愛してる。 愛してる。 愛してる…。 結婚前からの唯一の趣味だった、パッチワーク。 病院のベットの上はいつも退屈で、看護婦達に頼んでもらった布切れを絵を描くように縫い合わせていた。 けれどそれは、ただの暇つぶし以上の意味なんてなくて、それを誰かのために…その人のためだけに作れる日がくるなんて…あの頃には思いもしなかった…。 蒼やオレンジ、黄色に緑…一番似合う色を揃えて、遠い異国で暮らす、大好きなあの人への贈り物。 けがをしたりしませんように。 風邪をひいたりしませんように。 一針一針想いを込めて…。 「………………て、何か呪いみたいね〜」 「………お義姉ちゃん……」 ふと思ったことを口にすると、それまで感心したように作業を見ていた義妹が、呆れたように兄嫁を見つめた。 「いくらなんでも、『呪い』は無いでしょうに…」 「あはは、ごめん〜。でも何か急に、似てるかも〜とか思って〜」 「もう、ホントに天然なんだから。…もうすぐ完成?」 「うんv後ここのキルティングだけv」 ふふ、と嬉しそうに笑い、ヒカリにも見えやすいようにばさりとテーブルの上に広げる。 広いリビングに相応しい大きなテーブルの上に広げられたのは、蒼とオレンジを基調とした、けれど落ち着いたデザインの大きなベットカバー。 「…すっごーい…いいなぁ、これ!お兄ちゃん絶対喜ぶよ!」 「だといいなぁ〜」 ヒカリの絶賛に、葵は照れくさそうに微笑む。 「これが出来たら、次はヒカリちゃんの〜♪デザインは太一君のと一緒でいいんだよね〜?」 「うんvヨロシクお願いしますv」 「まかせて〜♪えーと、色柄は決まった?」 「うっ……その……」 「はいはい。早く決めてね〜これ後二日くらいで出来ちゃうよ〜♪」 「ん〜っ、でもでもチェックも可愛いし小花も捨てがたいし、無地とのコントラストもいい感じだし〜っっ!見せてもらったサンプル、どれも捨てがたいの〜っ」 「うん。いっぱい迷ってくれて嬉しい♪私も作りがいあるな〜♪」 苦悩する義妹の頭を、ほくほく顔でよしよしと撫でるその仕草は、信頼する兄のようで、そのパートナーのようで、そして大好きな自分のパートナーのようでもあり、また、間違いなく彼女自身でもあって、ヒカリはどこかくすぐったい気分になる。 「そういえば、空さんから何か大きな荷物届いてたみたいだけど、なあに?」 「あれはね〜、空ちゃんの所で余ったちりめんとかの布を大量に送ってくれたの。いらないのがあったら欲しいなとは言ったけど…あんなにいっぱいくれるなんて、嬉しかったけどびっくりだった〜」 「あははvそっか、空さん和物のデザインやってるものね」 ヒカリはその荷物が届いた時、調度仕事に出なければならなかったためすれ違いで分からなかったが、空から届いた箱の中に大量に入っていた布達に唖然としながらも、居合わせた裕子は、さっそく葵にそれで玄関に飾れるようなタペストリーを作れないかと喜々として交渉した。 元々裕子はパッチワーク系の飾り物等が好きで、以前住んでいたマンションでも大きなタペストリーを居間に飾っていた。 葵の趣味がパッチワークと知って一番喜んだのは、彼女だったのかもしれない。 「ねぇお義姉ちゃん…これ、お兄ちゃんには内緒で作ってるんだよね?」 「うん。驚かそうって思ってv何とか太一君の誕生日に間に合いそうでよかった〜」 出来上がり間近の、二ヶ月かかった苦心作。 けれどその過程が、こんなにも楽しかったことも無い。 「お兄ちゃんてば来週からまた試合続きだし…しばらくまた電話だけになるね〜」 「そうだねぇ〜太一君てばすごいから。