが外せないんです!綺麗だって言ってもらえるけど、だけど、わざわざ色なんて変えてくれなくて良かったのにって思っちゃうんです!」 「オレもだ!両親濃い茶と黒髪だからって金髪にされたんだ!でも、金髪はハゲ率が高いんだ!コーディネーターの毛根がどれほど強いかなんて知らないが、なんか、最近ちょっとヤバイ気がしてるんだ!こんなことなら黒で良かったのに…っ!」 そっと己の蒼い髪を押さえる少年の姿には、とりあえず誰も気づかない。 「両親白人で私も白人ですが、肌の白さがコーディネートされたのか、海に言っても焼けないんです!小麦色の肌が憧れだったのにっ!年がら年中この病的な白さを誇る肌…!羨ましいって言われたって嬉しくない!だって、このせいで病弱に見えて遊びに誘っちゃいけないんだと思った…て、何回言われたと思ってんのよっ!私コーディネーターよ!?遊べるわよっ!」 「さっきの彼も言ってたが、髪が本当に頑固なんだ…産まれた時から同じ髪型って、サイヤ人かよっ!?」 次々と爆発したように発言する、おそらくはコーディネーターだろう彼等の誰もが標準以上の容姿の持ち主だったのだが、きっと、それを自覚しているだけに今まで思っていても言えないことだったのだろう…発言後は憑き物が落ちたようにすっきりした表情になっている。 「そうですね〜所詮人間は欲深で、無いもの強請りの種族ですからね。人が羨む容姿を持っていても、それが自分が望む理想と一致しているとは限りませんからね。それが親の我侭で押し付けられたというのなら、諦めきれるものでも無いのが現状でしょう…その点の規制は必要かもしれませんねぇ」 「そうですね、医師会の方から働きかけられませんか?」 「そういう時代になった…ということでしょう」 何かよく分からないコメントも入るが、前向きなことだけは分かる…というか、オーブでは、まだコーディネートを普通にしてるのか?ということに驚かされる捕虜室一同。 戦争が始まる少し前辺りから自粛が叫ばれ、コーディネーター人口は下がる一方で、それ故に婚姻統制が始まったはずだったのだが…どうやら、この会場内の4分の一ほどはコーディネーターが占めているらしい。 コーディネーター側、ナチュラル側と分かれている訳では無いため正しい数は把握出来ないが、ぱっと見た感じだけでも相当数に上る。 初めて明かされた、中立国にいる同胞の数にも驚かされた。 「愚痴を言うようですが…実のところ、コーディネーターってナチュラルが思っているほど、優秀でも羨ましくも、無いんですよ…」 そう言ったのは、また別のコーディネーターの青年だった。 「ナチュラルにだって優秀な人と、言葉は悪いですが、落ち零れになってしまう人がいるじゃないですか。コーディネーターも同じように、ピンからキリまでいるんです…」 ピンからキリ?と、ある捕虜室では首を傾げて不審そうにする者がいたが、別の捕虜室の方では、大きな頷きが返っていた。 「コーディネーターって一括りにされても、同じことやらせても、直ぐに出来る人と、いつまでたっても出来ない人がいるんです。コーディネーターにだっているんです。遺伝子操作されても出来ないことは出来ないんです!」 うんうん、と深く頷く者達の間には、奇妙な連帯感が生まれる。 「必死に勉強して、必死に練習して、必死に頑張って、そしてやっと出来て、その結果が良かった時に言われる言葉が『お前コーディネーターだもんな!』…報われませんっっ!!!」 会場内で何処かしらから啜り泣く声が聞こえ出す。 「確かに何でも簡単にやってしまえる人もいます!でも、そうじゃない者もいるんです!頑張ってやっと出来る人はコーディネーターにもいるんです!お願いですから何でもかんでも『コーディネーターだから』の一言で終わらせないで下さいっ!僕はコーディネートして、やっと…やっとこの程度なんですっっ!!」 それは、聞く者の心を抉る、悲痛な叫びだった…。 「それでも、両親には感謝しています。コーディネートしてやっとこの程度…もし、もしコーディネートしていなかったら…っ」 考えるのも恐ろしいとばかりにふらりと倒れかけた青年を、隣の席の者達が慌てて支えた。 