「ええっ!?太一さんって充分カッコイイと思いますよ!?」

 光子郎の半分引っくり返ったかのような声の言葉に、空は鼻で笑って眼を細める。

「甘い、甘いわよ光子郎君。あれは『カッコイイ』ってもんじゃないのよ」
「そんな…」

 同じ男としても『目標』と言って差支えない太一のことを一笑に付され、光子郎は何とも情けない顔つきになる。
 その様子を流石に哀れに思ったのか、空は一つため息をついて窓の外をさした。
 そのどこかやさぐれた様子を不思議に思いつつ、光子郎がそっと覗き込むと、眼下に下校する生徒達の姿が見えた。
 時間は放課後で、部活動に従事しない生徒達が帰って行くのは別に不思議なことでは無い。
 そんな彼の疑問に答えるように、空がある方向を指した。

「…あ、太一さん…」

 調度窓際に立つ空の位置から見える場所にいた彼を見つけ、思わずぐっと乗り出すが、その途中でまた固まったように動きを止める。

「…どなた、ですか?」
「光子郎君と同じ学年の子」
「………」

 太一の側にいる見覚えの無い少女の姿に驚いて空に訪ねるが、返って来るのはそっけない返事だけ。
 しかも、同学年の少女のことを上級生の空に聞くのも、何故自分が知らないのだと突っ込まれるのも今は怖い。
 それで仕方なく見守っていると、少女のストレートロングの髪が太一の制服の袖の釦に引っ掛かり、それを取るために少女が四苦八苦しているらしいことが見て取れた。

「…なんとまあ…お約束な…」

 ちょっぴり呆れがちに呟き、先程外で吹いたらしい突風であの様な状況になったのか…と光子郎なりに考察した。

「…中々取れないみたいですね…」
「光子郎君は、太一がこの後どう行動するか分かる?」
「そりゃあ太一さんですからね…ご自分の制服の釦を引き千切ってでも彼女の髪を傷つけることはしないんじゃないですか?」

 と、行った側から、太一が光子郎の言った通りの行動に出た。

「ほーら、やっぱり!太一さんならそうすると思ったんです!」

 何故か誇らしげに言った光子郎に、空はふっと笑って続きを見守るように促す。
 そして、そんな見学者がいるとは露知らず、下界では少女漫画な世界が繰り広げられていた。

 外れた釦を手にその場を去ろうとした太一を、件の少女が慌てて呼び止める。
 帰ろうとしていた少女はもちろん鞄を持っており、その中からソーイングセットを取り出した。

 何か言っている少女に太一は爽やかに笑いかけ、脱いだ制服を手渡す。
 そして、その場に座り込もうとした少女をさりげなく植え込みに誘い、制服が汚れないような場所に促した。
 次いで、彼女の手元が暗くならないような、それでいて風を遮る位置に立ち、ぐっと背伸びをしてから視線を逸らし、どうやら立ち止まって見ていたらしい、少し離れた所にいた知り合いの誰かを見つけて他愛の無い話をしだした。
 少し時間が経ってから作業を終えたらしい少女が遠慮がちに声をかけると、たぶん「もう出来たのか?」のようなことを言って満面の笑みを浮かべて礼を言う。
 そうして少女と別れ、話していた友人とも手を上げて挨拶すると校舎に入っていった。

「カッコイイじゃないですか!細かな気配りと素の爽やかさ!何がご不満なんです!?」

 一通り見守った光子郎ががばりと頭を上げて空に詰め寄った。
 けれど空の表情は苦虫を噛み潰したかのような渋面を作っている。

「…そうね。ええ、そうよ。表面だけ見ればカッコイイわよね…」
「空さんだってそう思うじゃないですか!」
「でもね、光子郎君」

 そらみたことかと勢いづいた光子郎をぴしゃりと止める。

「彼女が知らない太一のことを私達は知っているわ」
「え?…ええ、それはまあ、そうですけど…」

 何のことか分からないまでも、その通りなのでとりあえず同意した光子郎に頷き、空は淡々と続ける。

「彼女は知らなかったようだけど、私達は、太一が裁縫も…そう、釦付け位なら簡単に出来ることを知ってるわ」
「ええ…そうですね」
「料理・掃除・洗濯・裁縫…その他諸々の生活力に必要な物を太一が身に付けていることを知ってるわ」
「…はい」
「つまり…、わざわざこのちょっと肌寒い空の下、シャツ一枚になってあんまり裁縫の得意じゃなかった女の子に釦を付けてもらうより、自分でさっさとやっちゃった方が効率も状況もいいのよ!」
「…………」

 確かに、さっきの少女が釦を付けるより、太一がやった方が絶対早かっだろう…。

「なのに、太一は通りすがりの名前も知らない女の子の心情を立ててああいう行動に出たのよ。…見なさい」

 促されて再び階下を見れば、先ほどの少女がまだ同じ場所で立ち尽くしている。
 頬を赤らめて…。

「…………」
「太一のしたことはカッコよかったわ。確かに、模範にすべき行動だったかもしれない。…でもね、そーいうのは…っ」

 軽やかな足音の後、ガラリと扉が開かれて太一が入って来た。

「悪ぃ〜遅くなったな!」


「『天然タラシ』って言うのよ…っ!!!」


 突然ビシぃっと指差されて言われた言葉に、太一は驚いて一歩下がる。

「な、何だ何だ??」
「…………」


 不思議そうな太一に、光子郎は何も言うことが出来なかった…。





 
おわり