八神家の…というか、『保護者会』なるものに、今回のデジタルワールドでの事件がバレていることがバレてから早一週間…。
 選ばれし子供たち側で大騒ぎが起きるかと思えば、拍子抜けするほど穏やかで…パニックに陥ったのは、八神家内のみのことだった。

 何故か…というと、何のことは無い。保護者会以外にその情報が漏れなかったからだ。

 テイルモンと八神母・裕子が共にいる所をヒカリに目撃されてしまい、一時は情報解禁か…という話になったのだが、その時のヒカリの驚き様が大変面白かった…という裕子の証言に、各保護者会面々は、己の子供でその場面を直に見たいという欲求に勝てなかった。
 したがって、情報解禁は保留…各自適度な頃合いを見計らってバラして驚かす…という結論とあいなった。

 故に、ヒカリはバレてしまったことをバラすことを禁じられ、口止めされることとなったのだが…はっきり言って自信が無かった。
 特に、共にいる機会の多い帽子リミッターの目聡い大天使に黙っていられる自信が…。

 そこで素直に彼だけにでも事情を説明しておきたいと懇願した娘に、母はまさしく彼女の産みの親らしい輝く笑顔で…。

「そうねぇ…お友達に隠し事なんて出来ないわよねぇ」
「そう!そうでしょう!?」
「騙してるみたいだものねぇ」
「そう!そうなの!だからねぇ、お母さんっ」
「仕方ないわね…じゃあお母さんも、ヒカリが太一に隠してること伝えておくわね?」
「…………え…?」
「隠し事なんて、騙してるみたいで嫌だものねぇ〜うん、仕方ないわぁ」
「ちょおっと待ってえぇぇえぇぇっ!!」

 悲痛な悲鳴を上げる娘に、母は慈愛に満ちた笑みを向け…「どうしたの?」と聞いてくる。
 そしてヒカリは…「何があっても決して、誰にも漏らしません」と制約するのだった…。

 その様子を一部始終見守るハメになったテイルモンは…『ヒカリが隠してることなんて、太一には絶対お見通しってオチだと思うの…だって、この人の子供なんだもの』という考えを、裕子のにこやかな笑みの前で、ついに最後まで口にすることは出来なかった…。

 そして、全てにおいて抜かりの無い八神母は、何も知らずに帰宅した息子を、玄関先でテイルモンを抱っこして迎える…というとんでもないドッキリが成功したことによって漸く満足した。
 母の腕の中、力無く手を『おかえり〜』と振らされながら、『ただいま』の『ま』まで言うこと無くびっくりして飛び退った太一…その彼と自分達との間で、帰宅者を受け入れることなく閉まった扉の音が忘れられない…と、後々になってテイルモンは虚ろに語る。






 そうして、今現在彼女は八神家の中を自由に動き回れる権利を得た。

 食事の時には二人の子供の名と並んで呼ばれるし、時によっては手伝いもする。
 リビングで太一と八神父・進の間に座り、バラエティ番組だって観る。
 おやつも食べるしお風呂も入る。
 デジタルワールドでの出来事を請われるままに語り、掃除だって手伝った。

 そして思う…馴染んで来たなぁ〜…。

 あれほど戸惑った現実世界での暮らしを、当然と受け止めている自分がいる。
 今も、誰もいない家の中、日当たりのいいリビングのカーペットの上で、ベランダに続くガラス戸越しにぼんやりと空を眺めている。
 そろそろ初夏と言っていい陽射しは気持ち良く、ともすればうつらうつらと意識が遠のくほど…少し前まで張り詰めた生活をしていたことを考えると嘘のようだ。

 思考がアグモンの口調に似てきたような感覚にくすりと笑い、欲求が赴くままにころりとカーペットの上に寝転ぶ。
 そしてごろりと寝返りを打ち…硬直した。

 何故今まで気づかなかったのか不思議なほど…ほんの五十cmほど先のテーブルの下から、猫がじっと彼女を見つめていた。
 既に十年近く八神家の飼い猫として可愛がられている、老猫ミーコ。
 その猫が、微動だにせずじっとテイルモンを見つめている。

 テーブルの影で、そこだけ暗くなった世界から見つめられるのは…いくらテイルモンといえども少し怖い。
 しかも、気配に聡い彼女が今まで気づかなかっただけでも、都会の猫とは思えない年月の修練さを感じる…。
 更に、突然わいた同居デジモンに、ミーコは警戒しているのか、ただ気に食わないのか、未だ友好的な態度を示したことは無い。
 テイルモンもテイルモンで、昔彼女に対し八つ当たりじみた嫉妬を感じた覚えがあるため、何となく自分から接触を持つことは避けていた。

 それが、今の状態である…テイルモンが蛇に睨まれた蛙のごとく固まってしまったとしても誰も責められはしないだろう…。

 事態は膠着状態のまま数十秒が経ち、根負けしたテイルモンが寝転んだまま、器用に後ろにずり…と下がる。
 すると、今度はミーコがテイルモンが下がった分だけじり…と進み出た。

 ずり…じり…ずり…じり…と繰り返し、テイルモンの背がガラス戸に当たる。
 もう下がれないテイルモンの所まで、ミーコが後数cmに迫った。

―――――…一度、引っ掻かれておくか…

 諦めと悟りの境地でテイルモンが目を瞑ると、彼女の鼻面を暖かいものが撫で上げた。
 驚いて目を開けると、ミーコが頭をすり寄せ、次いでぺろりと舐める。

「…………」

 反応の無いテイルモンをじっと見つめ、もう一度ぺろぺろと毛づくろいをするように舐めて来た。
 初めて陽の光の下正面から見つめた彼女の瞳は、驚くほど優しい色を浮かべていた。

 テイルモンもお返しと彼女の額を舐めると、『ヘタクソ』とでも言いたげな瞳が見返して来る。

 それが何故だか…とても嬉しく感じた…。










「…うわぁ〜お」

 リビングに入るなり驚いたような感嘆するような声を出した太一に、一緒に帰宅したヒカリは不思議そうに兄の顔を覗きこんだ。

「どうしたの?お兄ちゃん?」
「ヒカリ、デジカメデジカメ!撮っとかなきゃ損だ♪」
「え?…あv」

 太一の指差す先の物に気づき、ヒカリは嬉しそうに顔をほころばせて自室に急いだ。

「ヒカリ、早く!」
「うん、ちょっと待って!」

 声と気配を殺しつつ、八神兄妹はそろりそろりと目的の場所に近づいた。

「この辺が限界かな…撮れるか?ヒカリ」
「うん、大丈夫♪」

 パシャ、と微かな電子音を連続させ、二人はまたそっとその場を離れる。

「可愛いねぇ、お兄ちゃん♪」
「だな。このまま仲良くなってくれるといいけどな」
「うん♪」

 にっこり微笑み合った二人が残したかった情景は…温かな陽射しの中寄り添い合って眠る二匹の猫…もとい、一匹の猫とデジモンの姿だった…。





 
おわり