それに礼を言って何とか立ち直り、けれどその顔色は明らかに優れない。 「…僕は…遺伝子操作の是非を問える立場にはいません。だから、コーディネーターが正しいとか正しくないとかも言えません。けれど、先ほど容姿についての話でもありましたが、コーディネーターは、努力をしていない訳では無いということだけは、皆さんに分かっていただきたい。皆、努力と等価で色々な物を手に入れているはずです。何もせずに何かを手に入れた人は、きっと、自分の知らない所で何かを失っているのだと思います…。人として産まれた以上、僕達は何かを得るために、努力し続けることが必要なんだと思っています。だから…だから、一言でいいんです。僕達の結果に対して、『コーディネーターだから』で終わらせず、『頑張ったね』の一言が欲しいんです…っ」 その、一言が…。 その、一言だけで報われる…。 パンパンパン!…と拍手が起きる。 始めは小さく、けれど次第に大きなうねりとなり、会場内を揺るがせるほどの大きな拍手に…。 スタンディングオベーション…皆が立ち上がり、拍手を送った。 泣いている者もいる…。 抱き合っている者もいる。 握手を交わし、肩を叩きあっている者もいた。 人に信じて欲しかったら、まず、その人を信じることから始めよう。 そして、自分の隠したい心を曝け出す。 弱くて、切ない、目を背けたかった部分を曝け出す。 その勇気を…持つ。 同情して欲しいのでは無い。 ただ、分かって欲しいだけ。 誤解せずに、解かり合いたいと望むだけ。 誰かが言った。 ナチュラルとかコーディネーターとかいう括りを作るのは面白く無いと。 同じナチュラルでも、幼女連続誘拐極悪殺人犯や、性犯罪者、ヤクの売人なんかを『同胞』だなんて呼びたくない。 同じ物を食べて美味しいね、と笑い合える人と友達になりたいと。 そうなるのにナチュラルやコーディネーターという呼び名は必要無い…と。 そうだ、その通りだと声が上がる。 話せば分かり合えるのに、何故戦争なんかしなければならないんだと、また誰かが言った。 どうしてコーディネーターだけで固まって住まなければいけなんだと、誰かも言う。 同じ国に住んでいれば、こうして話し合うことも出来るのに、と。 一緒に遊ぶことや、食事をすることだって出来る。 友達にだってなれるのに、と言う。 それに、そうだとまた声が上がる。 どうしてコーディネーターだと言うだけで。間違ってるなんて言える奴等がいるんだ。絶対にあいつ等、コーディネーターのことなんか知らないのに。知らないのに否定するなんておかしいと、声高に誰かが叫んだ。 プラントや地球軍の奴等は損してるよな…と誰かが笑う。 よく知りもしないで敵と決めるなんて、告白してくれるかもしれなかった好きな子を、自分からふるようなもんだと笑った。 その例えに、他の者達も、明るく笑った。 ナチュラルとコーディネーターという呼び名を棄てて、明るく笑った。 その情景を、捕虜室の中から感動に打ち震えながら聞いている者達がいた。 「そう…そうなんだよ!落ち零れだけど、コーディネーターの中じゃ落ち零れだけど、オレ、頑張ったんだぜ…!?」 「訓練もサボらなかったし、勉強だって深夜まで頑張ったんだ!コーディネーターってだけで頑張ったなんて言える雰囲気じゃ無かったけど…オレは頑張ってたんだ!」 「頑張って、それでもオレは緑だった…。緑でも頑張ってたなんて言えやしなかったけど、誰にも言えやしなかったけど、人一倍努力してたんだよオレはっ!」 「お前もか!」 「お前もかぁっ!」 「お前もかあああぁっっ!!!」 おいおいと身を寄せ合って泣き崩れる緑色の軍服を着たコーディネーター達。 その様子を控えて見ていた警備兵達は表情一つ変えず、『…落ちたな(にやり)』と思う。 そうして、ザフトレッドと呼ばれる軍服を着ていた少年達は、無駄に熱い会場を見て、更に熱苦しい同僚達を見て、どっと疲れた様に座り込んだのだった。 「いよぅ!元気に飯食ってるか?」 与えられた部屋の中で、未だかつて感じたことの無い疲労にそれぞれぐったりと休んでいた所にやって来たのは、オーブ軍の准将の制服を来た少女だった。 