笹のはさ〜らさら〜 のきばにゆれる〜

お星さまき〜らきら〜 空から見てる〜






 二〇〇〇年七月七日…去年の異常気象が嘘のように、そして日本らしく梅雨真っ只中のこの日、子供達はささやかな願いを短冊に込めて笹の葉に吊るす。



 高層マンション十三階にある八神家のベランダにも、子供達にせがまれて買った笹の木が手作りの装飾と共に飾られていた。

 ずっと雨続きだったこの一週間、けれどこの七夕を待っていたかのように夕方頃に小雨となり、今は雲の切れ間から淡く輝く星が顔を覗かせている。
 夜空一面の天の川が無理だとしても、雨が上がっただけでも御の字だろう。

「さーさーのはぁさ〜らさら〜♪」
「短冊つけたのか?ヒカリ」
「お兄ちゃん♪」

 嬉しそうに歌いながら飾り付けを直している妹に声をかけると、彼女は更に嬉しそうに笑顔を輝かせた。

「えへへv今年はお願いごとたくさんあったから、何にしようか迷っちゃった」
「そっか」

 ベランダに降りた太一の元へてて、と駆け寄った妹の頭を優しく撫でる。
 リビングのテーブルにしがみつくようにうんうん悩んでいたのを知っているだけに、やっと決まったのかと太一自身もほっとする。

 こういった行事事は下の妹に合わせ、一昨年頃から既に『やってもやらなくてもどっちでもいい』状態だった太一も、楽しそうな妹の姿に律儀に参加していたが、今年は太一の口から『笹が欲しい』の言葉に、両親は揃って驚いていた。
 けれど、あまり我侭を言わない息子の要望に応え、今年は例年より立派な笹を、父は喜々として何処からか入手して来た。

 その時のことを思い出すと少し照れ臭いが、自分の努力だけでは叶わない願いだったのだから仕方が無い。
 こういうのが『藁にも縋る』もとい、『笹にも縋る』とでも言うのだろうか…。

「…何とか晴れそうで良かったな」
「うんv…雲が全部晴れたら、あの時みたいに繋がってくれたらいいのにね?」
「…そうだな」

 一生懸命冗談めかし、けれど半ば以上本気の想いで口にされた言葉に、太一はクスリと笑って頷いた。

 願い事だけは呆れるほどにたくさんあれど、書ける短冊は一枚だけ。



 おなかを空かせていませんように。

 迷子になって、独りで泣いたりしてませんように。

 皆とケンカしませんように。

 怪我したり、病気になったりしませんように。



 それは全て、愛しいパートナーを想う願い達。

 自分の力じゃどうにもならないから。
 努力だけではどうにもならないことだから。
 無限に広がる星空に願いを込めて…。

 けれど結局書けたそれは…。

「自分のお願い、優先しちゃった」

 悪戯っぽく舌を出したヒカリに笑い、太一は彼女が吊り下げた短冊を覗き込む。
 そして小さく目を見張り、次いで柔らかな苦笑を浮かべて妹を抱き上げた。

「ヒカリ、それ見てみな?」
「え?お兄ちゃんの短冊?」

 突然抱え上げられて目をパチクリさせたヒカリは、兄の言うとおり目の前にあった短冊を手にとって読む。

「………あ…」

 それを理解した時、ヒカリは驚いて太一を見やり、そして嬉しそうに首に抱きついた。
 見つけた言葉は、一言一句、そこに込められた想いまでもが同じもの。

「お兄ちゃんっ♪」
「はは。似た者兄妹だな、オレ等♪」
「うんっ!嬉しいなぁ、お兄ちゃん大好きv」

 はしゃぐ妹を抱え直し、徐々に広がっていく星空を愛しそうに見上げる。
 一年に一度だけ会えるという織姫と彦星。
 どうやら今日は、雨に邪魔されずに会えそうだ。

 そのご利益にあやかって、かなえて欲しい願いが一つ。




 『皆にまた、必ず無事に会えますように』





 
おわり