会場の至る所で上がっている黄色い声援に、一番後ろで身を寄せ合うように聴いていた一団はほとほと困っていた。

 というより、呆れていた。
 そして怒っていた。
 切実に。







「…オレ達今日、ヤマトのライブに来たんだよな…?」
「ええ、そうです」
「あいつの歌を聴きにわざわざ出向いてやったんだよな?」
「そうね。新曲演るだとか、ふざけたことぬかしてたからね」
「ははは。ヤマト本当にふざけてるなぁ〜」

 太一の台詞に返る言葉は、どれも棘を隠し切れようも無い嫌味に満ち満ちている。

「じゃあさ、何なんだろーな。このイカれた状態は」
「ホント、理解に苦しむわよね」
「何しに来たんだか分からないよね」
「歌を聴きに来たはずなんですけどね」

 乾いた笑いが彼等の中だけに響き渡る。

「じゃあさ。歌聴きに来といて何だけど、今思いっきり耳塞ぎたい気分で居るオレは、おかしくねーよな!?」
「「「全っ然、おかしくないと思う(います)!!!」」」

 綺麗に声が揃った彼等は頷きを交し合い、己の心の薦めるままに両手で耳を塞いだ。
 そして大きくため息をつく。

 彼のライブに来たく無い理由の最たるものはこれだった。
 常軌を逸したお嬢さん方がフィーバーぶりについていけないのだ…。

 そうして、やっぱり来るんじゃなかった…と、シンクロ率120%の心を抱えた太一・空・光子郎・丈の四人は憎々しげにステージを見つめて毒を吐く。



 よくこんな中で歌っていられるな!?尊敬するよ、石田ヤマトっっ!!??(怒)








 地獄のような数時間をなんとか乗り切り、憔悴した瞳に怒りを乗せて、一応来たことの証明に楽屋に赴く。

 そうして挨拶だけしてさっさと帰るつもりが、上機嫌らしいメンバー達に掴まって帰れない…という不本意な状態になってしまった。

 四人の心情はと言えば、さっさとどこかのファミレスにでも入って、一息ついて愚痴りたい…、もしくは帰ってゆっくり眠りたい、だったため、頼むから引き止めてくれるな状態だったのだが、打ち上げと称してハイテンションになっている彼等の耳には届かない。

 こうなったら、隙をついて抜け出すしかないな…と、目だけで相談をまとめ、楽しそうに笑っているヤマトを一度だけ睨みつけた。

 太一達にとってみれば、いつ『新曲』とやらを歌ったのかも分からない状態だったが、彼等にとっては大成功だったらしい…。
 まあ、あれだけ客がのっていれば、『大成功』というのかもしれないが…。

「…ったく。何でオレ等がこんなトコにいつまでも…ん?」
「太一さん?」

 盛り上がる輪から逃げるように離れた部屋の隅…荷物が置いてある机の上にもたれかかった太一が、手が触れた冷たい輝きの物をすくい上げる。
 不思議そうな声を上げた太一に、同じく逃げて来ていた光子郎がその手の中を見た。

「シルバーアクセサリーですね。バンドの人の誰かのものでしょう」
「あ、それヤマトのじゃない?今日何か首からぶら下げてたみたいだったし」
「空君…それ結構微妙な言い回しだよ」
「ペットの首輪かい、て感じだな。けどまあ、ヤマトのことだから良しとする」
「許容範囲ですね。特に今日は」
「でしょ?」
「…だね」

 後から空と丈も加わり、持ち主の見当がついた所で遠慮無くそれを見ることにした。
 ちなみにヤマトとバンドのメンバー達は、彼等の友人達も混ざって、絶好調打ち上げ中だ。
 こちらの不穏な空気には、欠片も気づかない。

「ネームプレートじゃん…『YAMATO ISHIDA』。何だ、ホントに名前だけかよつまらん。じゃあこっちのもう一枚は…」
「タケル君の名前とかじゃないですか?ヤマトさんなら」
「もし女の子の名前とかだったらどーする?」
「え〜っ、ありえないよ。ヤマトだもん」

 ひとしきり笑うが、一向に名前を読み上げない太一に三人の不思議そうな視線が集まる。

「…太一?」

 呼びかけに、無言のままぬっとそのプレートが彼等の前に差し出された。

「「「…?」」」

 それを覗き込み、文字の意味を理解した三人の顔からも表情が消える。

「「「………………」」」

「……………ヤマトだろ」
「………ええ、ヤマトね…」
「……ヤマトさんです」
「……ヤマトだね」

 はぁ〜……と大きくため息をつく。

 ネームプレートに刻まれていた文字は『GABUMON』。
 大切なパートナーの名前をそれに刻むのは…まあ、良しとしよう。

 だが、それをライブのステージでつけますか???

 『馬鹿な子ほど可愛い』という言葉があるけれど…。



 太一・空・光子郎・丈の四人は、バンド仲間が連れて来たのだろう女の子達に囲まれわたわたしている仲間に、それはそれは複雑な視線を向けた…。




 見なかったことにしてやった方が、いいのだろうかと…。




 
おわり