お付きの御供を数人引き連れているが、見るからに屈強そうな軍人達で、知った顔はもちろんいない。 訪れたのが幼馴染では無い事に、アスランは少なくは無い落胆を感じる。 無理だと理性では分かっているのに、期待してしまう心は止められなかった。 何だかやけに、幼馴染の彼が懐かしかった。 そして話がしたかった。 幼かったあの頃の様に、わだかまりも何もかも捨てて、今なら分かり合えるような気がしたから…。 それが、討論会場の熱気に微妙に感化されてしまっていたせいであることも、影響されやすいアスランの勝手な思い込みによる、文字通りの気のせいであることもアスランは気づいてはいない。 だが、そんな風に一時的に分かり合える気がしていながらも、根本的には『プラント』と『自分』が正しいと思っていることに気づいていないことにキラは気づいているため、彼が会いに来ないということもアスランは気づいていない。 どこまでもすれ違う幼馴染達である。 「…カガリ・ユラ・アスハ…」 「おお、覚えてたか?なんだなんだ、いい若いモンがだらしないなぁ〜」 全く覇気の無い彼等の様子に、カガリはふんぞり返って呆れる。 「…五月蝿い。それに何でいきなり飯なんだ…」 「バカか、お前。何事も体が資本だろうが。考えるにしても体を動かすにしても、まず食べなきゃ何も出来ないだろーが。軍人のくせにそんなことも知らんのか?それに、私が言うのもなんだが、うちは捕虜に対して寛大な処置をしてると思うぞ。部屋も清潔だし、飯も量も味も悪かないだろう?」 軽い口調ながらも正論で返され、ぐっと言葉に詰まるアスラン。 この部屋には何故か、アスラン、イザーク、ディアッカ、ニコルの四人が入れられていた。 仮にもエリートと呼ばれた四人を一緒の部屋にするなど正気かと始めは思ったが、腕と足につけられた逃亡防止用の、オーブに来る時に付けられた拘束具と同じく技術の粋を集めたらしい『おしおきくん』と、不穏な発言に敏感に反応し、不気味な赤ランプが点灯する監視カメラ、そして扉の前で見張っている隙の無い警備兵の姿に、嘗めてる訳では無いらしい…と大人しくすることにした。 まあ、一番怖いのは、取り付ける時に「軽くて丈夫で壊れない♪」と歌うようにキャッチフレーズ(?)を聞かされた得体の知れない『おしおきくん』なのだが…。 「…で、オーブの姫さんがオレ等に何の用なわけ?」 話が進まないとみたのか、ディアッカがうんざりとした様子を隠すことも無く促す。 それにぽんっと手を打ち、カガリは冷奴にネギを乗せるか?位の軽い口調でのたまった。 「ああ。お前等のプラントへの引き渡しが明後日に決まった。だから、明日もう一度、確認のための事情聴取があるからって伝えようと思って」 「へぇ〜明後日…」 「引き渡しですか…」 「……………」 「そ。じゃあ、そーいうことだから」 「「「「って、待てぇえぇいっっ!!!」」」」 「うわっ、何だ??」 言うだけ言って、さっさと部下を引き連れて出て行こうとするカガリを、内容がやっと理解出来た四人が慌てて引き止める。 「何だよ、危ないな〜」 不満そうに睨む少女に殺意が芽生えかけたが、それを必死に押し殺して落ち着く。 どんなにふざけた言動をしようとも、彼女はこの国の姫で、軍の准将の位に着く者であり、自分達はその国に囚われた捕虜なのだ。事の次第が定かで無いながらも、引き渡しという言葉が出ている以上、ここで殴って国際問題を引き起こす訳にはいかない。 「……プラントに引き渡しって…どういうことだ?」 「なんだ。あっさり納得してるみたいだから説明はいらんのかと思ったぞ」 「っ、ちょ、ちょっと理解するのに時間がかかったんだ!突然のことだったからな!」 「ふん。コーディネーターのくせに頭の回転遅いんだな。上からの命令を何でも、何も考えずにはいはい聞いてるからそんな風に脳みそが固まっちゃうんだ。その頭は飾りか?ちったあ疑問をもって、自分の頭で考えてから行動しろよ」 「〜〜〜っっ」 的確に急所を突けば、返す言葉も無くそっぽを向いてしまった異国の兵士に、やれやれとため息をつく。 