リビングで雑誌を読んでいた烈の元にとてとてと歩いてきた豪が、いつもの能天気な表情でのたまった。

「烈兄貴vお金貸してv」
「………」

 珍しくも無い科白だが、その度に半眼になる自分も芸が無い…と、弟を見つめたまま頭の片隅でそう思う。
 そして、返す言葉もお決まりだった。

「…何に要りようなんだよ」
「もーすぐレイの誕生日なんだ♪」

 その一言に、更にこめかみが引き攣った。

「あのなぁ…それなら、ボクに借りようとなんかしないで、自分の小遣い貯めて買えよ」
「だって、小遣いなんか貯まんねーもんっ」

 さも当然と言い切る豪に、こめかみだけで無く、前頭葉から側頭葉にかけて激しく頭痛が走る…はっきり言って、威張って言うことでは断じて無い。
 そんな兄の様子も気にせずに、そう言えばというように豪が烈の顔を覗き込んだ。

「なあ。烈兄貴は今年、あいつの誕生日何やった?」
「…あいつって?」
「あいつはあいつじゃんっ!」

 分かってて聞くなと頬を膨らます弟に、分かってるから言いたくないんだと、膨らんだその頬をつついて空気を抜く兄。

「……整髪剤」
「…あ?」
「だから、整髪剤をやった」
「せ……?」

 ぽかん…と口を開けた豪を、横目でちろりと見てから溜め息をつく。

「こっちいる時に気に入ったとかいう整髪剤。アメリカじゃ売って無いって言うから、プレゼント代わりに贈ってやった」
「…随分実用的なプレゼントだな」
「じゃあお前、社会人で金も持ってるあいつに、オレが何くれてやればいいか分かるか?」
「分かんねーよ。ブレットの欲しい物なんか興味ねーもん!あえて上げんなら烈兄貴。でもまだやんない」
「やんな……て…」

 絶句する烈に、自分の発言からふと…と豪が考え込む。

「…豪?」
「……その手があったか」
「あ?何が?」
「レイの誕生日。オレやればいいんじゃん♪」
「は!?」
「元手かかんねーし、楽でいいじゃん♪そうしよーっと♪」
「って。待てぇ―――っっ!!」

 一件落着とばかりに手を打った弟に、烈は声を張り上げて静止した。
 何事だと耳を押さえ、目をぱちくりとさせた豪の首根っこを押さえ込む。

「待て待て待て!それはいかん、止めておけ!」
「何でだよ?」
「馬鹿か、お前!?いや、知ってたけどな?お前が馬鹿だってことは知ってたけどな?だけどホントにそこまで馬鹿だったのか!?」
「だって金ねーもん」
「だからって、自分を安売りするなあっ!!」

 ぜーぜーと肩で息をする兄の腕にホールドされ、豪はくわんくわん揺れる頭を振った。
 烈自身も常時悩まされる頭痛と戦う…この言葉を言葉通りの意味で使う日が来ようとは思ってもいなかった…。

「な、何なんだよ、烈兄貴〜っっ」
「阿呆!お前レイ君と付き合って何年だ!?」
「えーと…三年?」
「そーか…もうそんなに経つのか…じゃなくて!三年付き合ってたらレイ君のこと分かるだろ!?」
「何が?」

 不思議そうな顔をする弟に、痛む額を指先で揉む解す。

「何がじゃないよ、全く…。いいか、豪!お前が首にリボンつけよーが、箱詰めして贈られようが、それはお前の自由だ。だけどその場合、二度と土方家の門から出て来れると思うなよ!?」
「え!?そーなのか!?」
「当ったり前だろーが!お前をお前自身の意志で手に入れたレイ君がお前を手放すわけないだろ!」
「そ、そおかあ〜??」

 微妙に疑問詞を付けつつ、それでも少し嫌そうな顔をした豪に、烈は重い溜め息をついた。

「…豪。今の所持金は?」
「えーと、五百円…?」
「なら、オレも五百円貸してやる。それで千円程度のシルバーか、チョーカーか、化粧品でもくれてやれ」
「お。おう…そうする」

 神妙に頷いた豪に、やっと捕まえていた腕を放して開放した。

「な、烈兄貴。ついでに買い物も付き合ってくれよ」
「ああ?なんでそこまで」
「いーじゃん!今日は暇なんだろ?」
「今日これから〜?」
「そーだよ!じゃねーと、オレの分使っちゃうじゃんっ」
「…仕方ないなぁ〜…」

 溜め息と共に立ち上がった烈に、豪は嬉しそうに用意してくると自室に戻って行く。
 その後姿を見送って、自嘲するような笑みを浮かべた。

「…ボクだって、まだお前はやんない」

 そうして烈も、自分も用意すべくリビングを後にする。
 高そうな物ばかり持っているレイに、千円程度の…しかも出来るだけ安っぽそうなものを選んでやろうと心に誓い…。





おわり