「…こーひー?豆の煮汁がどうした」

 あまりお目にかかることの無い冷たい声音に、光子郎はその発生源を目を点にして見つめてしまった。

「…た、太一さん…?」


「あんな青少年の育成に対して害にしかならん液体劇物なんぞオレは知らん」


「……………」

 据わりきった目が怨みの深さを物語る。

 明るくて。
 爽やかで。
 大らかで。
 懐が深く。
 視野が広く。
 全てを包み込んで許してしまいそうな、そんな温かさを持つ少年の、唯一の泣き所…。

「けどヤマトは飲め!どんどん飲め!摂取する水分の全てをドス黒い液体でとるがいい!」
「あのなぁ…」

 既に、『コーヒーは別に豆を煮ているわけじゃ無いですよ?』とは言えない雰囲気だ。
 それは、幼い頃よりちょっぴり特殊な環境で育った光子郎にはよく分かる。
 今は流すが吉だ。

 ……が。

「別に、太一は気にするほど身長低く無いだろう?まあ、膝の位置が違うから、オレのひざかっくんは出来ないけどな」

 空気がびしり、と固まった。
 と共に、光子郎は、何故教に限って太一がこれほど不機嫌なのかを理解した。


 …そうか…ヤマトさんに『ひざかっくん』とようとして、太一さん失敗したのか…。


 『知りたがり屋さんの紋章』が憎い。
 こんな時まで、コトの成り行きを敏感に察しなくてもいいじゃないか、己の右脳。

 黄昏る光子郎の隣で、太一の理性が音も無く切れた。


「………天っ誅――――っっっ!!!」

「うわっっ!!??」


 盛大な破壊音と共に上がる悲鳴、それがたて続けに部屋の各所に移動する。


 ……流石です、ヤマトさん。
 太一さんのあの嵐の様な攻撃コンボを避けるとは…。


 舞い上がる埃と、千切れて火花を散らすコンセントを器用に避けつつ攻撃する者と避ける者にはっきりと分かれた二人を哀愁を背負いつつ眺め、解析中だったデータをため息一つで諦めた。
 大丈夫。
 こんなこともあろうかと、バックアップはとってあるので、今二時間かけてやってた作業がパーになった…それだけです。

 太一にとって、身長の話題はタブーなのだ。

 ヤマトが言うようにとりわけ低い訳でもないのだが、出会って以来、太一はただの一度としてヤマトの背を抜かしたことが無いことにコンプレックスを持っていた。
 他の仲間達にしてみれば『身長くらいヤマトに譲ってやれ。せめて身長だけでも』と口を揃えて言うのだが、本人にとっては関係ない。

 男としてのプライドの問題だ。
 同じ兄としての矜持なのだ。
 意識しなければ何の問題も無いことだったが、一度意識してしまえば、男の子として大問題なのだ!

 あまり役には立たないが…。

 太一が栄養管理に懲りだしたのも、元を正せばそこにあったのかもしれない…。

「それにしても…」

 ぽつりと零し、未だ追いかけっこを続ける二人をぼんやりと眺める。


「……太一さんが年相応に見えるのって、身長の話題の時だけですよねぇ〜…」


 自分も相当『年相応』で無い落ち着きを身に付けている少年は、隠し様のないほど楽しげな声音で、そう小さく笑った。





 
おわり