「こちらとしてもお前等みたいな身分の子供を長期に渡って拘留し続けるのは、人質にしているようで体裁が悪い。よって、他の者達とは別に、さっさと返品出来るように交渉してたんだ」 「返品って…」 驚きを露わにする少年達を無視して、「これが書類の写しだ。読みたきゃ読め」とぞんざいに放る。 「え〜と、では、他の者達も引き渡しの方向で話が進んでいるんですか?」 書類を年長者達にとられてしまったため、一応気になったことをニコルは聞いてみる。 「ああ、他の奴等はちょっと違う」 「え!?どういうことです!?」 「あいつらはまず、オーブへの亡命の意思があるかどうかの確認をして、帰る意思のある者達だけを交渉することになっている」 「はあ!?なんでそんな…」 驚愕に目を見張る彼等を、カガリは疲れたようにあっさりと切り捨てた。 「多いんだよ、亡命希望者。…一端故郷に返して、それからもう一度亡命手続きっていう二度手間するより、こういう時にまとめてやっちゃった方が手間もコストもかからんからなぁ」 コストって…と呟く言葉も綺麗に無視。 「てかさ、オレ等には希望聞いてくんないわけ?」 「は?お前亡命したいのか?」 「いや!そーじゃないけどさ!…他の奴等には聞いてるのに、オレ等だけ何でかな〜って思ってさぁ…」 隣からの突き刺さる様な鋭い視線に脅えつつも、最後まで言い切ったディアッカの根性は立派だった。 その後、足を踏まれて悶えていたのを見なかったふりをしてやろうと思う程度には。 「まあ、通常は全員に希望を聞くんだけどな。お前等は事情が違うから、悪いが強制送還だ。さっきも言ったが、プラントの評議会議員の子供を長拘留するのは問題がある。それに、その肩書きはこっちでも利用したかったしな」 「…利用?」 ここでもその肩書きに付きまとわれるのか…と半ば諦めにも似た感情が押し寄せる。 自分自身を見てくれる人間など、それこそ奇跡に近いのだろうな…と小さく自嘲する彼等の耳に入ったのは、口調の軽さと内容が、またも反比例してそうな台詞だった。 「身代金をがっぽり取るためにな」 親指と人差し指でお金のマークを作りつつにぱっと笑う少女に、茫然自失の視線が四対集る。 無邪気な笑顔と無邪気な態度とは対極にある、その即物的過ぎる指のマークがミスマッチで、逆に似合っていた。 恐ろしいほど似合っていた。 生まれた時からその守銭奴ポーズをとっていたんじゃと思わせる位に似合っていた。 そんな現実逃避はさておき…。 はい?身代金…? 「キラも言ってただろ?お前等の名前が交渉の役に立つって。いや〜ホント助かったよ。数人の捕虜だけじゃあれだけの身代金は取れなかったからな〜♪」 「カガリ。せめて『賠償金』と言いなさい」 「あ、そっか」 控えていた従者に窘められ、悪い悪いと軽く笑う。 が、少年達の方ははっきり言って笑い事では無い。 「き、貴様―っ!!」 「何怒ってんだ、当然の処置だろーが。ヘリオポリスの再建と避難民達の当座の生活費と補償、他にも、どれだけ今回のことで金が動くと思ってんだ。仮にも軍に籍を置く奴が、戦場で捕まっておいて、ただで帰して貰えるなんて甘っちょろいこと夢見てたわけじゃないだろう?平時で何かを壊した時だって謝罪と弁償が不可欠なのに、お前等はコロニー一つ落としておいて謝罪の一つもしやがらない。そーなったら、親の方に賠償請求するしかあるまい?ま、桁は違うがな。でもこれだって、捕虜の引き渡しとしては寛大な方に入るだろう?プラントの砂時計をヘリオポリスの代わりに一個寄こせって言ってもいい所を金で解決してやろうって言うんだからな。それにお前等の言う所の『戦争』じゃ、行き過ぎた拷問の末に、五体満足で帰れない者もいるって話は珍しくも無いんだから」 「…………っ」 「だいたい、エリートだか何だか知らないが、何で最高評議会議員の子供が、本名で最前線に出てたりするんだよ。掴まったら大問題だってこと位、分からなかったわけじゃないだろう?」 「それは…っ」 「地球軍相手ならまだしも、オーブのコロニーへの作戦に出て来るなんて、考え無しもいいトコだ」 「どういうことだ!?」 本気で呆れたように言うカガリに、イザークを筆頭に気を荒立てて噛み付く。 