「…どうしました?太一さん」

 文化祭用の劇の選考ため、大量につまれた絵本や童話集を前で一冊を手に取り、深いため息をついた太一の様子に、光子郎が手を休めて伺う。
 何だか彼らしくない、何処か途方に暮れた様な雰囲気が気になった。

 それでも返事を返さない太一に、光子郎は後ろに回って彼が持っている本を覗き込む。
 たぶん、日本人なら誰でも知っているだろう『赤ずきん』。

 内容を思い起こせば、突っ込み所は多々あれど、途方に暮れるほどのものでは無い。
 自分達にとって、『常識』とは、『とりあえず世界で蔓延している一般的な考え方』であって、自分が囚われているものではないのだから。
 いくらこの荒唐無稽な展開てはいえ、生真面目にそれを思い悩んでいるとは考えられない。

「…この『赤ずきん』がどうかしたんですか?」
「ん〜…いやさぁ〜…」

 分からないことは聞く、もしくは調べ尽くす、を信条にしている光子郎がその想いのままストレートに聞けば、太一は憂鬱そうに再度大きなため息をついた。

「この、赤ずきんがかぶってる『頭巾』ってのがさ…」
「はい」
「…『防空頭巾』に見えんだよな…」
「……………」

 おかしいよな、と笑おうとした太一は、呆然と自分を見つめる後輩の瞳にぶつかり、驚いて言葉を飲み込む。

「…光子郎?」
「………太一さんも、でしたか…」
「え……」

 澄んだ二つの視線の間に浮かんだのは、理解かね憐れみか、連帯感か…。

「…オレ達、戦後生まれのはずなんだけどな…」
「ええ…平成生まれのはずなんですけどね…」




 平和は遠い…。





 
おわり