サイドテーブルに向かい合って座りながら、その上いっぱいに乗せられた参考書や教科書…それを真剣な瞳で見つめ、さらさらとノートを埋めていく彼を太一はじっと見つめる。

 ノートに記されていく物は自分には分からない物だったが、一連の動作は淀みが無く、『勉強をしている』というよりはむしろ、『書き写している』と言った方がいいんじゃないかというほど『考える時間』というものが少ない。

 それを半ば感心しながらみていた太一に、それはまるで一連の動作の中の一部のように丈が声をかける。

「…何?」

 ふとあげられた瞳に、ばれたかと苦笑して微笑む。
 集中していて気づかないと思っていたのだ。

「いや…うん。かっこいいなって、思って」

 プロのサッカー選手は文句無くかっこいいと思う。
 歌を歌っている人とか、命をかけて危険な場所に行く人もかっこいい。

 でも、自分の得意分野で、自分の出来る限り、自分の夢に向かって、一生懸命頑張っている君が…一等かっこいいと思うのだ。

 ちょっと照れ臭そうに笑った太一の言葉に、丈は少しだけ目を見張り、そして手元の教科書をくるりと丸め、ぽかんと彼の頭を軽く叩いた。

「馬鹿なこと言ってないで、君もさっさと宿題をやりたまえ。答えは教えてあげないからね?」
「ほーい♪」

 物分り良く返事した太一に淡く微笑み、眼鏡を欠け直すような仕草をして教科書を開き直した彼の行動を、太一は横目で確認しながら薄く笑った。

 眼鏡をかけ直す仕草は、彼が照れている時の癖。

「太一」
「はーい。やってまーす」

 笑った気配に気づいたのかすかさず飛んで来た言葉に堂々と嘘をつき、それが分かっているのだろう丈も小さく笑う。

「それ終わったら、休憩にしよう」

 眼鏡の奥の優しい瞳に太一が映る。
 見た目じゃない、本当の強さを纏った凛々しい瞳。

 それがやっぱり、かっこいい。

「分かった」
「じゃ、頑張ってね」
「おう!」

 太一の力強い返事にくすくすと笑いながら自分の勉強に移った丈を、自分も教科書に向かいながら少しだけ盗み見る。

 本当はずっと見ていたい。
 彼が勉強をしている姿を見るのが好きだから。
 自分を見ていなくても、話していなくても…側にいるだけで楽しいのだから仕方ない。

 前に「退屈じゃないかい?」と聞いてきた丈に、たぶんこれは、彼が自分のサッカーの試合を応援しに来てくれるのと同じような感じなんだと思うと答えた。

 その答えに、「仕方ないなあ、君は…」と呆れながら、それでも嬉しそうに笑った丈が好きだった。

「太ぁ一」

 やはり見ているのがバレたらしい言葉にぎくりとする。
 いつもだったら見逃してくれるのにこの急かし方…ということは、彼も太一の宿題をさっさと終わらせて休憩を取りたいらしい。

 会いたい口実に宿題なんかを餌にするんじゃなかった。

 この程度の問題なら太一は自力で解けるし、彼の学力をしっかり把握している丈は『先生』をしてくれない。
 おかげで彼を見ていられなくなってしまった状況に、太一は半ばヤケになってさっさと終わらせることを決意した。




 そのために…少しだけ彼を見るのを我慢としよう…。



 
おわり