それに対し、カガリはきょとんと瞬きを繰り返す。 「どういうことって…まさか、知らないわけじゃないだろうな?農業コロニーだったユニウスセブンが無くなった後の、プラントへの食糧支援国一位は、オーブだぞ」 「「「「………………」」」」 愕然とした表情を隠すこと無く曝す四人に、やっぱり知らなかったのか…とため息をつく。 「ユニウスセブンがある頃からきつきつの食糧事情だったプラントが、あれが無くなった後どうやって乗り切ってると思ってたんだ?あの後直ぐに戦争始めて、農業コロニーの建設には後手後手に回ってるくせに」 考えてませんでした…というのが正直な所。 こういう事情は、軍よりもむしろ、一般市民の方が詳しい。 食料の大半を輸入に頼ることになったため、物価が上がり、庶民の台所事情は火の車状態だ。 が、お金に困ったことの無いお坊ちゃま達には与り知らぬ場所での出来事。 知るはずが無い。 「確かに、地球軍はオーブのコロニーであるヘリオポリスでMSと新造艦を造っていた。まあ、それはオーブ内では本国・コロニー含め周知の事実だったがな。だが、他所様の土地で粗相をしていた割には情報統制がザルで、極秘情報ダダ漏れだったせいでお前等ザフトに攻め込まれてしまったことについては、流石に想定外の事だった。人のなわばりであんな物造ってるんだから、もっと情報には慎重だろうと確認していなかったのは、私達の失態だったな、うん」 「「「「……………」」」」 「けどな?確かにあそこには地球軍がいたし、オーブの計画をお前等は知らなかったんだから、ああいう奪取作戦を立てても仕方ないというのは、感情面とは別に理解は出来る。だがそれでも、その作戦に評議会議員を親に持つお前等が参加するのは、まずいだろう?」 本当に呆れたような声音が耳に痛い。 「うちは戦争をしてないからまだ余裕があるからいいが、他の中立国でも、地球連邦とプラントの戦争のせいで、地球連邦支援国に挟まれてる弱小国なんか、安価で食料の取り引きをすることを盾に攻め込まれないことを取り決めてるトコもある位だからな。プラントに食料を回せるトコは少ないんだ。特にナチュラルが多い国は、親プラントの議員自体が少ないし」 そうなのですか…。 「そんな中で、オーブのコロニーへの先制攻撃という作戦に、評議会議員の子供が四人も参加してたとあっちゃ、プラントはオーブに含むところがあるようだと勘繰られても仕方あるまい?自然、プラントへの食糧支援の件は考えることになる」 「そんな…っ!」 「そんな、じゃないよ。知らなかったで済むはず無いだろ。特に戦争中なんざ、策略謀略の嵐で、どうやって相手の足引っぱるかって手薬煉引いて待ってやがる輩が多いのに、わざわざつけこませるよーなネタ振ってくんなよ。バカスカ弾ぁ撃ってりゃいいってもんじゃ無いだろ?お前等の立場じゃ」 「〜〜っっ」 「けどまあ、お前等見て、確かにそんなこと考えてたようにって言うか、そんな自己判断出来るほど物事を考えてないってことが分かったから、その辺の抗議はしないでおいた。それとな〜く臭わせる様な嫌味はふんだんに盛り込ませて貰ったがな。で、裏事情が無いにしても、プラントにとってもオーブにとっても、お前等がここに居るっていうのはまずいから、さっさと強制送還が決まったってわけ」 分かったか?と聞かれ、力無く頷く。 言われていることは酷いが、一々もっともで反論する隙も無いことの方が悔しい。 「上から言われたことを考えなしに実行してっからこういうことになるんだぞ?仮にも立場ある親を持ち、自身も『エリート』の名背負ってんだろ?ちゃんと頭働かせて、自分の立場とか物事の道理を考えて行動しろよ。頭いいはずなんだからさぁ。知ってるか?そーいうの『宝の持ち腐れ』って言うんだぞ」 畳み掛けるように言われたその言葉にも、屈辱に耐えながら黙って頷く。 自分達がいかに物を知らなかったかということを思い知らされたから…。 「という訳だから、お前等プラントに戻ったら、ちったあ周りを見て勉強しろよ?それだけ物を知らない上に自分で考えないなんて、言っちゃ悪いが、ちょっと恥ずかしいぞ」 そう言って、カガリは来た時と同じようにさっさと出て行ってしまった。 