今日辺り電話しても大丈夫かなぁ〜」 「うんにゃ。向こうにゃいねぇから電話は止めろ」 「そっかぁ〜…………………え゛?」 ナチュラルに会話に加わった第三者…しかも物凄く聞き覚えのある声に、数秒ヒカリと葵の時が止まった。 そしてばっと振り返り、ソファ越しに立つ予想通りの人物を見つける。 「おっ、お兄ちゃんっ!?」 「太一君??」 そんな妹と妻の様子に、まだ肩にかけたままだった大きなスポーツバックをどさりと足元に下ろし、してやったりと微笑む。 「よっ。元気そうだな、ひま。ヒカリ♪」 「えっ、え!?どーして!?お兄ちゃんなんでここにいるの!?」 「帰って来たから」 「そーじゃなくて!来週から試合でしょう?いいの!?」 「まったくな〜参るぜ、ホント。だから英気を養うために〜って、無理矢理三日間だけ休暇をもぎ取って来た」 「………て、………いいの?」 「オレがいいってんだからいいだろ」 ふふん、と笑う太一に、ヒカリは何だかな〜と言いつつも嬉しそうに相好を崩し、葵も兄妹の会話にやっと現実が追いつき、目の前に彼がいることを実感する。 「……おかえりなさい、太一君」 「ん。今帰った!」 ほんわりと笑った妻に、夫はにっと返して拳を突き出す。 それに、同じように差し出した自分の拳をこつんと当てた。 「麦茶でいーい?」 「ああ。氷入れなくていいから冷たいのな〜」 「うんvちょっと待ってて〜♪」 向かいのソファに疲れたように腰を降ろした太一に微笑み、はしゃぎだしそうな心を何とか抑えてキッチンへと向かう。 その後ろで楽しげな兄妹の会話が聞こえた。 「もう!お兄ちゃん突然帰って来るんだもん!お迎えにも行けなかったじゃない!」 「ちょっと驚かせようと思ってな〜♪いや〜予想以上に上手くいって満足だ♪」 「でもよくマスコミとかにもバレずに帰ってこれたね?空港で騒がれたりしなかった?」 「ま、それはほれ。裏技を色々とな?…ところで、この力作は何だ?」 「あーっ!あ!あ!ダメ!お兄ちゃん見ちゃダメっっ!!」 「は?ダメってこんなでかいの、見るなって方が無理…」 「それでもダメ!ああ、もう!どうしよぉ、お義姉ちゃぁ〜んっっ!!」 ヒカリの困惑した叫びに、彼に内緒でプレゼントするために作ってきたベットカバーをそのままにしてきてしまったことを思い出す。 失敗したな〜とは思うけれど、彼の言うとおり今更隠すことも見てないことにしてもらうのも無理だろう。 それに、内緒のプレゼントを喜んでもらうよりも、目の前で笑顔を見せてもらった方が何倍も嬉しい…だから気にしない。 「ひま〜!これ何だ?」 「それはね、まだ出来てないんだけど、今度の太一君の誕生日のプレゼントv」 三人分のお茶を持ってリビングに戻ると、観念して隠すのを諦めたヒカリと、しげしげとパッチワークを見つめている太一の姿があった。 本当にこの兄妹は見飽きなくて楽しい。 「へえ〜…ひまの手作りか?」 「そv結構上手でしょ〜」 「ああ。すごいなお前」 「もう少しで完成だから、もらってね?」 「これでまだ出来てないのか!?」 驚いたようにもう一度それを見つめなおす太一に、くすりと笑い目を細める。 驚かそうと思っていたのに驚かされて、それでもやっぱり驚いてくれて…。 すぐ目の前で動いて笑う、等身大の大好きな彼。 「…出来上がり、楽しみにしてるよ」 「うんv」 大好きな大好きな、大好きな彼に想いを込めた贈り物。 そして彼がくれた優しい笑顔が、何よりも嬉しい贈り物。 |
おわり |