校内中に響き渡る予鈴の音。 その音を合図に思い思いに廊下に溢れていた生徒達が自分の教室へと戻っていく。 そんな中で、周りの喧騒など我関せずといった風に窓際にもたれながら真剣な顔つきで話している二人組がいた。 ―――あ…八神先輩と石田先輩だ…。 本日日直のせいで移動教室の移動時間を充分に確保出来なかった彼は、近道として三年生の教室がある廊下を肩身が狭そうに足早に進んでいた。 最上級生達の教室の前は、去年小学校を卒業したばかりの自分と、来年高校へと上がる先輩達とは随分体の大きさも違い、禁止されているわけでも無いのに、何となく通るのを遠慮しがちな場所だった。 それ故に、あまり馴染みの無い廊下が居心地悪く感じても仕方ないだろう。 そんな事情から、脇目も降らずに進んでいた彼だったが、まばらになって来た廊下に悠然と佇む人影に気づいて見れば、校内で知らぬ者のいない先輩達の姿を見つけ、彼がこの偶然に心の中で『ラッキー♪』と鐘を鳴らしていたとしても、それに気づく者は誰もいない。 彼は、大人しく控えめな自分の性格にコンプレックスを持っており、何処にいても目立ち、明るく、リーダーシップの溢れる彼等に憧れを持っていた。 廊下で偶然すれ違うことがあってもつい下を向いてしまったりする照れ屋さんだったが、自分の教室から彼等が体育でグランドにいる姿を見つければ、思わず授業そっちのけで見惚れてしまう。 つまりFANだった。 そして、そんな彼がこの偶然に感謝し、ほんの少しだけ、彼等の前を通る時に歩く速度を落としたとしても、誰も責めることは出来ないだろう…。 「まあな…最近きついんだよなぁ」 「ああ。どこも似たようなもんだし、ここなら絶対ってトコが少なくなったよな」 「やっぱりそうか?…たく、足元見やがって…無きゃ無いで構わないってもんでも無いのが悔しいよな」 「そうなんだよなぁ…必需品なんだよ、切実に」 漏れ聞こえる会話に心の耳をダンボにし、全神経を傾け、顔の向きは変えぬままに視線だけを動かせば、端正な顔を凛々しく顰めた二人がため息をついた。 「……高いんだよ、牛乳」 少年の脳裏をハテナで埋め尽くすには、充分なインパクトだった。 帰宅後、彼はパートで忙しいせいか普段会話の少ない母親に声をかけた。 「…母さん、最近牛乳って高いの?」 「え?あ…ああ、そうねぇ。少し高いわねぇ。…でも、どうしたの?いきなり」 「別に…なんでもないけど…オレ、おつかい行って来ようか?」 その言葉に母親は少し驚いたように目を見開いた後、嬉しそうに笑った。 「…じゃあ、お願いしようかしら」 |
おわり |