いずれプラントの未来を背負って立つのだ!と幼少から言われ続け、自分もそうなるのだと思っていた少年達を、完膚なきまでに奈落の底まで落ち込ませて…。 そうして、扉の外で当のカガリが… 「ま、ヘリオポリス落としてキラを悲しませた罰だな。ん?まだちょっと緩かったか?…今度また会ったらリベンジするかな?」 と、独り言を零したことは、幸いなことに知ることは無かった…。 時は流れ…戦争は最終局面へと突入する。 「最後通告だと!?地球軍め…」 地球連邦政府から届けられた、あまりに一方的で傲慢な文書に、オーブ国首脳陣は怒りの声を上げる。 「狙いはモルゲンレーテとカグヤのマスドライバーでしょう」 「ふん、アラスカとパナマを無くし、もはや体裁を取り繕う余裕すら無くしたようですな」 「…茶番だな」 怒りを超えて呆れ混じりの面々に、ウズミも苦く笑った。 「奴等には、よほど我等の技術が魅力的らしい。どのような技術があろうと、それを使うのは人だ。その『人』を正しく育てることが我等の役目。我オーブは、その理想を追い続けてここまで来た」 「そうですね」 重々しく威厳を漂わす代表の言葉に、会議に同席を求められていた紫の瞳の少年が柔らかく微笑んで同意する。 「君のおかげで、安定性も安全面もより良くなった武器を開発することが出来た。使う者は、己と己の大切な者を守る戦いをすることが出来る」 「…いえ、僕は望まれる『力』を作っただけ。それを正しく使うための『意志』はあれを手にした人全てが、個々に作り上げ、高めていったものであり、その種を蒔いたのはここにいる皆様です。僕の功績ではありません」 「キラ」 謙遜するなとでも言いたげなカガリの声に、キラはふわりと笑い、力強い意志の篭もった瞳で頷いた。 「本当だよ。オーブの人だから、僕はあれを作ろうと思ったんだし、託すことも出来るんだ」 その言葉に、同席していた者達が皆頷く。 平和で血生臭いことなど何も知らない…そんな暢気な国をずっと演じてきた。 けれど国民達には、いざという時の対処法や、それに必要な武器やそれの使い方・奪い方・壊し方を密かに教育してきたのだ。 こんな時代だからこそ、理不尽な暴力に流され負けてしまわないように。 守るという言葉には限界があり、全てを守りきることは不可能だから、各々が自分の無力に潰されてしまわないようにと、戦う力を国民全てに持たせた。 それが、オーブの選んだ道。 それが凶と出るか、吉と出るかはこれから分かる。 だが、外からの理不尽な力にも、内からの強者の持つ誘惑にも負けない、強い精神力を持つ民に育てることには成功した。 争いを厭い、けれど逃げない…それが出来る民に。 映し出された市内の映像には、避難すると共に、手馴れた手つきで武器を携帯する市民の姿があった。 怯えや恐れはもちろんある。 手の中の武器が、何をする物なのかも解っている。 けれど、それを解っていて尚、それを手に取り、自らの大切な物を自らの手で護ることを、自らの意思で選んだのが…オーブの民なのだ。 市街のあちこちで偽装されていた兵装ビルや隠し武器が、市民の手によって姿を現して行く。 白兵戦で攻め込んでくるならば市民達も迎え撃つ準備をしたが、今回はMS戦が主体になるということで、対MS&戦艦用ロケットランチャー等の重装備を使える者達が自主的に残り、オーブ軍に指示を仰いで攻撃に備えていた。 オーブの国民は、皆戦う力を持っている。 護られるだけで無く、自らも護ろうとする意志を持っていた。 オーブ軍の役目は、敵を迎え撃ち攻撃することだけで無く、もっぱら彼等を護ることにある。 そして、そのことがとても誇らしい…。 「…さあ、時は来た。懸命なるオーブの民よ。欲深な蝿を撃ち払おう!」 「害虫をっ!!」 「「「薙ぎ払えっっ!!!」」」 そうして今…ついに、隠されていたオーブのベールが剥がされる。 |
おわり |
その時世界が驚愕する。
『平和の国オーブ』とは『自らの平和を護るためなら手段は一切選ばない民の国オーブ』
の略だったのだと…!!(笑)
ありがとうございました!!